猛獣使い

 さて、どうしたものか。

 僕は手を額に当てて、目の前の状況を考察する。


「うさぎさんっ」


 プリシアちゃんは巨大兔魔獣の柔らかそうな横腹に埋もれて、満足そうにしている。

 兎魔獣はそれを気にした様子もなく寝そべり、大狼魔獣は近くで毛繕いをしている。


 魔獣と戯れる耳長族の幼女。


 耳長族って、猛獣使いの属性なんてあったっけ。


 いやいや、そんなのは聞いたことないよ。

 プリシアちゃんが特殊なだけです。


 プリシアちゃんは、怖いとか思わなかったのかな。

 たしかに兎魔獣は大きいだけで、見た目はもふもふの可愛い兎なんだけど。

 でも魔獣だよ。襲われるかも、と普通は思うよね。

 僕なんて、相手に敵意がないとわかっていても、怖くて近づけないよ。


「んんっと、大きいうさぎさん可愛い。大きいわんこも可愛い」


 も、もしかしてだけど……


 プリシアちゃんは、相手が魔獣という認識がないのかな。

 純粋な気持ちで兎と犬と思ってたりして。


 ……ありえる。


 だって、つい最近まで村から一歩も外に出たことがなかったんだよね。

 基本知識として、見た目で兎と犬と認識しているだけで、それが魔獣だとは思いつかないのかも。

 むむむ。これは少し教育が必要じゃないですか。

 ミストラルと今後、要相談です。


「プリシアちゃん、あんまり遅くなるとミストラルとルイセイネが心配するから、帰ろうか」


 いざとなれば、ミストラルは竜脈を辿って僕の位置を知ることもできるし、どういう状況かもわかるらしい。

 だけど、無駄に心配をかけたくないよね。

 ただでさえ結構な距離を移動してきたはずだから、そろそろ戻らないといけない。


「んんっと、連れて行く」

「えっ」


 連れて行くって、この巨大兎魔獣をですか。


「帰りはうさぎさんに乗るの」


 言ってプリシアちゃんは、兎魔獣の背中に移る。


 どうやら兎魔獣も乗り気で、プリシアちゃんが背中に移動したのを確認すると、むっくりと起き上がる。


 どうしよう、と僕が思う間もなく。

 大狼魔獣が僕の襟首を咥えて空中に放り投げ、自身の背中に僕を乗せた。

 そして大狼魔獣と巨大兎魔獣は、森を疾駆しだした。


 大狼魔獣は物音を一切させず。

 巨大兎魔獣は地響きとともに進む。


 おおお、なんという迫力なんだ。


 兎魔獣が一跳躍する毎に大地は土砂を飛ばし、着地すれば周りの木が揺れて地響きが轟く。

 そして、林立する木々を巧みにかわしながら疾駆する姿は、大迫力だった。


 プリシアちゃんは兎魔獣の頭の方まで移動していて、長く大きな耳に掴まって喜んでいた。


 行きよりかは随分と遅い速度だけど、それでも十分に速い。

 あっという間に、僕たちの先にはミストルたちが見えてきた。

 だけど、ミストラルとルイセイネは顔を強張らせ、警戒している。


「ただいまっ」


 プリシアちゃんが兎魔獣の上から大きな声で挨拶するけど、地響きできっと届いていない。

 僕は大狼魔獣の背中から大きく手を振って、帰還を知らせた。


「あなたたち、これはなにっ!?」


 程よい場所で停止した大狼魔獣の背中から降りる僕に、詰め寄るミストラル。


「ええっと、これは……」

「うさぎさん」


 僕は苦笑しつつ、散歩先でのことをミストラルとルイセイネに説明した。


「あらあらまあまあ」


 ルイセイネは驚いて、しかし興味深そうに兎魔獣へと近づく。


「ふわっふわ」

「本当ですね」


 そして兎魔獣を撫でるルイセイネ。


 怖くないのかな。


「可愛いですね、うさぎさん」


 ルイセイネ、君って意外と肝っ玉が据わっているんだね。

