ひと時の休息 そして東へ

「……それで、いったいどうやって全ての問題を解決するつもりだ?」


 呆れつつも、エヴァンスさんが聞いてくる。


「とりあえず、最初にみんなの話を聞こうかと思っています」

「みんな、と言うと?」

「ユンさんやゴリガルさんたちの話は聞きましたし、エヴァンスさんたちの話も聞きました。じゃあ、次は巨人族かな?」

「カーリー殿、この少年は正気なのか!?」

「正気だな」

「前から、こんな感じだわね」


 苦笑しつつも、カーリーさんとケイトさんは僕が異常者じゃない、と言う。


「森を侵略している巨人族の剛王は、話の通る者ではないぞ?」

「でも、和平交渉は進んでいたんですよね?」

「それは、違う氏族しぞくだと聞いている」

「つまり、巨人族の全てが他種族の話を聞かない、というわけじゃないんですね? それなら、話してみる価値はあると思います」

「もしも話し合いが決裂したらどうするつもりだ?」

「ううーん……。そのときはまた考えます」

「カーリー殿、俺たちにこの少年を信じろというのか?」

「個人的な意見になるが、信じてみてはどうだろう。エルネアはこう見えて、竜峰とその東に広がる平野では救世主のような存在だ。俺たちも色々と助けられている。魔王とも親交があるようだし、悲劇的な結末にはならないだろう」

「魔王と!? 魔族と繋がりのある者を信じろと?」

「俺たちも、出会った当初は同じように思っていたさ」

「まあ、エルネアのことを知らない者は、過小評価してしまうわね」

「エルネアのことをよく知っていると、次はなにをしでかすのだ、と気をむのだがな」

「そうそう。今回もやっぱり、とんでもないことを言いだしたしね」

「ユンを保護すると言いだしたときに気付くべきだったな」

「もう、手遅れね」


 なんだか、められたり信用されているようには聞こえませんよ。

 エヴァンスさんたちは、カーリーさんとケイトさんの苦笑交じりの会話に困惑中です。


「ともあれ、エルネアがそうしたいと言うのであれば、俺たち竜の森の耳長族はそれに全力で協力するまでだ」

「つまり、カーリー殿たちはそれほどまでにこの少年、エルネア君を信頼しているというわけだな?」

「そういうことだ」

「そういうことね」


 カーリーさんとケイトさんの顔からは苦笑が消えて、よどみのない動きで頷いた。


「……裏切り者は引き渡せない。そして、俺たちだけでなく全ての問題を解決する、か」


 エヴァンスさんは、見定めるように僕を鋭い視線で見つめる。


「では、こうしよう。裏切り者の引き渡しには、しばしの猶予ゆうよを設ける。その間に、エルネア君がなにかしらの成果を導き出せるのか、それを見極めさせてもらおう」

「もしも、満足のいくような成果を僕が出せなかったら?」

「裏切り者を渡してもらう」

「わかりました」


 言葉だけで信じてもらうって、難しいね。

 エヴァンスさんたちが僕に猶予を与えてくれたのは、カーリーさんとケイトさんの話しのおかげじゃない。ましてや、僕の言葉を信頼してくれたからでもない。嵐のなかを救援に駆けつけてきたことへのお礼だ。

 でも、機会をもらうことはできた。

 なら、あとは全力で応えるだけです!


「じゃあ、嵐が去ったら、巨人族のところに行ってみよう。あっ、そうそう。もう人族の砦を襲撃しないでくださいね?」

「エルネア君を信じているうちは、控えておこう」

「エルネアが巨人族のもとへと行くのなら、俺も同行する」

「カーリーが行くのなら、私はこちらに残っていようかしら」


 どうやら、ケイトさんはエヴァンスさんたちと行動してくれるみたい。

 打ち合わせをしたわけじゃないけど、これは助かるね。全員で離れちゃうと、エヴァンスさんたちが後々になって、こちらに疑念を抱くかもしれない。それよりも、誰かが残って接してくれていた方が、今後の関係に役立つし。


