見守られて

 重たい空気のまま、スレイグスタ老は竜峰の麓へと帰ってきた。

 僕はミストラルに抱きかかえられて、スレイグスタ老の背中を降りる。


 酷い衰弱にさいなまれて、今にも意識が飛びそうになる精神を、なんとか持ちこたえさせるだけで精一杯だった。

 ここで衰弱から来る睡魔に身を任せて眠ってしまうわけにはいかないんだ。数日後、回復して目覚めたら全てが終わってました、なんて最悪の結果を迎えたくはない!


 ミストラルの腕の中で、落ちそうになる意識をなんとか保っていると、遠くから声を掛けられた。


「エルネアー!!」


 勇者リステアの声だ。

 スレイグスタ老が戻ってきた姿を関所から確認したリステアたち勇者様ご一行が、様子を伺いにやって来たに違いない。

 でも、指先さえ動かせないほど衰弱している僕は、声がする方向に顔さえ向けられない。


「ミストラル、お願いできるかな?」

「わかったわ。彼らは翁やアシェル様に近付くのを躊躇っているみたいだから、そこまで運ぶわね?」

「うん。ありがとう」


 男が女性に抱かれて移動するなんて、情けない。そう思ってしまう、弱い自分に嫌悪感を抱いてしまう。

 女性だって、強いんだ。そして、僕は弱かった……

 無様な僕の姿を見て、リステアたちは笑うかな?

