石探し探検隊

「んんっとね、あのね!」


 翌朝。早朝から元気なプリシアちゃんに起こされて、僕は目を覚ます。


 ぐぬぬ。僕はなぜ、お屋敷に帰ってきたというのに、独りで夜を過ごしているんだろう。そんな疑問はさておき。

 僕のお部屋で跳ね回るプリシアちゃんとアレスちゃんを捕縛ほばくする。


「二人とも、おはよう。それで、どうしたのかな?」


 幼女が起きているということは、一緒に就寝したはずのアーダさんも起きているのかな?

 二人を抱っこしたまま寝室の扉を開いたら、前の廊下を丁度アーダさんが通り過ぎるところだった。


「エルネア君、おはようございます」

「お、おはよう!」


 しまった!

 寝癖爆発の僕をみて、くすりと微笑むアーダさんに、赤面する。


「んんっとね、アーダはお姉ちゃんを知ってるんだって!」

「ほへ?」


 そして、プリシアちゃんの唐突な告白に、僕はほうけてしまう。


「ええっと、プリシアちゃんのお姉ちゃんは、たしかアリシアさんだっけ? 放浪中ほうろうちゅうなんだよね?」


 プリシアちゃんには、歳の離れたお姉ちゃんがいる。耳長族のカーリーさんが失恋した相手だとは、口が裂けても言えません。

 その、お姉ちゃんを知っている?

 そういえば、前にもアーダさんは耳長族と会ったことがあるって言っていたっけ。


「顔立ちや性格に、なんだか似ている点があって、もしやと。……ごめんなさい。プリシア以外にはあまり詳細を話せないのだけれど」

「ううん、気にしないで。僕たちもアリシアさんとは面識がないし、プリシアちゃんさえ知っていればいいことだと思うから」


 アーダさんの素性には不明な点が多い。

 どんな経緯で、魔女さんの弟子になったのか。

 なぜ、この地で休息するのか。

 ニーミアとオズが見せた微かな反応も気になるし、なによりルイセイネとマドリーヌ様の畏まった様子が引っかかる。

 だけど、詮索はいっさい無しです。


 これは、冒険者の鉄則。

 人にはいろんな事情があるし、話せないことくらい僕たちにだって幾らでもある。

 一宿一飯いっしゅくいっぱんの間柄になったとしても、無用な詮索はしない。それが一流の冒険者であり、気遣いのできる大人だ。


「エルネアお兄ちゃんは、冒険者じゃないにゃん」

「ぐぬぬ……。アーダさん、気をつけてね。ニーミアは邪悪で、人の心を読んじゃうんだ」

「アーダお姉ちゃんは、心が読めないにゃん」

「な、なんだってー!」


 恐るべし、アーダさん。まさか、ミストラル並みに精神も鍛錬していたとは。


 アーダさんは、朝から元気な幼女と寝起きの僕に微笑みながら、台所の方へと去っていった。ミストラルとの話し声が聞こえてきたので、どうやら一緒に朝食を作ってくれているらしい。


