大宴会と、眠り姫

「竜王! 貴様、絶対に許さないからなーっ!」


 と、精魂込めて創った大城塞を消し飛ばしてしまったことと鼻水の恨みで猫公爵ねここうしゃくのアステルに爪を立てられたような気がしたけど、忘れました。

 何はともあれ、亡くなった者への弔いが終わった僕たちは、賑やかな祝勝会に移る。

 もちろん、いろんな食材や飲み物、それに簡素な会場を準備してくれたのは、物質創造の特殊能力を持つアステルです。

 感謝だね!


 塔の下に設けられた会場には、様々な料理がずらりと並ぶ。

 見たことのないような、お肉料理。野菜や果物もふんだんに並び、王宮の立食会なんかよりも豪華な品揃えだ。

 僕はお皿を片手に、食べ物の迷路をうろうろと彷徨さまよう。


「さあ、何を食べようかな!」


 どれも美味しそうに見えて、油断するとよだれが口かられちゃいそうだ。

 しかも、全ての料理を味わいたいと思ってしまうせいで、逆にどれかを選んで取ることが難しい。

 それでも、美味しそうなお肉の煮込みに手を伸ばそうとした僕に、背後から声が掛かった。


「よう、大竜王」

「イド。どうしたの?」


 振り返ると、たるを小脇に抱えた竜王のイドが、僕を呼んでいた。


「なあに、若き大竜王に酒を飲ませてやりたくてな」

「いやいや、僕はお酒なんかよりも、食べ物の方が……」


 なんて、こちらの苦情を聞き入れることもなく、問答無用で僕を引きずっていくイド。

 向かった先は、竜王たちが輪を作る酒宴しゅえんの席だ。


「さあ、大竜王エルネア。お前の話を聞こうか」

「えええっ、話って何さ? それに、大竜王だなんて」

「なら、竜神様の御遣みつかいと呼べばいいか。ジルド様やラーザ様から、聞いているぞ?」


 酒宴の場には、現役の竜王たちの他にも、ジルドさんとラーザ様、それにアイリーさんも同席していた。

 僕は、誘われるまま席につきながら、竜王のみんなはどんな話が聞きたいのだろう、と小首を傾げる。


「まずは、我らの誇りである竜神様の御遣いがもたらした大勝利を祝して、乾杯っ!」


 小脇に抱えていた樽ごと掲げて、イドが音頭おんどをとる。

 竜王のみんなは、それに合わせて手にした杯を鳴らし、お酒を喉に流し込む。


「さあさあ、エルネア君も」

「ぼ、僕はお酒が苦手なんですっ」


 勝利を祝う宴は、始まったばかりだ。しょぱなで酔い潰れてしまったら、何もできなくなっちゃう。

 とはいえ、お祝いのお酒を断るのも悪い。

 それで、アイリーさんに渡された杯に軽く口を当てて、唇がうるおう程度にお酒を含む。


「わわっ、美味しいですね?」

「そうでしょう? 魔族の国の高級酒らしいわ。果物から作ったお酒なんですって。魔族のなかにも、素敵な人がいるのね」

「アステルに、あとでお礼を言わなきゃですね」


 それと、アイリーさんにも。

 僕がお酒を苦手としていることを知っていたアイリーさんは、酒精しゅせいが低くて、果物の風味で飲みやすいお酒を渡してくれたみたい。


「さあ。それじゃあ、エルネアちゃんにお話を聞きましょうか」

「な、何を話せばいいのかな!?」

「決まっているでしょう? あの、とても素敵な光る大樹の術についてよ」


 ああ、なるほど。

 家族のみんなには既に説明したけど、他の者たちには詳しく話していなかったよね。

 みんな、僕が顕現させた光る大樹に興味津々みたい。


「あれはですね。竜気だけじゃなくて、みんなの力を編み込んだ術なんです」


 ふむふむ、と僕の話に耳を傾ける竜王たち。

 僕は、改めて光る大樹の術を説明する。


 霊樹を模した姿の、光る大樹。

 妖魔の王が放つ瘴気や世界の不浄なゆがみを吸収して、清浄な世界の息吹いぶきへと変換する。

 光る大樹を体現させたのはみんなの力だけど、術を維持するための力は竜脈から得ているので、僕やみんなに負担はない。

 そして、この地の邪悪を浄化し切るまで、光る大樹が消えることはない。


「それってえと、何か。あの大樹が今も消えていないってことは、妖魔の王は消滅してねえってことじゃないのか?」

「ううん、違うよ、イド。妖魔の王は、完全に消滅したあとだよ」


 僕に言われるまでもなく、竜王たちであれば、光る大樹に飲み込まれた妖魔の王の気配が完全に消滅していることを、感じ取れているはずだ。


「だけど、妖魔の王が消滅しても、まだ瘴気しょうきや呪いとかの残滓ざんしがあるんだ。それを、あの光る大樹は今も浄化してくれているんだよ」


 過酷を極めた戦いの後で、大量の飲食物や会場を準備してくれたアステルだけど。衰弱することはなかった。それは、光る大樹から癒しの力を受けて、魔力が回復しているからだ。

