オズの過ち

 牧歌的ぼっかてき、とでも表現すればいのかな?

 ルイララが治めているという領地は、のどかな田舎いなかだった。


 ニーミアに乗せてもらって飛ぶこと半日。僕たちは、ミストラルの村から竜峰の西の端へと移動してきていた。

 ただし、いきなり巨大な竜がルイララの領地に現れちゃうと領民が大混乱に陥るということで、着地地点は領地の外れになった。


 見渡す景色には、冬に降り積もった雪がようやく溶けて、土起こしが始まった畑が広がる。ぽつぽつと点在する家屋はどれもが木造の質素な造りで、庭ではにわとりが放し飼いになっていたり、子供が犬と走り回っていたり。

 遠くの草場には、羊の群も見えるね。


「なんだか、意外だなぁ。すごく平和そうに見える」

「エルネア君、見えるんじゃなくて事実だからね。僕の領地は平和そのものさ。それを、馬鹿者どもは……」


 ルイララの言う「馬鹿者ども」とは、二年前に領地を襲撃した竜人族だね。

 魔剣に呪われていたとはいえ、竜人族が領地を荒らして村人を虐殺ぎゃくさつした。それに激怒したルイララが、報復で竜峰に攻め入ったんだ。


「んんっとね、オズが震えてるの」

「プリシアちゃん、今はそっとしておいてあげてね?」


 ニーミアの背中から降りる面々。

 結局、いつもの面子めんつで来ちゃった。ミストラル、ルイセイネ、ライラ、ユフィーリアとニーナ。

 プリシアちゃんもいるし、アレスちゃんももちろん同行してきている。ユンユンとリンリンの姿は見えないけど、ちゃんと気配は側にある。

 そして、おまけのマドリーヌ様とセフィーナさん。

 それと、オズ。


 オズを連れてきたのは、九尾廟のことを巨人の魔王に聞くためだ。

 ただし、地上に降りたオズは二本の太い尻尾を股の間に隠して、がくがくと震えていた。


 無理もない。

 そう、あれは出発前の出来事だ。






「なにぃっ、この儂が、このような小童こわっぱに運ばれて移動すると貴様は言うのかっ! ええい、非礼にも程があろうっ。いくら負傷の身とはいえ、子猫のような竜に運ばれるほど弱々しくないわっ!」