 次の目的地が決まった。

 あとは、嵐が収まるまでの間に、僕たちは避難した洞穴で更なる情報交換を交わした。






「エヴァンスさん、ケイトさん。それじゃあ、次は肥沃なる若木の谷で!」

「気をつけて行ってらっしゃい。朗報を待ってるわ」

「俺たちはエルネア君を信じてみる。だから、決して裏切らないでくれ」

「はい!」


 エヴァンスさんたちは、これから肥沃なる若木の谷まで退くらしい。

 そして僕たちは、巨人族のもとへと向かうことになる。


 洞穴の入り口で別れの挨拶を済ませると、僕とカーリーさんは空間跳躍で東へ進む。


 どうやら、大森林の迷いの術はほとんど機能していないらしい。

 耳長族たちが集落を作っている周辺の森には、緊急的に迷いの術が新たに張り巡らされているという。だけど、大森林の大部分を覆っていた迷いの術は、術のみなもとである宝玉が破壊されてしまい、機能していないのだとか。

 宝玉は、深い森の奥の五箇所に設置されていた。その全てが破壊されて、巨人族が侵略してきている。

 エヴァンスさんたちはユンさんを追って大森林の西側に来ていたけど、耳長族の戦士のほとんどは、巨人族との対決のために東に集結しているらしい。


 カーリーさんと並んで森の奥を進む。そして手頃な場所まで行くと、僕は遥か上空へと意識を向けた。


「そろそろ、リリィを呼びますね」

「洞穴付近で呼ばなかった理由は、エヴァンス殿たちを刺激しないためか」

「はい。彼らはどうも、リリィの存在には気づいていなかったようなので」


 どうやら、エヴァンスさんたちはリリィの存在に最後まで気づかなかったみたい。

 僕たちがどうやって森まで来たのかと疑問に思っていたようだけど、僕はあえてリリィの存在は口にしなかった。黒竜こくりゅうの姿におびえさせちゃうのも悪いしね。


 空に向かい、意識を飛ばす。すると、嵐が残していった雲の塊の奥から、リリィが現れた。


「お待たせしましたー」

「お待たせしちゃったのは僕たちの方だよ」


 リリィは森の樹々を押し潰さないように、僕たちの直上で滞空する。僕とカーリーさんは、低空まで降りてきてくれたリリィの背中に、空間跳躍で飛び乗った。

 リリィは僕とカーリーさんを乗せると、まずは大空へ。そこで僕は地上の状況を説明し、東へと向かってもらう。


 空間跳躍は、地上ではどんな障害物ももろともせずに進める素晴らしい移動術だ。だけど、大空を高速で飛ぶ竜族に比べれば、残念ながら鈍足どんそくだよね。

 どこまでも続く森の海は、リリィが翼を羽ばたかせるたびに目紛めまぐるしく流れていく。

 この調子なら、あっという間に大森林の東のはしまで着きそうだね。

 とはいえ、呑気のんきに目的地までの移動を楽しんではいられない。


 リリィの背中に乗って大空に舞い上がると、これまで僕に同化し続けていたアレスちゃんが顕現してきた。

 ぽこん、と幼女の姿で飛び出ると、迷うことなく僕の胸に。僕はアレスちゃんを抱きかかえて、これまでの苦労をねぎらう。

 アレスちゃんは僕に抱きついて、満足そうにしていた。


「……どうやら、空にまではあの視線は追ってこなかったみたいだね」

「視線?」

「もしかして、カーリーさんたちは気づいていなかった?」


 どうやら、森のなかで感じていた嫌な気配と視線は、僕とアレスちゃんだけしか気づいていなかったみたい。僕が説明すると、カーリーさんは険しい表情で眼下を流れる森を見つめていた。


「何者かの気配か……。どうも、この森の騒ぎは単純な問題ではないような気がする」

「巨人族と耳長族の争いは表面的なものだと、カーリーさんも感じるんですね?」

「上手くは言い表せないが。この森は憎しみに包まれている。誰もが怒り、憎悪が蔓延まんえんしているように感じるな。これは、普通の争いではない」

「怒りと憎しみ……。ねえ、アレスちゃん。精霊はこの争いをどう思っているんだろう?」


 僕の腕に抱かれて安らいでいるアレスちゃんに、精霊としての意見を聞こうとした。だけど、アレスちゃんは可愛い顔で小首を傾げただけで、答えてはくれなかった。

 どうやら、幼女体型のアレスちゃんには難しい質問だったみたい。これは、大人の体型であるアレスさんに聞かなきゃいけないね。

 変身してくれないかな?


