選抜 竜王のお伴

 温泉のある竜人族の村で三日間休息したあとは、また旅程に戻る。

 背中にくらを取り付けたまま待機してくれていた地竜たちと合流し、竜峰の奥地を目指す。

 途中、なぜかユフィーリアとニーナが迷子になるという問題は生じたけど、ユンユンとリンリンの活躍によって無事に発見された。


「セフィーナさんかマドリーヌ様ならいざ知らず、なんでユフィとニーナがそろって迷子になっちゃったの?」

「綺麗な鳥がいたわ」

「美しい鳥がいたわ」

「二人とも、気をつけて。そうやって旅人をおびき寄せて捕食する魔獣や魔物がいたりするわよ?」

「二人が見た鳥は、疑似餌ぎじえだったのかな!?」


 真相はともかくとして、不用心な行動が命取りになる、それが竜峰だ。

 全員で改めて気を締め直しつつ、旅を満喫する。

 そして、幾つかの村を経由し、とうとうミストラルの村へとたどり着いた僕たちと母親連合の面々。


「ここがミストさんの生まれ育った村なのねぇ」


 芝の広がる中央広場と、半円形に並んだ家屋。質素ながら整理された村の外観に、母さんたちは感嘆かんたんのため息を漏らす。


「よく来なさった、ゆっくりと寛いでくだされ」


 部族長コーアさんの歓迎のもと、人族の旅人は村全体で歓迎された。


「んんっと、向こうにはおっきな泉があって、泳げるんだよ」

「プリシアちゃん、泳ぐのは夏になってからね。それと、深いんだから水竜がいるときじゃないと遊べないよ」


 我が村へようこそとばかりに張り切って母親連合を案内するプリシアちゃんに、みんなは笑う。

 もう、プリシアちゃんにとってミストラルの村は故郷のひとつみたいなものなのかもね。


「ミストラル、荷物はお願いね」

「はい、母さん。さあ、みんな働いてちょうだい。……ユフィ、ニーナ、逃げない!」


 地竜の背中から下ろした荷物を運ばされる妻たち。

 平地からのお土産があったり、余った食料や衣類があったり、途中で手に入れた物品があったり。

 どうやら、旅行って出発時より帰るときの方が荷物は増えるみたいだね。

 僕たちは出先であんまり買い物とかをしないから実感なかったけど、王妃様たちを見ていると理解できる。


 コーネリアさんにお願いされて、村に着いてからも忙しいみんな。母さんたちは、早速とばかりに北の林を観光したり、村人と交流したり。

 プリシアちゃんに捕まった竜人族の若者が悲鳴をあげたり。

 ここは僕の出身地じゃないけど、微笑ましい光景を見ていると、なぜか帰って来たな、と安息を覚えちゃうね。


「おい、なにをほうけている。お前も狩りに付き合え」

「ザン、お久しぶり。そうだね、地竜にお礼もしなきゃいけないし、狩りに同行させてもらうね」


 そして僕はというと、母さんたちをもてなすために狩りに出るという戦士の人たちと一緒に、着いたばかりの村をあとにした。






 夜はもちろん宴会です。

 芝の広間に村の全員が集まって、大歓迎会が開かれた。


 そういえば、寄る先々で母親連合はもてなされていたっけ。

 竜人族の人たちにとって、人族の旅人は珍しいからね。旅の苦労を知っているし、来訪者を歓迎する風習は竜人族全体に共通するものなのかもね。


「まあ! 夏には戦士の試練があるのですね。それは参加してみたいです」

「いやいや、スフィア様。竜人族の戦士の試練はすごく厳しいんですからね!」


 屈強な戦士の女性と会話を弾ませていたスフィア様がやる気満々です!

 というか、いつまで竜峰に居座るつもりなんですかねぇ……


「より良い交易も考えていましたが、旅を通して実感しました。人族が竜峰に入るのは本当に難しいのですね」

「セーラ殿、話によれば人族の冒険者はまだまだ入り口付近で足踏みしているそうですぞ。もう少し鍛えなければ、無理ですな」

「そうすると、やはりこれからも、交流のかなめは竜人族の方々の隊商が頼りになりますね」


 コーアさんと交流について話し込んでいるのはセーラ様。

 ユフィーリアとニーナの実のお母さんなんだけど、娘たちと性格は随分違うよね。

 自由奔放な双子王女とは真逆で、セーラ様はしっかりしている。二人を見分けるという婚約の試練も厳しかったし、なぜこの母親からあの娘が育ったんだろう?


