メイの宿命

「人族がウランガランの森で調子にのるなよ!」


 問答など一切なく、虎種の獣人族たちは襲いかかってきた。


「リステア、攻撃はお願いね」

「任せておけ」


 僕は下がり、リステアが前に出る。

 リステアは早くも聖剣から炎を吹き上がらせて、獣人族たちを威嚇するように一閃する。


「貴様っ、森で炎を扱うかっ!?」


 ボラードが怒りに吠えた。


「炎が怖いなら、さっさと引きさがれ。でないと、俺の炎は容赦しないぞ!」


 リステアは獣人族たちの目に映るように、派手に聖剣を振るう。その度に炎が踊り、火の粉が舞う。

 獣人族たちは知らない。リステアの炎は、完全に彼の制御下にある。燃やしたくないものは燃やさないし、森を傷つけるようなこともない。

 だけど、聖なる炎の性質を知らない獣人族たちは、森で手加減なく炎の剣を振り回すリステアに怒り、矛先ほこさきを彼に向けた。


 ちらり、とガウォンが僕を見た。大丈夫ですよ、と目だけで伝えたら理解してくれたらしく、ガウォンもボラードに向かい突進した。

 僕はルイセイネたちの側まで退き、単独で竜剣舞を舞い始める。


 さて、獣人族たちには僕たちがどう映っているんだろう。森で無謀に炎を乱舞させるリステア。側で戦いが始まっているというのに、冷静に治療を施すルイセイネたち。そして、戦場で何故か剣舞を舞う僕。


 奇妙な一団だと思われても仕方がない。

 現に、虎種の獣人族の何人かは困惑したように戦況を傍観ぼうかんしていた。


 犬種のガウォンは、虎種のボラードと組み合っている。ガウォンの豪剣が唸りをあげてボラードの首を狙う。ボラードは柔軟な身のこなしで回避し、戦鎚せんついのような拳の一撃を送り返す。ガウォンは太い左腕で受け止める。

 リステアの炎に怒り心頭の五人の獣人族が、右から左から襲いかかる。だけど炎が怖いのか、それとも余波で森に火が移ることを恐れているのか、上手く攻撃できていない。

 そして、残った者たちがこちらへと迫ってきた。

 狙いは、僕ではなくて治療中のメイだ!


「うっわー、こわいよー」


 なんて言いながら、イネアが結界法術を展開させる。僕はその外で、竜剣舞を舞い続けていた。


『森のみんな。君たちが大好きなメイを護るために協力してね』


 舞いながら、心のなかで森の木々や動物や、精霊たちにお願いする。


 イネアの結界に阻まれた獣人族が僕に狙いを変えて襲いかかってきた。それを流麗りゅうれいな身のこなしで受けさばいていく。

 獣人族の動きや反応速度がどれほど竜人族並みに優れていようと、けっしてまさっているわけではない。更に、魔族の下っ端のように捨て身で来るわけでもなく、予測不可能というわけでもない。

 それなら、僕はいつものように舞うだけです。


 獣人族の重い一撃を、霊樹の木刀で受け流す。別方角から繰り出された蹴りを、姿勢を低くしてやり過ごす。そのまま足下に回し蹴りを入れ、蹴り倒す。ひ弱そうな僕の反撃で無様に倒れ、しかも足を押さえて苦悶するひとりの獣人族に、他の者たちが動揺する。

 こちらは見た目がひ弱でも、竜気満点だからね。破壊力は、竜人族のそれと同じだと自負している。蹴りを受けた獣人族は、太いすねを骨折していた。


 一瞬だけ動揺した獣人族は、それでも襲いかかってきた。

 白剣を下段から斜め上に振り上げる。鋭利な白剣には警戒するのか、獣人族は距離を取って回避した後に、突っ込んできた。僕はそこへ、流れる動きで体を回転させながら、今度は霊樹の木刀をもう一度下段から振り上げた。

 二度、同じ軌跡で繰り出された攻撃に、獣人族は惑わされる。そこに、雷の雨が降り注ぐ。


「くそっ。なんだ、こいつの戦い方は!?」

「ぐはあっ」


 獣人族が襲ってこようと、距離をとろうと、舞い続ける僕。様子を見ようとして離れると、雷が襲いかかる。かといって接近すると、複雑な舞いに絡め取られて倒される。虎種の獣人族たちのなかに動揺が広がっていく。