 オズに、ニーミアに連れていってもらうからね、と話したら激怒されちゃった。

 毛繕けづくろいをする可愛いニーミアを前脚で指し、牙を剥き出しにして吠えるオズ。


「いやいや、ニーミアはね……」

「黙れ、小僧! 高貴なる儂が小娘の世話になんぞなるものかっ。この者の世話になるくらいならば、負傷の身とはいえ、自力で竜峰を踏破とうはしてみせる!」

「オズ、さっきから自分で負傷の身って言ってるけどさ。プリシアちゃんたちと散々鬼ごっこをしていたのを知っているからね? それに、ニーミアは違うんだよ」

「なにが違うと言うのだっ。ええい、良かろう。儂がもしもこの小童に遅れをとると言うのなら、その証拠を示せ!」

「……ニーミア先生、よろしくお願いします」

「にゃーん」


 ニーミアを見下すオズに、僕は真実を伝えなければいけない。

 心を鬼にして、ニーミアに「証拠」を見せてもらうことにした。


 ニーミアは、毛繕いを終了させて可愛く鳴く。すると、僕とオズが見ている前で、ぐぐぐっとその身体を変化させ始めた。

 子猫のような小さく可愛い身体から、成猫の大きさへ。さらに、みるみるとオズより大きくなり、きゃっきゃと見守るフィオリーナやリームを超える。


 この時点で、オズはあんぐりと口を大きく開けて愕然がくぜんとしていた。

 だけど、まだ止まらない。


 ニーミアは見上げる大きさになり、家屋の屋根を見下ろす巨躯きょくになってようやく止まった。


「さあ、みんな。荷物を持ってニーミアに乗せてもらいましょうね」

「わかったよ!」


 僕の指示に従い、プリシアちゃんたちはニーミアの背中に移動する。

 オズはというと、巨大なニーミアの姿を見上げて固まっていた。


『うわんっ、行きたいよっ』

『リームもぉ』

「フィオとリームはお留守番だよ。レヴァリアが心配するからね」


 魔族の国に、子竜は連れていけません。

 危ないからね。


 僕も空間跳躍でニーミアの背中へ移動すると、未だに頭上を見上げて固まり、白目を剥いているオズを見下ろした。


「ニーミアよ。オズをお願いね」

「お願いされたにゃん」


 言ってニーミアは、巨大な前脚でオズを掴む。そしてそのまま、空へと舞い上がったのだった。






 ああ、残念なオズ。

 まさか、昨日まで一緒に遊んでいた小さな小さな子竜が、実は一番大きく強い存在だなんて知らなかったんだね。

 でも、オズはまだ自覚していない。君は、フィオリーナとリームに向かって「保護者の顔が見てみたい」と言ったんだからね?


 背中の荷物が全てなくなると、小さくなってプリシアちゃんの頭の上へ移動して、あくびをするニーミア。

 オズは、引きつった顔で可愛いニーミアを見上げ、がくがくと震えている。

 まあ、いっときは心に傷を負ったままだろうし、そっとしておいてあげましょう。

 それよりも、と改めて周囲を見渡す。


「思ったんだけどさ、魔都周辺みたいな栄えている地域とは随分と雰囲気が違うね?」


 魔族の国は、人族が治めるアームアード王国やヨルテニトス王国よりも遙に繁栄している。それこそ、人族の王都で見られる繁栄の規模を魔族の国に置き換えると、中型の地方都市程度になっちゃうくらいに。

 賑わいを見せる各都市は整備された道で結ばれ、数えきれない者たちが往来している風景を、二年前にリリィの背中から見下ろしたっけ。


 のどかな風景を眺める僕たちの素直な感想に、ルイララは苦笑する。


「そりゃあ、そうさ。この辺りは辺境も辺境。目と鼻の先に竜峰が広がる辺鄙へんぴな土地だよ? さすがにこんな場所までは栄えないさ」

「ちょっとした疑問なんだけどさ。ルイララはなんでそんな辺境に領地を持っているのさ?」


 そもそもが変な話だよね。

 ルイララの親は、北の海を支配する始祖族の魔族。爵位は公爵。その息子が、なぜ内陸に国領を持つ巨人の魔王の配下なんだろう?

 ルイララ自身も正体は水棲の魔族で、あろうことか人魚みたいな姿をしているんだよね。……とても巨大だけど。

 そのルイララの領地には、見る限り大きな川も流れていないし、みずうみもない。自分の属性とはまるで関係のない土地に、なぜ領地を持っているんだろう。


 ルイララは僕の疑問を聞くと、改めて自分の領地を見渡した。

 東には、遅い春がようやく届き始めた竜峰が連なる。他は、ほのぼのとした田舎の風景。

 貧困、というわけではないけど、田舎独特のお金や財産にこだわらない質素な暮らしが見て取れる。


「僕も、産まれた頃は海で過ごしていたのさ。それを拾ってくれたのが陛下なんだよ。僕は陛下にお仕えさえできれば良いからさ。領地はどこだって良いんだ」

「それで、こんな土地になっちゃった?」

「竜峰の住民と魔族がこんなに近しくなったのは近年のことだからね。昔はいざこざも絶えなかったし、進んでこの辺の土地を拝領する者はいなかったのさ」


 巨人の魔王は、なるべく竜人族たちと問題を起こさないようにしてきた。とはいえ、種族間の確執かくしつが支配者の命令だけで拭えるわけでもなく。今でこそ少しずつ交流が増えてきたけど、昔は貴族が望んで貰う土地ではなかったようだ。


