忍び寄る危機

「はい、質問です! アレクスさんの故郷が、カルマール神国ってこと? ジュエルさんは、そこの神将だった?」


 ここで、少し整理しておこう。

 僕以外にも、神族の事情に詳しくない者たちが、話題から取り残されそうになっています。


 僕の質問には、アレクスさんの友人だというウェンダーさんが答えてくれた。


「いいや、そうではない。我らの帝が治める国は、ベリサリア帝国。帝が一代で築き上げた、神聖な国だ。そして、ジュエル殿が仕えていたのは、ベルサリア帝国の西にある小国、カルマール神国だ」


 地理的には、竜峰やアームアード王国、それにヨルテニトス王国の遥か南部に広大な支配地域を持つのが、ベリサリア帝国らしい。

 そして、魔族の支配地域を西側で寸断している天上山脈の、ずっと南の方に領土を持つのがカルマール神国だと、ウェンダーさんは言う。


「カルマール神国は小国ではあるが、かの御仁ごじんに守護され、長らくベリサリア帝国と拮抗きっこうしていた」

「でも、ジュエルさんはもう……」


 ベリサリア帝国は版図はんとを西に伸ばす野心を持っていた。その野望の前に立ちはだかっていたのが、無敗の神将とわれたジュエルさんだ。

 だけど、ジュエルさんは裏切りによって地位を奪われ、国を追われてしまった。

 それじゃあ、カルマール神国はどうなっちゃったんだろう……?


「未だに、カルマール神国が落ちたという知らせは受けていない」


 ウェンダーさんの言葉を聞いて、ふとジュエルさんを振り返る。

 ジュエルさんは表情を一切変えずに、話を聞いていた。

 感情を殺すことで、辛い過去の記憶に耐えている。そんな気配だ。


「ところで、ウェンダーさんは国の内外の情報にとても詳しいですね?」


 アレクスさんの古くからの友人ということは、ウェンダーさんも辺境に住んでいるんだよね?

 それにしては、国外の事情に詳しいように思う。


 すると、気絶から復活したルーヴェントが、さも自分のことであるように胸を張って自慢し始めた。


「これですから、人族は……。良いですか、ウェンダー様は帝の寵愛ちょうあいを受けし千眼せんがん武神ぶしんでございます。本来であれば、常に帝の左後方にし、いかな神族とあっても滅多にお見受けできないお方なのですよ? そのようなお方が、わざわざこのような辺境くんだりまで足を運んでくださったのです。ありがたく思いなさい」

「えええっ!?」


 驚く僕。

 でも、僕以上に反応したのが、魔族たちだった。


「へえぇ、千眼の武神かあ。西をつかさどる武神だね?」


 いつものような笑顔を浮べるルイララ。だけど、明らかに気が張り詰めている。

 どうやら「武神」という単語に、過剰かじょうに反応したみたい。


「で、武神って何? 神将とは違うの?」


 僕の質問には、またしてもウェンダーさんが答えてくれた。

 ルーヴェントの話に訂正ていせいを入れながら。


「誤解と警戒を与えてしまったのなら、謝罪しよう。正確に言うのなら、我は元武神だ。訳あっておいとまをいただき、帝のお側を離れることになった」


 ウェンダーさんはそう言うけど、魔族以外の、特に人族にも緊張が出始めていた。


 これまでにおいて、神族の国やそこに暮らす者たちとの交流は、ほとんど行われていない。というか、聖剣復活の件で僕やリステアたちといった一部の者だけが、アレクスさんとルーヴェントと知り合いになっただけだ。


 一般的に、ううん、もっと具体的にいうのであれば、人族のほぼ全ての人たちは、魔族や神族のことを「自分たちに害をなす恐ろしい種族」と強く認識している。

 実際、魔族や神族の国では、人族は奴隷としてひどい扱いを受けているからね。


 それでも最近は、僕の影響で、巨人の魔王が支配する国の魔族とは随分と友好的な関係を築けている。

 だから、この場に上級魔族や魔王がいても、緊張はしても敵意むき出しで身構える者はいない。


 だけど、神族や天族との間には、良好な関係は築けていない。

 そこへ、神族の帝国を支配する帝の最側近、しかも、武術にひいでた人がやってきたら、そりゃあ腕利きの冒険者や兵士の人たちだけじゃなくて、僕まで緊張しちゃう。


 アレクスさんの友人だということだけど、飛竜の狩り場に来た本当の目的は、果たして何だろう?