 他にも、宴会を楽しむみんなが戦いの疲れを見せずに元気なのも、光る大樹のおかげだなんだよね。


 僕の説明に、お酒を飲みながら頷く竜王たち。

 労働の後のお酒というものは、格別に美味しいらしい。

 つまみを食べながら、どんどんとお酒の樽を空にしていく。

 竜王たちは、まだ陽が沈む前だというのに、顔を赤らめ始めていた。

 他にも、僕の話を聞きたいと集まった者たちが大勢やってきて、気付くと、周りではいろんな種族の者たちが肩を並べて、お酒を酌み交わしていた。


 素敵な光景だね。

 魔族も神族も。人族も竜人族も獣人族も。耳長族や巨人族。精霊や魔獣。普段は、恐ろしい種族だとおびえていたり、下等な種族だとか、敵対種族だとかでいがみ合っているような種族が、こうして仲良く騒いでいる。

 いつか、この宴会場の賑わいが世界中に広まれば良いな、なんて思いながら、僕は竜王や集まってきた者たちと談笑する。


 すると、神族のアルフさんが思いがけないことを言ってきた。


「なあなあ、質問なんだけどよ。あの光る大樹は、瘴気とか悪い気を吸っていて、それが綺麗さっぱりなくなるまで消えないんだろう? なら、魔王とかが居座っていたら、いつまでも消えねえんじゃないのか?」

「はっ!」


 魔王といえば、邪悪の権化ごんげ

 睨むだけで殺気を放ち、眉間にしわを寄せるだけで瘴気が生まれる。

 巨人の魔王なんて、空間転移に瘴気を利用するくらいだからね!

 アルフさんの指摘に、みんなの視線が僕に集まる。


「ちょっと、魔王のところに行ってきますね!」

「おう、行ってこい。主催者として、挨拶回りは大切だからな」


 イドやみんなに見送られて、僕は席を立つ。そして、二人の魔王がお酒をみ交わす、異様な現場へ向かう。


 異様。まさに、異様。

 巨人の魔王と、妖精魔王。

 二人は、犬猿けんえんなかと言っても良い。

 お互いに、油断ならない相手だと認識しあって、隙を見せない。

 その二人が、宴席の場で同席しているだなんて、やはり異様だ。


「何が異様だ?」

「うひっ」


 簡単に心を読まれて、僕は逃げ腰になっちゃいます。

 だけど、巨人の魔王がそれを許すはずもない。

 巨人の魔王は僕を睨んで、命令を下す。


「酒を注げ」

「かしこまりー!」


 慌てて二人の魔王の側に駆け寄り、お酒の入ったつぼを手に取る僕。

 二人が飲んでいるのは、最極上の霊樹のしずくのお酒だ。


「貴重なお酒なんですから、大切に飲んでくださいね」


 霊樹の滴のお酒は、アステルでさえ創造できなかった。

 だから、僕たちが持ち込んだ僅かな量しかない。宴会を楽しむ者の中でも、限られた者だけしか口にできない、貴重なお酒なんですよ。


 まずは巨人の魔王のさかずきに注ぎ、次に、対面のクシャリラに注ぐ。とはいっても、クシャリラの存在はここでも希薄で、目の前に存在している、という先入観がなければ、気配を読み取れない。

 それでも、杯はちゃんとした物質だから見えるし、クシャリラが手に取れば宙に浮くのでわかる。

 そして、杯が傾くと中のお酒が減るので、飲んでるんだなぁ、とわかります。


 というか、飲んだものも透明に消えちゃうんだね!