 他にも、母さんは村の人たちから僕のことを聞いていたり、マドリーヌ様はユフィーリアとニーナに加わってお酒を楽しんでいたり。

 控え目ながら、カレンさんも満喫しているようだ。


 なぜだろう、男性陣からの人気はカレンさんが抜きん出ているね。……と思ったけど、よく考えてみたら若い女性陣はほとんど僕の妻か幼女だし、母親連合も人妻だし。マドリーヌ様は美人だけど、双子王女の相棒とすでに知れ渡っているし。

 そして気品溢れる独身女性のセフィーナさんといえば……。竜人族の戦士を相手に、組手くみてを繰り広げています!


 なるほど、カレンさんが人気を独占するわけです!


 セフィーナさんは、宴会が始まってから何度となくザンに挑み、ことごとくねじ伏せられている。だけど、それが楽しいみたいだね。

 二人は同じ格闘主体の戦い方だし、ザンの無駄のない動きは男から見ても惚れ惚れしちゃう。


「……それで、エルネア君はこれからどうするのさ?」

「ルイララ、生きていたんだね!」

「いやいや、僕はいたって元気だよ」


 ミストラルの村は、全体的には円形をしている。だけど、村の中心を二分するように建つ長屋から南の半分は泉になっているので、住めるのは北側の半分だけ。

 泉はとても深くて、水竜が生息している。そして、泉の中央には小島があって、そこに竜廟があるわけだ。


 村の人も、よほどの用事がなれけば竜廟へは近づかない。

 普段から出入りしているのは、苔の広場へ行き来するための中継地点として利用している僕たちくらいかな。

 ちなみに、竜廟の建つ小島へ渡るときは、必ず水竜の背中に乗せてもらう。

 水竜の許可なく竜廟に近づこうとすれば、手痛い仕打ちが飛んでくるわけだ。


 とまあ、村に住む竜人族の人たちにとっても、水竜が生息する深い泉は油断のならない場所なんだけど。

 もともと水性魔族のルイララちゃんです。

 大きな湖になにを思ったのか、嬉々ききとして入水したわけです。


 はい。それはもう、大変でした。

 魔族が侵入してきた、と騒ぐ水竜たちに、僕たちは大慌て。

 結局、冷静さを取り戻した水竜たちが侵入者はルイララだと気づいたから良いものの、危うく村に被害が及ぶところだったよ。


「いやあ、竜族にも分かり合える者はいるんだね」

「……ほんと、お互い結婚の儀のときに面識があって助かったよ。それで、なんで今さら水竜たちと仲良くなっているのさ?」

「それは、ほら。同じ水を好む者としてね」


 雨降って地固まる、と言うべきか。騒ぎのあと、なぜか意気投合したルイララと水竜たちは、さっきまで泉で親睦を深めていたらしい。


 この魔族、実は大胆不敵だいたんふてきというか、天真爛漫てんしんらんまんだな!

 深く知れば知るほど、ルイララという魔族の本性が見えなくなってきちゃう。

 親は北の海を支配する始祖族だというし、海のように広く深いふところなのかもしれない。


「それで、どうするのさ?」


 聞き直してきたルイララに、僕は思案する。


「母さんたちはいっときここに滞在するみたいだし、その間に魔王へ会いに行こうかな?」

「それじゃあ、ついでに僕の領地へ来ないかい?」

「ルイララの領地?」

「そうさ。僕も長いこと領地を離れているし、様子を見ておきたいからね」

「なんだかんだと言っても、ルイララも一応は領主なんだよねぇ」

「一応というか、立派な領主のつもりなんだけどなぁ」


 ルイララの村は、竜峰の西の麓にあるんだっけ。

 巨人の魔王が住む魔都に向かう途中なら、寄ってみるのも良いかもね。


「それじゃあ、ここからの移動は久々にニーミアへお願いしようかな」

「んにゃ?」


 満腹になってお眠りの時間になったプリシアちゃんが、ユンユンに手を引かれて長屋へ帰ろうとしていた。そのユンユンの頭の上に乗っていたニーミアが、こちらの会話を聞きつけて飛んで来る。


