魔王位争奪戦
防戦に回ったら、こちらが不利になる!
そもそも、魔王位を狙うような上級魔族相手に手加減なんてしていられないよ。
今度は床を強く蹴り、間合いを詰める。
そして、竜剣舞を舞う。
「そんなっ!」
だけど、舞うことができなかった。
回避されるにせよ、受け流されるにせよ、そこが起点となって竜剣舞は始まる。
だけど、跳躍に合わせて突き出した霊樹の木刀は、なんの抵抗もなくギルラードの胸に突き刺さった。
そして、二度目の感触のなさと、捉えていたはずのギルラードの姿の消失。さらに、なんの気配もない背後からの一撃に、手が止まってしまう。
「おや、そんな場所でなにを踊っているのでしょう?」
にやり、と笑みを見せるギルラードが、また別の場所に立っていた。
相変わらず、杖をついた状態で、戦いの最中だというのに身構える様子はない。
余裕を見せるギルラードとは逆に、僕は状況についていけずに、額に汗を浮かべた。
確かに、目の前に居た。最初の白剣も、二度目の霊樹の木刀も、間違いなくギルラードを捉えていた。それなのに、
そして奇妙なのは、誰もいないはずの場所からの攻撃だ。
ギルラードが目の前から消えても、彼は違う場所で、僕から距離をとって立っている。それなのに、どうやって攻撃を?
魔法なのかな? それとも……
「さあ、これで終わりだなんて地味なことは止めてくださいね。存分に踊り、私の
ギルラードは立っているだけ。なのに、死角から突如として湧き上がった危機感に、振り返りざま白剣を振るう。
きぃん、と甲高い金属音と火花が散った。
青い刀身の魔剣?
一瞬だけ見えた。なにもないはずの空間から生える魔剣の姿を。
では、その背後に何者かが?
そう思って、霊樹の木刀を間髪入れずに振るう。だけど、霊樹の木刀は空を斬っただけだった。
「つまらない。つまらないですよ!」
ギルラードの気配が膨れ上がる。それと同時に、空間を破裂させる魔法が放たれた。
空間跳躍で回避する。
空気が弾け、鋭い衝撃波が広がった。
竜術で防ぐ。
結界を破り、鋭利な風が二の腕を切り裂く。
僕は傷に構うことなく、空間跳躍を発動させる。そしてギルラードの間合いに入り、白剣を振るう。続けて、あらぬ方向へと霊樹の木刀を振るう。
白剣はギルラードを斬り裂き、霊樹の木刀はなにもない空間から伸びた魔剣の一撃を防いだ。
……これは。
違和感に眉根を寄せる。
僕はなにを見ている?
なにを斬ろうとしている?
そして、なにから身を護っている?
ギルラードの
ああぁ。どうやら僕は、まだ趣味の悪い玉座でふんぞり返っていた精神状態を引きずっていたみたい。
追い打ちをかけるようなギルラードの魔法を回避し、突然現れる青い魔剣の攻撃を弾きながら、一旦ギルラードから距離をとった。
とはいっても、ギルラードは動いていない。
動いていないように見える。
「なんて、地味なんだろうね」
僕の
「魔王位を狙う? 魔都に残っている魔族たちに戦いを見せつけて、自分の実力を証明する? その割には、随分と
「……人族の分際で、随分と大口を叩きますね。私を捉えることすらできていないというのに」
こちらの挑発に、ギルラードは挑発で返す。
僕は、ギルラードのその言葉を鼻で笑った。
「僕の知ってる限り、魔王は手がつけられないくらい派手で、
大きく深呼吸をする。
同時に、竜宝玉を最大限まで解放する。すでに同化していたアレスちゃんが僕の意図に反応し、全力になる。
膨れ上がる僕の気配に、さしものギルラードも警戒してか、全力で魔力を解放した。
目に映るギルラード。膨れ上がる魔力。
僕とギルラードは存在を
先手は僕だ。
白剣と霊樹の木刀を水平に構え、竜剣舞を舞う。
ギルラードの間合いの外で。
