離宮でお茶会
「エルネアくーん!」
「フィレル!」
大森林を越えるとすぐに、フィレルと三人のお付きが騎乗したユグラ様がこちらを見つけて飛んできた。
「探しましたよ? 魔物を討伐して砦に戻ったら、エルネア君が僕を探して出て行ったと聞いて」
「いやぁ、ごめんね。急用ができちゃってさ」
「あはは。エルネア君らしいですね。それで、今回はどちらまで?」
「うん。ちょっと東の方まで」
レヴァリアとユグラ様が並行飛行してくれたので、大声ではあったけど空でフィレルと会話ができる。
「エルネア君がこちらに来ているということは、母様は……?」
「今頃は、離宮でライラと楽しんでいるんじゃないかな? 再会の約束もしていたし、このぶんだとまたすぐに会いに来そう」
「そうですか。それでは、母様は大丈夫なんですね?」
「うん。旅も満喫していたしね。だから、フィレルも頑張って」
「はい!」
この日は、フィレルの勧めもあって砦に泊まらせてもらった。
久々にフィレルとじっくり話すことができたよ。
夜、布団に潜って二人で話し込んでいるときに気づいたんだけど、どうもフィレルは身を固めたいみたい。だけど、上にまだ結婚の話がないので、止まっちゃっているみたいだね。
兄弟がいると、結婚する順番とかも気にしなきゃいけないんだね。これは、ひとりっ子の僕や勇者のリステアにはわからない話だ。と思ったけど、双子王女様やセリースちゃんに立場を置き換えたらなんとなく理解できた。
セリースちゃんも、ユフィーリアとニーナに結婚の話が進んでいたから、気兼ねなくリステアと先に結ばれたんだね。
グレイヴ王太子様、早くいい人を見つけてくださいね。
フィレルのために!
翌朝、僕はライラを迎えに行くために、ゆっくりと準備を進めていた。
えっ、早くしろって?
なるべく時間を稼いで、あの二人の
「にげろにげろ」
「アレスちゃん、僕はお仕置きが怖いから時間稼ぎをしているわけじゃないからね?」
「うそうそ」
「しくしく」
僕の準備を邪魔するアレスちゃんだって、いつまでも僕を独占していたいんでしょ。と聞くと、本気を出したら大人になる、なんて怖いことを言われました。
「それじゃあ、フィレル。あとのことはよろしくね」
「はい?」
「また今度、魔物討伐のお話とかを聞かせてねーっ!」
「は、はいっ。エルネア君、またこんどー?」
そして、フィレルや砦のみんなに疑問顔で見送られながら出立する。
レヴァリアは、離宮へ向けて飛び立った。
僕は大きく手を振って、フィレルたちに別れを告げる。
ごめんよ、フィレル。
昨夜は話さなかったけど、母親連合のことは任せたよ。
無事に、アームアード王国の王都まで届けてね!
「エルネア君、今度はなにをしていたのですか!」
「やあ、ルイセイネ。おかえり」
「おかえり、ではありませんよっ」
「エルネア様、お会いしたかったですわ」
「ライラ、ただいま。レネイラ様とは楽しい時間を過ごせたかな?」
「はい。お心遣い、ありがとうございます」
さすがは僕の妻、ルイセイネだね。
母親連合は、ヨルテニトス王国の王都で王様たちに預けてきたらしい。
離宮に戻ると、ルイセイネとニーミアが先に合流していて、案の定で怒られちゃった。
僕は、シャルロットのことや九尾廟のことを話す。
最初はぷんぷんと頬を膨らませていたルイセイネだけど、頭を撫でて労ってあげたり近況を報告したりしているうちに機嫌が直ったのか、頬を桜色に染めて上機嫌になってくれた。
今では、お菓子を夢中になって食べているアレスちゃんとニーミアの方が頬を膨らませているよ。
「おみやげおみやげ」
「プリシアにも持って帰るにゃん」
「美味しいからね。でも、アレスちゃん。お口に入れたお菓子はお土産には持って帰れないよ?」
「しゅうのうしゅうのう」
大丈夫、と言わんばかりに、アレスちゃんは謎の空間へお菓子を収納していく。
ぽんぽんとお菓子が消えていくので、離宮のお菓子職人は次から次へと新しいお菓子を作っては運んでくる。
そして、また消えていく。
アレスちゃん、ほどほどにしておかないと、職人さんが倒れちゃうよ?