「愚かしや。このような愚か者にこき使われたかと思うと、自身が憎し」

「いやいや、何を仰います! 本当に、お二人には感謝しているんですからね?」

「その、感謝の相手の様子を偵察に来たのか」

「ううん、それも誤解ですよ」


 アルフさんにはあんなことを言われたけど。

 実は、これっぽっちも不安視なんてしていない。

 だって、巨人の魔王とクシャリラは、魔族を統べる聡明そうめいな支配者だからね。

 こうして向かい合ってお酒を酌み交わしているけど、一触即発の気配は微塵もない。

 殺気も瘴気も、この二人の周りにはなかった。

 僕が色々と説明する必要もなく、二人は光る大樹のことをわかっているんだね。


 ただし、そこは魔王二人。存在しているだけで、並みいる者たちを容易たやすくは寄せ付けない気配を放つ。

 魔王の周りには、ほんの僅かな側近だけが集まって、宴会を楽しんでいた。


「ところで、戦いの途中からルイララとシャルロットの気配が消えたんですけど?」


 そうそう。僕と二人の魔王以外では、側近たちがこの場には居るんだけどさ。なぜかルイララとシャルロットの二人だけが、姿も気配もない。

 あの、アレクスさんに奇襲を仕掛けた鬼将きしょうバルビアでさえ、居るのにね。

 すると、巨人の魔王が杯に口をつけたまま、少し微笑んだ。


「其方であれば、薄々とは気付いているのでは?」

「ううーん……」


 意識を世界に溶け込ませて、気配を探る。

 だけど、すぐに止めた。


「気づかなかったことにしておきます! ルイララとシャルロットのことには気づかなかった。良いですね?」


 くつくつと笑う、巨人の魔王。

 逆に、クシャリラは少しだけ不機嫌になった。


「憎しや、憎しや。やはり、其方らは油断ならない」


 其方らって、僕と巨人の魔王を指してる?

 まさか、クシャリラ本人でさえシャルロットの動きに気づくのが遅れたということと、自分の家臣が反応できなかったことにいらついているのかな?


「まあまあ。シャルロットは特殊ですから。さあ、妖精魔王もお酒を飲んで」


 言って、クシャリラの杯にお酒を注ぐ僕。


「其方も飲めや!」


 そうしたら、杯を突き出されちった!


「うううっ。僕はお酒が苦手だというのに」


 とはいえ、協力してくれた者の勧めを、僕が断るわけにもいかない。

 杯を受け取ると、霊樹の滴のお酒を飲む。

 すうっと、優しい口当たり。朝の清々しい森の息吹が口いっぱいに広がり、鼻腔びこうに抜ける。喉の奥を刺激する酒精さえも、快感だ。


「うわっ、やっぱり美味しいですね!」


 禁領のお屋敷で飲んでいたなら、きっと止まらなくなっていただろうね。でも、僕にはまだやらなきゃいけないことが山積みです。

 だから、こんなところで酔っ払っている場合ではない。しかも、まだご馳走にありつけていないからね!


 食べ物のことを考えたら、ぐううっ、とお腹が鳴った。

 その時。背後から、僕の服を誰かが引っ張った。


 振り返ると、くまと幼女がいた!


「プリシアちゃんと、モモちゃんか」


 さすがは、プリシアちゃん。二人の魔王にも恐れることなく、魔王の酒宴の場に堂々とやってきた。

 モモちゃんは、プリシアちゃんに手を引かれて来たみたい。ただし、モモちゃんは周りの魔族の視線に、少し緊張気味だ。


 はて、と考える僕。


 プリシアちゃんが来るのは、そんなに驚くことではない。

 だけど、極度の人見知りであるモモちゃんをともなってとなると、首を傾げちゃう。

 プリシアちゃんは強引に人を誘うことがあるけど、けっして相手が嫌がることはしない。

 ということは、ここへはプリシアちゃんが来たかったわけじゃなくて、モモちゃんが来たかったのかな?


「どうしたの?」


 僕の服のすそを引っ張るモモちゃんに、声をかける。すると、モモちゃんは熊の毛皮の奥で、頭上を見上げていた。


「空……? 違うか。光る大樹かな?」

「グググッ」


 モモちゃんが、光る大樹の大きく広げられた枝葉を見て笑う。


「んんっと。モモちゃんはね、ももが欲しいんだって!」

「桃? そうか、桃かぁ」


 僕たちも、モモちゃんに釣られて光る大樹の枝葉を見上げた。

 光る大樹は夕陽を浴びて、きらきらと輝いている。眩しさに目を細める僕たち。

 だけど、モモちゃんが期待するようなものは、光る大樹には実っていなかった。


「大樹は、霊樹を想い浮かべて生み出したからねぇ。桃は、厳しいかな?」


 光る大樹に実がなるとしても、それは霊樹の実に似た果実かもしれない。

 だから、モモちゃんの望みは叶えてあげられない。


「むむぅ」


 だけど、それで諦めて良いのかな?


 モモちゃんは、素敵な大樹を見て、きっと桃の木を思い出したに違いない。それで、立派に枝葉を伸ばした大樹には、桃がなるんだろうと思って、魔王たちの接待をしている僕の側にまで、わざわざ足を運んだんだよね。

 それなのに、僕はモモちゃんの無垢むくな希望を叶えられない?


