旅の始まり
僕の前には、竜峰へと続く道がある。
だけど、西の砦までとは違い、路面は全然舗装されていない。
砦周辺は辛うじて石畳敷かれているけど、ちょっと歩くと、もうそこは土むき出しの地面なんだ。
アームアード王国とは違う。
僕は今、国の外に出たんだね。
茶色い土の道が、僕に現実を教えてくれた気がする。
道にも周りにも、春の草花が生えている。
踏みしめられた所は硬い茶色の土むき出しだけど、それ以外の場所には容赦なく生え荒れていた。
全然手入れされていないんだね。
ここはもうアームアード王国の影響の及ばない世界なんだ。つい今し方まで双子王女様と話していたのが嘘のよう。
僕は振り返る。
そうすると、そこには遥かに高い外郭と砦が堅牢さをたたえて、そびえ建っていた。
後ろが現実で、前が非現実のような気がする。
砦の上で、何人かの兵士さんが僕を見下ろしていた。
僕が手を振ると、気をつけろよ、と声を飛ばしてくれた。
よし、立ち止まっていても意味がない。
僕は前を向き直すと、歩き始めた。
荒れてはいるけど、道はある。
この道を辿っていけば、僕は最初の目的地に着くはずなんだ。
僕は道に沿って黙々と歩く。
馬車の車輪くらいの幅で土がむき出しになっている。
これは、竜人族が王都で商売をするときに馬車で荷物を運んでいるからじゃないかな。
踏み固められた線が続き、それが道であり進む先なのだと僕に教えてくれていた。
西の砦から離れると次第に
一年前、竜の森へと足を踏み入れた時のことを思い出す。
あの時は、僕は世界のことなんて何も知らない、ちっぽけなひとりの少年だったんだ。
森に住まう種族。護る者。竜峰に暮らす人々。共存する竜。何も知らなかったし、知っていても別の世界のことだと気にもしなかったに違いない。
でも今は違う。
多くのことを知って、多くの人たちに出会って、そして今、僕は自分の意思で竜峰を目指しているんだ。
僕は竜峰で更に多くのことを知り、沢山の人たちに会うんだろうね。
その為の最初の試練が、僕の目の前に広がっている。
南の竜の森は、
それは、きっとスレイグスタ老の護る霊樹の聖域がそこにあったからなんじゃないかと思う。
だけど、いま目の前に広がる森は、どこまでも邪悪な気配しか漂わせていない気がして、僕は身震いをした。
警戒は怠っちゃ駄目だね。これから先は危険がすぐ隣で僕を待ち構えているに違いない。
僕は竜気を練り、いつでも緊急に対処できるように身構えて森の中へと足を踏み入れた。
森の中にも道は続いている。
長い間、竜人族が利用してきた道なんだね。
雑草が生え、地面が荒れていても、確かにそこに道を認識することができる。
道を邪魔するように生える木はない。
でもその代わり、道のすぐ脇はもう鬱蒼とした暗い森で、多種多様な樹木が林立していた。
きっと、この森も南に下ればいずれは竜の森と繋がっているんだろうけど、この森の雰囲気は全然違うね。
まだ午前中だというのに、道の両脇に広がる森の中には光が届いていなくて、暗くて不気味に感じる。
そして、森に入って早々に、僕の張り巡らせた警戒網が異変を察知していた。
何者かに監視されている。
何だろう。巧みに気配を隠しているけど、複数の何者かが僕を尾行している。
緊張で身体が
僕は道の真ん中をなるべく通るようにした。
馬車の車輪が踏み固めた所が一番歩きやすいんだけど、それは道の端になっちゃう。
端を歩いていて、すぐ横の茂みから襲われでもしたら大変だからね。
警戒をしつつ、僕は一歩一歩確実に前へと進んだ。
精神がすり減るよ。
何者かの監視は、付かず離れずの距離で僕をずっと尾行している。
気配の消し方が上手いくせに、わざと存在を臭わせて僕の精神を潰しにかかっているんだ。
相手の位置が正確にわかるなら強襲することも考えたけど、尾行者の方が一枚上手みたい。
竜気を使って探りを入れても、僕は相手の位置どころか居る方角さえ特定することができなかった。
このままでは、体力じゃなくて精神が保たない。
終わりのない緊張の連続がこれほど精神を消耗するとは思わなかった。
僕は決断する。
いつまでも相手の尾行に構っていられない。
この森は、僕にとって未知の世界なんだ。
そこで相手の領分で精神を磨耗しても、良い事なんてなにもないよね。
僕は竜気を練りあげる。
身体の中の竜宝玉が荒々しい力を僕に送り込んできた。
僕は一度足を止め。眼前を見据える。
そして、連続して空間跳躍を発動させた。
一度跳ぶ。跳んだ先で間髪なく更に発動。次の移動地点で、また跳躍する。
そうやって、僕は一瞬の間に森の中を駆け抜けた。
竜宝玉を内包した今の僕の竜力なら、連続した空間跳躍にも対応できる。
だけど、さすがに何十回とは行えないので、程よく距離を稼いだと思ったところで一旦足を止めた。
そして周りの気配を探ってみる。
良かった。どうやら撒けたみたいだよ。
森は相変わらず不気味な雰囲気を醸し出しているけど、僕を監視していた嫌な気配は消えていた。
僕は一度ほっと胸を撫で下ろして、歩みを再開する。
