竜王の大要塞

「くそっ。覚えていろよ、エルネア……」


 アステルは、駆けつけながらも結局は間に合わなかった僕を睨みながら、崩れ落ちた。

 どうやら、魔力を使い過ぎて衰弱すいじゃくしちゃったらしい。

 というか、僕が恨まれちゃっている!?


 そんな馬鹿な。

 アステルに城塞を創るように強要したのは、巨人の魔王だよ?


「くくくっ。なあに、面白い場面になったら、叩き起こしてやる」


 そして、巨人の魔王は倒れ込んだアステルを見て、愉快そうに笑っていた。

 もちろん、傍のシャルロットも、にこにこ顔だ。

 ついでに、黒猫魔族のシェリアーが、倒れたアステルの上に乗って、長い尻尾を呑気のんきに揺らす。


 可哀想に。

 誰も、衰弱したアステルを心配する者はいないようだ。

 これも、日頃の行いのせいなのでしょうか……


 と思ったら。

 随分と離れた場所で、黒腕の剣闘士トリス君が、心配そうにこちらを見つめていた。

 さすがのトリス君も、魔王とその側近がいる場所には、そう気安くは近づけないらしい。


 とはいえ、衰弱したアステルをこのまま放置もできないし。ということで、アステルのことをトリス君にお任せするためには、どうにかして巨人の魔王とシャルロットをこの場から移動させなきゃいけない。

 二人がいなくなれば、トリス君も駆けつけられるだろうしね。


 シェリアー?

 駄目です。この魔族も、魔王に弄ばれているアステルを見て楽しんでいる側だから、助けなんて期待できません。


 だけど、どうやってこの極悪魔族をこの場から引き離そう。

 思案を巡らせる。すると、自然と眼前に出現した巨大な城塞へ視線が移った。


 むむう。これも、どうにかしないと……


『ええい、竜王。これはどういうことだ!』

『我らの庭に、このような不細工な建造物を造るとは!』


 飛竜の狩場は、文字通りに飛竜などの竜族が食料を求めて狩りをする、広大な草原地帯だ。

 そこに、大城塞を出現させちゃったら、そりゃあ竜族は怒っちゃうよね。


 でもね。

 これは、僕のせいじゃないんだよ?


 空からは飛竜たちが。地上からも、地竜たちが僕に不満を向ける。


 さて、妖魔の王を迎え撃つ前に、問題が続出し始めているぞ、と頭を抱える僕。

 だけど、巨人の魔王やシャルロットから見れば、僕の悩みなんて関係ないどころか、むしろそれを使ってどう遊んでやろうか、という要素でしかないわけで。


「何をぼさっと突っ立っている。さっさと行くぞ」

「エルネア君、行きますよ? 一緒に来てくださいませんと、何が起こるやら?」

「ぐぬぬっ。アステルの次は、僕を弄ぶ気だね!?」


 こちらの事情なんてお構いなしで、巨人の魔王とシャルロットは城塞の中に入っていく。


 くうぅっ。

 城塞に不満を持つ竜族への対応や、神族のみなさんへの対応もまだ不十分な状態だ。

 だけど、今後のことをうれうのなら、僕は巨人の魔王とシャルロットの対応を最優先にしなきゃいけない。


 ミストラル。それに、家族のみんな。僕が不在の間は、お願いします!

 後ろ髪を引かれつつも、僕は急いで、巨人の魔王とシャルロットの後を追った。


 アステルが創る建造物は、どれも巨大で絢爛豪華けんらんごうか。僕の実家や、本人のお屋敷だけを見ても、それは明らかだ。

 なにせ、建材は必要ないし、工夫こうふや施工期間も気にする必要がない。必要なのは、アステルの魔力と知識と想像力だけ。


 だから、始祖族の魔力の限りを尽くしたこの城塞も、それはもう凄いことになっているだろう。そう思って城門をくぐった僕は、内部を見て驚いた。


「凄く、堅実けんじつな造りをしているんですね?」


 床を埋める絨毯じゅうたんはないし、調度品も飾られていない。それどころか、石造りの柱は無骨で太く、壁は分厚い。

 天井は高いけど、天井画なんてないし、窓さえも必要最小限しか存在しない。しかも、明かり取り用の窓には硝子がらすなんてはまっていなく、代わりに鉄格子てつごうしが嵌っていたり、分厚い木の板で作られた蔀戸しとみどだったり。


 この城塞は、居住のための快適性なんて考えられていなくて、完全にいくさを前提とした造りになっていた。


「はい、質問です。宿にする建物を創らせたのに、これで良いの?」


 魔王は、野宿が嫌だからと、アステルに建物を創り出させたんだよね?