「ニーミア、そういうことでいにしえみやこへ僕を連れて行って!」

「なんか方角が逆にゃ!」

「気のせいだよ?」


 ニーミアは僕の頭の上に着地すると、ふるふると長い尻尾を振る。

 ふわふわの毛の先端が首筋に触れて、むずがゆい。


「いつか、現実の世界で古の都に行ってみたいよね」

「にゃんは構わないにゃん。でも、エルネアお兄ちゃんは男だから、全部の守護竜をねじ伏せないと入れないにゃんよ?」

「えっ!?」


 たしか、古の都は何重もの外郭がいかくの最奥にあるんだよね。そして、外郭と外郭の間にはそれぞれ古代種の竜族が巣食っていて、都を守護しているんだっけ?


「ということは、アシェルさんも相手にしなきゃ……」

「お父さんも強いにゃん!」

「しくしく、とても困難そうだ……」


 なんで男は都には入れないのさー!

 というかさ。男が入れないのなら、子供とかはどうするんだろうね?

 わざわざ外に出て結婚して、子供が生まれたら戻って来るとか。でも、子供が男の子だった場合はどうするんだろう?

 古の都、謎の多い場所だ。


「しかたない、古の都は今の時点では諦めるとして。後日、巨人の魔王のところへ連れて行ってほしいんだよ。頼めるかな?」

「おまかせにゃん」

「久々にニーミアに乗れるね!」

「にゃん」


 乗り心地は、ニーミアが最高だ。

 レヴァリアの大迫力な飛行や、リリィの優雅さなんかも魅力的だけど、あっちは硬い鱗が全身を覆っているからね。座布団ざぶとんとかを敷いても、長時間乗り続けるとお尻が痛くなっちゃう。

 その点、ふわふわの体毛に包まれたニーミアは柔らかいし、気持ちいい。


「ええっと、それじゃあ誰を選抜して……」

「はいっ、エルネア君! もちろん私を置いて行くようなことはありませんよね?」


 家族全員で行かなくてもいいよね、と思って一緒に行く人を選ぼうとしたら、マドリーヌ様が真っ先に手を挙げた。


「そうですよねぇ……。錫杖しゃくじょうのこともあるし、行きたいですよねぇ……」

「なんでしょうか、その嫌そうな顔は?」

「気のせいですよ!」

「マドリーヌが行くなら、監視役でついて行くわ」

「マドリーヌが行くなら、制御役で行くわ」


 すると、次にユフィーリアとニーナが申し出る。


「いや、三人が揃うと逆に怖いんですけど?」

「では、マドリーヌ様のことはわたくしにおまかせください」

「たしかに、ルイセイネに任せる方が安全だ」

「むきぃーっ、安全とはどういうことですか!?」

「聞き捨てならないわ!」

「聞き流せないわ!」


 抗議を込めて、僕に襲いかかるユフィーリアとニーナとマドリーヌ様。

 こういうことですよ!


「あはは、エルネア君たちは愉快だねぇ」

「ルイララ、笑っていないで助けてっ」

「嫌だよ、見ていて楽しいしさ。ところで、竜姫も連れて行った方が良いんじゃないかい? 陛下は竜姫の後見人なのだし、彼女からの方が滑らかに話は進むと思うよ?」

「そ、そうだね。じゃあミストラルも……むぐぐ、お胸様で苦しいっ。……ってか、この弾力はライラだね!」

「はわわっ、エルネア様。わたくしもおともしますわ」


 いつの間に参戦してきたのだろう。

 僕の顔面を覆うお胸様は、間違いなくライラのものだ。


「そうだよね。ライラも行きたいよね」


 ここまでくると、ライラだけ連れて行かないというわけにはいかない。

 ということは……


「プリシアも行くにゃん?」

「魔王への献上品として、プリシアちゃん成分は必要だね」


 魔王は、プリシアちゃんに優しい。

 ご機嫌とりではないけど、こうなったらプリシアちゃんとユンユンとリンリンも追加で!


「結局、いつもの全員にゃん」

「ぐぬぬ」


 ニーミアの容赦ない突っ込みに、僕はライラの胸で果てた。


 余談。この後、セフィーナさんが加わったのは言うまでもない。

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