男旅の始まり

 ここは、ヨルテニトス王国の王都において、ひと際におごそかな存在感を放つ大神殿、その応接間。

 人払いをした空間に、僕とミストラル、それにセフィーナさんとマドリーヌ様だけが居た。


 セフィーナさんとマドリーヌ様は、なぜかミストラルの前で正座をさせられている。

 そして、二人は神妙しんみょうな面持ちで、仁王立つミストラルを見つめていた。


「いいですね、寿命の問題を克服するまで、結婚は認めません」


 ミストラルは、セフィーナさんとマドリーヌ様の前で家族のおきてと秘密を口にした。

 ミストラルの言葉に、セフィーナさんは真摯しんしな表情で頷く。

 だけど、隣に座っていたマドリーヌ様が不満の声をあげた。


「むきぃっ、なんの権限があってそんなことを言うのかしら!」

「正妻の特権としてです!」


 有無を言わさぬミストラルの口調に、マドリーヌ様はぐうのも出ない。


「わたしたちの家族に加わりたいのなら、わたしたちがこれまで築いてきた流儀と掟に従ってもらいます。それが嫌なら、諦めてもらいます。また、深刻な問題を起こすようなら、直ちに故郷へ帰っていただきます。いいですね?」


 初夏を前に、僕たちの家族へ加わったセフィーナさんは、事前に家族の掟を聞かされていた。なので、本来であればセフィーナさんはこの場にいなくてもいいんだけど。本人のたっての希望により、マドリーヌ様へ話を持ちかけたこの場に同席していた。

 もう一度改めて、話を聞きたかったらしい。


 そんなセフィーナさんだけど、みんなとの約束に納得したからこそ、僕たちの家族として迎えられていた。

 だけど、マドリーヌ様は不満そうな顔だ。


「マドリーヌ、選びなさい。わたしたちの掟を受け入れて家族に加わるのか、拒否してこれまでの生活を続けるのかを」


 セフィーナさんの隣に座るマドリーヌ様は、眉間みけんしわを寄せてミストラルを睨む。だけど、反論を口にはしない。

 気分屋でわがままなマドリーヌ様だけど、わかっているんだ。

 ミストラルが提示した条件は最低限のもので、これが守られないようならば、到底僕たちと生活を共にすることはできないのだと。


「それと、もうひとつ。マドリーヌ、貴女は今の立場をどうするつもりなのかしら?」


 今の立場とは、ヨルテニトス王国の聖職者を代表する巫女頭のことだ。

 巫女頭という責任のある地位で、僕たちと一緒にいろんな場所を飛び回ったり、禁領で生活を送ることはできない。


 ミストラルの質問に、マドリーヌ様は瞳を閉じて深く思案する。

 いつもは短絡的たんらくてきに物事を口にするマドリーヌ様だけど、こればかりは適当な返事はできない。


 僕たちは、マドリーヌ様の答えを静かに待つ。

 すると覚悟を決めたのか、マドリーヌ様が口を開いた。


「セフィーナだけ、ずるいわ。ユフィとニーナだけ結婚するなんて、絶対に許さない! だけど……。自分の責務と役目は間違いたくないです。だから、今はエルネア君のもとへとつぐわけにはいかないわ」


 結婚は寿命の問題が解決できたらだよ、と釘を刺したいところだけど、マドリーヌ様の真面目な雰囲気に突っ込みを入れる隙はなかった。


「私は、ヨルテニトス王国の大神殿に代々伝わる大錫杖だいしゃくじょうを壊してしまったわ。いいえ、それだけじゃない。極悪非道な魔王に、壊された錫杖を奪われたままです。今の私は、その錫杖を取り戻し、直すことこそが至上の命題だと思っています。なので、自分の身の振り方はそのあとに考えたいわ。……だから、一緒に魔王城へ連れて行って!」

