歓談部屋の恐怖
さて、どうしたものか。と陰ながら思い悩む僕。
歓談用の大広間では、みんながゆっくりと寛いで、思い思いに話に花を咲かせている。
僕たちの自己紹介だとか、流れ星さまたちの事情や紹介だとか。そういった
こうしてミストラルたちが時間を稼いでくれている貴重な合間に、僕に色々と考える
お宿のお客さまが、僕たちと同じような立場の者だったり、超越者であれば。
僕たちは素直に名乗って、身の上話で盛り上がることもできる。
だけど、竜王のお宿を開いて最初のお客さまたちは、普通の人族の団体なんだよね。
流れ星さまという、
だから、僕たちの寿命のことを話しても良いものか、と考えてしまう。
ルイセイネやマドリーヌを妻だと紹介すれば、女神様の試練のことだって伝えなきゃいけない。だって、流れ星さまたちは女神様にご奉仕する巫女さまなんだからね。
それに、と緊張や暗い表情が最初と比べると随分と和らいだように見える流れ星さまたちを見つめる。
流れ星さまたちは、どういう事情で禁領に来たのかな?
魔族の支配者の側近である真っ赤な衣装の幼女に連れてこられたけど。聖女様と関連がありそうな口ぶりだったけど。
けっして、明るい話で禁領に来たわけじゃないんだ。
流れ星さまたちが最初に見せていた表情は、絶望のような暗い感情だった。
きっと、何か大きな出来事があって、仕方なく魔族の力を借りて、禁領に来たんだと思う。
それを、気安く聞いても良いのかな?
冒険者の間では、同じ
死と隣り合わせの冒険者家業だ。
だから、冒険者同士で余計な過去を詮索したり、言いたくない、聞きたくないことは強要しない、という暗黙の了解まである。
僕は冒険者ではないけれど。
でも、冒険者の配慮には共感できる。
それに、余計なことを言ったり聞いたりして、お互いが気まずくなっちゃうと、竜王のお宿を開いた目的から
そう考えると、僕たちは流れ星さまたちのことは深く詮索しない方が良いのかな?
「でも、聖女様のことは気になるなぁ。アーダさんは今頃、どうしているんだろう?」
あっ、と僕は慌てて口を両手で塞ぐ。
ついつい、思考が声に出ちゃったよ。
すると、僕の呟きを耳にしたひとりの流れ星さまが、僕に微笑みかけてきた。
「エルネア様は、アーダをご存知なのですね?」
「と、仰いますと?」
僕に声をかけてきたのは、流れ星さまの団体のなかでもっとも年齢が高そうな女性だった。
「私は、ステラと申します。アーダですか。あの子は、この地を訪れたことがあるのですね? ふふふ。それにしても、まだあの子はアーダと名乗っていたのですね」
「んんっとね。アーダお姉ちゃんは嘘のお名前だって、プリシアのお姉ちゃんのアリシアお姉ちゃんが言っていたんだよ?」
すたたたたっ、とお菓子を両手に持って僕に突進してきたのは、プリシアちゃんだ。
そして、迷うことなく僕の膝の上に陣取り、両手のお菓子を頬張りながら、自慢げに姉のアリシアちゃんのことを話すプリシアちゃん。
「あのね、アリシアお姉ちゃんは、賢者なんだよ?」
「まあ、凄いですね。耳長族の立派なお方がなる地位だと書物で読んだことがあります」
「そうだよ! お母さんも賢者だよ。大おばあちゃんは大賢者なんだよ。ユンユンとリンリンとランランも賢者なんだよ」
いやいやいや、賢者多すぎじゃないかな!
