嵐の前の賑やかさ

 飛竜の狩り場にも、夜は訪れる。

 だけど、僕たちの結婚の儀の時を除けば、これほど賑やかな夜は、そうそうないはずだ。


 アステルが仕返しで準備した魔王用の寝室は、結局のところクシャリラも使用を嫌がった。

 もちろん、ルイララもおそれ多いと言って、辞退しちゃった。

 というわけで、周りに回って、寝室は僕の家族が使うことになったんだけど。


「今夜は、私とニーナがエルネア君を独占する日だわ」

「今夜は、私とユフィ姉様がこの寝台でエルネア君と寝るわ」

「「だから、他のみんなはあっちの寝台を使って寝るといいわ」」


 僕を捕まえたユフィーリアとニーナは、巨人の魔王が使用するはずだった寝台を占拠する。

 そして、クシャリラ用の寝台を指差すと、ミストラルたちに「あっちに行け」と勝ち誇ったようにお胸様を張る。

 僕は、たわわなお胸様に顔を埋めながら、妻たちの今夜の攻防を楽しむ。

 すると、ルイセイネが抗議の声を上げた。


「少しお待ちください。わたくしはこれから、重要なお役目でエルネア君とは別行動になります。ですから、今夜はエルネア君をわたくしにお譲りください」


 確かに、ルイセイネにはこれから、大変重要な役目が課せられていた。だから、こうして家族みんなでゆっくりと寛げるのは、今夜が最後の機会になるかもしれない。

 だけど、そんなことで自分たちの欲望を抑えるような双子じゃない。


「却下だわ」

「お断りだわ」


 何がなんでも僕を手放さないユフィーリアとニーナの頑固がんこさに、ミストラルが苦笑する。


「むきぃっ。ユフィ、ニーナ、素直にエルネア君を私とルイセイネに譲りなさい」

「マドリーヌ様? 大切な役目をエルネア君から託されたのはわたくしだけで、マドリーヌ様は残られるのですから、きちんと順番を守ってくださいね?」

「むきぃぃっ!」


 巫女のルイセイネとマドリーヌ様が、仲間割れをしています。その様子を見て、みんなが笑う。

 ユフィーリアとニーナも笑っていた。

 むしろ笑いすぎて、僕の拘束がゆるむ。


「エルネア様、今ですわ。わたくしと一緒に別のお部屋で……」

「ライラ、そこまでだわ」

「ライラ、見逃さないわ」

「はわわっ」


 こっそりと近づいて僕を奪取しようとしたライラは、呆気あっけなくユフィーリアとニーナに追い払われた。


「お姉様方、勝負をしましょう。私が勝ったら、エルネア君を譲ってください」

「セフィーナ、その手には乗らないわ。実力勝負と見せかけて、自分の得意な分野で勝負する気ね?」

「セフィーナ、その手は通用しないわ。何の勝負かを明言しない時点で、貴女の思惑は見えいているわ」

「あら。それでは、勝負方法を実力勝負と明言してエルネア君を奪えば、文句はないのかしら?」

「セフィーナには無理だわ」

「セフィーナでは相手にならないわ」

「ふふふ、姉様たち、そんなに勝ち誇っていて良いの?」


 セフィーナさんが、いつものように格好良い笑みを浮かべた。

 妹の不敵な笑みを受けて、ユフィーリアとニーナが身構える。


「お覚悟っ!」


 ユフィーリアとニーナに飛びかかるセフィーナさん。

 だけど、双子王女様に飛びかかったのは、なにもセフィーナさんだけではなかった。


 ルイセイネ、ライラ、マドリーヌ様。そして、これまで苦笑を浮かべながらも静観していたミストラルが同時に、ユフィーリアとニーナに襲いかかる。


「ニーナ、エルネア君を死守よ」

「ユフィお姉様、エルネア君を死守よ」


 妻たちの、手に汗握る攻防が始まった!