「僕なんかが言うと不敬に当たるかもしれないけどさ。陛下はそういうお方なんだよ」

「そういうと言うと?」

「始祖族を配下にしたり、子爵位の僕なんかを取り込んだりってことさ」


 ルイララの言っている意味がよく分からなくて首を傾げていると、補足してくれた。


「ほら、公爵位の魔族は、魔王ではなくて上位のお方が拝爵はいしゃくするわけじゃないか」

「魔族の真の支配者が始祖族を公爵にして、領地と特権を与えることによって、暴れないように抑え込むんだよね?」

「そうさ。でもね、エルネア君。言い換えれば、始祖の魔族は何かのきっかけさえあれば自由気ままに暴れる可能性があるってことだよ。しかも始祖の魔族は、魔王にではなく支配者に忠誠を誓っているわけさ。そんな魔族を従えたい、配下に加えたいって、普通は思うかい?」

「ううーん、僕だったら……。絶対に嫌だね!」


 ルイララを見つめながら思案して、明確な結論に至りました!

 油断すると斬りかかってくるような部下なんて、絶対に要りません。

 でも、巨人の魔王はどうやら僕とは違うようだ。


「ということは、巨人の魔王の配下には始祖族の魔族がいたりなんかするの?」

「エルネア君、なにを言っているのさ。いるじゃないか、君もよく知っている人が」

「えええっ、誰だろう!?」


 考えてみる。

 巨人の魔王とはよく会っているけど、実は配下の魔族と多く面識を持っているわけではない。

 よく見かけている顔といえば、四本腕の屈強な魔将軍や、死霊都市の警護でお世話になった黒翼こくよくの魔族たちだよね。あとは……


宰相様さいしょうさまだよ」

「な、なんだってー!! 宰相ってたしか、シャルロットだよね? あの人って始祖族だったのか!」


 巨人の魔王の最側近。

 金髪横巻き、細目のシャルロットが始祖族だったと知り、僕だけじゃなくみんなが驚いていた。


「ってことは、滅茶苦茶強かったりするのかな……?」


 始祖族って、生まれながらに多くの知識を保有していて、上級魔族も真っ青な魔力を持っているんだよね?

 そういえば、鞭を振り回して戦っている姿を見たことがあるような……


「始祖族の実力は……。まあ、個体差はあると思うけどさ。宰相様は恐ろしく強いよ?」

「どれくらい?」

「僕も伝え聞く程度だけど、昔の大戦では元帥げんすいだったとか」

「元帥ってなに?」

「簡単に言うと、複数の魔王が送り出した魔軍の総指揮官だよ。各国の魔将軍を統率する立場ってことさ」

「ええ、ええぇぇーっ!」

「ずっと昔にね、南の神族が大侵攻してきた時代があったそうなんだ。当時の魔王たちは迎え撃つために協力して軍を派遣したそうなんだけどさ。その時の総大将が宰相様だよ」


 聞かなきゃよかったです!

 シャルロットがそんなにすごい魔族だっただなんて!


「っていうか、魔族連合軍の元帥なんてしていたような人が、なぜ現在は軍属じゃなくて宰相なの?」

「そりゃあ、宰相様が能吏のうりだからだよ。話は最初に戻るけどさ。陛下はいろんな魔族を配下にしているんだ。なかには、よその国に魔将軍や官吏として引き抜かれたり、魔王になった者もいるらしいよ?」

「魔王を排出する魔王……」

「そうして優秀な官吏が引き抜かれたり老齢で引退したりしているとさ。たまーに人手が足らなくなってしまうんだよ。前宰相は、少し前に老齢で退官しちゃったんだよね。そういうときに、なんでもこなせる宰相様が引っ張り出されるわけさ」

「……ルイララ君、ちょっと良いですか! 臣下をしょっちゅう引き抜かれているって、魔王としてどうなのさ?」

「陛下は気にしていないみたいだよ? 千客万来、去る者追わず。むしろ、手塩にかけて育てた元配下が各国の要人になれば、なにかあったときに顔が聞くじゃないか」

「なるほど、そういう解釈もあるね。重要な役職に就く家臣が巨人の魔王の元配下だと、他の魔王は巨人の魔王においそれと逆らったりできなくなるわけか。なんか起きたときに巨人の魔王の元配下が反旗をひるがえすかもしれないしね」

