能ある魔族は細かいことを気にしない

 温かい雰囲気ふんいきの家庭だった。

 大きな暖炉だんろの前では、お婆ちゃんが揺り椅子に揺られながら編み物をしている。

 壁掛けや絨毯、長椅子や机に敷かれた編み物はどれも高級とは程遠い品物だけど、全てから温もりが感じられる。きっと、ルイララのお屋敷に出入りする人たちが一生懸命に編んでご主人様に献上したものを、大事に利用しているんだろうね。


 家具や飾り品も、貴金属の下品な煌びやかさなんて排除されて、木彫り製品や手造りの物が並ぶ。


「さあ、ご主人様。すぐに夕食の支度をいたしますので、それまではごゆるりとお寛ぎくださいませ」

「お仲間方も、お荷物をお預かりいたします。客間へご案内いたしますね」


 玄関先で出迎えた家令かれいのゾボスさん以外にも、お屋敷のなかには何人かの使用人さんが働いていた。

 そして、使用人さんの誰もが素朴で、子爵位の貴族に仕える人たちにはまるで見えない。どちらかというと、昼間はみんな畑をたがやしていたり羊の面倒を見ながら、手の空いたときにお屋敷の管理やルイララのお世話をしているように感じる。

 ルイララも、お屋敷で働く人たちには寛容で、ちょっとした非礼や失敗を笑顔で流す。


「ぐ、ぐやじいぃ……」

「エルネア君、どうしたんだい?」


 思わぬ場所で思わぬ人物に暖かな家庭を見せられて、僕はすごくくやしくなっちゃう。

 ついついこぼれ落ちた僕の吐露とろに、召使いさんたちへ久々の帰宅の挨拶をしていたルイララが振り返る。


「エルネア君たちのような立派な住まいじゃないけどさ。居心地の良さは負けてないと思うから、ゆっくりと寛いでほしいな」

「うん、そうさせてもらうね」


 田舎風景にぽつんと建つお屋敷といっても、そこは領主の住まいだ。大勢のお客さんを十分に許容できるだけの客間は二階にあり、荷物を運び込む。

 どうやら、僕たちのお世話をしてくれている使用人さんのなかには、人族と魔族が混合しているみたい。それでも仲良く働いているように見えるのは、本当に仲が良いからだよね。


 そうか、とようやく気付かされた。


 ルイララのふところが広く深く感じちゃうのは、彼は僕たちと出逢うずっと以前から家庭的な人であり、周りのみんなと種族や主従を超えた営みを長年続けてきたからなんだね。

 そして、家族のように大切に思っている領民が無残に殺されてしまったからこそ、ああして激怒して復讐に走ったんだ。


 ああ、本当にもったいないよね。

 あれで剣術馬鹿じゃなかったら、きっと素敵な領主になっていただろうに。


 旅の荷物を宿泊部屋に下ろすと、僕たちはお言葉に甘えて寛がせてもらう。

 夜はまだ冷え込むというので、お婆ちゃんが編み物をする暖炉の前に集まって、夕食前の談笑に花を咲かせる。

 プリシアちゃんとアレスちゃんは、ニーミアとオズを引き連れて早速お屋敷の探検らしい。


「まあまあ、ルイララ様と魔剣使いが?」


 ルイララと僕の話を聞きたいというお婆ちゃんに、竜峰の東の話を披露する。


「そうなんです。あのときは焦っちゃいましたよ」

「エルネア君、本当に焦っていたのかい?」

「うん、君の心配ではなくて、僕たちの状況にね」

「酷いよねぇ……」


 お婆ちゃんは、家令であるゾボスさんのお姉さんらしい。嫁ぎ先は遠い土地だったけど、夫の死後にここへ戻ってきたんだって。現在では、余生をのんびりと過ごさせてもらっているらしい。