プリシアちゃんは嘘を言っているわけじゃないんだけど、賢者の多さについ笑ってしまう。
ステラさんも、愛らしい幼女の自慢話に微笑んでくれる。
そして、
「ご存知でいらっしゃるのですね。たしかに、アーダは偽名です。聖職者にあるまじき嘘ではございますが……」
と、そこまで口にして、急に表情を暗くするステラさん。
「もしかして、アーダさんに何かあったんですか?」
間違いなく、流れ星さまたちはアーダさんと関係のある人たちだ。
なのに、禁領を訪れたことのあるアーダさんはこの場にいなく、流れ星さまたちをこの地に連れて来たのは、魔女さんではなくて真っ赤な衣装の幼女だった。
本当は、相手が嫌がることを聞いてはいけない。そう思っているんだけど、それと同時に、知らなきゃいけないとも感じてしまう。
前に、僕たちと別れる前。アーダさんは何か大きな覚悟を秘めて、魔女さんに行き先を伝えていた。
たしか、真っ赤な幼女が口にしていたよね。
朱山宮か。
そこはたしか、魔族の真の支配者が住む宮殿だよね?
聖女然とした存在のアーダさんが、何を覚悟して魔族の支配者のもとへと向かったのか。
僕の疑問に、だけどステラさんは口を開こうとはしなかった。
どうやら、これは流れ星さまたちにとって、とっても重要な事なんだろうね。
まだ出会って間もない僕たちには、打ち明けられない秘密。
僕たちだって、いま口にできない秘密を抱えているんだから、これ以上は詮索しない方が良いね。
それじゃあ、今後の話の展開をどう持っていこう?
流れ星さまたちには、禁領に滞在してもらいたい。
でも、当の流れ星さまたちは、どう思っているんだろう?
この辺をまずは確認しないと、話は進まないかな?
と、必死に思案している僕を
「っ!!」
素早く身構える流れ星さまたち。
耳長族の人たちよりも、反応が速い!
流れ星さまたちは全員が、相当の
なんて観察している間にも、瘴気は濃くなり、闇を生む。
だけど、緊張に身構えた流れ星さまたちとは違い、僕たちは平静だ。
……いいや、前言撤回!
僕は嫌な予感しかしていませんよ!
「よし、逃げよう!」
と、身を
だけど、僕の膝の上には、プリシアちゃんが乗っていて……
「おわおっ、ローザ!」
そして、僕を巻き込んで、容赦なく空間跳躍を発動させる!
「くくくっ。それほど私の来訪が嬉しいか?」
瘴気の闇から出現する、巨人の魔王。その胸もとに、空間跳躍で突進するプリシアちゃん。
巻き込まれた僕!
「ぐふっ」
プリシアちゃんは、無事に魔王の胸へ。
そして僕は、げしりと魔王に踏まれて床に伸びる。
「い、いらっしゃいませ……」
踏まれながらも、挨拶をする僕。
だけど、魔王は踏み潰している僕へは視線を落とさずに、大広間で臨戦態勢を取る流れ星さまたちに容赦のない視線を向けた。
「おやまあ。人族如きが陛下へ敵意を示すとは、いけませんね? エルネア君、
「シャルロット、巨人の魔王も、誤解ですよ。この人たちは今来たばかりのお客様です。だからね、ルイララ。嬉々として剣を抜いちゃ駄目だからね!」
瘴気の闇からは、巨人の魔王だけでなく側近のシャルロットとルイララも出てきた。
ただでさえ瘴気という穢れが発生して身の危険を感じる事態なのに、そこから計り知れない魔力を秘めた者たちが出現したら、それはもう異常事態だよね。
流れ星さまたちは緊張に身体を強張らせながら、それでも瘴気と三人の魔族に向き合う。
でも、駄目です。
流れ星さまたちが何十人、何百人と束になろうとも、この人たちには勝てません。
それに、と僕は魔王の足を
「ごめんなさい、流れ星の皆さん。驚かせてしまって。でも、どうかその敵意を鎮めてください。ほら、言ったでしょ? この地を訪れる者は、種族を問わずみんな仲良くってね?」
にこり、と流れ星さまたちの緊張を
「ほらほら、魔王たちも。そうやって流れ星さまたちを弄ばないでください。そこのルイララ! 剣を抜いたら、テルルちゃんの巣に放り込むからね!」
今度は振り返り、魔王とシャルロットに殺気を引っ込めてもらうようにお願いする。
というかですね。流れ星さまたちが反応できる程度しか殺気を放っていない時点で、僕たちから見れば遊んでいるようにしか見えないんだよね。
この二人が本気の殺気を放っていたら、僕たちだって気を張り詰めちゃうからね。
僕のお願いを受けて、シャルロットはいつもの糸目を細めて微笑む。魔王も気が済んだのか、プリシアちゃんを抱いたまま長椅子に向かって歩いていき、腰掛けてしまう。
ルイララは「エルネア君は僕だけには酷いよね」なんて言って、魔王とシャルロット用のお酒をミストラルから受け取った。
おお、ミストラルよ。
この緊迫した状況の間に、貴女は魔王たち用のおもてなし一式を準備していたんだね。
僕に対応を丸投げなんて、ずるいよっ。
「くくく。相変わらずの家族だな」
魔王はプリシアちゃんを抱いたまま、僕たちを見て笑う。
そして、改めて流れ星さまたちを見渡した。
「
どうやら、真っ赤な幼女は禁領を去った後に、巨人の魔王の国へと行ったみたいだね。
ということは、こちらの事情を聞いて、知っている?
