加速する竜峰の秋

 巨人の魔王が戻ってきたことにより、僕たちはいよいよ、竜峰に向けて出発することとなった。


 朝食を食べ終わると、身支度を素早く済ませる。そして隊列を組み、全員で無人の死霊都市を後にした。


 竜人族の人たちは、子供やお年寄りを中心に囲い込んで、比較的元気な男女が周囲を警戒する。手には、魔族側から提供された普通の武器が握られていた。

 一般人とはいえ、それでも優れた身体能力を持つ竜人族だ。多少の魔族や、突発的に現れる魔物には余裕で対処できるみたい。


 でも、ここはクシャリラが支配する国。

 死霊都市から出て西へと進む僕たちの前には、多くの難関が待ち構えている。

 そのなかで一番の厄介ごとが、自国領を警護する魔族軍だ。巨人の魔王の話では、死霊都市から東にはほとんど村落が存在しないらしい。とはいっても、皆無ではない。そして、ひとつでも村や集落があれば、警備する魔族、そこに暮らす魔族の人々がいる。


 なるべく村落には近寄らないように東進するけど、安全とはいえない。

 そこで、竜峰へと戻る竜人族と僕たちを護るように、空には巨人の魔王配下の、黒翼の魔族たちが警備に当たってくれていた。そしてさらに上空には、レヴァリアとリリィの姿も見てとれる。


 西進する僕たちと共に、魔王本人とルイララも同行していた。


 ……レヴァリアとリリィ、そして黒翼の魔族が遠目から目立っていて、それが原因で何度が争いが起きたのは気のせいです。

 でもその全てが、竜人族の人たちに迷惑がかかる前に解決したのは言うまでもない。


 何度かの魔族軍の襲撃。街道を行き交う一般の魔族との、緊迫したすれ違い。そして魔物との遭遇を経て、四日目。

 ひとりの脱落者を出すこともなく、僕たちは竜峰の麓にたどり着いた。


 晩秋ばんしゅうと呼ぶには、ちょっとだけ早い時季。それなのに、僕たちの先に広がる竜峰の斜面には、華やいだ葉っぱの色はもうない。

 すでに葉を落とした木々や、葉を残していても茶色く変色させた、心のなかまで冷えそうな寒い景色が峰々の先まで続いていた。


 巨人の魔王が言うように、今年は例年よりもうんと早く、冬が訪れるのかもしれないね。


「ここからは、気をつけていきましょう」


 ミストラルの言葉に、竜人族の人たちが神妙な顔で頷く。


 無理もない。ここは、竜峰の北部に位置する。

 巨人の魔王が支配する国は、竜峰のなかでも竜人族が多く暮らす地域に接している。だけど、そこより北を支配しているクシャリラの両国は、竜峰の北部、つまり竜の墓所ぼしょに多くを接していることとなる。


 竜峰の入り口にたどり着いたとはいえ、ここからは竜の墓所と呼ばれる、死を待つ竜族が跋扈ばっこする危険な場所を通過しなきゃいけない。


 長命な竜族は、その死の間際を大切にするとミストラルが言っていた。だから竜族は死期をさとると、敢えて厳しく険しい竜峰の北部へと移動する。

 竜人族でさえも、そう易易やすやすとは入れない竜峰の深い場所で、静かに死を待つ。

 でもそこへ、騒ぎを起こすような者、静かな死期を邪魔する者が現れれば、竜族は容赦をしない。

 老齢ろうれいな竜族は、人知を超えた力を持っていたりする。


 竜の墓所で死期を待つ竜族には、竜峰同盟も機能しない。あれは若く元気で、暇を持て余している竜族が興味本位で僕たちに協力してくれているんだ。

 死際の老竜は、ただ静かに最期を待ち望んでいる。

 竜峰の騒ぎも、竜族竜人族と魔族との争いも、彼らの安息には邪魔でしかない。

 邪魔者は何人なんぴとであれ、排除される。


 だから、これから竜の墓所に入れば、今度は魔族ではなくて竜族を警戒しなきゃいけない。


 今までは格下の魔族だったから、襲撃をされても切り抜けることができた。でも、これからは格上の竜族が相手だ。

 襲われれば、子供や老人を抱えているこちらには多くの犠牲が出る可能性がある。


 このまま竜峰の麓沿いに南下する案が出たけど、巨人の魔王に却下された。これ以上、クシャリラの国で我が物顔で動くわけにはいかないみたい。

 時間が経てば経つほど、クシャリラの防衛軍が集まってくる。巨人の魔王にとっては、何万何十万の魔族軍が集まろうとも雑魚らしいけど、部外者の僕たちを庇いながら暴れすぎると、中央が動いてくるらしい。


