言わぬなら 脅してしまおう 赤鬼種
「お前が赤鬼種の暗殺者、ジュメイだな!」
「ほう。人族如きが俺を知り、俺の名を口にするか?」
「お望みなら、何度でも名前を言ってやる!」
白剣を振り抜く。交えたジュメイの刃ごと、胴体を両断するように。
だけど、剣先からは何の手応えも伝わって来なく、白剣は空を斬る。
一瞬前まで僕の視線の先に存在していたはずのジュメイは、姿を消し去っていた。
そして、気配も。
「空間跳躍?」
瞬間的に移動する術なら、耳長族や僕だって使える。上位の魔族にもそれくらいの術が使える者は存在するだろう。
でも、何か違和感がある。
なんだろう?
姿と気配を一瞬で消したジュメイとは対照的に、背後にした執務室の奥では人形が動く。
のそり、と
切断された筈の傷が塞がり、完璧な姿を取り戻す。
同じように、ジークの姿の人形も左右が合わさって合体する。
「ふふふふ。さあさあ、楽しませてくださいね?」
そして、
張り巡らされた蜘蛛の糸。でも、この糸はジャンガリオ爺さんの魔法ではなく、傀儡の王が真似て張った蜘蛛の巣だ。
だからだろうね。ジャンガリオ爺さんとジークの動きを阻害しないように、魔法の糸が二人の人形を避けるように退く。
逆に、僕たちに向かっては範囲を狭めるように、蜘蛛の巣全体が収縮し始めた!
「はあっ!」
セフィーナが容赦なく拳を繰り出す。
張り巡らされた蜘蛛の糸の隙間を正確に縫って、肉薄してきたジークの顔面に叩き込まれる!
渾身の竜気が乗ったセフィーナの拳が、ジークの頭部を吹き飛ばした。
でも、人形は頭部を破壊されても動きを止めない!
予備動作もなく、腕を振るってくるジークの人形。
「むきぃっ、悪趣味な人形劇ですね!」
マドリーヌの法術が完成する。
そして、迫ったジャンガリオ爺さんとジークの二人の人形を纏めて呪縛する。
月の影に拘束された二人の人形が動きを止めた。それだけでなく、こちらへと収束し始めていた蜘蛛の巣の動きも、月の影の上で止まる。
更に、マドリーヌは攻勢の手を緩めない。
そのまま二重奉納で法術を重ねると、
セフィーナも、眼前で動きを止めたジークの人形に向かって、
「おやまあ!」
マドリーヌの月光矢を全身に浴びて、穴だらけになるジャンガリオ爺さんの人形。
セフィーナの回し蹴りを受けたジークの人形は、今度は上半身と下半身に両断されて吹き飛ぶ。そして、自ら蜘蛛の巣に触れて、細かく切り刻まれた。
どうやら、蜘蛛の糸の切れ味は本物みたいだね。
でも、その糸をセフィーナはさっきまで器用に退けていたんだよね!? 糸に触れた指先を切ることなく!
「竜王だけでなく。妻たちだけでなく。貴女がたもお強いのね? 素敵だわ素敵だわ。ふふふふ」
だけど、人形を破壊されたというのに、傀儡の王は愉快そうに笑う。
傀儡の王は、遊んでいるんだ。
僕たちを利用して。人形を使って!
それと、もうひとり!
僕は白剣を振るう。
そして、死角から放たれた短剣を弾き返す。
更に別の方角から繰り出された斬撃を払い、反撃とばかりに白剣を突き出す。
でも、ジュメイには届かなかった。
白剣を振り抜く前に、ジュメイはまたも姿と気配を消してしまう。
「さあ、お次はどんな演目でしょう?」
ふふふ、と声だけを響かせる傀儡の王。
ようやくわかったよ。
傀儡の王は、この場にはいない。
セフィーナがさっき辿った、竜王の都の外まで続く一本の魔法の糸。その先に傀儡の王は居て、糸を通してこちらの状況を感じ取り、声だけを届かせているんだ。
「なんて迷惑な始祖族だろうね!」
魔族の中でも、始祖族が別格に恐ろしい存在だということは深く熟知している。
巨人の魔王や妖精魔王が、まさに始祖族だからね。
猫公爵も始祖族だけど、あれは別の意味で恐ろしい。猫のような気まぐれの性格で周りを振り回すだとか、物質創造の能力を無駄遣いするとかね。
そして傀儡の王もまた、迷惑極まりない。
自分は現場に存在しないくせに、人形を使って思うがままに現場を引っ掻きまわす。
きっと、他の能力もまだまだ隠し持っているはずだ!