「それって、結局は僕たちと一緒に行動するってことだよね?」

「まあ、そういうことだわね」


 なんだ、やっぱりマドリーヌ様はマドリーヌ様でした。

 とても真剣な話だと思って聞いていたけど、中身は最初から変わっていない。

 錫杖を奪い返すために、僕たちと魔王城へ行きたい。それってつまり、これまで通りってことじゃないか。


 巫女頭という立場をどうするのか。ヨルテニトス王国に住む人族にとって重要な案件だけど、これは錫杖を取り戻さないとどうしようもないのかもね。

 マドリーヌ様は、巫女頭の命題として解決すると意気込んでいるし、周りで支えている聖職者の人たちも、それで納得しているようなので。


「わかりました。では、マドリーヌ。貴女を迎え入れます。ただし、ユフィとニーナと一緒になって騒ぎを起こさないこと」


 ミストラルは、全権正妻ぜんけんせいさいとしてこの場に来ている。なので、ミストラルの発言はそのまま妻たちの総意だ。

 マドリーヌ様は、ミストラルの言葉に渋々しぶしぶながら従う意思を見せる。


 まあ、ユフィーリアとニーナと一緒になったら、絶対に問題を起こすだろうけどね。その辺は全員が織り込み済みだし、その程度は許容できる問題だ。

 ただし、正式に結婚できるかどうかは寿命の問題が解決できたなら、という部分は譲れない。

 マドリーヌ様も、それは重々承知していた。


「セフィーナさん、マドリーヌ様。僕たちも一緒に寿命の問題と向き合うから、諦めないでね?」

「さすがはエルネア君ね。期待しているわ。ああ、もちろん、自分でも努力するのだけれど」

「ユフィとニーナだけに良い思いはさせないわっ。みてなさい、必ず不老不死になってやるんだから!」

「いやいや、不老ではあっても不死ではないですからね?」


 マドリーヌ様の決意に、僕たちは苦笑する。

 とはいえ、これでマドリーヌ様の意思も確認できた。

 あとは、みんなで課題に向かって進むだけです。

 そして、目下の課題とは父親連合ちちおやれんごうを連れた男旅おとこたび


 というわけで、僕たちは王様を迎えにヨルテニトス王国へと来ているのだった。






 場所は変わり。

 ヨルテニトス王国の宮殿に僕たちは来ていた。


 初夏は瞬く間に過ぎ去り、夏もさかりになったこの時季じき。いよいよ、男たちの物語は動き出す。

 とまあ、格好良く言っているけど、本当は王族の人たちが避暑ひしょのためにお休みをする期間を狙っただけです。


「王様、お迎えにあがりました」

「おお、いよいよわしらの旅か」

「はい。楽しいところへお連れします」


 にこりと微笑んだ僕に、王様は期待を込めて手を差し出す。僕は両手で強く握り返した。


「移動は、ニーミアにお願いしています。グスフェルスだと、他の父親連合と歩調が合わなくなっちゃいますので」

「遠い場所へ行くのだな?」

「はい。ちょっと遠い場所に行きます」

「なあに、問題ない。グスフェルスは闇属性の地竜だ。儂の影に潜めば、どこへなりとも随伴ずいはんできる」


 王様の相棒は、グスフェルスだからね。

 本当は相棒に乗って移動したいだろうけど、さすがに地竜の足で竜峰越えなんてしていたら年をまたいじゃう。


 というわけで、ニーミアの登場です!


