始祖 竜魔人
空が血のような赤色に汚染される。
瘴気の黒い雲が高速で流れ、魂を
「力を……。もっとだ、もっと力を。俺に、更なる力をよこせ!!」
広範囲に展開されたバルトノワールの呪術方陣からは、これまで魔族の国で流された血や命、
そして、
今や、ルガは竜人族の域を超え、新たな存在としてこの世界に
もともと
全身の至る所に浮かび上がる鱗は、光を吸収するような漆黒。
背中の巨大な翼と極太で長い尻尾は、もはや竜族のそれだ。
それだけじゃない。
両肩には、いつか見た巨大で真っ赤な口が開いていた。
べろり、とルガの両肩で
あれは、イステリシアが所有していた大罪の大杖の力を解放したときに出現していた、生命を手当たり次第に食い散らす不気味な口だ!
更に、ルガの巨大な竜の手からは、邪悪な爪が長く伸びていた。
ぬらり、と邪悪な光沢に光る爪は、そこに存在しているだけで魂を
どうやら、ライゼンが装備していた大鬼の爪をも取り込んだようだね。
と、いうことは……!
改めて、ルガの全身に見える漆黒の
竜族のように強固で、まるで鎧のような鱗。あれももしかすると、九魔将の全身鎧の特性を取り込んでいるのかもしれない。
そうすると、こちらの術は無効化されてしまったり、長距離の光線にも警戒しなきゃいけないんじゃないかな!?
そう思った矢先だった。
「貴様の力もよこせ!」
ルガが吠えた。と同時に、右腕を振るう。
それだけで、不気味な爪から五条の魔法が放たれた。
「おやまあ、
ルガが狙ったのは、
そして、そのシャルロットは
「っ!?」
僕たちは
あのシャルロットが、ルガの攻撃から逃げた!?
ミストラルの
「なるほど、そういうことですか」
五条の魔光線を回避したシャルロットが、何かに納得したように頷く。
「
ふふふ、困りました。と、此の期に及んでも困った様子なんて
「魔族の真の支配者を
「……ああ、そうさ。
「ですが、それを言うなら
「ははは、その通りさ」
今や世界の新たなる脅威へと
「竜人族は、元より神族や魔族などよりも高い戦闘能力を有しています。そこへ、始祖族としての要素を禁術によって取り入れることで、更なる力を与える。そうすれば、わたくしたちのような自然発生で生まれた始祖族を超える存在になれると?」
「実際、貴女はルガの魔法を脅威と感じて回避した」
「ふふふ。竜人族を
これは、最後の確認だ。
バルトノワールの企みの全てを、シャルロットは知ろうとしている。
「魔族の真の支配者である
「正確には、その『竜魔人族』を生み出す禁術こそが、俺の目的さ……」
バルトノワールは言ったよね。
自分の生きた
禁術を発動させてしまえば、遅かれ早かれ魔女さんに狙われる。そうすれば、たかだか不老になっただけのバルトノワールでは、到底太刀打ちできない。
だから、禁術によって生じる世界の変化を最後まで見届けることはできない、と最初から
バルトノワールは、ただひたすらに、自分たちが生きた証を遺したかっただけなんだ。
そう、それはまるで、竜族が想いの結晶を後世に遺すように。
でも、バルトノワールの禁術は、竜宝玉のように
世界に絶望を振りまく、凶悪な
「できれば、貴女の魂や力も取り込めたら良かったんだけどね……」
「ふふふ、
バルトノワールが九尾の大魔族を復活させようとしていた理由。
それは、いざという時。つまり、禁術の準備が整う前に魔王や僕たちのような邪魔者が
ついでに、禁術の養分としても利用を企んでいたんだ。
「ははは……。 さすがに全てが計画通りというわけにはいかないな。だが……」
バルトノワールは、呪術方陣内に残る僕たちを、弱々しい瞳で見つめた。
「代わりに、面白い要素を取り込めるようだ。……それに、貴女も結局はこの場に残っている。言っただろう? この方陣の範囲内に残っている生命は、全て禁術に吸収されるのさ」
でも、シャルロットには空間転移の魔法があるから、逃げようと思ったら逃げられるんじゃない? という僕の思考を読んだシャルロットが、困ったような演技で人差し指を
「空間が
レヴァリアなんかは、血の色に汚染された空を未だに飛んでいる。ということは、移動自体はできるけど、空間転移のような術だけが阻害されているのかな?
