降臨

 圧巻だった。

 僕とルイララの間に立ちはだかった六人の竜王は、竜気を漲らせて壁を作る。

 ルイララは余裕な表情こそ崩していなかったけど、ひたいから大粒の汗を流していた。


「いやあ、これは流石に、分が悪いかな?」


 じりり、と後退するルイララ。


「竜人族の村を襲っておいて、逃げれると思うのかい?」


 巨躯きょくの竜王が巨大な両手斧を構える。


「おおっと、それは頂けない」


 ルイララはわざとらしく怯えてみせる。


「先に僕らに手を出したのはそちらですよ? それに今、僕は彼と休戦を結んだところなんだよね」


 言ってルイララは、僕を指差す。


「本当に?」


 ミストラルが怪訝な表情で僕を見る。


「剣術勝負をしたんだ。それで引き分けて」

「うっひょう。こいつと剣術で引き分けたのかい」


 長槍を構えていた痩躯そうくの竜王が驚く。


「引き分けたと言うのならそれで構わん。しかし、こちらが先に手を出したとは、言いがかりにも程があるな」


 筋骨隆々きんこつりゅうりゅう、浅黒い肌の竜王が怒りむき出しでルイララを睨む。


「そうだ。こいつらはいきなり村を襲撃してきたんだ!」


 僕たちと一緒に村からやってきた男性が、怒気も露わに叫ぶ。


「やれやれ、竜人族は何を言っているのかな? 先に僕の領地の村を襲ったのは、君たちだろう?」


 しかしルイララは肩を竦め、馬鹿なことを言わないでほしいと反論する。


 どういうこと?

 何か互いに食い違いが見える。


 僕の疑問は、ミストラルも感じたみたい。


 ルイララと村人の男性を交互に見るミストラル。しかし、お互いとも嘘を言っているような気配は感じられない。


「おい、村の戦士はどした?」


 中年の竜王が男性に聞く。


「狩りに出た村の若い連中が魔族どもに襲われたと言って、出て行った」

「全員でか?」

「あ、ああ」


 若者が魔族に襲われたからって、村の戦士全員が出て行くかな? あまりの違和感に、僕は首を傾げる。


「詳しいやり取りは、俺も知らない。でも本当だ!」


 やはり、男性は嘘を言っている気配はない。それとも、嘘が巧みすぎて、僕たちは気付けないのかな?


 竜王たちも、男性の説明に違和感を覚えているものの、嘘を言っている様子にも見えない男性に、どうしたものかと顔を見合わせる。


 男性とルイララの言い分には、きっと見えない食い違い、もしくは巧みな嘘がある。

 でも今この状況で、それを見つけることは誰もできなかった。


 張り詰めた空気のまま、しかし困惑気味に対峙する僕たち。


「僕の領地には、明らかに君たち竜人族が襲撃した証拠がある。そして、その男の言い分には懐疑的なものがあるよね? そうしたら、僕の方が真実だとわかっていただけると思うんだけどな」