 スラットンは、情けないと怒るかもしれない。

 でも、仕方がない。だって、僕が無力だったから、金剛の霧雨は討伐できなかったんだ……


「エ、エルネア……」


 動けない僕の顔を覗き込むように、リステアの顔が視界に入ってきた。

 ミストラルは僕を地面に下ろすと、上半身だけ起きるような姿勢で背中から支えてくれた。


「みんな、ごめんね……」


 僕たちの沈んだ雰囲気を読み取っていたリステアたちは、最初から難しい表情を浮かべていた。


「大丈夫なのか? できれば、経緯を聞きたいんだが?」


 と、僕とミストラルを交互に確認しながら躊躇いがちに口を開くリステア。

 ミストラルが説明しようとしたのを、僕が止めた。


「ミストラル、僕から話すよ。僕の失敗だから」

「なんてことを言うの。あれは、けっして貴方の失敗ではないわ」

「それでも、僕の力が及ばなかったのは事実だから」


 ミストラルは悲痛な表情を浮かべていたけど、説明を僕に任せてくれた。

 僕は、衰弱によって口もとにもあまり力が入らないため、呂律ろれつ覚束おぼつかない言葉で、結果を伝える。


「リステア、みんな、ごめんね……。僕は、金剛の霧雨の討伐に失敗しちゃった」

「そんな! お前の力でも、倒せなかったのか!?」

「うん。霊樹の精霊剣でも、魔剣『魂霊の座』でも、傷ひとつ付けられなかったんだ」


 それだけでなく、スレイグスタ老の全力の竜術や、アシェルさんやニーミア、レヴァリアが放った竜術さえ通用しなかった。

 僕の言葉を受けて、リステアたちは顔を青ざめさせる。


「では、残された方法は……」

「駄目だよ。おじいちゃんには、禁術は絶対に使わせない!」


 嫌だ、と駄々だだねるような仕草を見せた僕に、スラットンが言う。


「それじゃあ、なんだ? 金剛の霧雨って魔物をお前でも倒すことができないんだったら、俺たちは王都を捨てて逃げるしかねえってことだよな?」

「スラットン!!」


 辛辣しんらつなスラットンの言葉を非難するように、リステアたちが声を荒げる。

 でも、今のままではスラットンの言う通りだ。

 スラットンはわざとひどい言い方をして、現実から目を逸らそうとする僕をしかったんだね。

 僕は、スレイグスタ老に禁術を使ってほしくない。でも、そうなると金剛の霧雨を撃退するすべのない僕たちは、魔物の侵攻を指を咥えて見守ることしかできなくなる。

 妨害のない金剛の霧雨は、間違いなくアームアード王国の王都を呑み込み、竜の森とその最奥に生える霊樹の巨樹を喰らい尽くす。

 これが、目を逸らしてはいけない現実なんだ。


 何も言い返せない、無力で情けない僕。

 だけど、背後から強い声が上がった。


「大丈夫だわ。エルネア君はまだ負けていないわ!」

「大丈夫だわ。エルネア君はまだ諦めていないわ!」


 遅れてスレイグスタ老の背中から降りてきたユフィーリアとニーナが、僕を叱咤しったしてくれたスラットンを、殺気立って睨む。


「あらあらまあまあ、お二人とも、はしたないですよ。ですが、ユフィさんとニーナさんの言う通りです。わたくしたちは、まだ諦めていません」

「はわわっ。わたくしたちは、まだ負けていないですわ!」


 ルイセイネとライラが言うと、セフィーナさんとマドリーヌ様も加わった。


「今回は、様子見みたいなものよ」

「セフィーナさんの言う通りですね。人族たるもの、いついかなる状況になっても、女神様が見守りくださっていると信じて願い、奇跡を起こすものです」

「んんっと、プリシアは耳長族だよ?」


 この場で唯一、あまり状況が飲み込めていないプリシアちゃんの無邪気な言葉に、全員が苦笑した。

 でも、プリシアちゃんだって何が起きたのかくらいは理解している。だからなのか、プリシアちゃんは僕と分離した後に顕現したアレスちゃんの手を強く握り締めて、今も精霊力を送ってくれていた。


 笑うしかない。

 無力だ、情けない、となげく僕や、打つ手がないのなら故郷を捨てるしかないじゃないか、と現実を突きつけるスラットン。リステアや他の勇者様ご一行だって、絶望を感じて暗く気を落としている。

 だというのにさ。

 家長である僕が後ろ向きな気配を出している中、妻たちだけでなく、幼女であるプリシアちゃんやアレスちゃんさえもが、次へ向かって既に進み始めているんだ。


 僕をかばってくれる妻たちの献身けんしんや、プリシアちゃんとアレスちゃんの健気けなげな姿に、少しだけ勇気を貰う。

 そうだよね。このまま落ち込んでいていも、何も変わらない。むしろ、スラットンが言ったような最悪の結果が着実に迫ってくるだけだ。


「そう思うのなら、さっさと実家にでも戻って、養生してきなさい」

「アシェルさん?」


 僕の心を読んだアシェルさんが、スレイグスタ老の隣で深くため息を吐く。


「爺さんが勝手に動かないように、私が見張っておいてやるから。其方は、其方のできる事を成すために、まずはその情けない衰弱を癒してくるんだね」

「で、でも……」


 衰弱で眠りに落ちている時間が勿体無もったいない。そんな暇が有るのなら、少しでも対策を練りたいと思うのは、僕の間違いなのかな?


「大間違いだよ。衰弱している者に、何ができるっていうんだい。万全な態勢で失敗しておきながら、不調な状況で困難を克服できるほど、世界は甘くないんだよ」

「そうですね……」

「心配することはないよ。爺さんがまた力を蓄えるまで、何日もかかる」


 と、スレイグスタ老を見上げるアシェルさん。

 スレイグスタ老は、全員の視線を受けて、金色の瞳を静かに閉じた。


「汝の苦悩は十分に読み取れた。しかし、我は汝がなんと言おうと奴の侵攻をはばみ、竜の森を守護せねばならぬ。……だが。奴がこの地に辿り着くまでに、あと十日ほどは掛かると、先ほどの動きから予測できた。であれば、限度いっぱいの十日後までは、我は汝らを信じて待つとしよう」

「おじいちゃん!」


 僕が少しだけ喜ぶと、スレイグスタ老は張り詰めていた気を少しだけやわらげて、高い位置から僕を見下ろした。


「汝の成長は、素晴らしいものであった。それでも、奴には届かなかったわけであるが……。我は、信じよう。愛弟子である汝が再び奮い立ち、金剛の霧雨の前に立ちはだかって、我の想像をこえた奇跡を成すと」