「流れ星と其方らの仲介が必要だろう? 私も流れ星どもの事情はそこまで深くは知らぬが。それでも、両方の事情を理解している。仕方がないから間を取り持ってやる。代わりに、プリシアを
「駄目、絶対っ! ほら、プリシアちゃん。極悪魔王から離れて、こっちに戻ってくるんだよー! そうしないと、お母さんに怒られるからね?」
「むうむう。お母さんは怖いよ?」
プリシアちゃんはぶるぶる、と魔王の腕の中で震えて、空間跳躍を発動させる。そして、僕の側へ。
流石は本家の空間跳躍です。対象を絞って、自分だけ跳躍したんだね。
……ってことは、さっきは僕を巻き込むき満々で空間跳躍したのか!
「と、とにかく。プリシアちゃんを魔の手から救い出したぞ!」
これで、僕もプリシアちゃんのお母さんから怒られずに済むね!
お母さんは怖いからね! と喜び合う僕とプリシアちゃんを、ミストラルがため息混じりに
「エルネア。魔王の接待も必要だけれど、まずは流れ星様たちのことをどうにかしなさい」
「はっ、そうだった!」
魔王とシャルロット、それにルイララは、既にいつもの態度になってくれている。
魔王は長椅子にゆったりと座り、シャルロットがお酒を注ぐ。ルイララは、こういう時は魔王の側で直立不動だ。
だけど、流れ星さまたちは違った。
魔族の突然の出現に、未だに警戒態勢を崩していない。
僕の言葉も、今回はあまり効力を発揮しなかったようだ。
「ディアナさん、聞いてください。巨人の魔王は魔族の魔王ですが、魔王のなかでは優しい人なんです!」
「優しいと決めつけるな。私は其方らを気に入っているだけだ。他は知らん」
「まあまあ、そんなことは言わないで。ほら、ディアナさん。魔王はこう言っているけど、僕たちを襲うような気配はないでしょ? だから、どうか落ち着いて。禁領では、種族を問わず、身分を問わず、みんな仲良くですよ!」
「エルネア君、そうは言いますが、耳長族の方々は平伏していますよ?」
「はっ! シャルロット、なんてことを指摘するんだいっ。これは仕方がいなんだよ。だって、耳長族の人たちはまだ魔族の支配者への恐怖が残っているんだからさ?」
「ふふふ。そうでしょうか? 単に、エルネア君たちが魔族に免疫を付け過ぎているだけなのではないでしょうか?」
「気のせいだよ? っていうか、それは魔王やシャルロットや、ルイララのせいだからね?」
巨人の魔王と最初に相対した時や、ルイララと初めて剣を交えた時は、本当に魔族は恐怖だったんだ。
でも、この人たちに関わっていると、次第と慣れてきたというか……
「エルネア、収拾がついていないわよ? どうするのかしら?」
「ううう……。ミストラル、それにみんな。そろそろ助けて!」
僕の悲痛な叫びに、極悪魔族と妻たちだけが可笑しそうに笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます