夕食は賑やかに
「お肉ぅっ」
何事か、と一瞬緊張した僕はプリシアちゃんの陽気な声にずっこける。
プリシアちゃんは両手に大きなお肉の塊を持って、嬉しそうに僕の方へと走ってきた。
「んんっと、夜ご飯をミストが取ってきたの」
僕は自慢げにお肉を掲げるプリシアちゃんの頭を撫でてあげる。
「おかえり」
「はいっ、ただいま」
気持ちよさそうに目を閉じるプリシアちゃん。
なるほど、夕食を作っていたから遅くなったんだね。
苔の広場での火の利用は厳禁だと、ミストラルがずっと前に言っていたっけ。
プリシアちゃんからお肉を受け取って、残り二人の帰りを待っていると、ミストラルとルイセイネも森から戻ってきた。
でもその姿に、僕は苦笑する。
ミストラルは薄着。自分の上着をルイセイネに羽織らせている。そして、両手にはプリシアちゃんと同じようにお肉なんかの入った袋を下げていた。
一方のルイセイネは、ふわふわのニーミアを抱きかかえて、身体を小さくして震えていた。
「ええっと、おかえり」
「ただいま」
「ただいま戻りました」
苦笑するミストラルと、紫色の唇で震える声のルイセイネ。
「ミストラルよ、風邪を引かぬようにきちんと面倒をみよ」
「はい」
項垂れるミストラル。
どうやら、僕が危惧していたことが起こったみたいだね。
冷たい沢の水で、ルイセイネは冷え切ったみたいだ。
「肉を焼く間、少し暖を取ってもらったのだけれど」
「わたくしは大丈夫ですよ。朝の水行でも慣れていますし。それに、ニーミアちゃんもとても暖かいですし」
「にゃあ」
ふわふわのニーミアを抱きかかえているのは、それが理由なんだね。
「んんっと、ニーミアはおっきくなるともっと暖かいよ」
「それもそうね。ニーミア、悪いんだけど元の姿に戻ってくれるかしら」
「わかったにゃん」
「ええっと、何のことでしょうか」
小首を傾げるルイセイネに、まずはニーミアを放してもらう。
するとニーミアは僕たちから少し離れたところまで飛んで移動し、そして「にぁぁん」と大きく鳴いた。
ニーミアはルイセイネが驚いて見つめる中、一気に身体を大きくしていく。
可愛らしい丸まった角は鋭さを見せ、長い尻尾がばさりと苔の絨毯を打つ。
そしてあっという間に、巨大な竜へと変貌した。
「おっきーいっ」
プリシアちゃんが真っ先にニーミアに飛びつく。
「あらあらまあまあ、これは凄いですね」
「これがニーミアの本当の姿なんだって」
「可愛い子竜ではなかったのですね」
「大きくなったら可愛くないにゃん?」
「ふふふ、大きくてもまん丸の目などがとても可愛いですよ」
ルイセイネは大きくなったニーミアに臆することなく近づいていき、ふわふわのお腹の毛に埋もれた。
「暖かいですね」
ニーミアの長くて極め細かい毛は、毛皮以上に暖かそうだ。
「ルイセイネはそのまま温まっててちょうだい。ニーミアも宜しくね。さあ、エルネアはご飯の準備を手伝って」
「はぁい」
「にゃん」
僕とニーミアは元気よく返事をする。
ルイセイネは顔をとろけさせてニーミアに抱きついていた。
ミストラルは適当な場所に敷き布を広げ、大小何種類かの葉っぱをその上に並べる。そしてその上に、既に調理をしたお肉や野菜なんかを並べていく。
驚いたことに、魚まであった。沢で取ってきたのかな。
準備を整えてしばらく待つと、ルイセイネは身も心も十分に温まったのか、ニーミアにお礼を言って僕たちの方へやって来た。
ニーミアはすぐに子猫くらいの大きさに戻り、プリシアちゃんの頭の上に乗って遅れてやってくる。
「さあ、ご飯にしましょう」
「やった。いただきます」
「にゃあ」
敷き布に座るや否や、プリシアちゃんとニーミアはお肉にかぶりつく。
「いただきます」
「ご馳走になります」
「どうぞ」
僕たちも遠慮なくお肉に手を伸ばす。
あれれ。ところでスレイグスタ老は何も食べないのかな。
僕たちばかりが食事をして、なんか悪い気がする。
「我ほどになれば、頻繁な食事は必要がなくなる。我に遠慮せずに食事を楽しむがよい」
仙族が霞を食べるように、スレイグスタ老も竜脈を吸ってお腹を満たしているのかな。
「そのようなものだ」
なるほど、人知を超えた存在の方は色々と凄いね。
「エルネア、また心の中で自分たちだけで会話をしないで」
「あ、ごめんなさい」
ミストラルに叱られて、僕は肩をすぼめる。
スレイグスタ老は僕の思考を読むから、それでついつい言葉を省いて会話をしてしまうんだよね。
そして、いつもミストラルに叱られる。
「おじいちゃんもちゃんと食べなきゃ駄目よ?」
プリシアちゃんが大きなお肉の塊をスレイグスタ老のところへと持っていく。
プリシアちゃんの優しい気遣いに、僕たちは笑みをこぼす。
「はい、あぁぁんして」
スレイグスタ老の口元にお肉の塊を掲げるプリシアちゃん。
「どれ、それでは遠慮なくいただこう」
