お贈り物はなんですか

 ミストラルとスレイグスタ老は、どんな武器を準備してくれたんだろう。

 僕は期待に胸を膨らませ、次の日も苔の広場に向かう。


「ふふふ。エルネア君は、随分とご機嫌ですね」


 今日は、ルイセイネも一緒だよ。

 ルイセイネは、本当は神殿でのお勤めだったんだけど、薬草を採りに行くと言って僕と竜の森に来ていた。

 実際にはミストラルが採ってきて、それをルイセイネが貰って帰るんだけどね。

 きちんと薬草を持って帰ってくるルイセイネを、神殿は森で何をしているかなんて疑っていないみたい。


「うん。いよいよ僕の右手の武器を、今日貰えるんだよ」

「まあまあ、そうなんですね。それは楽しみですね」


 並んで歩くルイセイネは、僕と一緒に喜んでくれる。


 いったいどんな武器なんだろうね。左手の霊樹の木刀と吊り合うだけの物だとしたら、相当凄いはずだよ。

 興奮気味の僕は、ルイセイネにどんな武器が来るのか予想を話しながら、森を彷徨さまよう。


「ですが、武器にめる宝玉が間に合わなかったのですよね? そうすると、宝玉無しの武器ならただの武器のような?」

「うああ、ルイセイネ。それを言っちゃいけないよ」


 ルイセイネに的確な突っ込みを入れられ、僕は崩折くずおれる。


 たしかに、武器の力の源である宝玉が無いのなら、武器自体は切れ味のいい業物わざものとか、その程度なんだよね。

 リステアの持つ聖剣でさえ、宝玉の力を封印して戦うと、スラットンの剣を折ることさえ出来ない。だから、宣告の儀式の時のような剣術勝負になっちゃうんだよね。

 刃毀はこぼれしないとか、相手から逆に武器破壊を受けないって性能はあるみたいだけどね。


「酷いよ。ルイセイネは僕に現実の厳しさを突きつけるんだね」

「誤解ですよ、わたくしはそんな気は全然ありまりませんよ」


 言ってルイセイネは、僕の頭を撫でてくれた。


 むむむ。悔しいけど、こうやって頭を撫でられると僕はほっこりして、何でも許しちゃうんだ。

 もしかして、これって僕の弱点?

 ルイセイネもミストラルも、それを知っていて何かあると僕の頭を撫でる?

 むうむうと唸りだした僕を見て、ルイセイネは困った表情になった。


「ごめんなさい、エルネア君怒っちゃいましたか?」

「あ、違うんだよ」


 僕は、自分の弱点かもしれないことについて考えていただけなんだよ。と思ったけど、ルイセイネはどうも深刻に考えてしまったみたい。


「ごめんなさい」


 そう言って、ルイセイネは僕を抱きしめた。

 ルイセイネに優しく包まれ、僕はとろける。

 清らかな、でも女性の甘い匂いも混じった髪の匂いが、僕の鼻腔を満たす。


「あ、あのう。これで許してくださいね?」


 巫女のルイセイネにとって、まだ結婚もしていない相手に自分から抱きつくのは、躊躇われる事なんだろうね。


「しかたないなぁ」

「ふふふ、ありがとうございます」


 僕も甘えてルイセイネに腕を回す。

 ミストラルもだけど、ルイセイネも細いね。

 ゆったりとした巫女装束だから見た目ではわからないけど、抱きしめてみると細身だということがよくわかる。


「んんっと、プリシアもする」

「わたしもわたしも」


 と言って、プリシアちゃんとアレスちゃんが追加で抱きついてきた。


「えっ!?」


 アレスちゃんはともかく、何でプリシアちゃんが竜の森に居るのかな?


「へええ、そうやってわたしの知らないところで楽しんでいるのね」

「ひいいぃっ」

「あらあらまあまあ」


 声が聞こえた方角を見ると、ミストラルが冷たい視線を僕たちに向けて立っていた。


「ち、違うんだよ。これは誤解だよ」


 僕は慌ててルイセイネを放す。

 でもなぜか、ルイセイネは抱きついたままだった。


「困りました。プリシアちゃんたちが抱きついてるので、離れられません」

「嘘をおっしゃい。いくらプリシアとアレスが抱きついているからといっても、その抱きしめた腕は解けるでしょう」

「気づきませんでした」


 突っ込まれているのに何故か勝ち誇ったように微笑むルイセイネに、ミストラルはこめかみに青筋を立てています。


 こ、こわい。


「ル、ルイセイネ?」


 ミストラルを怒らせると怖いんだよ。だから離した方が良いよ。じゃないと、なぜか僕が痛い目を見るんだからね?