 ルイララは忙しい身みたい。……特に、僕関連で。

 領地を空けることの多いルイララの代わりに、ゾボスさんとお婆ちゃんが中心となってお屋敷を管理しているんだってさ。


「そういえば、ルイララ様。先日は竜人族のウォル殿が宿泊されていきましたよ」

「そういえば、ウォルは魔族の国との橋渡しを頑張っているんだよね」

「魔族の僕が言うのもなんだけどさ。彼は有能だよ」

「そうでございますねぇ。お屋敷の屋根の修理は素晴らしい手際でございました。他にも土起こしにご協力してくださったり、そうそう、羊飼いの才能もお持ちのようで」

「八大竜王のウォルさん、貴方はここでなにをしているんですか!?」


 気のせいだろうか。僕以外では唯一の八大竜王後継者が、魔族の雑用をさせられています。

 まあ、彼は性格も穏やかだし、頼まれると親交の一環として断れないんだろうね。もしかすると、望んでお手伝いをしているのかもしれない。


「そういえばさ。ルイララの領地には街とかはないの?」

「もちろん、あるよ。なんでさ?」

「いや、だってさ。領主のお屋敷がこういう場所にあるから不思議に思っちゃったんだ」

「もっと西に行ったところに、街はあるんだ。領地の西のはしだね。そこには領地を支配するための家臣なんかもいるんだけど、任せっきりなんだよね」

「それって大丈夫なの?」

「むしろ、喜ばれているよ? お役人なんて辺境には来たがらないからね。それも、危険な竜峰の麓になんて理由があっても足を向けたがらないからさ。領主の僕がこっちで存在感を示している方が、彼らにとっても良いのさ」

「適材適所、とでも言うべきなのかな?」


 ルイララのことだ。領地にこだわりがないように、運営にも関心があまりないのかもしれない。

 なので、統治されていれば良し、と家来に任せっきりなのかな?


 お婆ちゃんとゾボスさんも交えて楽しく話していると、台所の方からお腹を刺激する良い匂いが流れてきた。

 きゃっきゃと幼女たちの楽しそうな声も聞こえてくるので、きっと摘み食いでもしているに違いない。

 そろそろ夕食かな、と僕のお腹も騒がしくなり始めた。


 だけど、ここでなにやらお屋敷の外が騒然としてきた。

 何事か、とゾボスさんが玄関へ向かう。続いて慌ただしく駆け込んできた男の姿に、僕たちは騒然とした。


「領主様、お助けください。野盗どもが……!」


 命辛々に逃げてきたのか、駆け込んできた男の衣服は薄汚れ、所々には血が付いていたり、発達した下半身には無数の傷があった。

 魔族だ、と人族の僕にもひと目でわかる容姿をした男は、ルイララに訴えかける。


「山の向こうで……」


 どうやら、ここから北に行くとちょっとした山間部があって、その先に交易をしている村があるらしい。男は近所の人たちと村へ買い物をしに行く途中で、盗賊に襲われたようだ。

 男は脚力のある魔族だったので逃げられた。それでなんとか戻ってくると、領主のルイララが帰還していると耳にして、慌てて駆け込んできたのだった。


「ねえ、ルイララ。盗賊とかってよく出没するの?」

「そうだねぇ……。最近は増えたかもしれないね」


 ルイララは男からの訴えに素早く身支度を整える。


「ほら、北の魔王がいなくなって、荒れているだろ? 余波はこちらにも来るからさ」


 辺境だからこそ、荒くれ者たちの格好の隠れ場になったりするのかな?


