妄想注意報です

「うっわー。下品な玉座だね?」

「せっかくだし、座ってみたらどうだい?」

「いやいや、僕には似合わないよ」

「あははっ。似合う似合わないなんて、僕はひと言も言ってないよ」

「うっ。そうでした」

「エルネア君が魔王になったら、僕が素敵な玉座を贈ってあげるよ」

「ルイララはなにを言っているのかな。僕は絶対に魔王になんてなりません」

「まあまあ、そう言わないで。楽しいよ?」

「楽しいのは君や巨人の魔王たちであって、絶対に僕じゃないよね!」


 やれやれ、と僕は黄金で作られた下品な玉座の前でため息を吐いた。


「それにしても、残念だったね。あと少しのところで逃げられてしまうなんてね」

「どこに行ったんだろう? やっと魔王城に戻ってきたと思ったら、すぐに出て行っちゃった」


 玉座の主人は、ひそんでいた僕とルイララに気づくことなく、出かけてしまった。


 まさか、気配を消すことに長けた自分の近くに、身を潜めている者が居るとは思いもしなかったんだろうね。


「ところでエルネア君。いつのまにそんなに気配を消すのが上手くなったんだい? 前にも僕の不意をついていたよね」

「ふっふっふっ。よくぞ聞いてくれました。実はね、禁領の修行で世界を読む新しい能力を身につけたんだけどさ。それの応用だよ」

「えへへ。あんな短期間で、さすがだね」

「うん、自分でも驚いちゃった。でも、これは発想の転換ってやつだったからね」

「聞いても?」

「仕方ない。教えてしんぜよう」


 僕は周囲に魔族の気配がないか探りながら、黄金の玉座が据えられた薄暗い広間でルイララと話し込む。

 この下品な玉座と現在の魔王城の支配者は、同一の人物だ。

 僕たちが追っていた、ギルラード。

 上級魔族の彼は、短期間の内にアームアード王国からこちらに戻ってきて、魔都を占領したらしい。


「そもそも、この能力は世界の違和感を感じとるものなんだよね。風の流れの違和感、大地の温もりの違和感。自然の違和感を探し出して、そこに潜む者を特定するんだ」

「うんうん。なかなかに素敵な能力だと思うよ」

「どんなに気配を殺しても、自然のなかの違和感はぬぐえない。それが世界を読む能力なんだけど。じゃあ、違和感にならないように世界に溶け込んだらどうなるんだろう、とね」

「つまり、エルネア君は気配を殺したわけじゃなくて、世界に溶け込んだというわけだね」

「そうなんだ。そもそも僕は、瞑想したりすると竜脈に繋がることができるんだけど。それを昇華しょうかさせて、竜脈の流れに身を任せることによって、世界に溶け込むことができるようになったんだ」

「気配を読む、ということはつまり。相手の存在を感知することだから。自然に溶け込むと、気配や存在を相手に感じ取らせなくなる、ということかな」

「そうだね」

「じゃあ、エルネア君のように世界を読む能力を持つ者と世界に溶け込む者が対峙したら、どちらが勝つんだろうね?」

「それはほら。より優れた方が勝つんじゃないかな。それは気配の探り合いと一緒だよ」

「ふうん。なるほどね」


 などと話していると、玉座の間に近づいてくる魔族の気配を感じ取った。

 ルイララも素早く察知したのか、魔力を込める。

 ぞわり、と全身が総毛立つような恐ろしい魔力の波が、ルイララを中心に渦巻うずまく。


 こんなに目立つ魔力の解放をして大丈夫なのか、という心配はいらない。

 僕の世界に溶け込む能力は、自分自身だけにしか影響がないなんて言ってない。

 ルイララの存在。ルイララの放つ殺気や瘴気や魔力。それらを合わせて包み込み、世界に影響を及ぼす違和感を消し去る。

 現に、僕も臨戦態勢で竜気を解放したままだ。

 この能力は、自分の力を目一杯抑え込んで存在感を消すわけじゃなく、世界に溶け込ませて周りの者に違和感を与えない、という技なので、こうして力を解放できるところが大きな利点だね。


