増える嫁

 僕たちは魔獣から遠巻きに見つめられながら、昼食をとった。


 魔獣に狙われているようで僕は緊張しっぱなしだったけど、他のみんなは気にした様子もなく賑やかだ。

 女の人は会話が途切れないよね。いろんな話題に飛びながら、楽しそうに食事をしてしていた。


 よく考えたらニーミアも女の子だから、僕以外は全員女性だよ。


 食事が終わると、プリシアちゃんの希望により、また猛獣に騎乗しての散歩になる。

 プリシアちゃんは、今度は熊魔獣に抱きかかえられて満足そう。

 熊魔獣は器用に二本足で歩くんだね。立ち上がった熊魔獣は大迫力だった。

 ひとりの時に出会ったら、絶望を味わえること間違いなし。

 ミストラルは、今度は兎魔獣に乗る。

 ルイセイネが迫力ある走りを絶賛していて、興味が湧いたらしい。

 兎魔獣を勧めたルイセイネは、今度は大狼魔獣の背中に乗る。

 ルイセイネは乗馬経験があるのか、馬との比較をしながら楽しんでいた。

 そして僕は、鹿魔獣の背中へ。

 蛇魔獣や鳥魔獣が、自分の背中に乗れ、と僕に迫ってきたけど、さすがにそれは無理。

 鳥魔獣に乗っての空の旅は少し興味があったけど、落ちたら怖いし。蛇魔獣は見た目が不気味なんだよね。鱗もてらてらしているし、地をうねうねと這う背中に乗っていたら、酔いそうです。