ギルラードは杖をついたまま、僕の意味不明な行動を笑う。そして、濃密に圧縮された魔法を放ってきた。
迫る魔法。同時に、別の角度から突き出される魔剣。それでいて、ギルラードは最初の位置から動いていない。
でも、僕にはその全てが既に意識内に収まる出来事だった。
見えているのに捉えられないギルラードも、大魔法も、魔剣の攻撃も全て。竜剣舞を舞い始めた僕には、それぞれがひとつの事象に過ぎない。
竜剣舞に合わせて拡散された竜気が渦を巻き、魔王城を中心に嵐を呼び込む。
ひらりと身体を
魔法は竜気の渦に取り込まれ、僕に届くことなく遥か遠くへと吹き飛ばされた。
可視化した竜気は緑色の渦を巻き、距離を置くギルラードを飲み込む。
「ぐぬっ!」
ギルラードが
でもそれは、目に映っているギルラードではなかった。
竜剣舞を舞う僕の近く。
気配を殺し、武器を構えていたギルラードの本体だ。
冷静になれば、どうということはない。
目に見えるギルラードは幻影。どんな魔法か、宝具かは知らないけど、まやかしでしかない。
幻にいくら攻撃しても、そりゃあ通じないよね。
そしてギルラードは、竜族さえも舌をまくほど気配を殺すのが上手い。
ライラだって、気配を殺している時にはすぐ隣にいても気づけないんだ。
幻影に惑わされていた僕は、すぐ近くに潜むギルラードを見逃していた。
だけど、もうそれは通用しない。
世界を読む僕の能力。嵐の竜術。ふたつが合わされば、どれだけ巧みに隠れても僕からは逃げられないよ!
嵐の渦に囚われたギルラードは、問答無用で僕に引き寄せられる。間合いに入れば、白剣の
抵抗しようと振るわれた魔剣を受け流し、ギルラードを斬り刻む。
それでも、上級魔族。
致命傷を回避したギルラードは力任せに跳躍し、僕から距離を稼ぐ。
剣術勝負では敵わないと判断したのか、剣の間合い外から魔法を乱発してきた。
そうですか。
遠距離の戦いですね。
ギルラードは、僕との戦いで魔王位に相応しい力を魔都の魔族たちに見せつけると言っていた。
なら、見せてあげよう。
ギルラードが魔王位に相応しい実力を持っていない、ということを!
竜剣舞を舞い続ける。
激しい戦いのなかにも優雅さを忘れることなく。散っていく命を浄化するように。竜剣舞を授けてくれたスレイグスタ老やいつも支えてくれているみんな、そして創造の女神様に捧げるように、丁寧に。
舞いながら魔法を弾き、ギルラードを引き寄せようとする。
渦に巻かれ、こちらの間合いに入りそうになると、ギルラードは全力で距離をとって逃げた。
逃げて、魔法を放つ。
だけど、ギルラードは気づいているのかな。
弾かれた魔法は空に飛んでいき、意味なく爆散する。
でも、魔法が弾かれている空が先程までとは違い、雷雲になっていることを。
「魔王の魔法は、そんな地味なものじゃないよ!」
極大の魔法を弾き、僕は白剣の
「なにを!?」
とギルラードが苛立ちの表情を見せる。
その瞬間、轟音と
ぎょっ、と空を見上げたギルラードの姿は、黒く不気味に広がる雷雲から伸びた光の帯に飲み込まれた。
「さあ、見るがいい。これが魔王に君臨する者の力だ! 誰に手を出したのか、その身で思い知るんだね!」
稲妻の雨は、魔王城だけではなく、魔都中に降り注ぐ。
悲鳴が魔都中で響いた。
稲妻の雨を魔都に降らせるのは二度目だけど、今度は僕自身の意思だ。
手加減なく落としていく。
白剣の
「お、おのれぇ……っ!」
それでも、ギルラードはやはり上級魔族だった。
雷撃を何度となく受けても耐えきり、僕に屈辱の瞳を向ける。
「約束してほしい。もう竜峰を越えてこちら側にちょっかいを出さないと。そうしたら、見逃します」
