対立する獣と獣

「いい加減、諦めろ!」

「メイをこちらに渡してもらおうか」


 十人を超える獣人族が、ひとりの男を包囲していた。

 包囲している獣人族は全員にとらのような模様の体毛と尻尾、そして耳が付いている。


 竜峰のミリーちゃんは、獣人族の猫種ねこしゅ。なので猫のような耳と尻尾を持っている。それを考えると、虎模様の獣人族は虎種とらしゅということになるのかもしれない。


 対して、虎種の獣人族たちに包囲された男は、犬のような顔つきだった。人とは少し違う、鼻と口が突き出た容姿をしている。そして尖った耳。犬のような顔の男は、太い腕に小さく白いもこもこを抱えて、虎種の獣人族と対峙していた。


勇猛ゆうもうなる戦士ガウォンよ。お前の忠実な働きには感心させられる。だが、よく考えろ。メイを護ることがお前の本当の役目か?」

「黙れ、地を疾駆しっくする戦士ボラードよ。俺はメイ様を護る。それが叔父貴おじきとの誓いだ。邪魔立てするなら、貴様とて俺の敵となるとれ!」


 犬種の男がガウォン。虎種の獣人族のなかでも一際四肢の太い男がボラード。

 両者は互いに鋭い牙をむき出しにして、威嚇し合う。

 ガウォンの腕のなかで、白いもこもこがぐったりと項垂うなだれて、微かに震えていた。遠目からでもわかるほど衰弱している。外傷は確認できないけど、命の危機が迫っているように感じた。


「いい加減、目を覚ませ。メイを消さねば、我らに未来はないぞ?」

「目を覚ますのはお前たちの方だ。これは祈祷師きとうしジャバラヤン様がお決めになったこと。しきたりにそむいているのは貴様らの方だ!」

「くだらぬ。あのような迷言を俺たちが受け入れるとでも? 貴様の部族も、貴様以外は納得していないだろうに」

「そうだとしても、俺はメイ様を命に代えても護る」

「……そうか。ならば仕方がない。このまま森の深淵いんえんに頼ってもメイは死ぬだろうが、後顧こうこうれいを払うためにも確実に仕留めさせてもらう。勇猛なる戦士ガウォンよ、今宵こよいが貴様とメイの最後の月夜だっ!」


 ボラードの合図に呼応し、包囲していた十人以上の虎種の獣人族が構えた。

 太い腕。巨大な手。そして鋭さを見せる爪。全員が格闘を得意とする戦い方だ。

 殺気立つ虎種の獣人族たちに、ガウォンは左手でもこもこを大切そうに抱きかかえ、右手で肉厚な曲刀を抜き放つ。


れっ!」


 ボラードの合図に、一糸乱れぬ動きで虎種の獣人族たちが動く。包囲網を一気に縮め、ガウォンに迫る。

 夜の森に、虎の咆哮が響き渡った。と同時に、閃光と雷鳴が森にとどろく!

 獣人族たちの周囲に無数の落雷があり、ガウォンに襲いかかろうとしていた虎種の獣人族が狼狽うろたえた。


 その瞬間。

 僕はガウォンと虎種の獣人族たちの間に、空間跳躍で割り込んだ。


 間近に落ちた雷にもひるむことなく突っ込んできたボラードの鋭い爪を、霊樹の木刀で受け流す。続けて横薙ぎに白剣を振るう。

 突然現れて応戦してきた僕に、しかしボラードは素早く反応して一旦身を引いた。

 僕は振るった白剣をそのまま一閃し、回転を加えて竜剣舞の一幕を舞う。竜剣舞に合わせ、暴風が僕とガウォンの周りに吹き荒れた。


「ぐぬっ。この風は!?」


 太い腕で顔への暴風を防ぎ、前屈みで耐えながら、ボラードがうなる。

 ボラード以外の虎種の獣人族は、暴風に体を仰け反らせたり、なかには姿勢を崩して飛ばされる者もいた。


「さあ、今のうちに!」


 僕は虎種の獣人族が狼狽えている隙にガウォンの側まで退がり、彼の手を取る。そして強引に走り出す。吹き飛ばされた獣人族、その包囲網のほころびを突き、一気に突破する!