「お任せにゃん」

「おお、守護竜様よ、よろしく頼みましたぞ」


 ヨルテニトス王国の危機に際し、神々こうごうしく飛来して圧倒的な存在感を示したのは、ニーミアの母親であるアシェルさんだ。

 それで、姿の似ている、というか同じ雪竜ゆきりゅうのニーミアも、なぜか守護竜としてヨルテニトス王国では人気になっている。


 ちまたでは、神々しいニーミア、もしくはアシェルさんの上で舞う天女の僕が描かれている版画絵が、今でも売れているらしい。


「荷造りは終わっておるぞ。政務もグレイヴに引き継ぎしておる。食糧はどれくらい必要だね?」

「食糧を気になさる必要はないですわ。数日も掛からずに現地へ到着いたしますし、向こうでは豪華な食事が待っていますわ」


 これから始まる男旅に、まるで少年のように興奮している王様。そのかたわらでお世話をしているのは、もちろんライラだ。

 ライラは大神殿へ同行することなく、ヨルテニトス王国へ来てからすぐに王様に会っていた。


「ほうほう、よほどな場所へ招待してくれるのだな?」

「は、はい。エルネア様が素敵な旅を計画してますわ」


 ライラ、ごめんよ。

 僕の悪巧みに乗ってもらっているせいで、これから王様がどこへ連れて行かれるのかを言えない。

 僕は心のなかで、健気けなげなライラに謝罪した。


「ちっ。お前らだけ、いい気なものだな」


 すると、王様の荷物を持ってグレイヴ様が現れた。

 どうやら、本当はグレイヴ様も男旅に行きたかったらしい。なので、誘ってみる。


「いや、辞めておこう。俺には仕事がある」

「わかりました。次期国王様として、立派に政務を努めてくださいね。それと。もし良かったら、王様たちのあとにご招待しましょうか?」

「ほう、お前にしては珍しく殊勝しゅしょうな心がけだな」


 くっくっくっ。グレイヴ様をひとりで魔王城に置いてきたら、どうなるだろうね?

 という悪魔的な思惑なんて微塵も表情に表さずに、僕はグレイヴ様とちかいを立てた。


 ちなみに、第三王子のキャスター様と第四王子のフィレルは、東方国境で活躍中だ。

 巨人族や大森林の耳長族たちと協力して、魔物の巣を潰して回っているらしい。


 そして、巨人族といえば。

 代表団は、すでに王都へと入っている。

 もちろん、耳長族の代表団も王都に来ている。

 グレイヴ様が王都に戻ってきているのも、まねいた各種族の代表団を接待したり交渉したりするためだ。


 道中にマドリーヌ様から聞いた話によれば、雄々おおしい巨人族の姿絵や流麗りゅうれいな耳長族の美人画なども最近では人気らしい。

 ヨルテニトス王国の人たちって、流行はやりに敏感だよね。

 まあ、この流行りは異種族の人たちが寛容に受け入れられているという現れでもあるし、素直に喜んでいいことなんだと思う。


 ヨルテニトス王国の異種族交流は、順調に進んでいるみたいだね。

 そして、国の運営が順調なら、後顧こうこうれいなく、旅も満喫まんきつできます。


 それじゃあ早速、目的地へと向かいましょうか!


 王宮の中庭で、ニーミアに大きくなってもらう。

 僕たちは王様の荷物をニーミアの背中にくくり付けると、半身が不自由な王様を慎重しんちょうみちびく。

 宮殿に同行してきたマドリーヌ様も、ニーミアの背中に飛び乗る。


「皆の者、儂の不在の間もしっかりと努めるのだぞ」


 見送りに現れた高官の人たちにそう告げると、王様は大空へ!

 マドリーヌ様も、聖職者の人たちに見送られて、錫杖奪還の旅に出た。


「おおっ、なんという爽快感そうかいかんだ」


 王様は当代きっての竜騎士だけど、どうやら空を飛ぶ竜族に跨るのは初めてらしい。

 ぐんぐんと小さくなる王都の景色を見下ろして、子供のように嬉しさを爆発させる王様を、ライラが傍でしっかりと支えていた。


「出発にゃーん」


 ニーミアが翼を羽ばたかせると、小さくなった地上の景色や眼下の雲が流れるように過ぎていく。

 王様は目を大きく見開いて、感動していた。


 うんうん、すごくわかる。

 僕も、初めてアシェルさんの背中に乗せてもらったときに、すごく感動したからね。


 現在でこそ慣れた空からの景色だけど、やっぱりこれは特別なものなんだ。

 飛竜よりも高い空を、高速で飛ぶ。

 ニーミアの素晴らしい飛行に、王様は無邪気に喜びを表す。


「グスフェルスには悪いが、これは素晴らしいものだな。其方そなたらはニーミア殿の恩恵に感謝せねばならぬぞ?」

「はい、いつも頑張ってくれているので、感謝しきっきりですよ」

「ご褒美に、いつもおやつをくれるにゃん」


 報酬がおやつで良いなんて、ニーミアはとても良心的だよね。

 この場にはいないレヴァリアなんて、見返りにお肉を所望しょもうしたり、身体を洗えと命令するんだ。


 そんなレヴァリアは、僕たちとは別行動だった。

 いや、僕たちのお願いを無下むげに断り、竜峰で子守中と言う方が正しいのかな?