 中央とは、魔王の上位の存在。そして中央が動けば、問答無用で僕たちどころか魔王たちさえも滅ぼされる可能性があるのだとか。


 魔族的には、竜人族や僕たちのような人族に手を貸していることは良いことじゃないらしい。だから、長期間、または大々的に加勢し続けると、巨人の魔王や配下、そして自分の国に危険が迫る。


 今でも無理をしてもらっているんだね。

 僕たちは巨人の魔王にお礼を言った。


「気にするな。私は竜峰との間に友好を望んでいる。その手助けをしたまでだ」

「このご恩、いずれ必ず」


 竜人族を代表して、救出された時もお礼を言っていたお爺さんが頭を下げた。


「其方らが竜峰に入れば、私らはもう護衛はできぬ。ここからは、其方ら自身で身を守るのだな」


 巨人の魔王と黒翼の魔族とは、ここでお別れになる。この後は、占領し続けている魔都へと戻り、クシャリラの行方を追ってくれるらしい。


「竜峰に入った魔族軍は、自分たちでどうにかしろ。だが、クシャリラの足取りはこちらで追う」

「ありがとうございます」

「礼は言わぬほうが良い。いま現在、足取りを全く掴めていない。見つけきれぬ可能性の方が高い」

「そんなに隠れるのが上手い魔王なんですか?」

「くくく。そうか、クシャリラのことを詳しく知らぬのだな」


 ……言われてみると、そうでした。

 オルタのことばかりに意識が行っていて、魔王クシャリラのことをあまり知らない。


「あれに遭遇したら、逃げよ」

「逃げるんですか?」

「其方らには分が悪いだろう。あれには一切の物理攻撃が効かぬ」

「えっ!」


 魔王の言葉に凍りつく僕たち。


「かといって、其方ら程度の術ではあれの防御魔法を崩すこともできぬだろう」

「……」

「クシャリラは始祖族。並みの魔族よりも遥かに強い。そして彼奴あやつは、どちらかというと妖精や精霊に近い」

「精霊……」

「そうだ。この世の者であって、この世の者ではない。ゆえに、彼奴のことを妖精魔王ようせいまおうと呼ぶ。」


 妖精や精霊は、僕たちの周りに居るのに、存在しない。

 アレスちゃんのように、使役をされていないのに姿を現わす精霊は、はごく稀な存在だ。

 普通は、プリシアちゃんみたいに認識できる者にしか姿は見えないし、存在を知ることはできない。

 妖精族も同じで、僕たちの身近に存在はしていても、知ることはできない。


 クシャリラも、そういった存在ってこと?