 僕は、顔を洗おうと井戸場へ向かう。

 すると、まだ冷える春の早朝だというのに、井戸の前で水行をする二人と遭遇した。


「ルイセイネ、マドリーヌ様、寒くないの!?」


 冷水がたっぷりと入ったおけを頭上に構え、ひっくり返す。ざぱんっ、と水が勢いよく溢れて、二人を頭から濡らす。

 巫女装束みこしょうぞくの内側に着る薄着姿の二人。濡れた生地がお肌に張り付いて、二人の輪郭を露わにしている。朝から、なんともなまめかしい。


「これは、いましめなのです。アーダさんよりも早く起きれずに、朝のお祈りが遅れました」

「二人よりも早く起きるなんて、アーダさんはすごいね」


 僕なんて、誰かが起こしてくれなきゃ目覚めないよ。


 僕がやってきたことで、ルイセイネとマドリーヌ様はどうやら水行を終えたらしい。次に祝詞を奏上しながらお祈りに入った。

 僕はその横で桶に水を汲み、顔を洗う。冷んやりとした水が肌と心を締めて、身体が覚醒する。

 プリシアちゃんは、朝からアレスちゃんとニーミアと一緒になって駆け回っていた。


 朝の支度を終えると、みんなで朝食を摂る。

 いっぱい食べて、これからに備えなきゃね。


 オズは朝から落ち着きがない。きっと、霊山の山頂に広がる盆地の湖に早く行きたいんだろうね。

 お預けをする必要もないので、僕は朝食を食べ終えると、すぐ出発の準備に取り掛かった。


「エルネア、良ければわたしも連れていってくれるだろうか」


 すると、アーダさんが申し訳なさそうに相談してきた。


「もちろんだよ、遠慮しないで」


 昨夜はゆっくりと寛ぐことができたかな?

 少しでもアーダさんの休息に繋がればと思って誘ったんだけど。やっぱり、早く地元に帰りたいのかもしれない。


 そして、アーダさんが同行するとなると、周りのみんなも黙ってはいない。

 真っ先にルイセイネとマドリーヌ様が名乗りを上げて、遅れまじとライラが挙手する。セフィーナさんも禁領に興味津々で、どこへなりとついて行くと宣言し、ユフィーリアとニーナも、もちろん行くことになった。


「鏡にする石を探さなきゃいけないのよね? それなら、人手は多い方が良いわね」


 というこで、ミストラルも加わったんだけど、彼女の言葉でごく数名が嫌な顔をしていた。

 遊ぶために禁領へと来たんじゃないんですからね!


 お昼の準備も忘れずに整えると、早速ニーミアに乗って霊山の山頂へ。


「んんっと、テルルちゃんのところに行く?」

「あとで行こうか。テルルちゃんへの挨拶もしなきゃいけないけど、オズを連れていったら大変なことになりそうだしね」


 禁領へ来る途中、メドゥリアさんのところへも寄ろうかと思ったんだけど、色々とすっ飛ばしてここに来ている。

 全ては、オズのためです。

 九尾廟の件を後回しにしちゃいけないような気がするんだ。だから、オズには早く鏡を作ってもらわなきゃね。


「そういえば、霊山の山頂へは行ったことがなかったわね」

「うん、ミストラルの言う通り。僕も昨日が初めてだったよ」

「あそこは、霊脈れいみゃくの力が強い。神聖な場所なのでしょう」

「アーダさんも感じ取れるんだね」


 僕たちは「竜脈りゅうみゃく」と呼ぶけど、アーダさんは「霊脈」と言う。師事する者の違いだね。


 徒歩だと丸一日潰れそうな距離も、ニーミアだとあっという間。

 僕たちは、霊山の山頂へと降り立つ。


 そわわっと、昨日も感じた不思議な気配が僕の全身を通り抜けた。


「……っ」

「ミストラル?」


 僕の横で一瞬動きを止めたミストラル。

 もしかして、僕と同じような体験をしたのかな?


「いいえ、なんでもないわ。さあ、オズが納得するような石を探しましょうか。と言いたいところなのだけれど」


 言ってミストラルは、オズを見つめた。


「オズ。貴方の探す石とはどのようなものなのかしら?」


 霊山の山頂に広がる湖は、ずっと遠くまで続いている。でも、水深はどこまでも浅いようで、いま立っている場所でもくるぶし位までしか水位はない。

 そして、水底には少し草が生えていたり石が転がっていたり。

 もしかして、この場所は本当は湖じゃない?

 魚の影も見当たらないし、石には水苔がほとんどついていない。それに、水底に見える草は水棲のものじゃないような気がする。


 澄んだ空を綺麗に反射する、不思議な湖。

 足を動かすと、波紋がどこまでも広がっていく。

 オズは、確信を持ってここが探していた場所だと言った。

 穢れのない湖。そこで石を磨いて鏡を作る。

 だけど、ミストラルが口にした疑問は確かだ。

 僕たちは、どんな石を探せば良いんだろう?