僕の言葉に合わせ、稲妻が止む。
だけど、空には未だに分厚い雷雲が渦巻き、返答次第で攻撃を続行する意志を見せた。
ギルラードは全身に火傷を負い、無様な姿で空と僕を睨む。
敵意のある視線は不愉快で嫌いだけど、僕は残虐ではない。もしもギルラードが降伏してくれれば、無駄な殺生はしないよ。
ルイララは殺しちゃえ、なんて言うだろうけどね。
するとそこに、思わぬ人物がやって来た。
「こ、これはいったい……?」
耳を割くような雷鳴と衝撃で平衡感覚を失ったのか、
「エルネア!? も、もしかして……。俺を助けに来てくれたのか?」
瞳に涙を浮かべたグラウスは、僕を姿を見つけると、喜びの表情でこちらに駆け寄ってきた。
僕は、手当たり次第に雷を落としていたわけじゃない。奴隷として仕方なく魔都に残らされていた人たちの気配はちゃんと把握していて、当たらないように調整していたんだよ。
そして、そのなかにはグラウスも含まれていた。
「やあ、無事だったんだね」
白剣を
グラウスも、ふらつく足で勢いよく僕に向かって走ってきながら、手を伸ばした。
「なんて、誰が言うかよっ。油断しやがって!」
伸ばしたグラウスの手には、短剣が握られていた。
「はあ……」
僕はため息を吐き、グラウスの手を絡め取って容赦なく投げ飛ばす。そして、霊樹の術を発動させて
「馬鹿なことは言わないで。助けになんて来てないよ」
命を狙ってきた人をこんな地に来てまで助けるほど、僕はお人好しじゃありません。
生きているなら連れて帰って、アームアード王国の法律で裁いてもらおう、くらいにしか思っていないんだ。
だから、グラウスの行動は不意打ちにもならない。
だけど、僕とグラウスの僅かなやりとりの間に態勢を整えてしまったのがギルラードだ。
今後こそ本当に杖を支えにして立ち上がると、声を張り上げた。
「くははははっ! 認めましょう、その力を。素晴らしい。まさに、君を倒せば魔王位に手が届く。これこそ、頂上の戦いに相応しい!」
ギルラードの声は、魔法を使っているのか、魔都中に響き渡る。
「さあ、者共! 私の配下、私の軍隊、私の
ギルラードの叫びに呼応し、魔都の魔族たちが戦意を
なんということでしょう。
先ほどの雷雨は、魔王の力を見せつけて魔都の魔族たちの戦意を奪うためのものだった。
ギルラード以外へはあくまでも警告で、雷撃に耐えられそうにない魔族には当てなかった。前回同様に、当てても死ななそうな上級魔族には落としたけどね。
でも、それはあまり意味をなさなかったみたい。
ギルラードの支配下に落ちた魔都、そこにいる魔族は、どうやら全員が悪意に満ちた敵らしい。
翼を持つ魔族は舞い上がり、組織された軍隊が魔王城に押しかけてきた。
「そんな、まさか……」
絶句する僕に、満身創痍のギルラードが勝ち誇ったように口角をあげた。
僕は、逆転を感じ取っているギルラードと、
「まさか……。奥の手を使う羽目になるとは」
「なに?」
ため息と一緒に出た僕の呟きに、ギルラードの表情が固まる。
「これだけは使いたくはなかったんだ。でも、これ以上抵抗するなら仕方がないよね……」
僕は霊樹の木刀もしまうと、負けを認めなかった貴方が悪いんですよ、とギルラードを強く睨む。
そして、天高く手を挙げる。
「今一度。僕に敵意を見せたことを後悔させる」
気合いとともに、僕は禁断の言葉を口にした。
「
雷雲が割れた。
空が引き裂かれた。
ぎぎぎ、と不気味な音が聞こえてきそうな空間の異変に全ての者が凍りつき、
分断された空は暗黒で。
亀裂の奥の暗黒に、八つの真っ赤な輝きが浮かび上がった。
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