届け 竜の想い

「スレイグスタ様、どうかわたくしたちに聖域への立ち入りを許可してください」

「ならぬ」

「お土産を持って帰ってくるわ」

「不要なことはしないわ」

「許可は出せぬ」

「今回一度だけでも構いませんわ。ですので、どうか……」

「汝らも、霊樹の神聖さくらいは感じ取っておろう。無闇にあれの側へと近づけさせるわけにはいかぬ」


 がんとして許可を出さないスレイグスタ老。

 僕もなにか協力できることがあれば、と口を挟もうとしたら、アシェルさんが鋭く注意を飛ばしてきた。


「エルネア、ミストラル、ライラの介入は許可しない。竜心が欲しいという者たちだけで爺さんを説得しなさい」

「そ、そんな……」


 やる気満々でスレイグスタ老を説得しようとしていたライラが意気消沈して、僕の傍にやって来る。ルイセイネと双子王女様も、心強い味方が減ったことで不安そうな表情だ。だけどそれでも、スレイグスタ老をどうにか説得しようと奮闘していた。


「わたくしは巫女である以上、法力以外の能力を求めることができません。ですが、エルネア君の側にこれからも居るなかで、竜族と心を通わせる手段がどうしても必要なのです。どうか、ご助力ください」

「ニーナと別は嫌。竜心が竜気を必要とするのなら、私は竜心はいらないわ。だけど、竜族と仲良くもなりたい。ですので、別の手段が有るのならそれを手にしたいのです」

「私がどれほどに努力をしても、竜気を得られないことはジルド様から伺っているわ。だけど、だからといって、竜族との意思疎通を諦めることはできません。竜心に変わる手段があるというのなら、それを手にしたいです」

「汝らの言葉は、ただ己の欲望を口にしておるだけだ。その程度の理由では、聖域への立ち入りを認めることはできぬ」

「はい。欲望です。不純です。ですが、竜族と心を通わせたいと思う気持ちに嘘偽りはありません」

「私はわがままだわ。だけど物事をわきまえることもできます。不要なことはしません。ただ、霊樹の果実を取りに行くだけ。そのことを認めてください」

「私はわがままだわ。だけど愚かではないわ。霊樹の果実を取ること以外はしないと誓います。だから認めてください」

「断じてならぬ」


 スレイグスタ老のかたくなな拒絶に、それでも食い下がる三人。だけど、どれほどに言葉を紡いでも、どれだけ真剣なのかという気持ちを伝えても、スレイグスタ老が首を縦に振る気配はない。