 ルイララの魔力のうず水面みなものように広がり、玉座の間に近づいた魔族に気づかれることなく、その足下に達した。

 ずぶり、と魔族が魔力の水面に飲み込まれる。

 悲鳴をあげることもできず、魔族は魔法の海に沈んで消えた。


「いやあ、エルネア君の能力は本当に便利だね。もう人の域を超えちゃってると思うんだ。まさに魔王だね!」

「おことわりーっ!」


 たしかに、今回の修行で手に入れた能力は普通じゃない気がする。だけど、それを理由に魔王になんてなりません。

 僕は竜王のままでいいんです。


 それに、僕の話をふんふんと聞いているルイララも人外だと思う。

 さっき近づいてきた魔族も、上級位に属する者だった。それを一方的にほうむるルイララは、今の僕でもまともに戦いたいとは思わない。

 ルイララはやっぱり、剣を握らせている方が安全無害だね。

 ことあるごとに僕を魔王に仕立て上げようとするけど、力だけでいえばルイララの方がよっぽど魔王に近いと思うんです。


「さて、周囲の掃除は僕が担当するとして。どうする? このままギルラードをここで待つかい?」

「うん、そうだね。ようやく掴んだ足取りだし。ここまで侵入しちゃったから、もう少し待ってみよう」

「それじゃあ、僕は身を潜めておくとしようかな。気配くらいは自分で消せるから、周囲の違和感を消す作業は任せたよ」


 と言って、ルイララは薄闇のなかに消えていった。

 周囲の違和感を消す作業とは。

 玉座の間に近づく者をルイララが始末する。でもそうすると、この周囲にだけ誰も居ないことになっちゃう。その違和感を、僕の新しい能力で消すということだ。


 ルイララが消えて、ひとりになった僕。

 さて、どうしよう。

 帰ってきたと思ったら出て行ったギルラードだけど、次にいつ戻ってくるかなんて知りません。

 もしかするとすぐに帰ってくるかもしれないし、何日も留守にするかもしれない。

 何日も戻ってこないようなら、僕たちも一旦考えを改めないといけないかもしれないけど。


 どうしたものか、と手持ち無沙汰気味に玉座の間に立ち尽くす。

 薄暗い部屋は、まだ完全に改装されきっていないのか、調度品や絨毯じゅうたんが揃いきっていない。

 そんななかで、奥に据えられた黄金の玉座がひときわ異様な存在感を放っていた。


「ううむ。僕の趣味じゃないね」


 なんて言いつつも。

 玉座です。

 本来は、王様が座る権威を象徴する椅子です。

 男子として、興味がないといったら嘘になっちゃう。


 玉座に近づき、まじまじと見つめる。

 髑髏どくろの彫刻や気味の悪い魔物の彫りで飾られていて、全くもって気持ちが悪い。

 だけど、威厳だけは誇示こじするように、ことさら豪華に作り込まれていた。


 アームアード王国の王様やヨルテニトス王国の王様。巨人の魔王なんかもこうした王権を示す玉座に座り、家臣の人たちをひざまずかせているんだよね。

 僕も一応は竜王なんだけど、これは勇者なんかと同じで称号でしかない。だから権力もなければ、従える家来さんや領地も持っていない。

 なので、玉座なんて僕には無縁のものだ。


 でも、無縁だからこそ……


「ちょっと、座ってみようかな。座るくらいならいいよね?」


 誰にともなく呟く。

 無意識でルイララの気配を探ってみたら、広間には居なかった。

 よし、誰も見ていないぞ。


 ごくりっ。


 生唾を飲み込んで、僕は黄金の玉座に腰を下ろした。


 おおっ。これが支配者が座る椅子か!

 なぜか、座っただけで慢心まんしんが生まれてきそう。


「王様はこの椅子の上でふんぞり返って威張るんだよねぇ」


 魔王になんて興味ありません。国を統治するような権力者にもなりたいと思わない。

 でも、男の子として夢に浸るくらいいいんじゃない?


 くっくっくっ。

 もしも僕が暴君であったら、不遜な態度で家臣の人たちを見下ろし、威圧的に無理難題を命令するのかな。


 あーっはっはっはっ!

 平伏ひれふせ、者ども。

 我は王様であるぞ!

 逆らう者は殺せ、愚民どもから金品を巻き上げ、酒池肉林しゅちにくりんの世界を!


 なんて、普段の僕では思いつかないような妄想にひたる。

 みんなからは、僕はよく突飛とっぴな発想や妄想もうそうをすると言われるけど。

 自覚しちゃう。

 ありえない自分を妄想するのがちょっぴり楽しいです。


 くっくっくっ。

 わーっはっはっ!


 と玉座にふんぞり返って妄想に浸っていると。

 この部屋にやって来る者の気配がした。

 ルイララが素通りさせた?


 誰だろう、と探りを入れる前に、その者は部屋へと入ってきた。

 漆黒の外套を羽織った、紳士然とした魔族。


 ギルラードだ!


 ギルラードは部屋へと入ると、訝しそうな視線を玉座へと向けた。

 そして玉座には、僕が未だに不遜な態度で座っていた。


「そこに座る者は、何者ですか?」


 ギルラードの言葉に、しまったとあせる。

 ど、どうしよう……

 まさか、この状況でギルラードと対面するとは。


「くっくっくっ」


 ちょっと焦りすぎて、さっきまでの思考を引きずり、変な笑いが口から漏れた。


 ああっ!