 僕は苦笑して、ミストラルも少し困り顔だ。


「兎とわんこと一緒に帰るの」

「それは」


 と僕が言いかけたけど、ミストラルが止める。


「プリシアの気の済むまでやらせましょう。危険もなさそうだし、時間もあるしね」


 そっと僕に聞こえるように言うミストラル。


「ミストラルが良いのなら」


 僕は頷く。


 本当は、魔獣と一緒だと絶対に苔の広場にはたどり着かないから、同行はお断りしたいところなんだけどね。

 どうやら周りに人の気配もないし、魔獣にも敵意が全くない。時間も苔の広場からは一瞬で帰り着けるから、十分に余裕がある。


 副都を出たのが今朝だから、僕たちは時間を潰して三日後に王都に帰らなきゃいけないんだよね。

 じゃないと、時間的な辻褄が合わなくなって訝しまれちゃう。

 だから、ここでプリシアちゃんと魔獣が触れあう時間を無意味に削る必要はなかった。


「森の木々を傷つけないこと。暴れないこと。人の気配がしたら、すぐに遁甲すること」


 とミストラルは魔獣たちに釘を刺した後、同行を許可した。


 兎魔獣の上で喜ぶプリシアちゃん。

 いつの間に登ったのか、ルイセイネも兎魔獣の上にいた。

 ルイセイネ、積極的過ぎです。


「凄い景色ですよ。エルネア君たちも来ませんか」


 手招きするルイセイネに、僕とミストラルは苦笑した。


「僕は狼魔獣の背中がいいな。結構乗り心地いいんだよね」

「それじゃあ、わたしも」

「あっ、ずるいですっ」


 ルイセイネが言うずるいの意味がわからなけど、僕とミストラルは大狼魔獣の背中に乗せてもらう。

 僕が前で、ミストラルが後ろ。


 そして今度は、歩く速さで進み出す大狼魔獣と兎魔獣。


 あれれ、そういえばニーミアはどこに行ったのかな。と思ったら、ミストラルの手荷物の中からごそごそと這い出てきた。


「ひどいにゃん。忘れられていたにゃん」

「というか、何でそんなところにいたのさ」

「お仕置きよ」

「あははは」


 人の子供が親に怒られた時に、物置小屋なんかに閉じ込められるお仕置きみたいなものかな。

 ニーミアは今まで、ミストラルの手荷物に押し込められていたんだね。

 でも、自業自得だよ。


「怖かったにゃん」


 ふるふると頭を振るニーミアをミストラルが捕まえる。

 びくり、と一瞬緊張するニーミア。

 どんだけ怯えてるのさ。

 僕はついつい笑ってしまった。


「エルネアお兄ちゃんはひどいにゃん。昨日のお風呂場のことを言おうかにゃん」

「あっ! それは駄目だよ」


 僕は慌ててミストラルからニーミアを受け取り、撫でてあげる。


「お風呂で何かあったのかしら」

「な、何でもないよ」


 引きつる僕の笑顔を、しらぁっ、と見つめるミストラル。


「あらあらまあまあ、そちらは楽しそうですね」


 兎魔獣の背中でプリシアちゃんを抱きながら、僕たちを見下ろすルイセイネ。


「ふふふ、プリシアのことは頼むわね」

「ぐすん」


 笑みを浮かべるミストラルに対して、ルイセイネはがくんと肩を落とす。


 この二人は、一体何のやり取りをしているんだろうね。

 二人の仲が良すぎて、僕は少しだけ疎外感を感じてしまうよ。


「んんっと、あっちに行って」


 僕たちのやり取りなんて全く気にも止めてないプリシアちゃんは、楽しそうに魔獣に行き先を指示して遊んでいる。

 魔獣も嫌がったりすることなく、プリシアちゃんに指示されるままに動いていた。


 本当に変わった魔獣だね。


 魔獣は狡猾こうかつで恐ろしい存在、という固定観念が僕の中で崩れ去っていった。







 そろそろお昼かな。という時間まで、プリシアちゃんの魔獣騎乗は続いた。

