飛竜の狩り場が熱い

 竜峰の空の覇者と言えば、もちろんレヴァリア。

 勇者のリステアが恐れる竜族でさえ、逃げ惑い隠れて災難をやり過ごそうとする暴君が飛竜の狩場の上空を飛べば、そこはもう他の飛竜を寄せ付けない絶対の支配地域になる。

 レヴァリアのおかげで、飛竜の狩場を安全に旅することができた。


 レヴァリアは、そろそろフィオリーナとリームに狩りの仕方を本格的に教えるということで、飛竜の狩場を選択したみたい。

 上空からの見晴らしが良いこの土地なら、まだまだちびっ子のフィオリーナとリームでも容易に狩りができると判断したらしい。

 実際に、鹿に似た動物やいのししなどを、二体は一日中追い回していた。

 レヴァリアはその様子を、空のずっと高い位置から見守っていた。


 レヴァリアが飛んでいるだけで、地上の動物たちは逃げる。だけど、それで良いらしい。動物がどこに隠れているのか、どういう逃げ方をするのかを学び、地形が複雑な竜峰でも獲物を確実に見つけて仕留められるようにならなきゃいけないんだって。


 大空を、遊び半分勉強半分で飛び回るフィオリーナとリーム。そして、それを見守りながら悠然ゆうぜんと空を飛ぶレヴァリアを、リステアは感慨深く見上げていた。


「不思議な気分だな。恐ろしい飛竜が頭上を飛んでいるというのに、のんびり旅ができるなんて」

「レヴァリアは恐ろしくないよ。本当は子煩悩こぼんのうで家族想いの竜だよ。レヴァリアがいてくれるおかげで、僕たちは安全に旅ができているんだからね」


 子煩悩とか家族想い、という言葉が竜心で伝わったのか、レヴァリアが不服そうに頭上で咆哮をあげた。

 びくり、とキーリとイネアが身体を強張こわばらせて、ルイセイネが微笑む。


「ルイセイネは、あの飛竜に乗ったことあるのー?」

「はい。よく乗せてもらいますよ」

うらやましいです。空からの景色は、どれほど美しいでしょうか」

「ふふふ。キーリとイネアとも、機会があったら一緒に空の旅を楽しみたいですね」

「俺も、一度で良いから飛竜の背中に乗って空を優雅に飛んでみたいな」

「リステアも飛んだことがないの?」

「当たり前だろう。空に上がれる人族は、飛竜騎士くらいのものだ」

「そう言えばそうだね」

「お前らが非常識なんだよっ。なんだよ、竜峰からヨルテニトス王国の王都まで二日の旅って! 地上を歩く者の恨みを知れっ」

「えええっ、恨まれてるの!? というか竜峰からだと、魔族の国にも一日で行けちゃうよ」

「いけちゃうよ、と可愛くいうのは罪な! 人族が魔族の国に行って無事なのも非常識だっ」

「あれは仕方がないんだよ。ミストラルが巨人の魔王にばれちゃって」

「それで一緒について行って、親しくなって魔王との戦いで参戦してくれた? お前なんて、もう魔王になっちまえ」

「うう、勇者様が僕をいじめる……」


 歩きながら、いろんな話をした。そしたら、リステアが顔を引きつらせて僕とルイセイネを非難してきた。

 理不尽です!


「リステアの強さは人外じんがいだと思っていたけどさー」

「エルネア君とルイセイネの方が遥かに常識離れをしていましたね」


 キーリさん、イネアさん、僕たちを人族の枠に戻してください。

 僕とルイセイネは、仲間の裏切りに肩を寄せて合い悲しみあう。


「お前たちは、本当にいったいなんなんだ!」


 リステアの叫びは、次の日も続いたのだった。






「うっわー。綺麗な竜が増えたねー」

「ほ、本当に安全なのですよね?」


 二日目も、レヴァリアはフィオリーナとリームの狩りの練習で、飛竜の狩場を支配していた。

 そして、なぜか遠目からだと白桃色の竜と、黒くつややかな鱗の竜が追加されていた。


 ……いやいや、ニーミアはわかるんだけど、なんでリリィまでいるのかな!?