そして、隠れているといえば!
僕はマドリーヌを
マドリーヌを狙って放たれた二本の毒塗りの短剣を弾く。
セフィーナは、自ら不意打ちを
「まさに暗殺者らしい戦い方だね!」
姿も気配もないジュメイに届くように、叫ぶ僕。
一瞬で姿を現したり、姿を消したり。姿も気配もないのに武器を投擲してきたり。ジュメイの術は、ただの空間跳躍ではないような気がする。
かといって、黒鬼種のように何かの影に潜んでいるわけでもない。
いったい、どんな術なのか。
「ふふふふ。お次はこちらですよ?」
ジュメイの不意打ちは、どこからどんな攻撃が飛んでくるのか予測不能で、全方位に気を張っていなきゃいけない。
でも、敵はジュメイだけではない!
月光矢によって穴だらけになったジャンガリオ爺さんの人形が動く。
蜘蛛の口を大きく開き、無数の蜘蛛の糸を放つ!
僕は、今度はセフィーナを庇って白剣を振った。蜘蛛の糸を裂くように。
だけど糸は切れずに、逆に白剣の刃に絡まる。そして、絡めた白剣を僕から奪うように、今度は糸を吸い込んでいく人形。
僕は白剣を奪われないように、必死に抵抗する。そのせいで、僕の動きが封じられた。
「エルネア君!」
「ジークの人形が復活しそうですよ!」
「くっ!」
動きの止まった僕に向かって、死角からまたも短剣が放たれる。それをセフィーナが弾く瞬間に、僕の懐にジュメイが姿を現した!
さらに別の場所では、ばらばらになったジークが再びひとつの人形となって、マドリーヌに襲いかかる!
動きの取れない僕。
短剣を弾いた動作のセフィーナ。
マドリーヌに肉薄するジークの人形。
絶体絶命の危機!
「なんて、僕がそんな状況を許すわけがないよね? 残念、全てがこちらの計算通りだよ!」
「っ!?」
全身を赤黒い装束で覆ったジュメイ。額の長く鋭い
僕は、白剣の刃に絡まっていた蜘蛛の糸を容易く斬り裂く。そして勢いそのままにジークの人形をまたもや両断する。
更に、空いていた左手で、突き出されたジュメイの腕を掴んだ。
「はい。捕らえた! 鬼ごっこ隠れん坊は終わりだよ?」
にやり、とジークに向かって笑みを浮かべる僕。
僕の笑みを、驚愕の瞳で見つめるジュメイ。
その一瞬の間にも、周囲の状況は大きく変化する。
「はい。こちらも終わり」
と、魔法の糸に触れたセフィーナが格好良く微笑む。
セフィーナが触れた魔法の糸。その先を辿っていくと。
糸に
セフィーナは魔法の糸を操り、執務室中に張られていた蜘蛛の巣を利用して、二人の人形を呪縛したんだ。
そして、動きの封じられた二人の人形に、マドリーヌが容赦なく法術を放つ。
星の輝きが二人の人形を包み込む。そして、爆散した!
眩しい閃光の後。二人の人形は跡形もなく吹き飛んでいた。
「すごい威力だね、マドリーヌ」
「
「もちろん!」
なんて軽い会話を交わす僕だけど、ジュメイの腕は離していない。
ジュメイは、僕の手を振り
人族ではあり得ない
「さあて」
邪魔な人形を排除したことだし、僕はこちらを問い詰めようかな。
ジュメイの腕を握り潰しそうなほど強く握ったまま、僕はジュメイを睨む。
「よくも、メドゥリアさんを襲ってくれたね? ああ、そうそう。メドゥリアさんは命を取り留めたよ。暗殺者なのに、獲物を取り逃しちゃったね?」
にやにやと、態とらしく笑みを浮かべる僕。
もちろん、ジュメイを挑発するためだ。
ジュメイは超一流の暗殺者だからね。きっと、拷問を受けても秘密は口にしない。更に言うなら、拷問されるくらいなら自害する、くらいの気概は持っているはずだ。
だから、態と挑発をして冷静さを失わせる。そうすれば、少しくらいは情報を聞き出せるかもしれない。
案の定、人族如きと見下す者から挑発されて、ジュメイの瞳に怒りと殺気が宿る。
でも、怖くなんてないよ?