 注目を浴びるオズは、きりっと僕たちを見返す。そして、すうっと視線を逸らした。


「あああっ、またそうやって誤魔化そうとする! 知らないんだね! 鏡を作る詳しい方法を知らないんだねっ!?」

「ぐええっ」


 僕はオズの首を両手で締め上げて、がくがくと揺さぶった。


 ええい、このお馬鹿っ。

 いつも威張っているくせに、肝心なところで毎度のように役に立たないよ。

 このまま、テルルちゃんのえさにでもしてしまおうか、と思っちゃう。


 でもまあ、怒っても仕方がない。

 それに、これは僕たちの失態でもあるんだ。

 オズがこう言う奴だってことは、最初からわかっていた。なのに、オズに任せっきりで自分たちでは調べたりしなかったのが悪いよね。


 オズを離し、がっくりと項垂うなだれる。

 オズは、今度ばかりは申し訳ないと思ったのか、ぽりぽりと耳の付け根をいていた。


 しかし、困ったね。

 また魔王城に戻って、魔王に鏡の作り方を聞いてみる?

 というか、そもそもが意味不明なのだと気づく。

 鏡って、石を磨いて作るようなものじゃないよね?


 すると、僕たちの困り果てた様子に、これまで干渉せずに静観していたアーダさんが口を開いた。


九尾廟きゅうびびょうというものは、わたしにもわからないが。もしもエルネアたちが言う物が神饌しんせん御鏡おんかがみというのであれば、古い文献ぶんけんで知っている」

「えっ!?」


 思いがけない助け舟に、僕たちは瞳を輝かせてアーダさんを見つめた。


「こういった神聖な場所では、まれ水泉すいせんぎょくがとれるという。同じように、鏡のような反射を見せる、澄んだ石がとれるそうだ。神殿やびょうに奉納する鏡を、昔はそうした石で作っていたと文献で読んだことがある」

「ほうほう、それは初耳ですよ!」


 早速、足もとの石を手に取ってみる。だけど、普通の石にしか見えない。

 アーダさんも、湖に沈む石を手に取った。そして、なにかを呟いた、気がした。


 ぱりんっ、とアーダさんが手にしていた石が二つに割れる。


「外から見た状態では普通の石でも、割ると鏡面のようになっていたりするのだとか」

「なるほど。それじゃあ、手頃な石を見つけたらちょっと割ってみて、確かめると良いね。というか、磨くなんて労力を使わずに、最初から綺麗に割れば良いのでは?」

「それはどうだろう? わたしが思うに、大切なのは鏡のような澄んだ石ではない。願いと想いを込めて削り出す行為が大切なのでは?」

「そうだね」


 ちょっと安易な発言だったと反省です。

 みんなも、アーダさんの説明に納得したようで、ここからはオズが納得するような石探しになった。


 浅い湖を歩いて回り、手頃な大きさの石を探す。

 オズが言うところによると、九尾廟に奉納されていた鏡は、人の拳四つ分くらいの大きさらしい。なんとも曖昧あいまいな指標だけど、それっぽい大きさの石をまずは探し出す。

 見つけたら、僕が白剣ではしを斬ってみる。

 これで鏡のような反射を見せれば、あとはオズが頑張るだけです。


 だけど、物事はそうそう上手く運ばないものです。


「……ううむ、これじゃない。これでもない」


 お昼前ごろになると、オズの側にはちょっとした石塚いしづかが出来上がっていた。


「なかなか見つからないね。もう少し遠くまで探しにいってみるよ」

「プリシアもいくよ!」

「いこういこう」

「にゃん」


 僕は、石探しにちょっぴり飽き始めていたプリシアちゃんたちをともなって、湖の先へと足を延ばしてみる。

 くるぶしくらいまで水深のある湖だけど、防水のくつだから足もとの濡れは気にならない。

 むしろ、服の方が濡れちゃっているよ。

 綺麗な水。そして素晴らしい天気。そうなると、プリシアちゃんたちがはしゃぐのは必然だからね。水を飛ばしてくる幼女たちのおかげで、僕だけじゃなくみんなも少なからず濡れていた。