 僕は、あっちのお胸様に挟まれたり、こっちのお股に挟まれたりしながら、所有者を転々と変えていく。


「お、お姉ちゃんたち……。エルネア君の家族は、いつもこんなに賑やかなの?」


 すると、妻戦争から距離を取り、豪華な長椅子ながいすに腰掛けていたランランが、驚いた様子で二人の姉に質問していた。


「やれやれだろう? だが、これが日常茶飯事なのだ、この家族は」

「もう、参っちゃうわよね。いい加減にしてほしいわ」


 ユンユンも、ミストラルのように苦笑していた。

 リンリンは、呆れたように僕たちの様子を見ている。

 ランランは、あまりの賑やかさに目を丸くしながらも、楽しそうに僕たちを眺めていた。


 そして別の一画でも、笑う者たちが。


「グググ。面シロ、イ」

「わらわ、喜劇きげきを見ているみたい」


 寝間着用のひつじの毛皮に着替えたモモちゃんが、こちらを指差して笑い転げていた。

 その横で、イステリシアも顔を隠して笑う。


「んんっとね、プリシアたちも参加するんだよ」

「おっ。良いね。それじゃあ、あの作戦を発動しちゃう?」

「しちゃおうしちゃおう」

「おわおっ。お姉ちゃん、あの作戦だね!」

「作セン? 運動、ハ……ニ、ガテ」

「わらわ、あの輪には入りたくありません」


 プリシアちゃんとアリシアちゃんの強引さに振り回されながらも、モモちゃんは二人から離れない。

 まあ、モモちゃんは極度の人見知りだから、知らない者たちを避けて、強引だったけど大親友になった二人を頼っているだけなんだろうけどね。


 そして、人付き合いがまだまだ苦手なイステリシアも、見知った顔が多いのと、霊樹の精霊であるアレスちゃんと触れ合えるからという理由で、この寝室に滞在していた。

 というか、いつの間にかイステリシアまでプリシアちゃんとアリシアちゃんの大親友になっちゃっています!


 ともかく、モモちゃんとイステリシアは、大鷲おおわしのミカン共々、プリシアちゃんとアリシアちゃんとアレスちゃんと一緒に、暖炉だんろの前で遊んでいたんだけど。


 どうやら、新たな参戦者が加わるようです。

 しかも、熱戦を繰り広げている妻たちは、背後から忍び寄る脅威に気づいていません!


「んんっとぉ。今のうちに、占拠しちゃえ!」

「んんっと、こっちはプリシアたちが占拠したよ!」

「どくせんどくせんっ」

「グググッ。寝床、モラッ、タ」

「隙あり、です」


 あっ、と気づいた時には、もう遅い。


 妻たちの隙を突いたプリシアちゃんとアリシアちゃんとアレスちゃんとイステリシアとモモちゃんとミカンは、僕ではなく、クシャリラ用の寝台を占拠してしまった。


「んんっと、ユンユンとリンリンとランランも一緒に寝るんだよ」

「やれやれ、仕方がない」

「プリシアが、そこまで言うならねー」

「お、お邪魔します?」


 そして、あっという間に盤石ばんじゃくの布陣を敷く。

 こうなってしまうと、妻たちはもうクシャリラ用の寝台には手を出せない。


「プリシアたちに、してやられたわね。こうなったら、エルネアとこの寝台を賭けての勝負ね」

「お負けになった方々は、外か床で眠ることになりますね」


 さあ、熱くなってきました!

 苛烈かれつを極める争奪戦は、果たして誰が勝利するのか!






 ひゅうひゅうと、冬の寒さが残る冷たい風が吹き抜ける。

 ぶるりっ、と僕は身を震わせて、風が届かない場所を探す。


「あれ? 変だなぁ……。みんなは、僕を奪い合っていたよね?」


 その僕が、なぜ外に放り出されているんだろうね?


「ほら、モモからだ。有り難く思え」

「アリシアとランに感謝しなさいよね?」


 精霊に近い存在であるユンユンとリンリンが、城塞の分厚い壁をすり抜けて、おおかみの毛皮と毛布を届けてくれた。

 どうやら、寒風に震える僕を心配して、モモちゃんが毛皮を、それとイステリシアとランランが毛布を提供してくれたみたい。


 ありがたいことです。


 ユンユンとリンリンに感謝を伝えると、狼の毛皮を着込み、毛布を羽織る。

 二人は用事を済ませると、これ以上の慈悲はないとばかりに、室内に戻っていった。


 ちなみに。


 なんで僕が寝室から追い出されたかというと……


「エルネア、貴方はもう十分に楽しんだでしょう?」

「エルネア君、残念ながら寝台の広さは限られています」

「はわわっ。エルネア様、お許しください」

「エルネア君を独占するのは、明日にするわ」

「エルネア君と一緒に寝るのは、明日にするわ」

「ごめんなさい、エルネア君。寝床の確保の方が、優先度が高かったみたい」


 というわけで、最終的に妻たちの我儘わがままに負けたのは、僕でした!