「小僧、何者だっ!」


 それでも素早く反応したのは、ボラードだった。

 腕同様に太い脚で地を蹴り、一瞬で迫ってくる。背後に迫るボラード。そこへ、ガウォンが目にも留まらぬ速さで曲刀を振るい、牽制けんせいを入れる。


 突然の乱入者。落雷と暴風に一瞬だけ戸惑いを見せていたガウォンは、それでも逃げる機会だと判断した。傍の僕を一瞬だけ一瞥いちべつしただけで、なにも言わずに森を力強く駆け出す。

 僕なんかでは追いつけないほどの速度で、木々が密生する森を右に左に蛇行だこうしながら疾駆しっくしていく。


 超高速の逃げ足に、普通に走っていた僕だけが取り残される。

 逃げ遅れた僕へ、ボラードと他の獣人族たちが襲いかかってきた。

 不意打ちで遅れは取ったけど、ボラードと同じ虎種だ。獰猛どうもうな動きで僕に迫る。


「人族の小僧。よくも邪魔をしてくれたな!!」


 もはや目視では追えない動きで肉薄してきたボラードに、白剣を振るう。だけど、ボラードは柔軟な身のこなしで身を仰け反らせて回避し、次いで剛腕を振り下ろしてきた。

 咄嗟に空間跳躍を発動させ、回避行動をとる。


「っ!?」


 突然目の前から消えた僕に、ボラードが息を呑む。だけどそれも一瞬で、離れた僕をすぐさま察知し、またも突進してきた。


 いやいや、反応が良すぎでしょ!


 空間跳躍はまさに瞬間移動であり、動きが読まれないことが利点のひとつ。どの方角にどれだけ飛んだかなんて、術者しかわからない。ボラードの動きは目にも留まらない速さだけど、僕の場合は絶対に目に映らない。それなのに、跳躍した瞬間に位置を察知されて突進してくるなんて、それはまるで竜姫のミストラル並みの反応速度だ。


 駄目だ。中途半端な回避は逆にこちらが危険になってしまう。

 幸運にも、ボラードが僕に意識を向けたおかげで、ガウォンは戦線を完全に離脱している。それなら、僕もこれ以上この場にとどまる理由はない。


 さあ、逃げよう!


 魔獣や幼女たちから日々逃げ回っている僕の本気に、ついて来られるかな?

 目的を達し、僕は全力逃避へと移行した。

 連続の空間跳躍で、一気に離脱する。それでも、ボラードは空間跳躍の出現地点を一瞬で察知し、追いかけてきた。


 逃げろ逃げろ!


「にげろにげろ」


 アレスちゃんの呟きが耳元に聞こえてきた。

 森がざわめく。

 アレスちゃんの術で、ボラードたちは森のなかに迷い込む。それで僕は虎種の獣人族たちを巻くことができた。


 恐るべし、獣人族の身体能力。

 竜峰に住む竜人族の身体能力は圧倒的だったけど、それに匹敵しそうな動きだったんじゃないのかな。あれは、油断できない相手だ。


 背後を追ってくる気配がないことがわかっても、僕は空間跳躍での移動を止めなかった。

 もう良いや、なんて気は抜けない。どこまで逃げれば獣人族の感知範囲から逃れられるのかも未知数だし。なによりも、先に逃げたガウォンと白いもこもこが気になる。

 置いてきたリステアたちも気になるけど、多分は落雷と僕の竜気をルイセイネが感知して、警戒してくれているはず。


「さて。それじゃあ、君たちの愛するもこもこがどこに行ったか教えてくれるかな?」


 空間跳躍を駆使しながら、森や動物たちに聞いてみた。

 万歳ばんざい、万物の声が聞こえる能力!