マドリーヌが更なる法術を発動させると、腕だけでなく全身を呪縛されるジュメイ。
「それで? 暗殺を失敗したジュメイ君。君の雇い主、傀儡の王の居場所は何処かな?」
人形が破壊されたからなのか。それとも、僕たちとジュメイのやり取りを面白おかしく観察しているのか。今のところ、傀儡の王がこちらに干渉してくる気配はない。
その状況を利用して、僕はジュメイに駄目元で聞いてみた。
すると、予想もしなかった答えが返ってくる。
「雇い主が傀儡の王だと? 馬鹿を言え。奴と俺様は別関係だ」
「なななっ!? ということは、傀儡の王はこの状況を利用しただけ?」
「ふふふ。ふふふふふ。可笑しいです。やっとお気づきになったようで、嬉しいです」
傀儡の王の声だけが振ってくる。
やっぱり、こちらの様子を観察していたんだね。
くそう。全てが傀儡の王の掌の上のような気がして、嫌だよね。
でもまあ、ひとつ真実が判明して、良かったということにしよう。
「それじゃあ、質問を変えよう。お前に暗殺の依頼を出したのは誰だ?」
傀儡の王がジュメイの雇い主でないとしたら。いったい、何者が黒幕なのか。
僕の質問に、今度はジュメイの瞳が笑みを
「俺様の雇い主? それを俺が口にするとでも?」
「思っていないよ? 一応、聞いただけ」
はい。こちらは全く期待していませんよ。と余裕の笑みを返す僕。
それが気に食わなかったのか、ジュメイの瞳から笑みの気配が消える。
「そもそも、俺様の狙いは下等なこの都の領主ではなかった。あれを餌に、本命である貴様を呼び寄せただけだ」
「それも知っているね。僕たちはそうと気づいていて、来てあげたんだよ?」
にやにやと、あくまでもジュメイを
まるで、僕の方が悪役だ。でも、これで良い。こうして相手を挑発し続ければ、きっと別の情報も探り出せる。
僕の狙いは的中した。
笑みを消し、怒気と殺気を
「俺の雇い主が聞きたいらしいな? ふはははっ。貴様は勘違いをしている。俺様に雇い主などいない。俺様は、一族の総意によって貴様を殺しに来たのだ!」
「なっ!!」
それはつまり……
「そうだ。たとえ今、この俺様を返り討ちにしようとも、赤鬼種の一族全てが、貴様の命をこれから狙い続けるのだ!!」
衝撃的なジュメイの言葉に、僕は驚いて仰け反る!
「……なーんて。僕がその程度で尻込みすると思ったのかな?」
はははっ、と笑い返す僕。
そして、今度はこちらが言ってやる。
「一族総出で? それは良いね。僕の方も、こう考えていたところなんだ。僕の身内や仲間の命を脅かす者は邪魔だよね? 赤鬼種の一族は、暗殺業が
なんと、ジュメイの依頼主はいなかった。その代わりに、ジュメイは赤鬼種の代表として、僕の命を狙ったという。
ならば、赤鬼種は僕たちの敵だ。
そして、暗殺者たちに命を狙われ続けるくらいなら、いっそのこと赤鬼種を滅ぼしてしまえばいい。
そうすれば暗殺の影は無くなるし、僕たちに手を出すような愚か者はいなくなるはずだよね。
だって、僕たちに手を出したら、手を出した本人だけでなく、連帯責任でその者の種や組織全体が滅ぼされてしまうのだから。
と、魔族も真っ青になるようなことを平然と口にする僕。
案の定、僕の言葉を受けて、ジュメイが限界を超えて目を見開き、僕を凝視する。
その瞳には既に、怒気や殺気は含まれておらず、この上なく恐ろしい者を見る恐怖に染まっていた。
「さあ、まずはお前だ、ジュメイ。お前を倒し、赤鬼種に宣戦布告しよう。もちろん、傀儡の王、貴女もだ!」
僕は、蜘蛛の糸によってこちらの様子を伺う傀儡の王に向かっても宣言する。
「何処に隠れていたって無駄だからね? 僕は竜の大群を引き連れて必ずお前や赤鬼種を見つけ出して、滅ぼしてやる!」
ジュメイは、驚愕に震えていた。
自分が、いったいどういう相手に手を出したのか、今更ながらに思い知ったんだろうね。
だけど、傀儡の王は違った。
「ふふふふ。ふふふふ。面白いわ。どうぞ、いらっしゃい。楽しい人形劇を準備してお待ちしていますね?」
始祖族という存在は、どこまでも厄介だね!
でも、喧嘩をすると宣言した以上は、手抜きなんてしない。
僕は怒りを込めて、白剣を振り下ろした。
上空に分厚く蓄積し始めていた暗い雲から雷号が
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