「貴方は、ルイララとでも寝てきなさい」


 そして、ミストラルに部屋を追い出された僕は、こうして夜の城塞を彷徨っているのでした。


 僕は仕方なく、夜の城塞を見て回る。

 だいたいさ。ルイララの部屋で寝るように言われても、この広大な城塞の中で、ルイララの部屋がどこにあるのか知らないんだよね。


 日中、城塞内を見て回った僕と巨人の魔王とシャルロット。

 その後、築いただけでは宝の持ち腐れだということで、飛竜の狩場に集まってくれた有志たちに城塞は解放された。


 すると、飛竜の狩場につどったのは良いものの、目当ての獲物が現れていないので、手持ち無沙汰ぶさた気味だった者たちは、新たな探求に目を輝かせて城塞内に雪崩なだれ込んでいった。


 そして、夜半を過ぎた今も、城塞内のあちらこちらで、ゆらゆらと揺れる松明の明かりや、煌々こうこうと周囲を照らす光の魔晶石ましょうせきが右に左に移動する様子が見て取れる。


 かくいう僕も、寝床を探して移動中です。


 ちなみに、だけど。

 この城塞内のどこかに、巨人の魔王と妖精魔王クシャリラが自分で見繕みつくろった寝室があります。


 たまに、どこからともなく悲鳴があがる。


 まあ、殺生事は禁止しているから、大変な事態には陥っていないでしょう。

 きっと、中庭で竜族の尻尾を踏んでしまって威嚇されたとか、上級魔族の部屋の扉を無用心に開けてしまって殺気を向けられたとか、そんなところだと思います。


 だけど、悲鳴を出せているうちは、まだまだじょくちだ。


 もしも巨人の魔王やクシャリラ、もしくはシャルロットの部屋を引き当てようものなら、悲鳴をあげる暇もなく、いっかんの終わりだからね。


「よし、次はこの部屋を開けてみよう!」


 扉越しに、室内の気配を探る。

 怪しい気配はない。

 この部屋は、まだ誰にも使用されていない。


「やーっ」


 と勢い良く、扉を開く。


 そして、僕は帰らぬ人となった……


 いやいや、許して!






「昨晩は、クシャリラの部屋で過ごしたそうだな?」

「しくしく。生きた心地がしませんでしたよっ」


 翌朝。


 巨人の魔王とシャルロットが、やつれた僕を見て遠慮なく笑う。


 僕は、愚かでした。


 気配がないから、誰もいない?

 それは、浅はかな判断だよね。

 だって、クシャリラは目の前に存在していても、姿も気配もまともに捉えられないような者なんだから。


「そもそも、陛下やわたくしでしたら、気安く他者を近づけさせたりはしませんよ?」

「そうだよね。よく考えてみれば、シャルロットたちなら、部屋の扉を開けさせるどころか、寝室の周囲にさえ近寄らせないよね。……あれ? それじゃあ僕はなんで、クシャリラの部屋を引き当てたんだろう?」

「くくくっ。奴の罠に嵌められたのだろう」

「きゃーっ」


 何はともあれ、僕は命辛々、朝を迎えることができた。

 そして、食欲も起きないまま早朝の城塞をまた彷徨っていると、今度は散歩をしていた巨人の魔王とシャルロットに捕まったのです。


「エルネア君、それは誤解でございますよ? 陛下は、エルネア君ともう一度、あの塔へ向かうご用があるのですから」

「塔へ?」


 シャルロットの示す「塔」とは、女の子を迎えるために建てられた塔のことだ。

 いったい、あの塔に改めて何の用事があるんだろう?

 疑問を浮かべる僕。

 だけど、巨人の魔王もシャルロットも、答えを教えてくれない。

 それで仕方なく、僕は二人の後について今日も塔を登った。


 最上階にたどり着くと、朝焼けに染まる城塞と飛竜の狩場がどこまでも続く風景を見渡せた。

 巨人の魔王とシャルロットは、南側に並ぶ柱のもとまで歩くと、遠くを見つめる。


「ところで、エルネアよ。あのぼうやはどうした?」


 巨人の魔王が言う「坊や」とは、スレイグスタ老のことだ。

 二千年もの間、竜の森と霊樹を守護してきた守護竜を「坊や」呼ばわりできるのは、巨人の魔王くらいかもね。


「ええっと。おじいちゃんは竜の森を守護する方が大切だから、こちらには来られませんよ」


 と、スレイグスタ老の事情を説明する。

 すると、巨人の魔王に鼻で笑われた。


「良かろう。それほど役目が大切ならば、全うさせてやることにしよう。なあに、森に二、三発、いや、四、五発……十発でも雷を落とせば、奴も目が覚めるだろうよ」

「だ、駄目ええぇぇぇっっっ!!」


 駄目、絶対!!!


 スレイグスタ老にはスレイグスタ老の大切なお役目があるんです!

 ここに来ていないからって、竜の森に雷を落とすのは絶対に禁止です!


 だけど、僕の懇願なんて、素直に聞くような人ではありません。

 右手を振り上げる、巨人の魔王。


 きっと今頃は、竜の森の上空にどす黒い雷雲が発生している頃だろう……


 にやり、と巨人の魔王が意地悪そうな笑みを浮かべた。


「よ、よさぬかーっ!」


 その時。

 飛竜の狩場の上空に、黄金色の立体術式が急速に出現する。

 そして、小山のような巨体のスレイグスタ老が、空間転移してきた!

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