 という僕の視線での訴えを受け止めてくれたのか、ルイセイネはようやく僕を解放した。


「もう終わり? あのね、プリシアはまだ足りないよ?」

「はいはい」


 甘えてくるプリシアちゃんを、僕は抱き上げる。

 そしたら背中にアレスちゃんが乗っかり、頭の上にニーミアが飛んできた。


「にゃあ、エルネアお兄ちゃんの頭はふわふわにゃん」


 お子様たちを身に纏った僕の滑稽こっけいな姿に、冷たい視線を飛ばしていたミストラルが吹き出す。

 ルイセイネも隣で笑っていた。


「もうっ、毒気を抜かれたわ」


 ミストラルは笑いながら僕たちのところに来た。


「ところで、なんでミストラルたちが竜の森に居るの?」


 普通なら苔の広場に居るし、プリシアちゃんの送り迎えは今の時間じゃないと思うよ。


「貴方たちを迎えに行くついでに、散歩をしていたのよ」

「そうなのか。迎えに来てくれたんだね、ありがとう」


 そりゃあ、たまには普通に散歩をすることもあるか。

 迎えに来てくれたことも素直に嬉しいな。


 どうやら僕の危機は過ぎ去ったみたいで、その後はみんなでしばし森の中を散策して歩く。


 そして気づけば、古木の森へと導かれていた。


「こんにちは」

「お久しぶりです」

「ただいま戻りました」

「ただいま」

「にゃん」


 それぞれに挨拶をして、みんなで一緒に苔の広場に入る。

 苔の広場では、相変わらずスレイグスタ老が小山のような巨体を中央で横たえていて、既にジルドさんも来ていた。


「昨夜はきちんと眠れたかな」

「うっ」


 ジルドさんに見透かされていて、僕は顔を引きつらせてしまったよ。

 僕は昨夜、今日のことを考えて寝付けなかったんだ。

 待ちに待った右手用の武器なんだよ。胸が高鳴って寝れなかったのは仕方ないよね。


「まるでぬいぐるみを前にしたプリシアと同じね」


 ミストラルがため息を吐いているよ。


「お兄ちゃんはぬいぐるみを貰うの?」

「違うよ、武器を貰うんだよ」

「にゃんはお薦めしないにゃん」

「えっ、何で?」


 珍しくニーミアが拒否反応を示しているよ。

 ニーミアの反応を見てミストラルが苦笑し、スレイグスタ老とジルドさんが笑っていた。


 なんだろうね?


「さあ。早速ではあるが、汝に渡しておこう。こちらへ来るのだ」


 スレイグスタ老に促されて、僕は興奮しながら向かう。


 いったい、どんな武器だろうね。


 踊る心。浮き足立つ僕。

 僕の高揚を感じ取って、腰の霊樹の木刀からも喜びの気配が伝わってくる。

 アレスちゃんも吊られて嬉しそうにしていた。


 いよいよ、僕はちゃんとした武器を手に入れるんだね。


「ぶえっっくしょょょんっっ」

「ぎゃあぁぁぁっ」


 僕はスレイグスタ老の不意打ちで、鼻水と爆風によって古木の森の手前まで吹き飛ばされた。


「ななな、何てことをするんですかっ」


 僕は鼻水溜まりから抜け出す。全身鼻水まみれですよ!


