リリィは働き者です
黒い
そんな森の
「エルネア、どうする?」
「とにかく、生存者を探してみましょう。巨人族と耳長族を分け
「わかった。俺は南と西を見てみよう」
「じゃあ、僕は北と東を」
僕とカーリーさんは、手分けして焼け野原になった森を調査する。
焼け残った大木を
誰か生き残っていないか声を発しながら、気配を探ることも忘れない。
ひとつの場所で捜索を済ませると、空間跳躍で移動する。そしてまた、生存者がいないか探す。こうして、焼けた森を僕とカーリーさんは見て回った。
だけど、結果は最初からわかっていた。
生存者、なし。
夕方になり、最初に降り立った場所でカーリーさんと合流した僕。
カーリーさんからの報告を合わせて考えてみると、どうやら焼けた面積はアームアード王国の王都に匹敵するくらいの規模みたい。
でも、そのなかで生存者はひとりとして見つからなかった。
もしかしたら、この大森林火災を生き延びた人たちは、すでにこの場から離れてしまっているのかもしれない。
「とりあえず、今日はこれくらいにしておこう。夜は休んだ方が良い」
「そうですね。それじゃあ、移動しましょうか」
「西側の比較的近い位置から、焼け残った森が広がっている。そこまで退くとしよう」
というわけで、僕とカーリーさんは西に移動する。
焼け野原になり、焼死体があちこちに横たわる場所で夜営だなんて、できないからね。
今後の調査は、明日の太陽を確認してからだ。
カーリーさんの言葉通り、空間跳躍で西に進むと、延焼を
焦げ臭い匂いは大森林の奥まで風に乗って流れてきていたけど、森の風景が心を落ち着かせてくれる。
移動途中に狩った
カーリーさんが手慣れた手つきで猪を解体している間に、僕は瞑想をさせてもらう。
同化し続けているアレスちゃんが『ごはんごはん』と
カーリーさんは手荷物から携帯用の鍋を取り出して、周囲に生えていた野草や持ち合わせの携帯食品を使って
男料理だね。
味はどうしてもミストラルたちには敵わないけど、豪快な味付けは空腹だった食欲に火をつけた。
僕とカーリーさんは、もぐもぐと猪鍋を頬張る。
「それで、明日からはどうする? 予定通り、巨人族を探して接触するつもりか?」
「ううん、その前に、もうすこし焼けた森を調査してみましょう」
「そうだな。あの焼け方は不自然すぎる。巨人族に会うにしても、あの火災の詳細を把握していたほうが良いのかもしれない」
調べた結果がどうも奇妙だった。
焼けた森と、こうして延焼を免れた森が綺麗に区切られていた。
燃えている場所は大木が炭になるくらいに燃えているのに、燃えていない場所は枯れた草の先さえも焦げていない。しかも、綺麗に線引きしたようにふたつの特徴がはっきりと区切られていた。
「それと、もうひとつ。気になることがあった。どうも、死体の転がっている場所とそうでない場所が点々としていた」
「あっ、それは僕も感じました。耳長族と巨人族が争っている最中に森が焼けたとしても、変なんですよね?」
「争っているのなら、同じ種族同士が固まって行動しているはずなのだがな」
「でも、焼死体は巨人族も耳長族も、まとまっていたり孤立していたり」
単に、炎から逃れているうちに仲間と逸れてしまった、というような感じではなかった。
だって、死体がない場所には本当にどちらの焼死体も全くなくて、逆に死体が横たわる場所には耳長族と巨人族の双方の死体があった。
「……まるで、巨人族も耳長族も、森のなかで迷ったみたいな?」
「争っている最中に森が燃え始め、双方とも逃げ出したが、迷いの術に嵌って焼かれた。とエルネアは考えるのか」
「迷いの術に嵌ったかどうかまではわからないですけど、少なくともこの火災は自然のものじゃないと思うなぁ」
では、いったい何者が森を焼いて、耳長族と巨人族を焼き殺したのか。
遺体の数は、巨人族が軽く百を超えていた。耳長族も、二十人くらいが犠牲になっている。
迷いの術といえば耳長族の
でも、局所的に迷いの術を
では、耳長族の戦士たちが巨人族を倒すために迷いの術をかけた?