 きっと今頃は、リームとフィオリーナのお世話を甲斐甲斐しくしている頃だろうね。


「ところで、他の者たちはどうしておる?」


 流れる景色に見入ったまま、王様が聞いてきた。


「ええっと、アームアード王国側の人たちはリリィにお願いしてます。向こうの案内役はユフィーリアとニーナとルイセイネですね。先ずはアームアード王国で他のみんなと合流したあとに、竜峰でミストラルのお父さんを拾います」

「なんだ、男旅と言いつつ、女子おなごもいるのだな?」

「まあ、その辺は僕の妻ということで。ただし、現地に着いたら妻たちは外れるので、そこからが本番ですよ」


 僕も、いなくなりますけどね!

 どきどきわくわく、父親連合だけの魔王城滞在の旅。

 協賛きょうさんは巨人の魔王と、魔族たち。


 絶対に思い出になるよね!


 恐怖の思い出?

 気のせいです。


 ほっこり顔の僕を見て、計画の全貌ぜんぼうを知っているミストラルはため息を吐く。

 だけど、空の旅を満喫している王様は、そんな僕とミストラルのやり取りになんて気づいていない。

 ライラは王様を楽しませようと、健気にお世話をしていた。


「極悪にゃん」

「むむ、ニーミア殿よ、何か言われたかな?」

「なんでもないにゃん」


 ニーミアよ、王様に告げ口をしない時点で、君も共犯者なのだよ、はっはっはっ。


 空の旅で一気に目的地へ向かうのも、父親連合に逃げる機会を与えないためです。

 気づいたときには、魔王城!

 魔族の国の、しかも魔王城に滞在できるなんて、貴重な体験だからね。

 父親連合には十分に満喫してもらいましょう。


 ちなみに、父親連合が男旅を堪能たんのうしている間も、僕たちは忙しいのです。


 オズの石磨きは、つい数日前にとうとう終わりを迎えた。

 使命をやりげたオズは、意気揚々いきようようと霊山を降りてきて、僕たちに自慢するように石を見せてくれた。


 本当に綺麗な断面だった。

 きらきらと星のような瞬きが鏡面きょうめんを飾り、反射する景色を神秘的な風景に変える。

 鏡を覗き込んだ女性陣は、数割増しに写る自分の容姿にうっとりとして、いつまでも御鏡おんかがみを手放さずにオズを困らせていたっけ。


 僕は、そんな妻たちからなんとか御鏡を回収すると、オズに今後の事情を説明して、次の作業をジルドさんにたくした。


「彫りの意匠いしょうは、すでに考えておる。数日で彫り終わってみせよう」


 とジルドさんは胸を張っていたので、父親連合を魔王城へと案内したあとに禁領へ戻れば、きっと完成しているに違いない。


 鏡面を磨き終わり、意匠を施した彫りが完了すれば、次はまた魔王城に戻ってシャルロットに現物を見せる。それで問題がなければ、ルイセイネとマドリーヌ様に清めてもらい、遥か東の地にある九尾廟きゅうびびょう奉納ほうのうしにいくだけだ。

 もちろん、奉納の際は頑張ったオズも連れていくよ。


 御鏡の奉納が、邪悪な魔族の復活の阻止にどれだけ役に立つのかは未知数だ。

 だけど、奉納を機になにかしらの進展があると確信している。

 そして、九尾の魔族の復活を阻止できれば、バルトノワールの企みを阻む布石ふせきにもなる。


 僕たちの暑い夏は、いよいよ動き出した。

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