 スレイグスタ老の前で懇願する三人を、僕たちは真剣な眼差しで見守った。


「スレイグスタ様、一生のお願いです」

「人の一生など、短くはかない。安すぎる」

「スレイグスタ様、どうすれば認めてくれますか」

「スレイグスタ様、どうか認めて欲しいです」

「駄目なものは駄目である」


 そんなぁ、と揃って肩を落とす三人を見て、僕とミストラルとライラは互いに顔を見合わせた。


 なるほど。これは、竜心持ちには参加が許されないわけだ。アシェルさんの言葉を、このとき僕たちは理解した。


 ルイセイネと双子王女様の想いと言葉を拒絶するスレイグスタ老。だけど、竜心を持つ僕たちには、スレイグスタ老の心が伝わってくる。


 竜心とは、竜族の言葉がわかる能力ではない。竜族と心を通わせて、意思を読み取る能力。僅かな身動きや喉鳴り、微かな瞳の動きだけでも、竜族の意思と想いが伝わってくる。


 僕とミストラルとライラには、スレイグスタ老の心が伝わってきていた。

 普段のスレイグスタ老なら、僕たちに意思を読ませないようにすることも容易いはず。だけど今は、手に取るようにスレイグスタ老の想いが伝わってきていた。


 スレイグスタ老が伝えたい意思。それを感じ取れているのに、三人に伝えることができない。なんてもどかしいのだろう。


 ルイセイネと双子王女様は、スレイグスタ老の意思を読み取ることができず、必死に説得を続けている。


「ねえねえ」


 固唾を飲んで見守っていると、プリシアちゃんが僕の服の裾を引っ張ってきた。


「どうしたの?」

「ルイセイネたちは何をしているの?」


 無邪気なプリシアちゃんの質問に、僕は苦笑した。


「ええっとね。聖域に入ってもいいですか、とお願いしているんだよ」

「なんで?」

「霊樹の果実が必要で、それを取りに行くためにだよ」

「ふうん」


 プリシアちゃんには難しいやり取りに見えるのかな。

 プリシアちゃんは確か、九才になったんだっけ。だけど、耳長族の成長は人族とは違うようで、どう見ても三、四歳くらいの幼さに見えてしまう。

 そんなプリシアちゃんが、ルイセイネたちをじっと見て、ぽつりと呟いた。


「ルイセイネたちはなんで、大おじいちゃんの心に目を向けないの?」


 幼いと思ったプリシアちゃんが、突然核心をついた。


 プリシアちゃんの呟きが耳に届いたのか、はっと表情を変える三人。


 そうなんだよね。

 ルイセイネと双子王女様は、自分たちの気持ちを伝えているだけ。スレイグスタ老の心を読もうとしていない。ただ拒絶される言葉だけを鵜呑みにして、必死に嘆願していただけ。


 だけど、そうじゃないんだ。

 竜族は天邪鬼あまのじゃくなんだよね。嫌だと言いつつ、心を踊らせるなんてよくあること。そして、人はよく誤解をする。竜族が喉を鳴らせば、威嚇と思ってしまう。翼を広げれば、攻撃態勢だと思ってしまう。でも、そうじゃない。嬉しくて喉を鳴らすこともあるし、翼を広げて、背伸びをして気分転換をすることもあるんだ。

 要は、竜族のことを理解していないことから来る誤解が原因。そして、誤解の原因は、意思疎通がうまく取れていないから。竜族を理解しようとしていない。竜族の心を読もうとしていない。それが原因なんだ。


 でも、それって問題じゃないのかな。竜心の代わりの能力を手に入れようとしている三人にとっては、特に。

 口では竜族と意思疎通がしたいと言いながら、目の前のスレイグスタ老の心さえも理解しようとしていない。読もうとしていない。

 相手のことを理解しようとしていない、一方通行の意思疎通はむなしいだけ。上辺うわべだけの言葉のやり取りしかできないのなら、竜心よりも難しいという別の手段は手に入らないんじゃないのかな。


 竜心をすでに持っていて、竜族、スレイグスタ老の意思を感じ取れる僕だから簡単にそういう真理にたどり着いたけど、ルイセイネたちは今ようやく、そのことに気づいたみたい。