 本当に、どうしましょう。


「そこは、私の玉座です。退いていただきたいものですね」

「くくくっ。そうか。」


 うわっ。

 口調が戻らないよっ。

 まさか、妄想中にギルラードが帰ってくるとは思わず、焦りすぎて思考が変だ!


「こ、これがお前の玉座か」


 どうやら、ギルラードは僕の正体にまだ気づいていないみたい。

 もしかして、このまま謎の人物として威圧しちゃえば、警戒して部屋から出て行ってくれないかな?


「ず、随分と不釣り合いな代物だ。そもそも、お前はまだ魔王になっていないだろう。それなのに玉座とは……」


 ぐふっ。

 慣れない言葉遣いで、らしくない台詞せりふを口にしてみたけど。

 あまりにも馬鹿っぽい自分の姿を想像してしまって、とうとう吹き出してしまう。

 やっぱり、こんなの僕じゃないよっ。

 あああっ、どうしょう……


 こんな場所で、趣味の悪い玉座なんかに座ったのが間違いだ。


 笑い吹き出した僕を更に訝しんだのか、これまで警戒に足を止めていたギルラードが、部屋の奥へと進んできた。


「言ってくれますね……。き、貴様はっ!?」


 そして、玉座に座って笑う僕に気づき、忌々しそうに睨んできた。

 僕はなんとか笑いを抑えると、気を取り直して玉座から腰をあげる。

 そろそろ、真面目に行こう。

 気づかれないように深呼吸をして。


「約束通り、魔都に来ましたよ」

「ぐぬぬ。貴様は人族の竜王……エルネアかっ!」

「僕を狙ったこと、家族を巻き込んだことを後悔させてあげましょう」


 趣味の悪い玉座も、馬鹿っぽい妄想も、今はどうでもいい。

 とにかく、身近にわざわいを呼び込む者を僕は容認しない。

 金輪際こんりんざい、僕たちを狙わないように、ここでギルラードを倒す、という目的は揺るがない。


 僕は、ゆっくりと白剣と霊樹の木刀を抜き放つ。

 ギルラードは杖をついた状態で身構えていなかったけど、殺気が膨れ上がって臨戦態勢なのは間違いない。


 もう、この場で身構える身構えないは関係ない。

 対峙した時点で、すでに戦いは始まっているんだ!


 一気に勝負を決めようと、僕は空間跳躍でギルラードの背後に一瞬で回りこむ。そして、全力で白剣を横薙ぎに振るった。


「ふふふふっ。随分と気がはやいですね」


 だけど、白剣は空を斬った。

 いいや、違う。

 僕は確かに、ギルラードの胴を真っ二つにしたはずだった。

 だけど、白剣の一撃によって上半身と下半身を分断されたはずのギルラードは、なぜか平然と、違う場所に立っていた。

 相変わらず、杖をついた状態で。


 いったい、なにが?


 手応えが伝わらなかった白剣を持つ右手と、真っ二つになったはずのギルラードを直前まで捉えていた視線に混乱する。


「もったいないと思いませんか?」


 だけどギルラードはこちらの困惑をよそに、余裕な態度で笑みを浮かべる。


「エルネア君。君は魔王軍を退しりぞけた英雄でしょう。私も今では魔都を支配する立場です。その二人が、こんな観客のいない場所でひっそりと戦うなんて、もったいないですよ」

「なにを言っているのかな。僕は見世物を演じるために来たんじゃない」

「まあまあ、そう言わずに」


 ギルラードは、上級魔族に相応しい魔力を解放した。

 竜術の結界で、鋭利に広がる魔法を弾く。

 水平に広がった魔法は魔王城の中層部を貫通し、そこから上を吹き飛ばしてしまった。


「せっかく君を倒す機会ができたというのに、証人になる者が居なければ面白くありません。さあ、この目立つ舞台で存分に戦いましょう。そして、私のためにその首をささげなさい!」


 中天ちゅうてんに輝く太陽と、雲の流れる空があらわになった。

 玉座の間があった階層から上は綺麗さっぱり消え去り、地上には前回訪れたときとは違う、活気のない荒廃した巨大な都市が広がっていた。


 突然、魔王城の中層部から上が消し飛び、魔都中の魔族たちが何事かと騒ぐ。


「この私を待ち伏せするとは、思いもしなかった手法です。君への評価を改めなければ。しかし、これは私にとって好都合でしかない。のこのことここへ現れた自分の愚かさを呪いなさい!」


 ギルラードが不敵に笑った。

 直後。背後に違和感を感じ、空間跳躍で回避する。


「っ!?」


 服のすそが斬り裂かれていた。

 あと少しでも回避が遅れていたら、僕の方が逆に真っ二つになっていたかもしれない。

 だけど、ギルラードは杖をついてその場から動いていなかった。


 いったい、なにが起きたのか。

 僕は油断なく、もう一度白剣と霊樹の木刀を身構えた。

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