 素早さ任せに死角から攻撃しようとしても、舞う僕は右に左に、時には回転して背後にも視線や気を配っているので、全方位に隙はない。


 そして、僕が舞う竜剣舞の本意は、別のところにあった。


 普段から竜剣舞を見ているルイセイネなら、年明け以降の舞に変化が現れていることに気づいているかもしれない。

 鋭い攻撃の意志を見せる白剣の動き。見る者を惑わし、魅了するような滑らかな動きの霊樹の木刀。緩急をつけた舞踊ぶようは、時には闘志を見せ、時には安らぎを感じさせる。

 更に、竜剣舞は相対する者だけを対象にはしていなかった。


『僕から君たちに与えられるお礼は、これくらいしかないから』


 夜鳥たちが僕の舞いに見惚みとれていた。虫たちが息を呑み、魅入みいっている。

 竜剣舞に合わせて竜脈から汲み上げた力を、周囲に優しく散布する。力を受けた木々や草花が生命力に満ち溢れ、活気付く。精霊たちも嬉しそうに力を吸収し、竜剣舞に合わせて楽しそうに舞っていた。


『ありがとう』

『協力するわ』

『あの子の炎も綺麗だわ』


 どうやら、無害で派手に乱舞しているリステアの炎も、精霊たちにはお気に入りらしい。そして、森は僕たちの味方についてくれた。


 深い森の暗闇から、夜鳥たちが鳴き叫び始めた。木々が枝葉を揺らし、虫たちも一斉に鳴き始める。

 夜の不気味な騒動に、虎種の獣人族たちにいよいよ深刻な動揺が広がり始めた。


「馬鹿な! ウランガランの森が怒りに満ちている!?」

「おおお、なんという恐ろしい気配だ」


 怒り? 森や動物たちの声が聞こえない者にとっては、恐ろしい現象として感じているんだね。


『さあ、彼らが動揺しているうちに、仕上げといこう』


 僕の意思に合わせて、森の精霊たちが動きだす。目眩めくらましのように、獣人族たちの周りで色とりどりの火花が弾ける。


「怒りだ」

「ウランガランの森が怒り狂っている!」

「ひいぃぃ。恐ろしい」


 獣人族たちは怯え、こちらに攻撃するどころではなくなっていた。見れば、ボラードも手を止めて周囲の異変に顔をしかめていた。ガウォンにも動揺の色が見て取れる。


 森が騒ぎ、多くの精霊たちが目眩しをしている隙に。夜の支配者、闇の精霊たちが虎種の獣人族たちに忍び寄っていた。


「目がっ、目がああぁぁっっ」

「くあっ。何も見えんぞ!?」


 闇に囚われた獣人族が恐慌状態になり、手当たり次第に暴れ出す。なかには近くの仲間を殴り倒したり、自ら転けて頭を打つ者も。


「ちっ、退けっ!」


 ボラードが指示を出すけど、それは遅すぎた判断だった。


『良い子は寝ましょうね』

『眠れ眠れ』


 おだやかな風が虎種の獣人族たちの周りに吹き、闇が睡魔を誘う。

 次から次に、獣人族たちは意識を失い倒れていく。


「いったい、何が起きているんだ……」


 突然目の前で閃光がまたたき、次に闇が広がったと思ったら、ボラードを含む虎種の獣人族が倒れ伏した。しかも、全員が穏やかな寝顔なんだ。そりゃあ、混乱するよね。


「エルネア、後で説明を聞こうか」

「ええっと、メイが森に愛されているから、みんなが手伝ってくれたんだよ!」

「いや、メイ様にこんな能力はないぞ?」


 リステアとガウォンに、いったい何をしたんだ、という視線を向けられてしまう。

 おかしいな。変なことをしたつもりはないんだけど。


「エルネア君、動植物を魅了したり、耳長族のように精霊力もないのに精霊たちに協力させるのは普通じゃないんですからね?」

「うっ……」


 ルイセイネの冷静な突っ込みに、みんなの困惑が理解できました。

 そうだよね。普通はこんな戦い方はしないよね。僕にとってはもう普通のことだったので、忘れていました……


「な、なにはともあれ。三人のおかげでこの子の容態も落ち着きました」

「今の内に、とどめを刺しちゃうー?」


 巫女様のイネアから一番恐ろしい言葉を頂きました!