「いいや。俺たちはその証拠とやらを見ていない。お前のでっち上げの可能性は十分にある」

「やれやれ。僕がそんなものを捏造してまで、竜人族の君たちの村を襲うと思うのかな?」


 困った人たちだよ、とお手上げの仕草を見せるルイララに、竜王たちは唸った。


「どういうこと?」


 言いくるめられている竜王たちに違和感があり、側のミストラルに小声で聞く。


「あの魔族は、巨人の魔王の配下なの。巨人の魔王は、わたしたちとの争いを無くそうとしている魔王だから、配下が暴走するとは思えないのよ」

「そうなのか」


 魔王が争いを無くそうとしているのに、配下が火種を作るはずはない。魔族の主従関係は絶対的なものだと、ミストラルが教えてくれる。

 僕のそばに駆け寄ったライラも、ミストラルの説明に耳を傾けていた。


「それなら、やっぱり……」


 村人の男性が嘘を言っているのか、何か間違えているのか。


「俺は嘘なんて言っちゃいない!」


 慌てる男性。するとそこに、村の方から複数の男性が駆けつけてきた。

 僕たちに合流した男性たちは、異様な場の雰囲気にたじろぐ。


「おい」


 巨躯の竜王が、駆けつけた男性たちに問う。


「村の戦士はどうした」


 しかし、駆けつけた人たちは口を揃えて、僕たちと一緒に来た男性と同じことを言う。


「こいつは困ったなぁ」


 痩躯の竜王が、さして困った様子もなく軽く笑う。


「お互いに食い違ったまま平行線だし、ここは僕を見逃してくれないかな?」


 ルイララの提案に、若い竜王が姿勢を低く構える。


「だからと言ってはいそうですか、と貴方を見逃せと? 魔族が村を襲った事実には変わりがない。同族の恨みを流すわけにもいかないだろう?」

「ああ、それは困ったね」


 竜王六人に凄まれても、気圧された様子を見せないルイララ。しかし、切羽詰まっているはずだよ。いくら爵位持ちの魔族だからといっても、竜王六人とミストラルには敵うはずがない。

 余裕な雰囲気を出してはいるけど、額の大粒の汗と少し張り付き気味の笑みが内心を表しているのかも。


 困った困った、と後退るルイララ。逆に竜王たちは、じりりと間合いを詰める。

 僕とミストラル、それにライラも戦闘態勢に入った。


「お前たちは……」


 その時、林の奥に闇が広がった。


 そして闇の中から、絶世の美女が姿を現わす。

 濃い青色の豪奢ごうしゃな服を着た、金髪の女性。

 僕は、ミストラルよりも美しい女性を初めて見た。

 しかし、女性が身に纏うのは、恐怖と絶望だけの殺気。


 濃い瘴気しょうきが闇色に可視化して、林の木々を喰らう。瘴気に飲み込まれた草木は、瞬時に朽ち枯れ、闇の炎に燃え消える。


「くっ」


 ミストの表情が強張る。


「お前たちは、私と戦争がしたいのか」


 静かに、しかし迫力のある低い声で、女性は言う。

 ルイララが優雅にひざまずく。

 そして、竜王たちに緊張が奔る。


「なぜ。なぜ、貴女がわざわざここに降臨なさるのです」


 緊張に気を張り詰めさせた竜王の変わりに、ミストラルが前に出る。


「竜姫か。久しい」


 女性はミストラルを見て、微笑んだ。絶世の美女の微笑み。だけど、僕は美しいとは思わなかった。全身が総毛立つような恐怖を感じる。


「魔王自らが降臨とは、珍しいですね」


 恐ろしい美女は、魔王なのか。

 僕とライラは、思いもしない人物の登場におののいた。


「竜姫よ。今一度問う。私と戦争をする気か」

「勿論、そんなつもりは毛頭ありません」


 闇から現れた魔王は、魔族を統べる存在として圧倒的な気配でミストラルを威嚇する。だけどミストラルも負けじと気勢を張り、対抗して前に出る。


「ならば、この状況はなんだ」


 魔王は魔族の死骸を一瞥いちべつし、ルイララを見て、竜王たちを見据える。


「陛下。説明は僕が」


 ルイララは跪いたまま、事の顛末を魔王に伝えた。

 魔族が言う事だ。きっと自分の都合が良いように言うに違いない、という僕の予想は外れ、ルイララは正確に自分と僕たちの状況を説明した。


 僕は混乱する。


 魔族って、極悪非道で、他者の事は何も考えない傍若無人な種族じゃなかったの?

 理路整然と、起こった事とお互いの食い違いを説明するルイララと、静かに聴く魔王の姿は違和感しか覚えない。


「なるほど、理解した。お前はもう下がれ」


 顛末を聴き終えた魔王は、ルイララに命じる。

 ルイララは恭しく頭を下げ、魔王の周りの闇に消えようとして。立ち止まって、振り返る。


「そういえば君。名前を教えてくれるかな?」


 ルイララの視線は、僕を捉えていた。


 どきり、と胸が跳ねる。

 魔王を目の前にし、言葉を発していいのかわからない緊張感が、僕を襲う。

 でも、魔王はルイララの態度にも僕にも興味はなさそうで、ミストラルと無言で見つめ合っていた。


「僕は。僕はエルネア・イース」

「ふうん。エルネアね。覚えた。また今度、是非勝負をしようね」


 ルイララは一方的に約束して、今度こそ魔王の創る闇へと消えていった。


 魔王はルイララの気配が消えるのを確認し。


「見た所、お前たちも本気でルイララと事を構えるつもりはなかったように見受ける。ならばお互いの食い違いは、双方に検証要員を出して調べさせる。それと、この場は私が預かろう。良いか」