「モモちゃん、プリシアちゃん、祈ろう。そうしたら、きっと素敵な果実を実らせてくれるはずだよ」

「うんっ、わかったよ!」

「ググッ、祈、ル!」


 プリシアちゃんとモモちゃんが、光る大樹を見上げて、一生懸命に祈る。

 とても純粋な祈りだ。

 見ている僕たちの心が、ほっこりと暖かくなる。

 だけど、光る大樹に果実は実らない。


「むむむ。まだ、祈りが足りないのかもしれないね?」


 と呟いて、ちらりと魔王や側近たちを見つめる僕。


「憎しや、竜王。我らを……!?」

「くくくっ、上手い具合に利用されてしまったな。今回は、其方のてのひらで踊ってやろう」


 僕の意図いとしたことに感づいた側近たちが「貴様!」と眉間に皺を寄せる。だけど、巨人の魔王が率先して祈りを捧げると、臣下の者たちも渋々と従う。

 クシャリラも「覚えておけや」なんて愚痴りながら、祈りを捧げてくれた。


 あの、極悪な種族である魔族たちが、心清らかに祈りを捧げている。

 うん、魔王の瘴気や邪悪な気配なんて、心配しなくて良いね!


 アルフさんたちの疑念も解消された。

 そして、モモちゃんの希望にも沿うことができる。

 僕は、大満足です。


 みんなが祈っていると、遥か頭上の枝の先に、小さな灯火ともしびが輝いた。

 灯火はやがて丸い輪郭を形成し、小さな実となる。

 無垢な祈りで熟した木の実が、枝から落ちた。

 雪の粒のように、ゆっくりと地上へ降ってくる木の実。


「おわおっ、すごいね!」

「グググッ」


 プリシアちゃんは、大喜び。

 モモちゃんも、熊の手を目一杯頭上に伸ばして、降ってきた木の実をしっかりと受け止めた。


 木の実は、モモちゃんの想いに応えて、霊樹の実ではなく、桃のような果実をしていた。


「アリ、ガ……トウ!」

「んんっと、ありがとうございましたっ」


 深く僕たちにお礼を言ったモモちゃんは、大切そうに果実を抱えて、走り出した。

 プリシアちゃんも、巨人の魔王や魔族たちにお礼を言うと、モモちゃんの後を追って走り出す。


「わわっ、どこに行くのかな!?」


 二人の予想外の反応に、僕は目を丸くする。

 いったい、果実を持ってどこに行くんだろう?


「ええっと、ちょっと行ってきます!」


 巨人の魔王とクシャリラに暇乞いとまごいをする僕。

 巨人の魔王は笑って送り出してくれた。クシャリラは僕を睨む気配を放っていたけど、何も言わなかった。

 僕は、プリシアちゃんとモモちゃんを追って、宴会場を走る。


 二人は人混みを器用に避けながら、ある場所を目指して走った。


「塔、かな?」


 周りのご馳走や賑わいにも目をくれずに、プリシアちゃんとモモちゃんは一目散に塔の中へ入る。そして、最上階へと続く長い階段を、すたこらさっさと駆け上がっていった。

 僕も、遅れないようについていく。

 そして、モモちゃんの目的を知る。


「桃。……美味、シイ……ヨ」


 大切に抱えて運んだ、大好きな桃。それを、モモちゃんは揺籠ゆりかごの中で寝ている女の子に贈る。

 モモちゃんは、女の子の小さな手に、桃をそっと握らせてあげた。


 なんて優しい心を持っているんだろうね。

 モモちゃんにとって、桃は大好物でもあり、命のかてでもある。

 もちろん、光る大樹の枝になった果実は本物の桃ではないけど、それでも、モモちゃんにとっては宝石のように大切なものだと思う。


 しかも、寝ている女の子のために、極度の人見知りのモモちゃんが、敵対したこともある魔王の側にきて、僕に必死にお願いをした。

 そうして、ようやく手に入れた、光る大樹の果実。それを何の惜しげもなく譲れる心。


 モモちゃんの優しさに触れて、僕たちの心が癒される。


 寝ている女の子も、モモちゃんの優しさに反応したのか、寝ながら大切そうに桃を手に包んで、にっこりと微笑んだ。


 いつか、女の子が目を覚ました時に。


「大好物は桃です!」


 と、言ってくれるかな?


 激戦の後に訪れた優しい世界に、僕たちだけではなく、見守っていたレーヴェ様やソシエさん、それに他の仙たちも頬を緩ませていた。

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