「逃げたいなら、逃げれば良いさ。だが、ルガがそれを簡単に許すだろうかな?」
シャルロットとバルトノワールが言葉を交わしている間にも、竜魔人ルガは瘴気を取り込んで成長し続けていた。
今では、瘴気よりも濃い殺気を放ち、おどろおどろしい容姿に成り果ててしまっている。
「さあ、長話は終わりだ。最後に、君たちの生き様を俺に見せてくれ……」
素直に回復法術を
僕は
「そこで、見ていれば良いよ。貴方の企みを、僕たちが打ち砕く様子をね!」
やはり、空間を渡る術は阻害されている。空間跳躍でさえ、発動させようとしたら未知の圧力によって邪魔されてしまった。
だけど、空間跳躍だけが僕の術じゃない!
竜気を
「人族ごときが、八大竜王を名乗るんじゃねえっ!」
「それは、さっき見たからね!」
爪から放たれた魔法を回避しながら、ルガの懐に飛び込む。そして、白剣を一閃させた。
ぎいぃん! という甲高い金属音のような響きが、空気を震わせた。
「くっ」
弾かれたのは、僕の持つ白剣だった。
竜殺しの属性を持ち、鉄だろうと岩だろうと容易く斬り裂く白剣が、ルガの鱗に傷さえもつけられない。
やはり、九魔将の鎧の特性を取り込んでいるんだ!
ルガの巨大な身体は、すでに巨人族に匹敵する。
地竜だって吹き飛ばせる僕の全力の一撃にも微動だにしないルガは、絶対的な存在として
「エルネア君、ルガの尻尾が右から来ます!」
当たれば、ううん、圧縮された風圧に触れるだけでも致命傷になりかねない極太の尻尾から繰り出される一撃。
だけど、ルイセイネの事前の忠告により、僕はなんとか回避することができた。
どうやら、ルイセイネの
竜魔人族として再臨したルガだけど、元となる肉体が竜人族だからね。と、そこで再認識させられる。
つまり、今のルガは、竜術と魔法を使えるってこと?
いいや、それだけじゃないかもしれない。
バルトノワールの禁術は、呪術で基礎を構築している。そして、バルトノワールが遺産として遺す禁術に、自分たちの呪術の
クリーシオは言っていたよね。
呪術師にとって、先祖から脈々と受け継がれてきた呪術の系統を子孫に残すことこそが最大の目的だって。
なら、バルトノワールもそう考えているはずだ。
最愛の人と作りあげたものなら、尚更だ。
「くううっ……」
突然、全身に重圧がかかってきた。
まるで深い水底にでもいるかのように、押し潰されそうになる。
周囲に充満する瘴気のせいじゃない。見れば、ルガの漆黒の鱗に複雑な模様が浮かび上がっていた。
僕の内側で、アレスさんが霊樹の力を使って対抗する。それでも、
「エルネア!」
ミストラルが叫ぶ。
動きの
『ちぃっ!』
「エルネア様!」
上空から、ライラを乗せたレヴァリアが急降下してきた。そしてそのまま、猛烈な勢いでルガの側面に体当たりする。
ずうんっっ、と重々しい響き。反応できなかった僕の横をかすめて、ルガの巨大な竜の手が大地を
レヴァリアに体当たりを受けたルガの側面が燃えていた。
だけど、レヴァリアの
さらに、体当たりをして僕の
「レ、レヴァリア様!?」
体当たりのときに反撃を受けたんだ!
レヴァリアの腹部が
僕を襲ったルガの手とは逆の手には、肉片が掴まれていた。
ぐちゃり、とレヴァリアの肉片を口に含むルガ。
「
そして、
「先ずは八大竜王の首を取り、俺様の力を竜峰の愚か者たちに知らしめてくれる!」
ルガが僕を見下ろす。両肩の真っ赤な口が動いて、僕に舌を伸ばす。
「させない!」
そこへ、ウォルが斬りかかってきた。
人竜化したウォルは地表を
「ユフィと」
「ニーナの」
「「
「あまり、魔法は好きじゃないんだけどねえ」
珍しく、魔剣を
ルガの足もとが沼のように変質し、足場を
だけど、一瞬で全てが
ルガが僅かに身動きした。それだけで、ルイララの魔法が消滅する。
地表はもと通りの固い地盤になると、ルガの巨体を支える。
ユフィーリアとニーナが顕現させた長胴竜は容易く引き千切られ、背後から強襲したウォルも、ルガが翼を振るっただけで跳ね返されてしまう。
圧倒的な力を手に入れたルガ。
だけど、僕たちの窮地はこれだけに留まらなかった!
「それでは、こちらも続きを致しましょう」
「なっ!? シャルロット、貴女……!」
糸目を更に細めて微笑むシャルロット。
逆に、大きく目を見開いて
「だって、わたくしと貴女たちは敵同士でございましょう? さあ、気を抜いていると、死んでしまいますよ? ふふ、ふふふ」
言ってシャルロットは、絶大な魔力が可視化した九本の尻尾を揺らめかせると、ミストラルに微笑みを向けた。
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