「ありがとうございます、おじいちゃん。僕は、師匠である竜の森の守護竜スレイグスタ老の期待に、絶対に応えてみせます!」

「では、行くが良い。汝がくつろげる場所で十分に養生し、万全の態勢を整えるのだ」

「はい……。少しだけ、休ませてもらいますね。みんなも、良いかな?」


 僕が問いかけると、家族のみんなだけでなく、リステアたち勇者様ご一考全員も頷いてくれた。

 僕はみんなに見守られながら、酷い衰弱状態からくる意識障害に身を任せて、深い眠りへと落ちた。






 真っ白な世界に迷い込んだ。

 天も地もなく、ただ足の裏にだけ地面の感触が伝わる、純白の世界。


「あっ……!」


 僕は、知っていた。

 この真っ白な世界は、ニーミアやアシェルさんが守護するいにしえみやこで眠る、夢見の巫女様の夢の中だ。

 夢見の巫女様は、ほとんどずっと寝ているんだよね。でも、こうしていろんな人の夢を渡りながら、世界を視ている。

 僕も、過去に夢見の巫女様の夢にいざなわれたことがあったので、すぐにわかったよ。


「でも、なんで僕はここに来たんだろう?」


 衰弱から来る深い眠りに落ちると、夢なんて見る余裕もない。意識を落として次に目覚めると、既に数日が経過していて、体調もある程度は良くなっていることが多い。

 だから、衰弱中にこうして夢見の巫女様の夢に触れて、真っ白な世界に入り込むなんて不思議だ。


「もしかして、困った僕たちに協力してくれるのかな?」


 と、わざとらしく声を出してみたけど、純白の世界に変化はなかった。

 何も反応のない白だけが埋め尽くす世界に、僕は肩を落とす。


 やっぱり、夢見の巫女様やミシェイラちゃんは、僕たちに過度な干渉はしてこないのかな?

 ウォレンが言っていた。

 ミシェイラちゃんたちを頼るのは間違いだと。

 僕たちに特別な命を授けてくれて、見守ってはくれているけど、過保護にはなったりしない。だから、セフィーナさんやマドリーヌ様を家族に加えたいと願う今の僕たちの前には、頼られても困ると、意図的に姿を現さないのだと。


「でも、今回は僕たちの我儘わがままではなくて、多くの者たちが困っているんですよ……?」


 そう言っても、世界に変化は見られなかった。


「そんな……」


 世界を見守る超越者たちにとっては、小さな地域で起きる人の生き死にや魔物の跋扈ばっこなんて、取るに足らない事象でしかないということなのかな?

 だとしたら、みんなはもう、故郷を捨てて逃げるしかない?

 スレイグスタ老は禁術を使ってしまい、魔女さんに狙われる運命が待つだけ?


「…………いや、違う!」


 真っ白な世界にうずくまって小さくなりそうになった心を、奮い立たせる。


 みんな、まだ諦めていないんだ。

 幼いプリシアちゃんだって、次のためにアレスちゃんへ精霊力を分けてくれていた。

 だというのに、僕がここで折れてどうするんだ!


 ついつい、目の前の絶望にばかり目が行って、心を深い奈落へと落としてしまいそうになるけど。でも、今はまだ諦めるような状況じゃない。


 何故だかは不明だけど真っ白な世界に迷い込んで、せっかく時間ができたんだ。

 本当なら、衰弱中は夢さえ見ることなく眠り、起きたら数日経っていると、さっき思考したばかり。でも、僕は運良くなのか、夢見の巫女様の夢に触れて、身体は寝ているのにしっかりと思考できる状況を与えられた。


「あっ!」


 僕は反省する。


 夢見の巫女様やミシェイラちゃんに見捨てられている、助けてくれない、と思ってしまったけど、それは大きな間違いだった。

 こうして、僕に掛け替えのない環境を与えてくれているじゃないか。

 真っ白な夢の世界で、しっかりと考えなさい。という夢見の巫女様の思いりに気付くのが遅れるだなんて、僕は大馬鹿者だね。


「ごめんなさい」


 と心から謝って、せっかく貰った大切な時間を、有効に使わせてもらう。


「でも、どうすれば良いのかな?」


 僕の力は、何も通用しなかった。

 霊樹の精霊剣も、魂霊の座も。


 ……あれ?