 修行をしていて良かったね。


 僕の声に反応して、鳥たちが鳴く。森の木々が揺れて意志を伝えてきた。


『君は何者?』

『あの子を助けてくれたの?』

『ありがとう。メイはあっちよ』


 風の導きで、夜の森を進む。

 木々の枝から枝へ空間跳躍で渡り、森が示す先へと進む。


『あそこに隠れているよ』

『警戒しているよ』

『あの子が弱っているわ』


 森の木々や鳥が示す先に、確かに微かな気配を感じる。虫たちが、もこもこが隠れている木の根もとにできた穴を教えてくれた。


「獣人族たちは撒いてきました。大丈夫ですよ」


 僕は武器をしまい、虫たちが教えてくれた穴から少し離れて声をかける。


「……人族の少年よ。君は何者だ?」


 少しだけ沈黙があり、木の根もとの穴からガウォンが出てきた。警戒した表情で、僕を見ている。

 右手には肉厚の曲刀を持ち、左手も強く拳が握られていた。もこもこは抱えていない。どうやら、穴のなかに隠しているみたい。


「警戒させてごめんなさい。でも、僕は少なくとも敵ではないですよ。森の声に導かれて、干渉してしまいました」

「森の声……? 君は、森の囁きが聞こえるのか?」

「はい。聞こえます。森に導かれて、ここまで来ました」

「……不思議な人族の子供だ。まさか、ジャバラヤン様とメイ様以外に偉大なる声を聞く者がいるとは。しかも、人族か」

「メイ様とは、穴のなかに隠れている子供ですか?」

「そこまで把握しているのだな」

「はい。ずいぶん弱っているようですけど?」


 そう。白いもこもこことメイは、傍目はためから見ても弱ってるように感じた。虎種の獣人族たちに包囲されていたとき。ガウォンの腕のなかで微かに震えていたけど、あれは恐怖というよりも衰弱の震えだったように思える。あの危機的状況に、もこもこもなにかをしなきゃ、という強い意志を感じた。だけど衰弱していて、思うように動けない。そんな震えのように感じたんだよね。


「……俺は、メイ様を薬師くすしフーシェン様のもとへと連れて行かねばならん」

「薬師? 病気かなにかなんですか?」


 出会ったばかりで、得体の知れない僕にどこまで話して良いものか。とガウォンの表情が複雑に揺れていた。


「僕は飛竜の狩場を越えて、この北の地に満月の花を探しにきました。僕は貴方の敵ではないです。だから、話してくれたら味方になれるかもしれませんよ?」

「飛竜の狩場? ああ、人族はあそこをそう呼ぶのか。俺たち獣人族は、竜の庭と呼ぶ。あそこを越えて来ただと? 俺たちでさえも渡れない竜の庭を?」

「はい。今ここでそれを信じてもらおうとは思いませんが、貴方と敵対していないことは信じてください。そもそも、よこしまな気を持っていたらあの状況で介入はしていないですよ」

「それは……そうだな」


 うん、と頷いて、ガウォンは穴に戻る。そして、白いもこもこを抱きかかえてきた。

 白いもこもこは、ガウォンの腕のなかでぐったりとしていた。


「毒を盛られた。どうにかして解毒しないと、このままではメイ様が死んでしまう」

「フーシェンという薬師の場所までは遠いんですか?」

「俺の足で半日ほど。だが、メイ様の体力がそこまで保つか……」

「それなら、急いで僕の仲間と合流しましょう」

「仲間が居るのか?」

「はい。仲間に、人族の巫女様が居ます。彼女たちも薬の知識はありますので、どうにかなるかもしれません」


 場合によっては、法術も役に立つかもしれない。

 獣人族の薬師フーシェンがどれほどの知識と腕を持っているかは不明だけど、今は時間が惜しい。薬師のもとへと連れて行っても、助かるかはわからない。それなら、同じ可能性で半日とかからず合流できるルイセイネたちのもとへと向かった方が良い、とガウォンを説得した。