 無邪気で純真なプリシアちゃんは、直感で気付いたのかな。


 スレイグスタ老への懇願を一旦取り止めて、ルイセイネと双子王女様は互いに見合った。そして、三人揃って、深くスレイグスタ老に頭を下げた。


「愚かでした。お許しください」

「間違えていました。私たちはなにも見えていなかった」

「間違えていました。私たちはなにも理解していなかった」


 三人は深く謝罪し、もう一度真剣な表情でスレイグスタ老を見上げた。


 今度はスレイグスタ老の意思を見逃さない。きちんと相手の想いを汲み取る。相手を理解しようとする。そんな気配が三人からは伝わってきた。


「ようやっと、入り口に立ったか」


 スレイグスタ老も三人の心が変わったことを感じ取り、瞳を細めた。


 なまじ人の言葉を話すから、惑わされるんだよね。駄目だと言われちゃうと、言葉通りに捉えてしまう。特に、相手の表情なんかが読めなかったら。

 竜族は、人とは違う。硬い表皮や鱗で覆われた顔は見慣れないと表情にとぼしく思え、表面的な感情を読み取るのは難しい。

 しっかりと相手を見て、わずかな仕草や喉鳴りの高さ、視線の動きなどで意思を読み取らないといけない。

 そして、それがわかっても容易たやすく相手の感情を読み取れるようになるわけじゃない。


 ルイセイネと双子王女様は、嘆願を一度取りやめる。そしてなぜか、たわいもない会話をスレイグスタ老と始めた。

 スレイグスタ老も、突然に話題を切り替えてきた三人に気安い返事や言葉を返す。


「どうやら、あとは三人の努力次第みたいね」


 三人の変化にミストラルが微笑む。


「うん。僕たちは口出しできないし、信じて待とうか」

「ぜひ頑張ってほしいですわ」

『やれやれ。随分と面倒なことをするのだな』

『うわんっ。早くみんなと会話がしたいよっ』

『すごぉく、たのしみ』


 ルイセイネと双子王女様は、まずは日常的な会話を重ねて、スレイグスタ老の意思を読めるようになろうとしているんだろうね。


 口では駄目だ駄目だと言いながら、認めてあげたそうな意思を見せるスレイグスタ老の心にいつ気づけるのか。

 僕たちは三人を見守りながら、幼女たちの世話をすることになった。






 どれくらいの時間が経ったのか。


 僕たちは、動きたくてうずうずし始めたフィオリーナとリームに、プリシアちゃん式の鬼ごっこを伝授して遊んでいた。


 跳躍距離と初動が増したプリシアちゃん。上空へと飛んで逃げるフィオリーナとリーム。手加減のないミストラルと、益々身体能力を上げたライラに悪戦苦闘しながら、久々の鬼ごっこを楽しむ。


「スレイグスタ様、そろそろ認めてください」

「ならぬ」

「あら、瞳が笑っているわ」

「もう騙されないわ」


 僕は三人のやり取りに、ふと足を止めた。


「んんっと、捕まえた!」


 空間跳躍で僕に飛びついてきた鬼のプリシアちゃんを抱きとめる。そして、三人の方を見た。


「聖域への立ち入りは認められぬ」

「嘘ですね。なんとなくわかります」

「信じないわ。だってそう言いながら、威圧していないもの」

「信じないわ。だってそう言いながら、面白そうに私たちを見ているもの」


 どうやら、きちんとスレイグスタ老を見ることができるようになったみたい。

 もともと、意思を隠そうとしていなかったスレイグスタ老は、よく観察していれば表情豊かなんだよね。それは竜心がなくても伝わるくらい、感情に溢れていた。


「第一段階は越えたみたいね。竜心とは、竜族と意思疎通をする能力だと言われたでしょう。ならば、意思疎通を心から望まぬ者。竜族を理解しようとしない者には手に入らない。其方らはそれに欠けていた」


 アシェルさんがようやく口を開いた。


「爺さん。そろそろ良いでしょう?」

「ふむ。まだ未熟だが、今回は合格としてやろう」


 スレイグスタ老は優しい瞳で三人を見下ろす。


「アシェルに良いように使われるのは癪だが、汝らの為だ。ひいてはエルネアの為になるであろう。今回は特別に、聖域への立ち入りを許可する」


 スレイグスタ老のお許しに、鬼ごっこをしていた僕たちはルイセイネと双子王女様のもとへと駆け寄り、みんなで喜ぶ。


「不甲斐なくてごめんなさい」


 少し涙目で僕に謝ってきたルイセイネを抱きしめて褒める。


「ううん、そんなことはないよ。おじいちゃんとアシェルさんが意地悪なだけだよ」

「なんと。我のどこが意地悪だと言うのだ」

「心外だわね」


 ぎろりと睨まれたけど、そこにとがめるような意思はない。

 もうみんなは、そういうことには気づける。

 ひとつ目の試練。スレイグスタ老から聖域への立ち入り許可を貰えたことに、全員で笑って喜んだ。


「ふふふ。エルネア君を独占中」

「ああっ、ルイセイネ! 貴女また偽ったわね!」


 僕の腕の中で微笑むルイセイネに、ミストラルが青筋を立てる。


 ああ、ルイセイネが最近悪に染まってきています。誰の影響だろう……

 そして、ミストラルの怒りは本物です!


 僕たちはミストラルを鬼にして、鬼ごっこ第二回戦を開始した。

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