「きゅうけいきゅうけい」


 むむう。そう言われちゃうと、強くお願いできないよね。だって、これまで頑張ってくれていたんだもん。アレスちゃんだって疲れているんだ。

 それに、ここで無理を押してお願いしちゃうと、大人なアレスさんに抱きつかれた状態になっちゃう。そうなると、話どころではありません!


「そういえば、アレスちゃんにはもうひとつ、別のことも聞きたかったんだよね。精霊たちは耳長族の禁忌きんきについてどう思っているのかな?」


 これは、とても気になるところだ。

 精霊を食べて自身に取り込む、という耳長族の禁忌。では、精霊たちはこのことについてどう思っているのか。


 アレスさんは砦の前で、ユンさんに険しい表情で剣を突きつけていた。このときは、同族を食べたユンさんに怒りを覚えていると思ったんだけど……

 でもその後、アレスちゃんはプリシアちゃんと一緒になってユンさんと寝ていた。

 しかも、話を聞いている最中にカーリーさんが張り巡らせていた結界の周囲には、ユンさんを心配する精霊たちが集まってきていたようだし……

 精霊たちが禁忌についてどう思っているのか、それを僕は知りたい。


 だけど、アレスちゃんは最初の質問のときとと同じように、小首を傾げるだけで答えてはくれなかった。

 やはり、幼女には難しい話は無理みたい。そう諦めたとき、カーリーさんが口を開いた。


「無駄だぞ。精霊はそういった質問には答えない」

「えっ!?」


 どういうこと? と聞き返したかった。だけどその前に、早くも目的地に到着したリリィが、不穏な声を発する。


「焦げ臭いですよー」


 言われて地上に視線を落とす。そして、無残な光景に僕とカーリーさんは眉根を寄せた。


 森が焼けていた。

 緑豊かだっただろう大地は黒くすすけ、至る所からまだ火のくすぶった煙を上げている。そして、見えるのは無数の焼け焦げた遺体。


「これは……!」


 絶句するしかない。

 大森林の東の果て。そこに広がる光景は、まさに地獄絵図そのものだった。


「リリィ、気をつけて降りて」

「はいはーい」


 リリィはゆっくりと空を旋回しながら地上の様子を伺い、降下する。

 僕の腕のなかで休憩していたアレスちゃんが、また僕へと同化した。


『あとであとで』


 どうやら、僕の質問は後回しみたい。

 でも、精霊はさっきの質問には答えてくれないんだよね?

 なにはともあれ、今は地上の様子に注意を向ける。


 リリィは焦げた大地に降り立つと、僕とカーリーさんを下ろす。そして空に舞い戻らずに、今度は僕の影に潜っていった。


「これは……酷いな。争いがあったにしても、この惨劇さんげきはないだろうに」


 地上に降り立ったカーリーさんは、周囲の状況を見回していた。僕も、焼けた森の跡を見回す。


 幾つもの焼けた死体があった。

 人族の五倍以上の体躯たいくをした巨人族。僕たちと変わらないような身長の耳長族。

 大森林の東の果てでは、巨人族と耳長族が争いを続けている。そうは聞いていたけど、双方が炎に焼かれ、無残な姿となって横たわっている様子には、異常さを感じる。


 それと、もうひとつ。

 地上に降り立ったときから、またあの嫌な気配と視線を僕は感じていた。

 どうやら、この視線は僕たちを尾けていたわけじゃないようだね。りし日の迷いの術のように、大森林全体を不気味に覆っているみたいだ。


 冬なのに、残った熱でもわりとする空気。鼻を不愉快にさせる焦げた臭い。それと、無残な死体の光景に、僕とカーリーさんは茫然ぼうぜんと佇んでいた。

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