 なのに、飾り気のない内部や、快適さなんて度外視された造りに、魔王は満足しているのだろうか。


 すると、魔王は内部を見渡しながら、特に不満はなさそうな感じで、ひとつ頷いた。


「これでもまだ、物足りぬな。だが、規模を優先させれば、まあ、こんなものだろう」

「むむむ?」


 いったい、なんのことだろう?

 意味がわかりません、と説明を求めて視線を移すと、シャルロットが可笑しそうに笑った。


「ふふふ。エルネア君、まだまだ考えが足りていませんよ?」

「エルネアよ、猶予ゆうよをやろう。だが、いざという時までに気づけなかったのなら、其方には支配者としての資格はない、ということだ」

「いやいや、僕は支配者だとかになる気なんて全くないですからね! とはいえ、僕が見落としていることか。何だろう……?」


 これから僕たちは、世界を旅して回るという女の子を迎え入れる。そして、女の子を狙って出現するだろう妖魔の王を、迎撃する。

 この城塞は、それに必要不可欠、と巨人の魔王は考えているのかな?

 そして、僕はその件で、何かを見落としてしまっている?


 もちろん、産まれたばかりの女の子に野宿をいる、なんて酷いことは考えていなかった。

 だから、女の子が寝泊まりできるような、快適な天幕は、しっかりと準備していたよ?

 妖魔の王との戦いに備えて、戦力も揃えた。


 ただし、そこに何か足りないというのであれば。

 それは、防御を考えた時に、平原の真っ只中では守るすべとぼしい、ということくらいだよね。

 だけど、そもそも防御なんて、僕たちの作戦には存在していなかった。


 攻撃こそ、最大の防御。


 戦いが長引いたり、苦戦でもしようものなら、それだけ女の子の身に危険が迫る。

 だから、短期決戦を狙って、過剰なまでの戦力を揃えたつもりなんだけど。


 もしかして、この戦力でもまだ足りないのかな!?


「くくくっ。愚か者だな。まあ、良い。いま其方に色々なことを話してしまうと、後の楽しみがなくなってしまう」

「いやいやん! 僕を使って遊ばないで、見落としていることを教えてくださいよっ」


 城塞内を見物しながら先を行く魔王とシャルロットを、僕は頭を抱えながら必死に追いかけた。


 城塞は、三階建てを基準として造られていた。

 もちろん、意図的な感じで二階建てになっていたり、逆に見張り台を兼ねた楼閣ろうかくは五階建てだったりと、場所によって違うけど。それでも、おおよその造りは三階建てと言っていい。

 ただし、各階の天井が高く取ってあるため、普通の建造物よりも外観はうんと高い。

 そして、回廊かいろうは複雑に曲がりくねり、途中に大きな部屋があったり、小さな部屋があったりと、内部は思った以上に入り組んでいた。


 果たして、この堅牢けんろうかつ複雑に造られた城塞が、どんなふうに役に立つのか。

 もちろん、妖魔の王との戦いを視野に置いた建造物なんだろうけどね?


 魔王は、入り組んだ回廊を迷うことなく進んでいく。

 というか、迷うも何も、ただ見物しながら歩いているだけなんだよね?