 スレイグスタ老の大竜術やアシェルさんやニーミア、レヴァリアの攻撃だって、金剛の霧雨の表層をなぞるだけで、効果はなかった。


 …………ん?


 金剛の霧雨に対しては、有象無象の小さな力は意味をなさない。だから、最大威力を放てる僕たちが無力だった時点で、有効な攻撃手段は無いと言ってもいい。


 ………………おや?


 さっきから、違和感ばかりが心の隅に引っかかる。

 金剛の霧雨に戦いを挑み、敗北した。そのことを冷静に振り返ると、何故か心がもやもやとしてくる。


 なんで?


 僕の思考は間違えている?


 間違えているとしたら、何処だろう?


 もう一度、振り返ってみよう。


 霊樹の精霊剣だけでなく、魂霊の座の一撃でさえ弾かれた僕には、もう金剛の霧雨に対する有効な攻撃手段はない。


 ……いいや、違う。

 忘れてはいけない。

 僕が右手に握るべき剣は、スレイグスタ老の牙から彫られた白剣だ。

 つばつかさやには精緻な彫りと共に螺鈿細工らでんざいくが施され、鍔の両端には精霊のすずが、柄の先端からは千手せんじゅ蜘蛛くもの糸でまれた色とりどりのおびれる、神楽かぐらの白剣。

 それこそが、僕が右手に握るべき唯一無二の武器だ。

 最初の違和感は、神楽の白剣の存在をおろそかにしていた僕自身の間違いだったんだね。


 では、次の違和感はなんだろう?

 スレイグスタ老や他のみんなの攻撃が、通用しなかった。


 ……本当にそうなのかな?

 僕の渾身こんしんの一撃だけでなく、あのスレイグスタ老の計り知れない程の竜術が、全く通用しなかった?

 レヴァリアの炎だけでなく、アシェルさんやニーミアの白い灰の竜術も?

 アシェルさんなんて、スレイグスタ老と同じような守護竜だよ?

 そうした者たちの攻撃が、本当に全く通用しなかったのかな?


 と、思考した時だった。

 ばしんっ、と背後から頭を叩かれて、僕はふらつく。


「痛いっ!」


 一体誰が!? と振り返ると、いつの間にか僕の背後にはアレスさんが立っていた。


「ようやく、其方と繋がった」

「アレスさん!」


 純白に満たされた世界には、僕だけが佇んでいた。そこへ、アレスさんが顕れてくれた。

 アレスさんと僕は、一心同体みたいなものだ。だから、夢見の巫女様の夢に繋がった僕の精神にも入ってこられたんだね。


「でも、だからといっていきなり後ろから頭を叩くことはないと思うんだけど?」

「愚か者め」


 言って、アレスさんは問答無用で、また僕の頭を叩く。


「痛い!」


 何をするの? と普段からは想像もつかないほど暴力的なアレスさんに苦情を入れる。

 すると、アレスさんは言った。


「そうだ。叩かれると痛い。攻撃されれば、痛いであろう?」

「アレスさん? ……ああ、そういうことか。ありがとうね、アレスさん!」


 僕はアレスさんの助けで、もうひとつの間違いに気付く。


 僕は、渾身の一撃が致命ちめいの打撃にならなかっただけで、攻撃が全く通用しないと決めつけてしまっていた。

 でも、違う。

 僕はアレスさんに叩かれて、痛いと感じた。それと同じように、攻撃を受けた金剛の霧雨だって、痛みくらいは感じたはずだ。痛い、危険だと知覚したからこそ、次の攻撃を恐れて反撃してきたんじゃないかな?


「一度では痛いだけかかもしれぬが、二度、三度と痛みを与え続ければ、それはいずれ傷となり、やがては致命に至る」

「僕は失念していたよ。竜剣舞は、手数こそが命なんだよね。どれだけの強敵であっても、演舞のように舞いながら連撃を繰り出して、最後の一撃に繋げる」


 僕は、霊樹の精霊剣を手に入れたことで、慢心まんしんしていたんだ。


「一撃必殺だなんて、全然僕らしくないじゃないか! たった一回の攻撃が通用しなかっただけで勝手に絶望して、力足らずだなんて嘆いていただなんて、僕はなんて愚かなんだろうね」