 剣を片手に飛び出そうとするルイララに、僕も従う。


「エルネア君は、ここでゆっくりしていて良いんだよ。お客さんだしね」

「ううん、僕も手伝うよ。いつもお世話になっているからね」


 ルイララに普段の恩を返す機会はそんなにない。なので、手伝えることは手伝いたい。

 ルイララは僕の申し出を快く了承する。それで、二人してお屋敷を飛び出した。






 僕は空間跳躍を駆使して、先行するルイララを追う。


 そういえば、ルイララは僕の連続空間跳躍にも平気でついて来られるんだよね。

 今も、地理にうとい僕を案内するために、ルイララは全力で疾駆しっくしていた。


 お屋敷に駆け込んできた男はいない。

 負傷していたので、ルイセイネとマドリーヌ様にお願いしてきた。

 それじゃあ、盗賊の出た場所は? と疑問に思ったけど、ここから山間部の先にある村へと行く道は、どうやら一本しかないらしい。

 ということで、目的地へ向けて進む。


 日暮れ前にお屋敷へと到着した僕たちだけど、談笑している間に夕刻も深まりを見せ始めていた。

 太陽は西の大地へ沈みかけていて、空があかね藍色あいいろの二層に染まっている。

 空間跳躍を駆使しているとはいえ、北にあるという山間部までは遠い。なにせ、ニーミアから降りてお屋敷まで歩く途中に、北の山なんて見えなかったからね。

 それでも、ルイララは領民の訴えに応えるべくひた走る。

 すると、完全に陽が落ちる前に、僕たちは山道へと入った。


「エルネア君、ここからは慎重に行こうか。道が一本な分、山が深くて賊が隠れるには格好の場所になっているからね」

「了解!」


 野盗がどこに潜んでいるか、油断ならない。山道の入り口から待ち伏せに備えて、僕は気配を消す。

 だけど、ルイララは足音なんかも気にすることなく、ずいずいと進みだした。

 そこの魔族さん、慎重に行くんじゃなかったんですか!?

 仕方なく、僕も暗い山道を進む。とはいえ、ルイララのように気配まる出しで山道を歩くようなことはしない。立ち並ぶ木の枝を空間跳躍で渡りながら、周囲の気配を探っていく。


 木々が覆う山間部には、空にまたたき出した星の光もあまり届かない。それでも竜気を宿した瞳は深い暗闇を見通し、研ぎ澄ました精神は遠くまで気配を探る。


 山を越え、谷を越え。

 完全に夜が訪れた山道を進んでいると、ルイララの歩みが緩んだ。


「ここだね。荷車が散乱している」


 厚い茂みに道の両端をはさまれた先に、荒らされた形跡のある荷車がひっくり返っていた。

 割れたつぼや、壊れた雑貨が散乱している。

 きっと、農耕のうこうの合間に作った品物を村で売って、その代金で生活の必需品なんかを買おうとしていたんだろうね。


「いやあ、ひどいなぁ」


 わずかな星の明かりだけが頼りの夜闇だけど、ルイララにも惨憺さんたんたる情景が見えているらしい。

 ため息をつきながら、荒らされた荷車を検分している。

 僕は、近くの木の枝の上から様子を伺っていた。


 すると、がさりと茂みが揺れた。


「ちっ。なんでい、寒いなか待ち伏せしていたってぇのに、小者しか掛らねえじゃないか」


 茂みを割って現れたのは、鬼の男。

 鬼は、ルイララを見て露骨に嘆息たんそくした。


「しばらく待っていりゃあ、逃げていった奴が新たな金づるを連れてくるなんて言うから潜んでいたんだがなぁ」

「まあ、身なりは良さそうだ。こいつは生け捕りにして、身代金をふんだくれば良いだろう?」

「しかし、こんな田舎にどこの金持ちだ?」


 最初の鬼に続き、ぞろぞろと悪そうな奴らが姿を現わす。

 どうやら、気配だだ漏れのルイララを、田舎の小金持ちかなんかと勘違いしているらしい。

 それと、領主のルイララの顔を知らないってことは、別の地域から来た盗賊たちだね。

 にたにたと、ルイララを品定めするように取り囲む盗賊たち。

 というかさ、盗賊たちは完全に油断してない?


 あっ、そうか。気配を消していても、待ち伏せしていたら見つかっちゃう可能性はある。逆に警戒心がないように振る舞っていれば、小者と勘違いして、こうして向こうから油断したまま出てきてくれるのか。