 増えた巨大竜に、二日目も空を見上げながら飛竜の狩場を北上する。


「エルネアよ。俺は北の地に着く前に力尽きそうだ」

「精神が持たないよー」

「ルイセイネ、お願いだからわたくしたちを楽にさせてください……」


 そして三日目。

 レヴァリアたちが飛竜の狩場で遊んでいると聞きつけた竜峰同盟の飛竜たちが増えた。

 竜峰同盟に入っている竜族なら、レヴァリアが改心したと理解しているからね。近づいても、機嫌を取っていれば安全だと知っている。

 僕たちが北を目指して旅をしているということも耳に入ったらしくて、こりゃあ面白いと集まりだしたわけだ。


「おれはもう疲れた。勇者を引退するよ……」

「エルネアっちの非常識を理解したよー……」

「ルイセイネ。貴女はなんという人に恋をしたのですか……」


 四日目。

 地竜たちが竜峰から駆け下りてきた。

 もう、飛竜の狩場は竜族の集会場になっていた。

 僕たちが北上するのと一緒に、竜族の大集団が空から地から集まって移動する。


『いやあ、楽しいな』

『ちびっ子が練習で狩った獲物が食える』

いたれりつくくせりだわ』

『エルネアよ、このままこの平原に住んではどうだ?』

『北の地に行くのか?』

『獣人どもは面倒だ、気をつけろ』

『我は、ミリーは大好きだけどなっ』


 竜心がなく、万物ばんぶつの声を聞くこともできないリステアとキーリとイネアは、近くで唸ったり咆哮をあげる竜族に怯え続けた。

 会話内容は、たわいもないことばかりなんだけどね。やはり、意思疎通ができない相手で、しかも見た目が怖かったらおびえちゃうよね。


「エ、エルネア君。さすがにどうにかした方がいいのではないですか?」

「ええっ、いいと思うよ。これでリステアたちが竜族に慣れてくれたら嬉しいな。というか、ドゥラネルと一緒にいたんだから、もっと慣れていると思ったんだけどね」

「ドゥラネル様は、まだ子竜でしたし」

「そうだね。やっぱり子竜と成竜じゃあ、全然迫力が違うからね。仕方がないか」


 ルイセイネが耳打ちしてきたので、笑顔で返す。

 荒療法じゃないけど、こうやって馴染んでもらうのが一番早い。リステアたちは飛竜や地竜たちの背中に乗りたいと興味を示していたけど、慣れてくれないと乗れないからね。

 こうして、出発してから四日間は順調な旅になった。

 そして、五日目の午前中に、森の入り口へとたどり着いた。


『汝らの試練に首を突っ込むつもりはない。だが、気をつけることだ。この辺りの獣人どもは気性が荒い』


 ここまで一緒に旅をしてくれた地竜が、別れ際に警告してくれた。


 飛竜の狩場と獣人族が住んでいるという北の地の境目。それを真っ直ぐ西に結ぶと、竜峰では竜人族や竜族が普通に暮らしている一帯と竜の墓場の境目にたどり着く。

 若い飛竜たちは、わざわざ北の地まで飛ばずに、飛竜の狩場で狩りをするわけだ。そして、竜峰北部の年老いた飛竜は、獲物を狩るために平地へとは降りてこない。それで、飛竜の狩場と北の地の境目さかいめができているらしい。