 元武神と本人は言ったけど、裏付ける証拠なんてないよね。

 それに、今は本当に武神の地位を降りていたとしても、それは一時的な処置で、戻ったらすぐに復職するかもしれない。

 警戒する方面から考えれば、一般人になったというていで人族の国を見て回り、後に侵略の情報として利用するのでは、とかんぐっちゃうよね。


 すると、僕や人族の警戒感を感じ取って、ウェンダーさんは困ったように両手を挙げた。


「本当に、誤解を与えてしまって申し訳ない。ただ、信じてもらいたい。我の目的は、ここにはないのだ」

「と、言われてもねえ?」


 ルイララが、半信半疑、というか、露骨なまでに、疑いの目を向けていた。


「僕としても、ウェンダーさんの真意しんいを聞いておきたいです。だって、僕の要請で集まってくれた者たちがきっかけで、次の騒動が起きたら嫌だもん」


 アレクスさんには申し訳ないけど、ウェンダーさんの話次第によっては、強制的にでも立ち去ってもらわなきゃいけない。


 僕の警戒心と今後の覚悟を読みとったのか、ウェンダーさんは困った様子ながら、アレクスさんたちと共にこの地を訪れた真相を語ってくれた。


「そもそも、我はアレクスの目的に合わせて同行してきた、というわけじゃない。どちらかと言えば、ジュエル殿の目的に便乗して訪れただけだ」

「ジュエルさんの目的?」


 ジュエルさんは、裏切りにあって国を追われた。そして今もなお、刺客しかくに狙われている。そんな中、逃げ延びた先でアレクスさんと出逢い、ラーザ様と共にこうして飛竜の狩り場にやってきたんだよね。

 ジュエルさんの過去と事情は、さっき聞いたので知っている。

 だけど、そもそもの目的はまだ聞いていなかったね。


 みんなの視線が、今度はジュエルさんに移った。


「私の目的のひとつは、恩あるラーザ様を無事に故郷へ送り届けることです。本来であれば竜峰を旅して、故郷なりお知り合いなりのところへお連れしたかったのですが」


 言って、ジュエルさんはラーザ様を見る。

 そのラーザ様は、これまた困ったように苦笑した。


 つまり、ラーザ様はオルタの件で竜峰に負い目があって、みんなのところへは素直に帰れなかったんだね。


「どうすれば良いかと思案していたところに助言をくださったのが、アレクス様でした」


 丁度、僕が大々的に協力者を集めていた。

 僕なら、きっと問題を解決してくれるに違いない、とアレクスさんが紹介したらしい。


「それで、私はラーザ様を送り届けるために、こちらに立ち寄ったのです」

「立ち寄った、ということは、これからまた、向かうべき目的地があるんですね?」


 そうです、と頷くジュエルさん。


「ラーザ様に、いかに復讐がむなしいものであるのかを教わりました。ですが、私は復讐ではなく、かつての友や部下を止めるために、もう一度剣を取らなければならないのです」


 そして、とジュエルさんは意味ありげに竜人族や竜族、それに二人の魔王と魔族を見て、最後に、僕へと視線を戻す。


「もはや、私たちだけではベリサリア帝国とその帝の野望を止めることはできません。それでも、待ち受ける絶望にあらがうために、私は西へ向かいたいのです。人族が信仰する土地、神殿都市しんでんとしへ」


 ジュエルさんの目的地は、ここより遥か西にあるという、人族が治める地域帯だった。

 神殿宗教、その聖地であり、巫女王みこおう様が治める神殿都市。


 僕たちも、天上山脈を越えて西に進んだことはない。

 だけど、ジュエルさんは神族の野望に抵抗するために、どうしても向かわなきゃいけないのだと言う。

 そしてウェンダーさんもまた、強い決意で語ってくれた。


「我も、今回ばかりは帝の考えに同意しかねた。それで暇乞いとまごいをしたわけだが……」


 帝を止められなかったウェンダーさんは、失意を胸に故郷へと戻った。

 そこで、異郷の地で多くの者や文化と触れ合ったアレクスさんの話を聞き、ウェンダーさんは情報としてだけしか認識していなかった他国や異種族にも関心を向けるようになった。