 それに引きかえ、鹿魔獣の子供は可愛いし、角のない雌の鹿魔獣は大きいだけで可愛いんだよね。

 雌の背中に乗せてもらおうとしたら、雄に角で突かれたので、仕方なく雄の背中へ。


 こうして午後の時間も僕たちは魔獣との散歩を楽しんだけど、次第に夕方が近づいてきた。

 さすがに森の中での野宿は、ということで、プリシアちゃんが駄々をこねる中、魔獣と別れて僕たちだけで森の中を歩いた。


 魔獣と別れた後、ルイセイネは緊張しだしたのか動きが硬くなる。

 苔の広場には、竜の森を守護する古代種の竜族のスレイグスタ老が居ることを、ルイセイネはすでに知っている。

 普通の人にとっては竜でさえ恐ろしい存在なのに、さらに凄い伝説の竜だからね。緊張するのもわかるよ。

 でも僕に言わせると、さっきまでの魔獣大集合の方が緊張したよ。


 なんで竜の森に魔獣がこんなにいるのか。

 もともと魔獣は沢山いるけど、僕たちが気づかなかった、知らなかっただけなのかとも思ったけど、なにやら事情があるらしい。

 ミストラルは苔の広場に着いたら教えてくれると言っていた。


 プリシアちゃんはニーミアを頭の上に乗せ、楽しそうに先頭を歩く。

 僕たちはその後から着いて行く。

 しばらく歩くと、いつものように周りの空気の気配が変わった。

 ルイセイネも変化に気づいたのか、立ち止まって驚いたように辺りを見渡した。


 今し方までの森の雰囲気は一変し、古木が立ち並ぶおごそかで深い森の気配と風景にルイセイネは驚いている。


「さあ、こっちよ」


 ミストラルに手を引かれ、ルイセイネは周りを見渡しながら進む。


「んんっと、もうすぐだよ」


 プリシアちゃんは自慢するように森の先を指差し、ルイセイネを先導する。

 そして僕たちは、いよいよ苔の広場にたどり着いた。


 古木の森が突然途切れ、大きな空間に出る。

 地面には濃い緑色の苔の絨毯が敷き詰められ、見上げれば霊樹の枝葉が広場全体に天井の傘を作っている。


 幻想的な空間に、ルイセイネは目を見開いて驚いていた。

 僕も初めて迷い込んだときは息を呑んだからね。ルイセイネの気持ちがよくわかるよ。


 ルイセイネは周りを見渡し、頭上を仰ぎ見、そして広場の中央の黒い小山に視線を移した。


 黒く艶やかな鱗、漆黒の体毛、黄金に輝く双眼。

 スレイグスタ老の大迫力に、ルイセイネは腰を抜かす。


「あらあらまあまあ」


 苔の上に尻餅をつしたルイセイネは、両手で口を塞いで驚いていた。


「ふむ、初めて見る顔があるな」


 スレイグスタ老は静かに僕たちを見ていたけど、ルイセイネの存在に気付いたみたい。


「さあ、翁に挨拶をしましょう」


 ミストラルはルイセイネに手を貸して立ち上がらせると、スレイグスタ老の前まで導く。

 スレイグスタ老は、おっかなびっくりで近づいてくるルイセイネを、興味深そうに見つめていた。


 僕はプリシアちゃんとニーミアと、少し離れたところで見守る。


 スレイグスタ老の鼻先までたどり着いたルイセイネは、一度大きく深呼吸をして。


「お初目にかかります、人族の巫女のルイセイネ・ネフェルと申します。とある事情で……あの……その」


 顔を赤くして口ごもるルイセイネ。


「ふむ、エルネアの二人目の嫁か」


 しかしスレイグスタ老はルイセイネの思考を読んだのか、目を細めて面白そうに頷いた。


「えっ、あの……」


 ルイセイネはさらに首まで真っ赤にして、俯いてしまう。


「かかか、汝の夢である沢山の嫁か」

「なっ」


 僕に突然話を振られて、こちらまで顔が真っ赤になる。


「お兄ちゃんは、お嫁さんがいっぱい欲しいの?」

「ええっと」


 プリシアちゃんの無邪気な質問に、恥ずかしくなって頭を掻く僕。


「んんっと、それじゃあプリシアもお嫁さんになってあげるね」

「にゃんもなるにゃん」

「「なっ」」


 プリシアちゃんとニーミアの宣言に、顔を引きつらせるミストラルとルイセイネ。

 僕も顔を引きつらせて、笑うしかなかった。


「かかか、一気に嫁が増えたではないか」


 古木の森を震わせながら笑うスレイグスタ老。


「エルネアっ、どういことなのっ」

「ちょっ、ちょっとまったぁぁぁっ」


 ずしずしと迫り来るミストラルに慌てる僕。


 これって僕のせいなの?

 プリシアちゃん、なんてことを口にするんだ。


 僕は逃げようとしたけど、蛇に睨まれた蛙のように身動きができない。


「ミストお姉ちゃんが蛇で、お兄ちゃんが蛙にゃん」

「ほほう、どういう意味かしら」


 ニーミアの告げ口に、額に青筋を浮かべて僕の頭を両手でがっしりと掴むミストラル。


「あああ、許してください。助けてください、女神様ぁぁっっ」


 僕の悲鳴が苔の広場に響いた。


 頭を手加減なくがくがくと揺さぶるミストラルのせいで、僕は目を回して倒れ込んでしまう。


 きゃっきゃとなぜか喜ぶプリシアちゃん。

 遊んでいるわけじゃないんだよ。虐待されているんだよ。


 倒れた僕の前に仁王立つミストラルは、なぜか無邪気に楽しんでいるプリシアちゃんに怒気を抜かれたのか、はあっとひとつため息を吐いて、ルイセイネとスレイグスタ老の方に振り返った。