 放っておいたら一日中乗って遊んでそうだったけど、お昼ご飯のために一旦中断。


 お昼ご飯は、副都で前もって買っていたものを食べる予定なんだけど、さて、どこに腰を下ろして食べようか。


 僕が思っていることは、きっとミストラルとルイセイネも思っているに違いない。

 魔獣から降りたのは良いんだけど、落ち着いて食べれそうな場所がないと、周囲を見渡す僕たち。


 その理由はというと……


 僕たちの周りには、なぜか大量の魔獣で溢れかえっていた!


「どうしてこうなった」


 頭を抱える僕。

 ルイセイネは頬に手を当てて困った様子。

 ミストラルは、きゃっきゃと飛び跳ねるプリシアちゃんを捕まえて苦笑していた。


 本当に、どうしてこうなった。


 僕たちはただ魔獣に騎乗して、プリシアちゃんの思いつくままに竜の森を進んでいただけなんだ。

 そうしたら、いつの間にか後方に鹿魔獣の親子が増え、空には鳥魔獣が増え、地には蛇の魔獣が増えていき。

 最終的には、十を超える種類の魔獣が集まっていた。


 魔獣って、稀にしか居ないんじゃなかったっけ。人前には現れないんじゃなかったっけ。


「こうして見ると、魔獣も可愛いですね」

「いやいや、どう見ても可愛くないよ」


 ルイセイネに突っ込む僕。


 魔獣は、とにかく大きい。

 鹿魔獣は大狼魔獣よりかは小さいけど、角は禍々しく曲がり、何故か空中に少し浮いて立っている。

 蛇は双頭で、片方の口からは炎、もう片方は冷気を出している。

 鳥魔獣は翼の先に鉤爪があるし、熊の魔獣には極太の腕が四本ある。


 どの魔獣をどう見ても、ひとりの時に出くわしたら卒倒ものの迫力だよ。


「さて、お昼ご飯の前に説明してもらいましょうか」


 ずいっ、と大狼魔獣に迫るミストラル。

 プリシアちゃんはミストラルの腕の中から大狼魔獣に手を伸ばして撫でる。

 ミストラルと大狼魔獣が見つめ合うことしばし。

 はああ、とミストラルはため息をついて戻ってきた。


「どうだった?」

「今ので何かわかったのでしょうか」


 小首を傾げるルイセイネに、ミストラルは魔獣と意思疎通できることを伝える。


「そうなのですか、それは素敵ですね」


 羨ましそさうにミストラルを見つめるルイセイネ。

 うん、僕も羨ましいと思うよ。


「少し困ったことになったわ。でもこれは、苔の広場に戻ってから話します」


 取り敢えず、今は食事にしましょう、ということで僕たちは手頃な場所探しになった。


 いったい何が起きているんだろうね。

 苔の広場に戻ったら、教えてもらおう。


「ごはんっごはんっ」


 プリシアちゃんは相変わらず場の雰囲気を読むことなく、楽しんでいる。

 ミストラルの手から離れ、魔獣の周りを駆け回っていた。


「動物いっぱい」


 うん、やっぱり魔獣と認識してなくて、動物と思っているんだね。

 ミストラルもプリシアちゃんの認識違いに気がついて、苦笑していた。


「こっちにお花が咲いてるところがあるにゃん」

「では、そこでお昼にしましょう」


 ニーミアの案内で、僕たちは花の咲く小さな広場へと赴く。

 大きな枯木が朽ちて倒れた場所なんだろうね。

 横たわる大木の周りに一部だけ、森の緑の天井がなくなって陽光が差している場所があった。

 そこには、色とりどりの花がひしめき合いながら咲いていた。


「良い場所ね。ここで昼食にしましょう」


 言ってミストラルは、お昼の準備を始める。

 手伝う僕とルイセイネ。


 プリシアちゃんはニーミアを頭の上に乗せると、早くも自分の場所を確保して座っていた。

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