「帝のお側で武神としてもてはやされ、多くの戦場で剣を振るってきたが。恥ずかしながら、神族や天族、そして自国のたみ以外の者たちも、そこで生き、そこで暮らしているのだということを失念していた」


 そしてようやく、帝の野望によって犠牲となる者たちのことに思いを巡らせるに至ったのだと、ウェンダーさんは恥ずかしそうに話した。


「もうこれ以上、犠牲者を増やすわけにはいかない。そして、動き始めた野望はもう誰にも止められないが、今後の犠牲を阻止することはできる。我は、そのために西へ赴きたいのだ」


 なぜ、西へ?

 誰かが、ぽつりと漏らした。

 すると、ウェンダーさんは表情を固くして、ベリサリア帝国の野望を教えてくれた。


「帝は、カルマール神国を征服し、さらに西進するおつもりだ。そして、人族の国々を滅ぼし、魔族と対決するお覚悟なのだ」

「なっ!?」


 これには、多くの者たちが絶句した。


 ベリサリア帝国の帝は、最終的には魔族の国も滅ぼす気でいるんだ。そのために、西へ西へと勢力を伸ばし、国力を増強させようとしている。


「もしかして、この地域も危険なんじゃ!?」


 これから、妖魔の王を撃退するっていうときに、まさかの危機を知る。

 だけど、ウェンダーさんは僕の憂慮ゆうりょ払拭ふっしょくしてくれた。


「ここより南には、深い森が広がっているのだろう? そこに住む古代種の竜族と事を構えるつもりは、今のところ帝にはない」


 ベリサリア帝国にとっても、竜の森の南に広がる湖の南部は、辺境中の辺境らしい。なので、自分たちより強く恐ろしい古代種の竜族と争ってまで、辺境から北進するような考えはない、とウェンダーさんは教えてくれた。


 つまり、スレイグスタ老によって、神族の侵略からこの地域は守護されていたんだね。


 ありがとう、おじいちゃん!


「それで、ジュエルさんとウェンダーさんは、ここから西へと向かいたいわけですね?」


 なるほど、話が見えてきました。

 つまり、ここで僕に恩を売っておくと、竜峰越えで竜人族や竜族の恩恵を受けられるかもしれない。そして、僕が魔王にとりなすことによって、二人は魔族の国に入ってからも、身の安全を確保できる。というわけか。

 だから、ジュエルさんはさっき、意味ありげに竜人族や竜族や魔族、そして遠くで関心なさそうにしている魔王を見たんだね。


「ってか、危険な予感がします!」


 しまった、放置しすぎるべきじゃありませんでした!


 なるほどぉ、とジュエルさんやウェンダーさんの話を聞きながら周囲を確認すると、今まさに問題が勃発ぼっぱつしようとしていた。


「ほら、さっさとやれ。拒否すれば、其方とて容赦はせぬぞ?」

「くそっ。なんで私が、こんな知らない辺境の土地に来てまでこき使われなきゃいけないんだ!」

「さあさあ、猫公爵ねここうしゃく様。陛下のご要望にかなう素晴らしいものを、お願いいたしますね?」


 金髪横髪の大魔族に首根っこを掴まれているのは、あろうことか公爵位のアステル。そしてアステルの横では、くつくつと笑いながら、なにやら催促する巨人の魔王が。


「エルネア、早く止めなさい!」


 僕と同じく、危機を察したミストラルに急かされて、慌てて駆け出す。


「ちょょょおっっっっっっと、待ったあああぁぁぁぁぁっっっ!!」


 だけど、僕の叫びも虚しく……


 次の瞬間。


 飛竜の狩場に、見渡す限りに広がる巨大な城塞じょうさいが、忽然こつぜんと出現した。


「あああぁぁぁぁぁっっっ……」

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