 物好きな飛竜が北の地を襲うこともあるらしいけど、知能のある獣人族よりも平地の動物の方が狩りは楽で、好んで北を襲う飛竜はあまりいない。

 そもそも、狩りやすいことを利点に竜峰から翼を延ばしてやってきてるんだもんね。面倒が好きなら、竜峰で狩りをすれば良いんだし。


 竜たちは僕たちの試練を知り、忠告をしてくれて去っていった。


「……ようやく、平和が訪れた! さあ、気を取り直して進もうか」

「リステア。進むのは良いけど、どこを目指そう?」


 ここまでは、ただひたすら北上してきた。でも、これから先は北の地で、闇雲に歩き回っていても満月の花は見つけられないと思う。


「まずは、獣道けものみちでも探そう。獣人族が住んでいるというのなら、彼らも獣道を利用するはずだ」

「そうか。獲物を探す場合も、獣道を辿るもんね」

「ああ。獣道を調べれば、獣人族の村にもたどり着けるかもしれない。獣人族からなにか情報を引き出せると良いんだが」

「ですが、この辺りの獣人族は凶暴だと竜族の方が言っていました」

「竜族に凶暴って言われる獣人って、違和感ありすぎー」

「とにかく、油断だけはしないようにしましょう」


 全員でもう一度注意事項などを確認しあい、いよいよ北の地に足を踏み入れた。


 竜の森とは違う、動物たちの濃密な気配がする森。正しく存在しようとする動物だけではなく、よこしまだったり不穏な動きをあちらこちらから感じる。

 なかには、僕たちの隙をうかがうような動物などの気配も感じた。


 リステアたちは緊張に身を引き締め、武器を手にとって慎重に進む。

 僕も、周囲の気配に気をとがらせながら、先頭のリステアの後を追う。


 でも、なんだろう。

 やっぱり、竜峰の森と比べちゃうとおとるのかな。

 多くの危険をはらんだ森の雰囲気。油断をすれば、肉食獣に襲われるかもしれない。

 すぐ右の茂みにも、なにかが身を潜めてこちらの様子を伺っている。


 だけど、わかっちゃう。

 気配が読める。それだけで、竜峰の自然の何倍も楽に感じてしまう。

 竜峰では、気配の読めない魔獣やこちらの能力を遥かに上回る竜族が跋扈ばっこし、細心の注意を払っていても危険極まりないんだよね。

 今のところ、そういった探りの入れられないような不気味な雰囲気は感じない。


「周囲には、獣人族はいないみたいだね」


 僕の声に、リステアは少しだけ驚いたように振り返り、また進み出す。

 リステアの後ろにはキーリとイネア。次にルイセイネが続き、殿しんがりは僕。縦隊になって森を進む。


 周囲の気配を把握できているとはいっても、慎重に前進する。

 ここは獣人族の縄張りだ。気配はなくても、罠や不測の事態が隠れているかもしれない。


 そうして夕方まで森のなかを歩き通し、が暮れる前に野営地を確保した。

 大木の根もとに、寝床を確保する。

 食料は、リームが狩った子猪。すでに、持ち運びし易いように加工されている。

 リームは少し不器用みたい。フィオリーナから随分と遅れてようやく狩れたこの子猪を、嬉しそうに僕たちに分けてくれた。


 料理当番は、キーリとイネアが担当だ。

 僕とリステアは、料理は苦手です!

 そしてルイセイネも、戦巫女ということで夜間の見張り当番を受け持っているので、料理当番からは外れていた。


 猪肉の煮込みをお腹一杯に食べて、早めに就寝する。

 今夜の見張りは、リステアから。

 先の見えない長旅では、食べられるときに食べて、寝られるときに寝る。きちんと休憩を取っておかないと、いざというときに対応できない。

 僕たちは見張りをリステアに任せて、眠りにつく。


 夜中。リステアに起こされて、今度は僕が見張りの番。

 瞳に竜気を宿し、森の隙間を窺う。

 気配を探りながら、き火が消えないように小枝を補充する。

 毛布にくるまり、リステアが沸かしてくれていたお湯を器に移して飲みながら、深夜の見張りを担当していた。


 本格的な春を前にして、すでに鳥と虫の鳴き声が夜の森を支配し、遠くで獣の遠吠えがする。

 生命力に溢れた森の姿に、離れて僅かしか経っていない竜峰が恋しくなってくる。


 意識を静めて、遠くまで気配を探っていく。木の陰で、僕たちのように夜を過ごす動物。その上では、夜が活動時間の鳥や小動物が枝で寛いでいる。肉食の獣が獲物を探し、気配を殺して茂みを慎重に進んでいた。


 僕はたくさん旅をして、今ではリステアの代わりに見張り番をすることができるようになったんだね。リステアやみんなは、安心したように寝ていた。

 このまま、平穏であってほしいんだけど。という僕の願いは、不穏な森のざわめきで打ち砕かれた。


『助けて』

『あの子が襲われているの』

『誰か、助けてあげて』

『危険なの。急いで』


 最初は、風のささやきだった。次に夜鳥たちが慌てだし、虫たちが騒ぐ。


「リステア、起きて!」


 厚手の毛布にくるまって、キーリとイネアに挟まれて寝ていたリステアを叩き起こす。リステアは冒険慣れしているので、すぐに覚醒して状況を確認してきた。


「北の方で、なにかが騒いでいるんだ」

「獣とかじゃないのか?」

「ううん、違うんだ。森が警告を発している。北でなにかが起きているのは間違いないよ」

「森が警告を?」

「説明はあとでね。一刻を争う緊急事態みたいだし、僕は森の動物たちの救難信号に応えようと思う」

「そうか、気をつけろよ」

「うん。みんなのことはよろしくね!」


 深夜に騒いだせいか、ルイセイネたちも何事かと起き始めていた。そんな巫女様たちをリステアに任せて、僕は北を目指す。


 なんだろう。森の木々や虫だけではなく、鳥や動物たちまでもが悲鳴をあげている。

 何者かが森全体に愛されていて、それが危険にさらされているんじゃないのかな。

 僕は森の声に導かれながら、北へ向かい連続空間跳躍を駆使して疾駆しっくする。


 そして、遠い先に複数の荒い気配を感じた。

 十人を超える、獣人族たちの気配だった。

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