 スレイグスタ老に「僕らしく成せる事を成せ」と最初に言われたにも関わらず、僕は新しい力を過信し過ぎていて、大きな間違いを犯してしまっていた。


「それに……」


 と、最後の間違いであり、僕自身の根底を揺るがす大問題に気付く。


「やれやれ。僕は本当にお馬鹿さんだね、アレスさん」


 ふふふ、とアレスさんは瞳を細めて優しく笑う。

 僕が違和感から間違いに気付き、前に進もうとしている姿を、優しく見守ってくれていた。


「僕ってさ。そもそもひ弱で、自分ひとりではあまり多くのことなんてできないんだよね。竜の王の竜宝玉の力を借りなきゃ、僕自身の竜気なんて竜人族の一流の戦士にも及ばないし。霊樹の力だって、アレスさんの協力がなければ使えない」


 他にも、毎日のご飯はミストラルやみんなに作ってもらわないと困るし、起きるのだって誰かに起こしてもらわなきゃ、いつまで経っても眠いまま。

 僕は、ひとりでは生きていない。ひとりでは非力で、多くの困難なんて乗り越えられない。


「それでも、僕が今こうして立っていられるのは、みんなの協力があったからだ。みんなが多くの手助けをしてくれて、僕はそれを力に変えて戦ってきたんだ」


 スレイグスタ老に鍛えられ、家族や仲間たちと一緒に困難を克服し、みんなで前へ進んできた。


「だというのにさ……。金剛の霧雨をひとりで倒せると、過信していたんだ。僕なんて、世界を俯瞰ふかんする目から見れば、ほんの一粒の存在でしかないのにね」


 でも、小さな一粒だって、集まれば星の輝きとなって夜空を照らすこともできる。

 僕は、最初に間違えていた。

 今回の騒動は、力ある者だけが対処すべき案件で、小さな星々の輝きなんて意味がない、と切り捨ててしまっていた。


 ああ、僕はなんてお馬鹿なんだろうね。


 そうじゃない。


 たとえ小さくたって、ひとつひとの星々も一生懸命に輝いているんだ。


「この、竜峰とその麓に生きる者たち全てにとっての大問題だというのに。みんなが真剣に考えて、自分たちは何かできないかと考えていたはずなのに。ひ弱な僕が、そうしたみんなの想いと力を結集せずに、独りよがりに戦ったから、負けたんだね」


 そうだ。僕は、みんなの力で強くなれる。

 だったら、星々の輝きを結集させなきゃ、僕は全力なんて出せないじゃないか!


「目覚めたら、みんなに謝らないとね。今回の敗北は、僕の傲慢ごうまんな心と浅はかな行動が原因なんだから」


 それと、ともうひとつ。


「夢見の巫女様、改めて謝らせてください。本当に、ごめんなさい。それと、ありがとうございます」


 純白が支配する夢の空間で、僕は深々と頭を下げた。


「僕は勝手に、夢見の巫女様やミシェイラちゃんたちから見捨てられてると思い込んでいました。なんでこんなに困っているのに手助けしてくれないんだろう、と不満に思っていました。でも、大きな間違いでした」


 そうだ。

 僕たちは、いつだって優しく見守られていた。

 本来なら衰弱して眠ってしまっている長い時間に、こうして夢の世界に導いてくれて、しっかりと考える時間を与えてくれた。

 だというのに、具体的な支援がない、と勝手に思い込んで、不満を抱えてしまった僕は、心から反省する。


「本当に、ありがとうございます。このご恩は、金剛の霧雨を倒して地域に安寧あんねいもたらすことによって、返させていただきます!」


 世界を見守る者たちにとって、世界の歪みから生じる魔物や妖魔、それに邪族は排除すべき宿敵だ。

 でも、直接は手出しできない。干渉しすぎてしまうと、世界の均衡が崩れてしまう。

 だから、僕たちのような者がいるんだよね。

 世界に生きる者たちが、自分たちの手で問題を解決できるように。


「あ、でもですね! この際だからひとつだけ、僕の我儘を聞いてもらっても良いですか?」


 真っ白な世界に向かって僕がそう言うと、くすり、と夢の世界が可笑しそうに笑う気配がした。

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