「それじゃあ、僕たちはそばにクシャリラが居ても気づけない?」

「いや、それはない。あれは邪悪な魔族だ。無害な精霊どもとは違う。近くにいれば、瘴気しょうき禍々まがまがしい気配でわかるだろう。なにより……」


 巨人の魔王は、腰に差した歪に曲がった漆黒の長剣を指先でつつく。


「魔王であるからには、これを必ず持っている。これの気配を覚えておけば、見つけ出せる。そして見間違えることはないだろう」


 全員で、漆黒の長剣「魂霊の座」を凝視した。

 魂を吸い寄せられそうな、危険な気配がする。


「良いか。クシャリラと相対したら、必ず逃げよ。其方ら程度の攻撃は効かぬ。そしてこれに触れれば、魂を奪われるぞ」

「でも、逃げても問題は解決できません」

「そのときは、私が対処する。私が到着するまで、逃げ続けよ」


 逃げるしかないなんて、ちょっと情けない。でも、それが魔王と呼ばれる存在の実力なんだろうね。

 僕たちがどれほど力を持っていたとしても、魔王相手には通用しないんだ。

 竜人族でさえ、魔王には勝てない。


「でも、どうしてそんなに良くしてくれるんですか?」


 つい、疑問を口にしてしまう僕。

 だって、魔族が竜峰のことや僕たちのことにこんなに真剣に対応してくれるなんて、やっぱり違和感を覚えるんだもん。


 僕の思考を読んだ魔王が苦笑した。


「せっかく禁領を与えたのだ。直後に死なれては、目も当てられぬ」

「なるほど、確かに」


 そうでした。

 僕たちに、というよりもミストラルに与えた禁領を活用することもなく死んじゃったら、いままでの魔王の苦労が水の泡だもんね。

 巨人の魔王が親切なのは、竜峰と友好関係を築きたいから。というのが実は建前なのは、僕たちはもう知っている。

 本当は、ミストラルが宿す流星竜の竜宝玉との関わりで、ミストラルを大事にしているんだったよね。

 僕たちはおまけだ。


 でもおまけでも、こうして親切にしてもらえて嬉しい。


「さて、食糧はこれからは自分たちで持ち運びをするのだな」


 言って魔王は、背後に瘴気の闇を生み出す。そこから、大量の食糧や物資が召喚された。


 瘴気から食べ物って、なんか嫌な感じだな。なんて思っちゃいけません。


 これまでは、必要なときに必要な分だけ魔王が物資を召喚していたけど、これからは自分たちで運ばなきゃね。


 お礼を言って、みんなで分担して荷物を持つ。


「竜峰の騒ぎが収まったら、もう一度遊びに来い。来なければ、私から行くぞ」

「はい、ぜひまた遊びに行きます!」

「んんっと、またいっぱい遊んでね!」


 僕とプリシアちゃんが元気良く返事をしたら、みんなに白い目で見られました。


「魔族の国に喜んで行くだなんて……」

「あ、いや。そうじゃなくてね……」


 ミストラルの冷たい言葉と僕の慌てように、みんなが笑う。


「最後まで、其方は面白いな」

「ぐぬぬ」


 くつくつと喉を鳴らし、魔王までも笑っている。そして笑いながら、背後の瘴気の闇へと姿を消した。


 魔王が消えると、空から黒翼の魔族たちが降下してくる。


「みなさん、これまでありがとうございました」


 黒翼の魔族たちにも、僕たちはお礼を言う。


「いや、竜人族がこうも普通だとは思わなかった」

「君らが我らに先入観を持っていたように、我らも竜人族には先入観があった」

「なかなかに面白い日々だったよ」

「巫女よ、また語らおう」


 気のせいかな。巫女のルイセイネが一番に黒翼の魔族たちに気に入られていたような気がする。


 黒翼の魔族たちは、順番に瘴気の闇へと消えていった。

 瘴気は、魔王と黒翼の魔族を飲み込むと、霧散した。


「さあ、僕たちも次の行動に移ろうか!」


 そして、僕の傍で大きく拳を突き上げた者がいた。


「……なんでルイララは残っているの?」

「ひどいな、エルネア君は。僕は竜人族と魔族との間を取り持つ係りだからに決まっているじゃないか」

「そうだったね!」


 なんでだろう。にこやかに気分良く魔族と別れたはずなのに、また魔族への嫌悪感が湧いてきました。


「さぁ、竜峰の騒動を僕たちで解決しようじゃないか!」


 ルイララの元気さとは逆に、僕たちはがっくりと肩を落とす。


「と、とにかく。僕たちも行動しようか。ここにいつまでも居たら、魔族に襲われるかもしれないしね」

「そうね、そうしましょう」


 ミストラルが疲れたように促すと、竜人族の人たちは手に手に荷物を持ち、準備万端だと頷く。

 僕は、上空で旋回していたレヴァリアを呼び寄せる。


「魔王様、ひどいですよねぇ。置いていかれちゃいました」


 リリィも残ってくれていました。

 たぶん、竜族のリリィはこのまま竜峰の騒動に加勢しろってことだろうね。


 リリィと一緒に着地したレヴァリアに、僕が飛び乗る。なぜかルイララがついて来て、レヴァリアが心底嫌そうな顔をした。


「それでは、わたくしはリリィちゃんの背中に乗せてもらいますね」

「あれ、こっちに乗らないの?」

「ふふふ、エルネア君とルイララさんのお邪魔はしたくありませんので」

「ルイララ、あっちに行って!」

「ひどいなぁ、エルネア君は」

『わおうっ、それじゃあ、わたしもリリィの背中に乗ろうっ』

『リームもぉ』


 ということで、レヴァリアの背中には僕とルイララが二人で乗り、リリィの背中にはルイセイネとフィオリーナとリームが乗り込んだ。


「竜王エルネアよ、ありがとう。それと、これを渡しておこう」


 竜人族を代表して、いつものお爺さんが出てきた。レヴァリアにおっかなびっくり近づいてくる。そして僕に、羊皮紙の手紙をくれた。


「それは、儂らが確かに救出されたという手紙だ。儂の直筆の名前も入っておる。それを見せれば、北部の者もきっと君の言葉を信じてくれるだろう」

「ありがとうございます。有効に活用させていただきます」


 僕がお爺さんに頷くと、満足そうに頷き返してくれた。


「それじゃあ、気をつけてね」

「うん。ミストラルたちも、気をつけてね」

「エルネア様、どうかご無事で」

「エルネア君、私たちが到着するまで、無理は駄目よ」

「エルネア君、私たちが戻って来るまで、無茶は駄目よ」

「んんっと、お土産ね?」

「作戦開始にゃん」


 地上に残った他のみんなに、僕は強く頷く。


「先に戻って、みんなのことは伝えるから。救援が来るまでは、慎重にね」


 僕たちは、ここでみんなと別れて、一足先に戻ることになっている。

 そして、北部の人たちを解放したことを早く伝えて、北部竜人族の騒乱を鎮める。

 だけど、それで終わるわけじゃない。

 その先には、オルタ戦という大一番が待ち構えているんだ。


 僕たちはオルタ戦を見据え、大きく動き出した。

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