「俺はなにがあってもメイ様の命を救わなければいけない。今は君の誠実な瞳を信じよう」

「ありがとうございます。では、こっちです」


 僕たちはすぐさま移動を開始した。

 僕は空間跳躍で飛ぶ。ガウォンもボラードと同じように、すぐに僕の位置を察知して追ってきてくれた。

 獣人族は、気配を察知する能力が優れているのかもしれない。そして、素早く反応することもできるようだ。

 獣人族の情報とともに、僕は身を潜めていたリステアたちの場所へと戻った。






「大丈夫です。初期の対処が良かったのでしょうか」

「安心してよー。私たちが必ず助けるよー」

「ルイセイネ、そちらとそちらの薬草を調合してください」

「配合はどうすれば良いでしょうか?」

「三対一の割合でー」


 深夜に突然出ていったと思ったら、屈強な犬種の獣人族と白いもこもこを連れて帰った僕に、リステアたちは驚いた。それでも、ルイセイネたちは白いもこもこの容態を確認すると、素早く治療にあたってくれだした。


「メイ様はもともと小食で、口に入れた毒も少なかった。慌てて水で口を洗い流したのだが」

「それが良かったのでしょう。それにしても、この子は……」


 僕とリステアとガウォンは、手際良く動くルイセイネたちを少し離れた場所から見守っていた。そして、治療をほどこされている白く小さなもこもこの様子を伺う。


 白いもこもこ。大きさは、プリシアちゃんよりももう少し小さいくらいかな。白く柔らかそうな、巻き巻きの髪の毛が印象的すぎて、ついもこもこと思っちゃう。服や手首にも白いもこもこが付いていて、とても暖かそう。だけど、その顔は真っ青で、毒を受けて衰弱しきっていた。


「この子って、羊種ひつじしゅの獣人族かな?」


 僕の質問に、視線はメイに向けたままガウォンが頷く。


「森に愛されし者メイ様は、ウランガランの森の将来を担っているお方だ。俺は祈祷師ジャバラヤン様のめいに従い、このお方をお護りする戦士のガウォン。ご助力いただき、感謝致す」


 大丈夫、安心して、と口にする巫女様たちと、治療を施されて少しずつ顔色が戻っていくメイの様子に少しだけ安堵あんどしたのか、ガウォンは自己紹介をしてくれた。


「俺は、人族の勇者リステアです。彼女たちは、俺たちの将来の伴侶です」

「僕は竜王のエルネア。巫女様と結婚するために、満月の花と呼ばれるものを探してこの地へとやって来ました」

「人族の勇者か。話は聞いたことがある。南方の人族の国に、ほまれ高き戦士の称号を受け継ぐ者がいると。それと……。人族なのに、君は竜王なのか?」

「はい、八大竜王です。獣人族の人も竜王を知ってるんですか?」

「古い言い伝えにある。我ら流浪るろうの民を、絶望の山脈をまたぎ導いたのは、竜の民だと。霊峰れいほうには竜を統べる王がいるのだと、小さいときから言い聞かされてきた」


 住んでいる地域や種族が違い、そこと交流がないと、地名などにも違いが出てくるみたいだね。

 飛竜の狩場のことを「竜の庭」と呼んだり、竜峰を「霊峰」と言ったり。そして、若干の誤解もある。竜王は、竜族を統べるような称号じゃないですよ。


 竜王と名乗ったら、ガウォンからとても崇拝すうはいされるような目を向けられてしまって、僕は苦笑してしまう。

 だけど、談話は長くは続かなかった。


「なるほど。竜の王か。ならば先ほどの身のこなしも頷ける。人族の小僧にしては得体が知れぬと思った」


 がさり、と茂みを掻き分けて現れたのは、いたはずのボラードと虎種の獣人族たちだった。


「あらま。やっぱり追いかけてきちゃったか」


 完全に撒いたはずだった。だけど、さすがは獣人族なのかな。匂いか何かで追ってきたに違いない。

 ミリーちゃんもその辺は得意だったから、予想はしてました。


「エルネア君、もう少しだけお時間をください」


 ルイセイネもミリーちゃんを知っているので、この程度は想定済みだったのかな。落ち着いた様子で僕たちにお願いしてきた。


「リステア、気をつけてね。とても素早いよ」

「ああ、獣人族の身体能力は知っている」


 どうも、リステアたちも獣人族の能力などは把握していたらしい。


 僕とリステア、そしてガウォンはそれぞれの武器を手にし、十人以上の獣人族と対峙した。

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