 風邪をひかないように、気をつけましょう。


 石を探しながら歩く。

 良さそうなものが見つかると、その場で拾い上げて斬ってみる。

 でも、当たりを引けない。


「あのね、綺麗な石を見つけたよ?」

「どれどれ? ……って!!!」


 わしゃしゃっ、と水飛沫みずしぶきを上げながら駆け寄ってきたプリシアちゃん。その手に握られているあかい石を見て、僕はひっくり返りそうになっちゃった。


「それって、間違いなくぎょくだよね……」

「にゃあ」


 宝石なんかよりも貴重な、鉱石系の宝玉。それよりももっともっと貴重で、まず市場になんて出回らないのが、水泉の玉だ。

 その超稀有ちょうけうな玉を、この幼女はいともあっさり見つけましたよ……


「こ、これはあとで、みんなに力を注いでもらってお守りにしようね」

「うん!」


 満面の笑みを浮かべるプリシアちゃんと手を繋いで、石探しを再開する。もちろん、プリシアちゃんと繋いだ反対の手を占有しているのはアレスちゃんです。

 ニーミアは、濡れた身体で僕の頭の上に移動してきて、寛いでます。


「なかなか見つからないね?」


 どれくらい歩いたんだろう、と振り返ったら、ミストラルたちの姿が小さくなっていた。

 目を凝らしてみると、アーダさんも一緒になって石探しを続けてくれているようだ。


 気を取り直し、足もとに視線を落としながら探索を再開する。

 そうしたら、徐々に水深が浅くなり始めた。

 まさか、湖の端まで歩いてきちゃった!?

 顔を上げる僕。でも、どうやら違ったらしい。

 ニーミアが僕の頭を離れて空に上がる。


「盆地の真ん中にゃん」

「中心地だけは、湖に沈んでいない陸地だったんだね」


 陸地は結構広い。古木の森に囲まれた、苔の広場くらいはあるんじゃないかな?

 春になり、新しい命をはぐくむ緑色の草が、優しい風に揺られてさわさわと踊る。

 深呼吸をすると、竜の森の奥のような新鮮な空気が胸を満たした。


「おひるねおひるね」

「プリシアも寝たい!」

「いやいや、戻ってお昼にしなきゃいけないし、お昼寝はあとでね」

「あのね、プリシアはお腹が空いたの」

「むうむう」


 珍しく、プリシアちゃんじゃなくてアレスちゃんがわがままだ。

 アレスさんに変身して迫られたらどうしよう、と焦った僕の心配は杞憂きゆうに終わる。

 どうやら、睡眠欲よりも空腹を満たす方を優先させたらしい。


 はらぺこ幼女を伴って、みんなのいる場所へと戻ろうとする。そこで視界の隅に、ふと苔生こけむした石が目に入った。

 なんとなく気になって、石を手に取ってみる。


 軽い。

 人の頭部ほどの大きさなんだけど、見た目に反してそこまで重くない。

 幼女の手を離し、白剣を抜いて端をちょんと斬ってみた。


「きらきら綺麗?」

「そうだね。なんだか、お昼のお空に星が出てるみたいだ」

「きれいきれい」


 苔生した石は、今日のような澄んだ青空に星々の輝きが広がっているような、不思議な断面をしていた。


「これって、アーダさんが言っていたような石とはちょっと違うけど、どうだろう?」


 星屑ほしくずの輝き以外の部分は、澄んだ青が映すものを反射していると言えなくもない。

 もしもオズが違うと言えば、お屋敷に持って帰りたいくらいに綺麗だね。

 よし、と僕はこの石を持っていくことを決める。


「石を貰っていきます」


 なんとなく、僕は去り際に陸地へと頭を下げた。


『はいどうぞ』


 そうしたら、なぜか霊樹の木刀から返事が返ってきた。

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