でもそうすると、仲間まで焼き殺したことになっちゃう。しかも、大切に守ってきた森に火を放つなんて、普通の耳長族なら考えもしないよね。
そうすると、巨人族が森に火を放った?
巨人族なら、それくらいやりかねない。だけど、被害が大きかったのは巨人族の方だ。
耳長族が苦し紛れに迷いの術をかけて、巨人族を道連れにした、という考え方もできるけど、やっぱり違和感がある。
「迷いの術を施した自分たちが迷う、というのは耳長族としてありえない」
というのがカーリーさんの見解で、僕も頷くしかない。
「ということは、やっぱりこの火災は奇妙ですよね?」
「そうだな……。これは、
僕たちの危惧していたこと。それを口にすることなく、僕とカーリーさんは残った猪鍋を食べ終えると、順番に休憩しながら夜を過ごした。
翌朝。
寒々とした冷気で目を覚ます。
冬だし、凍えないように着込んできてはいるけど、動かないとやっぱり寒いね。
白い息を吐きながら体操をして、冷え切った身体をほぐす。カーリーさんの入れてくれた温かいお茶を口に含みながら、本日の予定を確認した。
「もう一度、生存者がいないか探してみましょう。そのあとは、亡くなった人たちを埋葬しようと思います」
「巨人族も埋葬するのか?」
「はい。分け隔てなく」
「わかった、俺も協力しよう」
ということで、行動開始です。
お互いに見落としがないか、今日は調査する方角を入れ替える。僕が南と西で、カーリーさんが北と東。
だけど、結果は前日と変わらなかった。
生存者はいない。
もしかして、焼けていない周囲の森に誰か潜んでいないかな、と探りを入れてみたけど、空振りに終わった。
巨人族は東へと撤退したのかな?
耳長族は最寄りの村まで退いたのかな?
なにはともあれ、焼けた森の周辺で活動する人の存在は、僕とカーリーさんだけだった。
焼けた死体を狙ってなのか、空には大型の肉食鳥が飛んでいる。
たまに、魔獣の大鳥も現れた。
森の天井がなくなり、空からの視界を遮るものがなくなった土地で動く僕に向かって、大鳥が強襲してきたときは驚いちゃった。
だって、僕の影からぬるりと巨大な前足を出したリリィが、べたんっ、と大鳥を叩き落としちゃったから。
大鳥さん、狙う相手を間違えましたね。
生存者がいないことを再度確認すると、僕とカーリーさんは遺体を埋葬しようと行動を変えた。
見渡しの良さそうな丘を見つけて、そこに
耳長族も巨人族も、一緒に埋葬する。
カーリーさんは難色を示していたけど、亡くなった人を
僕は、丘の上で埋葬用の穴を掘る。
カーリーさんは、亡くなった耳長族への
焼けた森の各地から遺体を運んできてもらう役目は、リリィにお願いすることになった。
人の数倍以上の身体をした巨人族を、僕やカーリーさんは運べないからね。しかも、範囲が広いので一体一体運んでいたら、何日もかかっちゃう。
リリィには嫌な役目を押し付けてしまった。と思ったけど、竜族は人の死体などに特段の感情を持たないらしい。
種族の違いかな?