食事はいらなかったんじゃないの? という突っ込みは無粋だよね。プリシアちゃんの優しさにスレイグスタ老も素直に応じる。
大きく開けた口の中に、プリシアちゃんはお肉の塊を投げ込んだ。
「ふむ、美味い」
スレイグスタ老にとっては雀の涙程度の肉塊だろうけど、もごもごと口を動かして飲み込む。
それを見たプリシアちゃんは満足そうに喜んで、僕たちの元へと戻ってきた。
「プリシアちゃんは優しいんですね」
ルイセイネがプリシアちゃんの頭を撫でてあげる。
「にゃんもあぁんしたいにゃん」
「いいよ」
ニーミアの催促に、プリシアちゃんはニーミアにお肉を食べさせてあげだした。
うん、なんか平和でいいね。プリシアちゃんを見てると、ほのぼのしてくるよ。
「あの、ところで」
野菜でお肉を巻きながら、ルイセイネが質問する。
「スレイグスタ様の牙が一本欠けていたように見えたのですが……」
ああ、そうだった。
スレイグスタ老の一番鋭い牙が欠けて無くなっているんだよね。
あれはそう、霊樹の幼木を手に入れた日のことだよ。
一悶着があって、僕は強制的に家に帰らされたんだけど。
翌日、苔の広場に来たら、スレイグスタ老の牙が欠けていたんだよね。
それは今も再生していない。
スレイグスタ老はいずれ生え変わると言っていたんだけど……
「あれはねぇ」
「ルイセイネ、あの牙の秘密は、まだ教えられないわ」
僕の言葉を遮り、有無を言わさぬ気配のミストラルに、ルイセイネはごくりと唾とともに言葉を飲み込んだ。
ミストラルが折りました、とはまだ言えないんだね。
乙女心がそうさせているのかな。
「エルネア、なに?」
僕は無意識にミストラルをしらぁ、と見つめていたみたい。
慌てて視線を逸らす僕。
「なんでもないよ」
「なんでもなくはなさそうだけど」
ずずいっと迫るミストラルから、僕は距離を取る。
「あらあらまあまあ、逃げるなんて何かやましいことでもあるのでしょうか」
「ええっと、にゃん」
「こらっ、ニーミア。言っちゃ駄目だよ」
僕の心を読んだニーミアを慌てて捕まえ、口を塞ぐ。
「なんなの、怪しいわね」
詰め寄るミストラル。逃げる僕。
プリシアちゃんも便乗して騒ぎ出し、この夜の夕食は大変な騒動となった。
そしてスレイグスタ老は、騒ぐ僕たちを黄金の双眼で静かに見守っていた。
満腹になり騒ぎ疲れた頃には、完全に陽は沈み、古木の森は闇に包まれていた。
いつの間にかルイセイネが苔の広場に法術で明かりを灯していて、気づかなかったよ。
「さあ、今日はもうお終い。そろそろ寝る準備をしましょうか」
正直、まだ寝る時間には早い。だけど、耳長族の子供のプリシアちゃんの生活習慣を年上の僕たちが崩すわけにもいかないから、仕方ないよね。
耳長族は陽が昇ると同時に起き、沈む時間に寝るらしい。
とても規則正しい生活なんだ。
騒ぎ疲れたのか、ミストラルにお水をもらっているプリシアちゃんはすでに眠たそうだ。
今夜は苔の上でみんなで雑魚寝かな、と思ったら、ニーミアが再び大きくなった。
「んんっと、ニーミアと寝ると暖かいよ」
「ずっと前、プリシアがここに初めて来た時の夜もニーミアに大きくなってもらって寝たのよ」
プリシアちゃんとミストラルの説明に、僕とルイセイネは頷く。
「それじゃあ、遠慮なく」
「失礼しますね」
大きくなったニーミアに伏せてもらい、僕たちはお腹の辺りの毛に埋まって寝ることにした。
夜中、かな。
僕は寝返りをうった際に、目を覚ました。
ふわふわのニーミアの体毛に埋もれ、気持ちがいい。
側のルイセイネも気持ちよさそうに寝息を立てている。
「ふむ、竜人族の中に不届き者の一族が現れたか」
また眠りに落ちようとしていた僕の耳に、スレイグスタ老の抑えられた声が聞こえてくる。
「一族ごとにそれぞれの思惑もある。過去にも魔族どもと手を結んだ輩もいた」
暗闇に目を凝らすと、スレイグスタ老の口元にミストラルが佇んでいるのが幽かに見える。
「竜人族同士でまた血を流すことになる。覚悟はよいのか」
どうやら、先日の魔族絡みの話をしているみたいだ。
竜人族の中に魔族と内通している部族がいて、その手引きで魔族や魔剣がアームアード王国内に流入してきている。
この事がアームアード王国内で知れ渡ってしまうと、竜人族と人族との間で問題になってしまうんだよね。
ミストラルは竜姫として、今回の事件を危惧しているに違いないよ。
きっと今、スレイグスタ老に事情を話して相談しているんだろうね。
ミストラルの力にはなりたいけど、竜人族の問題に僕が興味本位で首を突っ込むのはよくない。
きっと何かあればミストラルの方から言ってくれるはずだよ。
僕はその時に備えて、頼ってもらえるだけの力を付けておくことが必要だね。
そう思いながら、僕はまた夢の中へと落ちていった。
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