「エルネア君、違いますよ。陛下にはちゃんと目的地がございます」

「と、言うと?」


 たしかに、魔王は上階を目指しながら進んでいた。

 途中で行き止まりに出くわしたり、引き返したりすることなく、ちゃんと階段に行き着いているよね。


「もしかして、魔王は城塞内の見取り図を把握している?」

「いや、知らん。内部を詳細まで把握しているのは、これを創ったアステルだけだろう。だが、おおよその検討はつく。創造物とはいっても、あれの思考に依存する部分が多いからな。あれのくせや好みを把握していれば、内部構造の検討はつく」

「なるほど」


 これまでにも、アステルに色んな建造物を創らせたり、創られた建物に出入りしてきたんだろうね。

 だから、どこに階段があったりとか、そういう基本的な部分は、なんとなくわかるんだね。


 魔王とシャルロットと一緒に、さらに城塞内を見て回る。

 どこもかしこも堅牢堅実な造りで、見物しているだけで息が詰まりそうになっちゃう。


 時折、小さな窓から外を見渡す。

 すると、延々と続く城塞が、視界の遥か先まで続いていた。


 いったい、どれくらいの規模なんだろうね?

 後で、レヴェリアの背中に乗せてもらって、空から見てみよう。


「良い考えだ。空から見下ろすのも一興いっきょうか」

「しまった、思考を読まれちゃった! レヴァリア、ごめんね……」


 あとで、レヴァリアは魔王とシャルロットを乗せることになるでしょう……

 レヴァリアは、絶対に怒るよね。

 しかも、僕に対して!


「で、目的地はどこなんですか?」


 迷うことなく城塞内を進む、巨人の魔王とシャルロット。

 二人は、この飾り気のない城塞のどこに行きたいのかな?

 もしかして、魔王が滞在する部屋だけは豪華だったりするのかな!?


「エルネア君、それは当たり前のことでございますよ? 陛下のお部屋だけは、豪華な造りにしていただいております」

「はい、ちょっと待った! 巨人の魔王の部屋だけは、ってことは……。クシャリラの部屋は豪華じゃないってことですね!?」

「ふふふ、もちろんでございます。そもそも、妖精魔王様のお部屋は準備されていませんよ?」

「きゃーっ。それ、絶対に問題になるやつだ! クシャリラは、絶対に怒っちゃうよっ」


 飛竜の狩場に集まってくれた魔族の中で、巨人の魔王と妖精魔王クシャリラだけは、別格な存在だ。

 そこで、巨人の魔王だけが豪華な寝床を手に入れた。なんてことになったら、同格であるクシャリラは憤慨ふんがいするに違いない。


「わざとですね? 絶対に、わざとアステルに造らせなかったですよね?」


 アステルも、同じ魔族だ。

 だから、魔王のクシャリラが怒ったときの怖さは知っているはず。

 だから、本来であれば、巨人の魔王専用の部屋を創れと命令された時点で、言われなくてもクシャリラの部屋を準備しようとしたはずだよね。

 だけど、この極悪魔族たちは、それを妨害した。


 クシャリラが怒ることを知っていて、意地悪で創らせなかったんですね!


 巨人の魔王とシャルロットは、可笑しそうに笑っていた。


 ああ、さらに問題が増えました……


 どうやって、クシャリラの気を鎮めよう……


 だけど、アステルも弄ばれるだけの性格ではなかったようです。


 城塞の一画。

 豪華な扉の前に到着した僕たち。


 明らかに、ここだけ造りが違う。

 廊下には途中から絨毯が敷き詰められ、きらびやかな調度品が並ぶ。

 そして、重厚な扉には、美しい彫刻が施されてあった。


 どうやら、この奥が巨人の魔王の寝室らしい。


 シャルロットが、うやうやしく扉を開く。

 魔王が部屋の中へ入る。


 だけど、すぐに魔王の足が止まった。


 どうしたのかな? と、僕も部屋の中を覗く。

 そして、笑ってしまった。


 豪華でありながら、気品に満ちた素敵なお部屋。その奥に、天幕てんまく付きの寝台があった。


 数は、二つ。


 巨人の魔王と、シャルロット用?


 いいえ、違います。

 僕にだって、すぐにわかった。


 なぜなら……


 二つの寝台の天幕には、派手な金糸きんしで「巨人の魔王」と「妖精魔王」という刺繍ししゅうが施されてあった。


「なるほど。魔王同士、仲良く相部屋あいべやですね!」


 笑う僕を、巨人の魔王が睨みつけていた。

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