 久々の不意打ちと浮き足立っていた心のせいで、回避できませんでした。


「ぐははははは。油断する汝が悪い」


 スレイグスタ老だけじゃなくて、みんなも笑っていた。


 ぐすん、酷いよね。


 僕はとぼとぼとスレイグスタ老のもとへと歩いて戻る。

 ミストラルが気を利かせて、竜術で全身を乾燥させてくれた。


「わたくしも側で見て良いですか」

「みたいみたい」


 ルイセイネとアレスちゃん、それにプリシアちゃんとニーミアも近づいて来たよ。


「ふむ、それでは今度こそ渡すとしよう」


 言ってスレイグスタ老は、ミストラルに指示を出す。

 ミストラルは、スレイグスタ老の足先の漆黒の毛に向かう。

 いつもニーミアが衰弱しているときに横になる場所だね。


 そして漆黒の長い毛をかき分け、一振りの剣を取り出した。


 真っ白なさやに入った、真っ白な剣だった。

 美しい模様が鞘やつば、それにつかにまで彫り込まれているけど、一切の色がない。

 本当に真っ白で、一本の象牙から彫り起こしたような印象を受ける。

 鞘や鍔の所々にくぼみがある。本来なら、そこに宝玉がはめ込まれるのかな。


「ふむ、象牙か。近いようで遠い」


 僕の心を読んだスレイグスタ老が、目を細めて笑う。


「さあ、これが貴方の剣よ」


 ミストラルは大切そうに持って来た剣を僕に差し出した。


「はい」


 僕は両手でしっかりと受け取る。


 ずっしりと重い。

 竜気で身体能力を強化しないと扱えないね、この重さだと。


「抜いてみても良いですか?」

「構わぬ、汝の剣である。しっかりと検分することだ」


 そうだね。これから先、僕がずっと愛用していく剣なんだ。受け取る時にきちんと見ておかないと、後で違和感が出て修正してくださいとは言えないもんね。


 僕は鞘から剣を抜く。


 刀身も真っ白だった。

 鉄じゃない。鞘や鍔と一緒で、象牙から造られたような印象を受ける剣だよ。

 そして刀身にまで、複雑な模様が彫り込まれている。


 長さは、長剣ほどじゃないけど、中剣よりも随分と長い。

 幅広で肉厚。

 僕は今まで、細い木の枝や中剣、ジルドさんから借りる細身の長剣で練習してきたけど、そのどれでもない形をしていた。


「これが、僕が右手に持つ剣?」


 じっと剣先から柄の端までを見る僕。

 ルイセイネや他のみんなも、興味深く剣を見つめていた。


「左様。それこそが汝に相応しい物である。大切にするがよい」

「真っ白で美しいです。それに何か、とても強い力を感じます。何でしょう、竜力に似ているような」

「ほほう、流石は竜眼である」

「竜眼とは、さも恐ろしいものだな」

「そういうものまで感じ取れるようになったのね」


 スレイグスタ老、ジルドさん、そしてミストラルがルイセイネに驚いていた。


「竜力の宿る剣?」

「そうよ、エルネア」


 ミストラルはいつにも増して、真剣な表情で僕を見た。


「これは翁の牙より造られた、竜殺しの剣。翁が貴方の為に自ら牙を折って造らせたのよ」

「えっ」

「翁の牙を用い、竜人族の最高のたくみが彫り上げた至高の剣だということを覚えておきなさい」


 僕は純白の剣の正体を知り、愕然がくぜんとした。


 夏前。丁度、霊樹の幼木を見つけた時。

 スレイグスタ老は牙の一本を失っていた。

 それはてっきり、悪戯をしたスレイグスタ老がミストラルによって折られたものだと思っていたよ。

 そしてその牙は、今でも折れたままなんだ。


 僕の為に、大切な牙を失ってまで準備してくれていたんだ。


 僕は感動のあまり、胸がいっぱいになる。


 僕はなんて恵まれているんだろう。

 こんなにも大切に想われていただなんて、思ってもみなかったよ。


「喜んでもらえたようで、何よりである」


 スレイグスタ老が優しく微笑んでいた。


「絶対大切にします! そして使いならしてみせます!」


 僕は誓った。

 スレイグスタ老の教えに報いることができるように、立派な竜剣舞の使い手になってみせます。

 ジルドさんの想いを受け継ぎ、竜人族の人たちにも認められる竜王になってみせます。

 そして、ミストラルとルイセイネの誇れるような男になってみせます。


「わたしもたいせつにしてね?」


 アレスちゃんが抱きついてきた。


 もちろん、霊樹もアレスちゃんも、プリシアちゃんもニーミアもみんなを大切にします。


「にゃあ」


 とニーミアが嬉しそうに鳴いた。


 あ。もしかして、僕の貰う剣が竜殺しの剣だと知っていたから、ニーミアは危険を感じてお薦めしないって言ったのかな。

 でも大丈夫だよ。僕は何があってもニーミアに武器なんて向けないからね。


「んんっと、プリシアも何か欲しい」


 プリシアちゃんのおねだりに、僕たちは笑ってしまった。

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