 魔王の有無を言わさぬ言葉に、ミストラルは頷く。


「ふふ。竜姫は素直で良い」


 魔王は一瞬だけ柔らかい本当の笑顔を見せると、きびすを返し、纏わり付く闇に溶け込んで消えた。

 魔王が消えると、瘴気を放つ闇も消える。


「うっひゃあ、恐ろしかった」


 痩躯の竜王が額の汗を拭う。

 それ以外の竜王の顔にも、安堵の色が見て取れた。


「エルネア、もう良いわ。霊樹の結界を解いて」


 ミストラルに言われて、僕は思い出す。そうだったよ。村人を結界で守っていたんだ。

 ルイララに見破られていたので、本当に守れていたのかは疑問だけど。


 霊樹の惑わしの結界が解け、恐怖に身を寄せ合う村人たちが姿を現わす。


「ほほう、大した術だ」


 中年の竜王が目を見開いて感心してくれた。


「怖かったにゃん」


 上空から、巨大な竜が舞い降りてきた。ニーミアだ。

 僕たちの上を高速で過ぎ去った影は、ニーミアだったんだね。

 竜王とミストラルたちは、ニーミアの背中に乗って駆けつけてくれたんだ。


 見た事もない巨大な竜族に、村人たちに一瞬緊張が走る。しかし着地してすぐに子猫のような姿になり、僕の頭の上に乗ってきたのを目撃して、緊張は和らいだ。


「エルネアもライラも無事でよかったわ」


 魔王と闇が完全に消えた事を確認して、ミストラルは僕たちの場所に戻って来た。


「助けに来てくれてありがとう」


 お礼を言う僕の背中を、若い竜王が叩く。


「まだ早い。落ち着くのは村の状況を調べてからだ。君も竜王なら、手伝ってくれ」

「はい」


 そして僕たちは、駆けつけたミストラルと竜王たちと一緒に、村の惨状を見て回った。

 幾人もの竜人族の人が死んでいた。男性に混じり、女性の死体もある。

 そして、竜人族の数倍の数の魔族の死体が、村の至る所に横たわっていた。


 建物の多くは燃え落ち、地面の陥没が戦いの凄まじさを物語る。

 目を背けたくなるような惨劇だったけど、僕は必死に生存者を捜して歩いて回った。

 だけど、生き残った人は村の中にはおらず、逃げ延びた二十名弱の女性と子供と年寄り。それと、戦い生き延びた数人の男性だけが、生存者だった。


「これは、住人をすぐに村に戻すわけにはいくまい」


 竜王の中でも最年長らしい頭部の禿げた初老の男性が音頭おんどを取り、僕たちは村中の亡骸なきがらを運ぶ。

 そして、村の外れに竜術を使って掘った穴に、埋葬していった。

 魔族の死体も同様にして、処理していく。

 村を襲った憎い奴らだけど、死体をそのままになんて出来ないからね。


 夕方近くになり、やっといち段落つく。そして避難していた村人を呼び戻すと、生き残った人たちは変わり果てた村の惨状に、肩を寄せ合い泣いていた。


「まったく。戦士どもは何をしているんだろうなぁ」


 痩躯の竜王がため息を吐く。


「それを確認するのが、今からの仕事ですね」


 最年少らしい、といっても僕やミストラルよりかは年上の青年竜王が、沈み始めた太陽を睨む。


「しかし、情報もない今の状況で動くわけにはいくまい。今日はこの村で一夜を過ごし、作戦を練って明日以降に行動だな」


 最年長の禿げた竜王が、方針を決定する。


「やれやれ。今夜はミストラルの手料理で盛り上がるはずだったんだかなぁ」


 巨躯の竜王が、ミストラルを一瞥して露骨に残念がる。


「はいはい。料理くらいなら」


 ミストラルはため息を吐くと、悲しみに暮れる村人達の分も合わせて、村に残っていた食糧を使って夕食を作ろうと動き出す。


「僕も手伝うよ」

「わたくしも手伝いますわ」


 僕とライラが後に続く。


「ほほう、あの二人が」

「面白いことになってきたな」


 筋骨隆々、浅黒い肌の竜王と、中年の竜王が僕たちを見てなにやら話し込んでいた。

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