 ルイララが言っていた「慎重に」とは、盗賊に対してではなく、襲撃された場所を見逃さないようにって意味だったんだね。


 ルイララの耐久力は、竜族も真っ青なくらいだ。油断したふりをして本当に不意打ちを食らっても平気な彼だからこその戦術だね。


「ちょっと質問させてほしいな。これは、君たちの仕業しわざかい?」


 ルイララは、自分を包囲する二十人弱の男たちに向かって、呑気のんきに質問する。

 すると、にたにたと獲物を見定めていた男たちが肯定こうていした。


「ああ、やっぱりそうなのか。……よくも、僕の大切な領民を」

「っ!?」


 男たちが盗賊だと判明すると、ルイララは腰の剣を引き抜く。と同時に爆発的に膨れ上がった殺気に、盗賊たちは一瞬で狼狽うろたえ始めた。


「こ、こいつ……!」

「上位の!?」


 盗賊たちは間違いを犯した。

 ルイララは、田舎の小金持ちなんかじゃい。彼は巨人の魔王が重用する腹心であり、始祖族の親を持つ子爵位の大魔族だ。


 盗賊たちは逃げ惑う暇もなく、ルイララの剣に斬り伏せられていく。

 珍しい。ルイララが剣術を楽しむ以外で剣を振るうなんてね。


 悲鳴が夜の山に響く前に、現れた盗賊たちは全滅してしまう。

 僕は、相変わらず気配を消したまま、木の枝の上から様子を伺っていた。すると、茂みの奥から残ったねずみが出てきた。


 やはり、親分らしき者は手下みたいにほいほいとは出て行かず、隠れていたか。

 僕だって無為に気配を消したまま潜んでいたわけじゃない。形勢不利となればすぐ逃げ出すだろう首領を捉えるために、様子を伺っていたんだ。


「待てっ!」


 空間跳躍で、現場から逃げ出そうとした鼠を引っ捕らえる。

 大きな鼠だった。僕の身長の倍くらいはあるんじゃないかな?

 衣服を身につけ、腰にはいっちょまえに曲刀を携帯した鼠の腹部に、僕は容赦なく拳を叩き込む。

 一撃で鼠は気を失い、崩れ落ちた。


「ルイララ、こっちに隠れていた頭領っぽい魔族を捕まえたよ?」


 僕の掛け声に、ルイララがやって来る。

 そして、倒れ伏した鼠のような姿の魔族を見下ろし。


 躊躇いなく、剣を振り下ろした。


「ルイララ!?」

「いやあ、気にする必要はないよ。どうせこいつらは雑魚さ。生け捕りにしたって、穀潰ごくつぶしになるだけだからね。賊はその場で殺す、それが魔族の流儀だよ」

「裁判とか、贖罪しょくざいの機会なんて無いんだね」

「まあ、あることはあるけどさ。拷問の刑とか奴隷落ちなんて、賊も嫌だろう?」

「そ、そうかな……?」


 ルイララは笑いながら魔族の考え方を教えてくれる。そうしながら、頭領の死を確認すると、また山道の方へと戻る。

 今度は、僕も付いていく。


「このまま死体を放置していても邪魔だし」


 呟いたルイララは、つい先ほど切り倒した盗賊たちの死体を無造作に掴み、山奥へと放り投げ出した。


「ざ、雑じゃない!?」


 いくら極悪な盗賊とはいえ、この扱いには僕もどん引きだよ!

 とっさに、ルイララの手を取って行為を止めてしまう。

 だけど、結果的にはそれが良かった。


「ねえ、ルイララ。このぬのってなんだろう?」


 ルイララが今にも山の奥深くへ投げ捨てようとしていた男の死体の腰巻きに、違和感のある布が挟まれていることに気づく。


 盗賊たちは、荒くれ者らしく身なりもさほど良くない。なのに、腰の布はなにやら上質そうだ。

 しかも、布を所持していたのはこの男だけじゃない。よくよく見てみると、斬られた盗賊たち全員が体のどこかに布切れを所持していた。

 頭に巻いていたり、腕に巻いていたり。

 体のどこに身につけているかは人それぞれなんだけど、全員が目につく位置に所持している。


「……さあ? なんだろうね?」


 ルイララも気になったのか、盗賊たちから布を奪って検分する。


「どれも、赤い布みたいだね。気になるから、一応これだけは持って帰ることにするよ」


 言ってルイララは、残っていた死体から布を回収し、不要な物は全て山の奥へと投げ飛ばした。

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