「北の魔王の一件でも、そういう者たちが情報を流してくれていたりしたらしいよ」


 ううーむ、深い話です。

 表面だけ見ると、よそに引き抜かれる巨人の魔王の国は待遇面とかに問題があるんじゃないの、と思っちゃう。だけど、しっかりとした主従関係が築けていたのなら、相手の国に手駒を送り込めたと取れるんだよね。しかも、送り込んだ者は優秀な人なんだから、国の中枢ちゅうすうに深く関わる地位に就くはずだ。


「とまあ、そんなわけでさ。僕なんかもそうだけど、将来的にこの国を出る可能性があるし、拝領する土地にこだわりを持たない魔族は意外といるのさ」

「ふぅん、魔族の社会も知ると面白いね」

「知ったついでに、運営してみる気はないのかい?」

「ありません!」


 長時間の立ち話もなんだし、ということで僕たちはルイララに先導されて進む。

 どうやら、ルイララの領地は広くはあっても領民はさほど多くないらしい。


 途中、道端でたまにすれ違う領地の住民たちは、ルイララの姿を見ると深く頭を下げて、こちらが通り過ぎるのを見送っていた。


「こういう風景を見ていると、やっぱりルイララも領主なんだね……」

「領地にこだわりはないけど、しっかりと支配はするさ。反乱なんて起きたら、陛下への忠誠心を疑われちゃうからね」


 辺境の田舎とはいえ、巨人の魔王が支配する国。僕と呑気に会話をしているけど、ルイララも一端いっぱしの魔族であり、同じ魔族の民は優遇し、人族の奴隷は当たり前。

 のどかに見える風景だけど、ここは魔族の国なんだと改めて思い知らされた。






「ここが、僕の屋敷だよ。さあ、みんなも自分の家だと思って寛いで」


 ルイララが住むお屋敷は、領地の東端にあった。なので、着地地点から景色を楽しんで歩いていたら間も無く目的地にたどり着いた。


 てっきり、田舎とはいっても大きな街や村がどこかにあって、その一画にお屋敷を構えているかと思ったんだけど。僕の予想は外れて、これまで見てきた風景と同様に、広がる畑のなかにぽつんとお屋敷が建っていて、みんなで驚いちゃった。

 一応、防風林に囲まれていたり、お屋敷で働いているだろう使用人さんたちの住居が近くに建ってはいるけどさ。まさか、ここまで田舎然としているとは。

 これなら、竜人族の村の方が賑わっていると言っても良いくらいだよ。


「領主様、おかえりなさいませ」


 帰宅した主人の気配に玄関から出てきた老人も、執事しつじや衛兵といった容姿ではなく、ごく普通のおじいちゃん。白い髭を生やした好々爺こうこうや的な人だった。


 わんわんっ、と老人が出てきた玄関から三頭の犬が飛び出てきて、ルイララに擦り寄る。

 ルイララは犬をあしらいながら、老人に帰還を伝えた。


「それで、この者たちは?」


 ルイララから荷物を受け取った老人は、怪訝けげんな視線を僕たちに向ける。


「ああ、彼らは……。そこの彼が、例の竜王さ。そして、周りのご婦人方が彼の家族だよ」

「おお、そうでありましたか。領主様がよくお話になっている。これは失礼をいたしました」

「エルネア君、彼はゾボス。うちの家令かれいだよ。魔族だからさ、さっきの非礼は許してほしい」

「非礼だなんて、僕たちはこれっぽっちも思っていないよ。こちらこそ、お邪魔します」


 どうやら、魔族のゾボスさんは、人族や竜人族の姿に警戒したみたいだね。だけど、僕やみんながルイララの知り合いと知れ渡っているのか、身分を明かすと丁重に挨拶されちゃった。


「さあ、入ろうか。今日は僕がおもてなしをするよ」


 僕たちはルイララとゾボスさんに案内されて、お屋敷に入った。

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