今ので結構な竜力を消費しちゃったけど、瞑想で補充している暇はないよね。
道は一本なんだ。どんなに移動しても僕が道の先にいることは相手にだって簡単にわかる。もたもたしていると追いつかれて、また尾行されちゃうからね。
僕はその後も竜気を体内に巡らせて、足早に森を進んだ。
昼食のときも、持ってきた干し肉を噛みつつ、歩き続ける。
そして、夕方前。僕は何者かの尾行がないことを確認すると、道から外れて不気味な森へと入った。
そろそろ野営の準備をしないといけない。
最初の目的地には、明日のお昼ごろに着く予定なんだ。
だから、今夜はどうしても野営になる。
本当は道沿いで休みたかったんだけど、監視者の追尾が気になったので、あえて森に入って休むことにした。
方角だけは見失わないようにしつつ、僕は手頃な野営場所を探す。
すると程なくして、良さげな岩陰を見つけることができた。
ふたつの巨石が半分折り重なるようにしてあって、その隙間の
今日の野営場所はここに決定。
僕は荷物を窪みに降ろし、背伸びをする。
竜気を使っていたとはいえ、歩きっぱなしだったんだよ。
荷物の重量から解放された僕は、背中に翼が生えたんじゃないかっていうくらいの身軽さを実感した。
荷物を置いた僕は、次の行動に移る。
夕食の準備だ。保存食は勿論携帯しているんだけど、出来ればあまり使いたくない。
保存食は緊急用。
ミストラルの村までは数日なんだけど、もしもの場合があるよね。だから、念の為に保存食にはなるべく手をつけず、自前で食料を調達しようと思っている。
木の実の見つけ方、食べられる草花や根菜の探し方は、ミストラルに前々から教わっていた。
彼女は、僕の為に毎日色んな物を採ってきてくれていたから、詳しいんだ。
ミストラルに教わった通りに探すと、僕は短い時間で幾つかの木の実を集めることができた。
そして野営場所に戻ろうとした時、僕の視線の先に兎が現れた。
お肉発見!
思わぬ獲物に、僕は興奮する。
やっぱり食事にお肉は付き物だよね。
だからといって鹿なんかの大型動物は捕らえても処理と持ち運びに困るけど、兎程度なら問題ない。
兎の方もすぐに僕に気づいて、警戒態勢でこちらを見ていた。
普通なら弓矢もなく罠も仕掛けていない僕なんかには捕まえれる状況じゃないんだけど。
僕は一瞬で兎の側に飛び、難なく確保することができた。
空間跳躍様様です。
「お肉っお肉っ」
プリシアちゃんじゃないけど、僕は小躍りしながら野営場所に戻る。
そして、
捌き方もミストラルに習ったよ。
男が狩った動物を捌けないなんて格好悪いよね。
僕はぎこちない手つきながらも兎を捌き、調理する。とはいっても、火を使うと追跡者に煙で場所を教えてしまうので、炎属性の
木の実なんかと一緒に蒸し焼き。
大きめの木の葉を集め、その中に兎のもも肉、木の実、そして炎属性の魔晶石を一緒に入れる。
魔晶石は、呪力なんかがなくても、強い意志を込めるだけで誰でも発動することが出来るんだ。
小さな炎の魔晶石は、火は上がらないけど、落ち葉に包まれてお肉と木の実を蒸すだけの熱は出る。
時間はかかるけどね。
魔晶石。
裕福でない僕なんかだと高い買い物なんだよ。だけど今日のような日は、躊躇うわけにはいかなかったからね。
よだれを垂らしつつ待つこと暫し。
日が暮れる前に程よく蒸し上げになったご馳走を、僕は美味しくいただきました。
味付けは
満腹になった僕は、就寝前の瞑想を忘れずに行う。
今日一日で消費した竜力を補充しなきゃいけない。
僕の大きな利点は、竜力を消費しても竜脈から補充できることにあるんだ。
竜脈を感じ取れない人、感じ取れても汲み取れない人は、消費した竜力の回復は自然回復任せにするしかない。
だけど、僕はいつでも竜脈から補充できる。
枯渇しちゃうと衰弱するけど、僕はその前に補充ができるんだよね。
岩陰の窪みで座禅をし、僕は瞑想する。
静かな夜だった。
瞑想すると周りの自然を全身で感じることができる。
この森は、不気味な雰囲気を醸し出しているけど、そこに生きる動物たちは竜の森と変わらない。
夜に活動する野鳥の声が時折聞こえてくる。
まだ冷たい風が森を通り抜けると、草木が軽やかな音を奏でる。
僕は、本当に人外の領域に足を踏み入れているのかな。という想いが瞑想をして世界を感じている僕の中に沸き起こる。
そして僕は、瞑想をしたままうつらうつらとし、眠ってしまった。
がさり。
不意に耳についた物音に、僕ははっと目を覚ます。
そして、悲鳴を上げそうになった。
油断した!
やっぱりここは危険な場所なんだ。
僕は目の前の状況に
岩陰の窪みにいる僕の前を、無数の狼の群れが取り囲んでいた。
ぎらりと、闇夜に光る眼光が数え切れないほど森の中に見て取れる。
目を覚まして気づいた僕に向かって、狼が一斉に襲いかかった。
「うわっ」
腰が抜け、目の前の状況に動転していた僕には、両腕を頭に回し身を丸めるしか術はなかった。
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