ともあれ、焼け野原になった森へ降り立ってからの二日目は、こうして過ぎていった。
「リリィは、ミストラルやみんなを呼んできてくれるかな?」
「はいはーい、おまかせあれー」
そして三日目。
ヨルテニトス王国の砦では、そろそろユンさんが衰弱から目覚める頃のはずだ。そうなれば、様子を見てもらっているミストラルたちと合流する機会でもある。
遠く離れてしまっていて、アレスちゃんも僕との同化を解除しない状況で、こちらの位置を素早く知らせる方法はリリィの飛行が頼りだ。
そうそう。まとわりつくような気配と視線は、現在でも消えることなく感じ取れていた。
全ての行動を見られているようで、気持ち悪い。
これを気にしてなのか、アレスちゃんは僕の内側に引きこもったままなんだよね。
そういえば、精霊のことを聞く予定だったんだけど。この調子では、もう暫くあとになっちゃいそう。
ともかく、今日からはリリィと別行動です。
すぐに戻ってこられるとは思うけどね。
埋葬は、昨日のうちに耳長族と巨人族の
丘の上に掘った穴に、カーリーさんと協力して亡くなった人たちを埋めていく。
カーリーさんは、耳長族の人にはそれぞれ
本当は、ちゃんとした儀式を執り行って見送りたいらしいけど、戦士であるカーリーさんは、そうしたものが苦手らしい。それでも精一杯の見送りをしようとするカーリーさんは、やっぱり優しいね。普段は鋭い刃物のような気配を見せるけど、根は
残念ながら、埋葬作業はこの日だけでは終わらなかった。
思わぬ足止めになってしまっているけど、これは大切なことだからね。目の前に無残な亡骸があって、それを無視するようなことなんてできないよね。
夕方になると、僕とカーリーさんは手を止めて、ここ二日間夜営をしている場所まで戻ることにした。
「今日も猪鍋、というのも単調だな。野菜でも採って、煮込みにするか」
「いいですね!」
「なら、一度戻って足りないものを確かめよう」
「お腹すいちゃった!」
「エルネアが調理をしてもいいのだが?」
「はははは……」
もちろん、僕も手料理くらい作れますよ。だけど、僕はカーリーさんの男らしい手料理が食べたいんだ!
『てぬきてぬき』
ぐぬぬ、アレスちゃんの呟きは気のせいです。
空間跳躍で煤けた大地を移動して、深い森へと入る。そして、夜営地まで更に進む。
お腹が減って仕方がないけど、もう少しの我慢です。
正直、焼けた死体を見ているせいで、猪の肉とはいえ抵抗を感じてしまう。だけど、こういう場所で色好みなんてしちゃっていたら、いざというときに力が出ない。カーリーさんのもそれがわかっているからこそ、初日から猪を狩って調理してくれているんだよね。
焼き肉じゃないだけ、ましです。
今夜のご飯のことを思い浮かべながら、空間跳躍で森を移動する。
だけど、不意にカーリーさんが足を止めた。
「エルネア……」
「も、もしかして……?」
「迷った」
「やっぱり!」
耳長族でも、森で迷うことがあるんだね、なんて突っ込みはなしです。
カーリーさんに限って、何回も往復している場所を見失って迷うなんてありえない。
「もしかして、迷いの術かな?」
「おそらく、な」
僕も、途中からなんとなく違和感に気づいていた。いつもならとうに到着しているはずの夜営地に、未だにたどり着かない。そして、空間跳躍をした際に、妙な景色の変化も感じていた。
カーリーさんは、油断なく周囲を見回す。
僕から見ると、移動の最中でなければ普通の森に思えるけど、カーリーさんは敏感に異変を感じ取っているようだ。
「……そこに居るのは誰だ!」
そして、カーリーさんは茂みへと鋭い声を飛ばした。
がさり、と茂みが揺れる。
両手で茂みをかき分け、現れた人物。
長い黒髪の、小柄な女性。
「ユ、ユン!?」
予想外の人物の登場に、カーリーさんが驚く。
「なぜ、お前がひとりでここに居る?」
「驚かせてしまったのなら詫びる。だが、我はひとりではない」
「なに?」
「お前たちも迷いの術に嵌ってしまったのだろう? 我も、同じだ。先ほどまでミストラルと行動を共にしていたのだが、逸れてしまったようだ」
「……本当だろうな?」
「嘘を言ってどうする? 信じないというのなら、我は其方らと離れて、またミストラルを探すだけだ」
カーリーさんはどう判断すべきか迷って、僕を見た。
「せっかく合流できたのに、また別々になるのはもったいないし。お互いに迷いの術に嵌っちゃったなら、一緒に行動したほうが良いと思うな」
言って僕は、ユンさんの手を取ってにっこりと微笑んだ。
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