「それで、ルイセイネの方はどうだった?」
ルイセイネに代わり、今度はライラを慈しみながら母親連合のことを聞く。
「もう、大変でした。ですが、わたくし以上に王宮の方々の方が大変だったと思います」
「きっと、現在進行形で大変なんだろうね」
王城跡地にできた迷宮が学生や新米冒険者に解放されていると聞いた母親連合は、
どうやら、竜峰の旅で冒険者魂に火がついちゃったみたいだね。
アームアード王国の迷宮は難易度が高い、というか、未だに
そのうえで、学生や初級の冒険者が経験を積めるように罠が仕掛けられていたり、冒険に役立つ道具や武具が仕込まれている。
母親連合は、というか王妃様連合は外交そっちのけで迷宮に挑もうとしていたらしい。それを、グレイヴ様や近衛騎士の人たちが必死になって止めていたのだとか。
ちなみに。
王様も「では、儂も」なんて言って、やる気満々だったのだとか。
おそるべし、両国の王族。
「マドリーヌ様は素直に大神殿へ戻った?」
「はい。王都に戻ってからは予想に反して、とても素直でしたよ。やはり、アーダさんとの出逢いが良い指針になったのではないでしょうか」
口でこそ「帰りたくない」と言っていたマドリーヌ様だけど、どうやら心を改めたらしい。
「修行なんてものはどこででもできる。ようは、心の持ちようだ」
とアーダさんに禁領で
マドリーヌ様は、ユフィーリアとニーナと昔は冒険していたんだよね。だから、冒険者としての知識や経験はすでに持っている。
巫女としての知識なども、ヨルテニトス王国の
なら、あとは自分を高めていく修行のみ。
マドリーヌ様は、最初こそ新天地や厳しい環境に身を置くことで自分を高められる、と思っていたようだけど。
神職の者は、日々の勤めのなかに全てが詰まっているのだ、と悟ったらしい。
「それじゃあ、これからは大神殿でお務めをこなしながら修行していくんだね」
「はい。嫌いだった読書も頑張る、と仰っていました。それで、次回また魔王城へ赴く際は、お誘いくださいとのことでしたよ?」
「錫杖を取り戻さなきゃいけないからね。それじゃあ、男旅のときにまた誘うとしましょう」
ルイセイネも、ヨルテニトス王国の王都に行けて良かったと話す。
なんでも、マドリーヌ様の計らいで、限られた者しか目を通せないような
巫女様は、立場や法力によって扱える法術が違ってくるのだとか。
本来であれば巫女頭などの立場じゃないと見られないような法典には、より高度な法術が記載されている
ルイセイネは、それを見ることができたらしい。
「なんだか、面白い話だよね。アームアードでは見られないのに、所属していないヨルテニトスでは見られるなんてさ」
「エルネア君、
「そうだ。ルイセイネも、帰ったら
僕のせいかな?
ルイセイネにも、上級戦巫女になれるくらいの実力や経験はあると思うんだ。
キーリやイネアがすでに上級巫女になっているわけだしね。
だけど、ルイセイネが言うように僕が連れまわすせいか、彼女は未だに一般の戦巫女、という立場なんだよね。
修行も兼ねて、ルイセイネも上級戦巫女に挑戦してみては、と提案すると、頷かれた。
「わたくしは回復法術が苦手でしたので、上位職の資格は得られないと考えていました。ですが、何事も修行ですよね」
「そうだよ。それに、ルイセイネの今の実力なら、きっと大丈夫だよ!」
「エルネア君、簡単に言いますけどね。上級戦巫女の資格はなかなか取得できないんですよ?」
「そうなの?」
「はい。戦巫女と言えども、ある程度の回復法術が使えないといけませんし。薬学や法学、作法、しきたり、儀式に関する知識やその他諸々。それに、上級戦巫女なら、戦闘に関する知識や能力も大切なのです」
巫女として、ルイセイネが言うようなことは日々勉強していると思う。でも、それ以上に頑張らなきゃいけないってことだよね。
「うわぁ……。勉強がいっぱいだね。僕は苦手だなぁ。でも、戦闘に関することなら、ルイセイネは余裕じゃない? 僕よりも強いんだし」
「それは、エルネア君が竜気を扱うからですよ。普通の人を相手にする場合だと、わたくしもまだまだです」
そうか、
でも、竜眼を差し引いたとしても、ルイセイネは強いと思うんだよね。それは、彼女の戦いをずっと見てきた僕にはわかる。
「そうです。この際なので、エルネア君も神官としての勉強をされては?」
「あはははははははははは……」
僕はから笑いをしながら、ルイセイネからライラのお胸様に視線を移す。
ルイセイネさん、僕は言ったよ?
勉強は苦手なのです。
学校での座学の授業を思い出して、頭が痛くなってきちゃった。
「エルネア様、目がくるくる回っていますわ。大丈夫でございますか?」
「ライラ、僕はもう駄目そうだよ……」
「はわわっ」
ふらふらと揺れる僕の頭をライラは捕まえて、お胸様で包み込む。
ああ、これが僕の
ルビアさんのお胸様の感触も素敵だったけど、やっぱりこれだよね!
「ルビアさんのおっぱいよりも、ライラお姉ちゃんのおっぱいが最高にゃん?」
「しまった!」
「エールーネーアーくぅん? 先ほどの報告にはなかった要素ですね。しっかりと説明していただきましょうか!」
「エルネア様、大変ですわ。ルイセイネ様が!」
「ライラ、そう思うなら、僕を解放して!」
お胸様に包まれて、僕の視界は真っ暗です。
だけど、背後から忍び寄る危険な気配くらいは察知できます。
「さあ、エルネア君。覚悟はいいですね!」
「きゃーっ」
「あふんっ」
お胸様に挟まれて暴れたら、ライラが変な声を出しちゃった。やっぱり、ライラのお胸様は感触といい反応といい、素晴らしいよね。……いやいや、そんな感想を頭に浮かべている場合じゃありません。
僕の身に危険が!
「ライラお姉ちゃんのおっぱいは素敵にゃん」
「おっぱいおっぱい」
「こらーっ。通訳しちゃだめーっ」
僕の叫びは、ライラの張りのあるお胸様に吸収されて響かない。
そして、逃げようとしてもライラが離してくれない。
これってまさか……!
ライラさん、もしかしてルイセイネの
「エルネア君、お覚悟っ!」
「きゃーっ」
背後から、ミストラルに匹敵する殺気が!
僕の身と心の安息は、ニーミアとの合流で消え失せてしまった。
さらば、心の自由よ。
さらば、平穏なる日々よ。
僕は、ルイセイネとライラと、いつの間にか大人に変身したアレスさんに挟まれて、悲鳴をあげる。
でも、これはこれで楽しい。というか、嬉しい?
「喜んでるにゃん」
「こ、こらっ。ニーミア!」
「エルネア君!」
「エルネア様!」
「きゃー」
僕たち夫婦のじゃれあいを、レネイラ様や離宮の人たちは楽しそうに見ていた。
そしてレヴァリアは、ふんっ、と鼻を鳴らして丸くなっていた。
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