 ガウォンを除いた僕たちは顔を見合い、苦笑する。


「いや、勝敗はついた。ならば無用な殺生は駄目だ」


 ガウォンの言葉に「しかし」と、リステアが聞き返す。


「ここで手加減や情けをかけていると、また必ず後を追ってきますよ?」

「それでも、だ。俺たち獣人族は、勝敗がついた後の殺生はしない。戦いのなかで死ぬのは仕方がないが、戦いを生き延びた者にまで手をかけるのは種族として褒められたものではない」

「ここは獣人族の土地なんだし、僕たちはそのしきたりに従おうよ。でも、なるべく時間が稼げるように縛っておこう!」

「おこうおこう」


 アレスちゃんが顕現けんげんして、昏倒こんとうしている虎種の獣人族全員をつたで何重にも縛りあげた。


「……その子供は?」

「紹介が遅れました。アレスちゃんです。精霊の子供なんですよ」

「そうか」


 自然を操るアレスちゃんに、ガウォンは少しだけ興味を示したようだった。僕の紹介で、繁々とアレスちゃんを見下ろすガウォン。


「君たちは本当に不思議だ。この森に人族がいるというだけでも珍しいのにな」

「あはは、少しだけ自覚はあります」

「少しだけかよっ」


 リステアの突っ込みは流すとして。


「それで、このあとはどうします? 彼らを縛りあげたとはいっても、このままここには留まれませんよ」

「そうだな。俺とメイ様は、祈祷師ジャバラヤン様のところに行かなければならん」

「なら、僕たちもそこまでついて行きますね」

「一緒に来てくれるのか? 君たちならば心強いが、これ以上獣人族の問題に巻き込むわけには……」

「もう、巻き込まれちゃってますし」

「エルネア君、自ら首を突っ込みましたよね?」

「うう、ルイセイネ。僕をいじめないで」

「ふふふ。ですが、エルネア君の方針でわたくしも良いと思いますよ。満月の花の手がかりもどこかで手に入れなきゃいけませんし」

「そう、そうなんですよ。獣人族の人たちのなかに、満月の花の情報を持っている人はいないのかな?」

「俺は知らないが……。もしかすると、博識なジャバラヤン様なら何かを知っているかもしれん」

「よし、ならそのお方に会いに行こう!」


 ということで、僕たちは移動することになった。


 僕はルイセイネを抱いて空間跳躍できるけど、リステアたちは普通の移動しかできない。なので、大変だけど地上を行く。

 ガウォンも大事そうにメイを抱きかかえて、先頭で進む。

 メイは、ルイセイネたちに処置を施されたけど、未だに目覚めない。顔色は良いので、毒素は抜けて安心だとは思うんだけどね。


「あいつらは、どれくらいまで意識を失っている?」


 ガウォンの質問に、僕は精霊さんたちに聞いてみた。


「暗いうちは闇の精霊の支配下でずっと眠り続けるみたいです」

「ならば、目覚めるのは明け方か。そこからあの縛りを抜け出し、体勢を整えて追尾してくるのは……。猶予ゆうよは昼あたりまでか」

「ジャバラヤン様にはどんな用事があるんですか? たしか、最初は薬師フーシェンのところに行こうとしてましたよね」

「メイ様の治療が済んだのなら、フーシェン様のところへ向かうよりもジャバラヤン様のもとへと向かったほうが良い。そこでメイ様が洗礼を受ければ、奴らもそう簡単には手が出せなくなるからな」

「洗礼だなんて、まるでわたくしたち巫女のようですね」

「巫女様は、基礎の修行が終わったら洗礼を受けるんだよね?」

「はい。洗礼を受けることで、わたくしたちは法術を使えるようになるのですよ」

「人族の儀式とは違うと思うが、俺たち獣人族にも洗礼の儀はある。獣人族の宗主そうしゅとなる者が受ける儀式だ」

「ええっ! ということは、メイが次の獣人族の宗主様?」

「そういうことになる。祈祷師ジャバラヤン様が占いによって選出したのだ。それなのに、奴らは納得せずに……。ボラードたち虎種の獣人族だけではない。獅子種しししゅ鰐種わにしゅ、多くの武闘派の部族は納得していない。俺の部族、犬種の者たちもな」


 ウランガランの深い森を進みながらガウォンが口にした衝撃の事情に、僕たちはとんでもない問題に首を突っ込んでしまったと苦笑しあった。

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