 助かった。僕はこのまま、踏みつぶされるんじゃないかと思ったよ。


 ルイセイネはスレイグスタ老の前に立ったまま、こちらを見て苦笑していた。

 しかしミストラルの視線を追ってか、スレイグスタ老の方に向き直って、また硬直する。


 まあ、緊張して固まるのは仕方ないと思うよ。

 なにせ顔先には、自分を一飲みにしてしまうほど大きなスレイグスタ老の口があるんだからね。

 僕も初めての時のことを思い出して、ルイセイネの心情を理解する。


 しばし見つめ合うスレイグスタ老とルイセイネ。

 スレイグスタ老の叡智を湛えた黄金の双眼が、ルイセイネを見据える。


 そして。


 べろり、と大きな舌でスレイグスタ老はルイセイネを舐めた。


「ひいいぃぃぃぃっっ」


 ルイセイネは悲鳴をあげて、卒倒する。


「翁っ!!」

「おじいちゃん、何してるのっ」


 僕は慌てて立ち上がり、未だにふらふらする足でルイセイネの下へ。

 ルイセイネはスレイグスタ老の唾液でべっとりと全身を濡らし、顔を引きつらせて気を失っていた。


「翁っ、そこへ直れ」

「まてまてまてまて」


 ミストラルの殺気にたじろぐスレイグスタ老。


「この娘が緊張しておったので、和ませようと思ってだな」

「問答無用っ」

「あぎゃぁぁぁっ」


 ミストラルの片手棍がスレイグスタ老の指先にめり込む。

 スレイグスタ老は悲鳴をあげて、涙目。


 自業自得だよ。

 いつも変なことをしてミストラルに怒られてるじゃないか。


 プリシアちゃんは何事かと驚いて目を丸くしていたけど、スレイグスタ老の悲鳴で我にかえる。

 そしてルイセイネの側まで近づいてきて。


「うわぁ、べとべとだ」


 と、なぜか喜んでいた。

 なんで喜んでいるのさ。プリシアちゃんは何でも楽しく映っちゃうんだね。


「まったく、もう」


 ミストラルは額に手を当てて困った様子で僕たちの所へとやって来る。

 そして、気絶したルイセイネを抱きかかえると、プリシアちゃんを伴って古木の森の方へと歩き出した。


「どこに行くの?」

「近くに沢があるから、そこで綺麗にしてくるわ」

「なるほど」


 頷く僕。

 ルイセイネはスレイグスタ老の唾液で全身濡れちゃっているもんね。これは着替えたほうがいいよ。


 でも、今の時季に沢で水浴びだと、寒くないかな。もう夏は過ぎているから、さすがに水だと寒そうだけど。

 もしかして、温泉? と疑問を浮かべる僕だけが取り残されて、ミストラルとルイセイネ、それにプリシアちゃんとニーミアは古木の森へと消えていった。


「近くに温泉が湧いてるの?」


 僕はスレイグスタ老の方へと振り返って質問する。


「いや、湧いてはおらぬ」

「むむむ、じゃあやっぱり、今の時期の沢の水だと冷たくて寒いんじゃないかな」

「人族には、そうであろうな。ミストラルも人族と自分の違いに向こうで気付くであろう」

「それって、竜人族だと寒くないってこと?」

「左様。竜人族と人族では、寒さを感じる度合いが違う。ミストラルにはいい勉強になるであろうな」


 ううぅむ、寒さに強いらしいミストラルには違いを認識できて勉強になった、で良いんだろうけど、ルイセイネは冷たい水で風邪を引いちゃうんじゃないかな。

 心配だ。


「気になるのであれば、覗いてくるがよい」

「いやいや、覗いて見つかったら、僕が大変なことになっちゃいますよ」

「見つからなければどうということはない」

「絶対に見つかる自信があります!」


 ミストラルに見つからないくらい隠形が上手かったら、僕は今頃超一流だよ。


 僕は大人しくミストラルたちの帰りを待つことにする。

 特にすることもないので、さっきの騒動で散らかったみんなの荷物をまとめていると、スレイグスタ老が質問してきた。


「して、旅先で何があった」

「というと?」

「いや。ミストラルが少し緊張していたように見えてな。あれが思いつめるようなことはそうそうないであろう」


 おお、さすが二千年生きてきた老竜だ、と僕は感動する。

 ミストラルの僅かな仕草なんかで、いつもとは違うことを感じ取ったのかな。

 洞察力が凄いんだね。

 そして、ミストラルが思い悩んでいるとすれば、それはきっと竜人族のことだろうね。


「ほほう、竜人族のことで何かあったか」


 僕の思考を読んで、興味深そうに目を細めるスレイグスタ老。


「ええっと」


 ミストラルに説明はお任せ、と思っていたけど、僕が今説明しても良いよね。

 僕は副都までの旅で起きた出来事をスレイグスタ老に説明した。

 言葉にしにくいようなことでも、心を読み取ってくれるスレイグスタ老には説明し易いね。


 僕の話を、スレイグスタ老は真剣な表情で聞いていた。

 真剣に話しすぎたせいか、気づけばいつの間にか周りは薄暗くなっていた。


 そういえば、僕は苔の広場に泊まったことがないや。

 真っ暗になるまで居たこともないね。

 これからの時間は、僕にとって未知の時間だよ。


 ところで、ミストラルたちが帰ってくる気配がない。

 広場から出て行って随分と時間が経っているはずだけど、どうしたんだろう。


 そう思って心配していると、プリシアちゃんが古木の森から駆け込んできた。

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