竜殺しの末裔
「お茶をどうぞ」
僕とリステア、それにセリース様は、離宮の別の一室で落ち着く。
どうやって僕たちの場所を知ったのか、そこにスラットンとクリーシオとネイミーも合流してきて、親しい友達だけで部屋を貸し切った。
「エルネアっち、凄いよ。双子王女様に気に入られたねっ」
「いいや、あの双子王女様に気に入られた場合は、逆に悩みどころだな」
スラットンとネイミーが、何が起きたのか話すように迫ってくる。
でも、説明が欲しいのは僕の方だよ。なんでああも、双子王女様は僕に言い寄ってきたのかな。
竜術に起因する事はわかるんだけど、だからといってあんなに強引に、お色気まで使って迫ることはないと思うんだ。
「まずは、お互いに情報交換をしようじゃないか。エルネアも状況が掴めずに困っているんだろう」
「うん、リステアの言う通りだね。僕は今、自分の身に何が起きているのかよくわからないよ」
さすがはリステアだね。いま何が必要なのかをちゃんと理解して、正しく導いてくれる。
勇者様御一行も異議はないみたいで、リステアの提案に頷いているよ。
「時系列で整理していこう。まずは大まかな流れを整理するところからだ」
「それなら、あの爆発音から進めましょう。
クリーシオの言葉に、スラットンがにやける。
「いいや、その前に。なんでお前は、お茶会の会場で双子王女様に抱きついていたんだよ」
「えええっ、僕は抱きついてなんていないよ。あの時は双子王女様の方が僕に抱きついてきたんだよ」
ああ、でも途中からしかあの現場を見ていなかった人なら、あれは僕が抱きついていたように見えるのかな。
普通、王女様の方から抱きついてくるなんて思わないもんね。
「エルネアっち、なんで抱きつかれたのさっ」
「わからないよ。だっていきなりだったんだもの」
ネイミーが僕を肘で小突いてくるけど、わからないものはわからないんだよ。
「それよりも。あの爆発音の後、僕は双子王女様に大広間から連れ出されたんだけど、みんなはどうしていたの?」
ああいう時には、リステアが真っ先に飛び出していきそうなものなんだけど。
それに、いくら破天荒な双子王女様とはいえ、あの状況で飛び出して行ったら護衛の人も慌てて後を追うんじゃないのかな。
「ああ、あの時か」
リステアが苦笑する。
「恐るべし、双子王女様だな」
「姉たちが迷惑をかけました、ごめんなさい」
「どういうこと?」
スラットンが渋面しセリース様が謝る姿に、僕は首を傾げる。
「あの時、お前たちが出て行った後に、あの双子王女様は大広間に結界を張って、俺たちを閉じ込めたんだよ」
「えええっ、いつの間に!?」
いくら僕が混乱していたからといっても、リステアたちを閉じ込めるような強力な結界なんて発動したら、気づくと思うんだけどな。
「あれは恐らく、事前に準備されていた結界だと思うわ」
呪術士らしいクリーシオの言葉で理解する。
なるほど、その場で結界を張ったわけじゃなくて、事前に準備していたものを発動させたのか。
それだと、出て行った僕にはわからないね。
「あの結界を破壊するのに手間取って、お前のところに駆けつけるのが遅れた」
「庭で何があったんだよ。俺は周りの女性に掴まれまくってて、動けなかったんだ」
そうか、リステアが遅れて来たのは、そのせいだったんだね。
それとスラットン、あんまり変なことを言わない方が良いよ。クリーシオに睨まれてます。
「それじゃあ、僕が庭での事を話すね」
さて、どう説明しようかな。
「まず、庭では魔獣が暴れていたんだ。大きな灰色の狼魔獣だね。衛兵の人たちが苦戦していたんだけど、そこに僕たちが到着したんだ」
「魔獣だと!?」
魔獣という単語に、リステアとスラットンが色めき立つ。
「うん。かなり強そうだったよ。でも僕たちが到着したら、何故か衛兵さんたちが魔獣からじゃなくて僕たちから逃げて行ったんだ」
「そりゃあ、双子王女様が来たらねぇ。ぼくだって逃げると思うよっ」
ネイミーが両腕を抱いてふるふると震える真似をする。
「すみません、駄目な姉たちで」
セリース様が肩をすぼめる。
「双子王女様って、そんなに危険なの?」
「お前はその時、危険を感じなかったのか?」
「ううう」
指摘されて、思い出してみる。
双子王女様はあの時、大狼魔獣に向かって竜槍乱舞を発動させたよね。
あれって、もしかして衛兵が逃げなくても問答無用で発動させていたんじゃないのかな。
一応、逃げるように事前に衛兵さんに伝えていたけど、そうじゃなくてもあのお二人ならやってそう、と僕は妙に納得してしまった。
「うん、とても危険だったね。僕はまだ双子王女様の側で守られていたけど、衛兵さんたちは逃げて正解だったと思う」
「だろ?」
と言って、がははっ、と笑うスラットン。
「それで、魔獣は倒せたのか?」
「ええっとね」
僕はどう話そうかと思い悩む。
本当のことを言うべきか、誤魔化すべきか。
本当のことを言えば、僕自身のことも話さなきゃいけなくなるよね。
でも誤魔化しても、双子王女様が喋ったら露見しちゃう。
どうしよう。
少し考えてみて、僕は双子王女様が暴露しないことに賭けた。
いつもの勘だね。
あのお二人は、僕の秘密を自分たちだけのものにしそうな気がする。
「ええっと、双子王女様が竜槍乱舞っていう術を使ったんだけど、大爆発で起きた煙幕が晴れた時には、もう魔獣は居なかったよ。あの威力だと、多分倒せたんじゃないのかな」
逃げたと言ったら捜索になりそうだったから、倒せたと言ってみる。
これも双子王女様が本当の事を報告したら終わりなんだけどね。
僕は、双子王女様が口裏を上手く合わせてくれることを願う。
「竜槍乱舞……お姉様方はエルネア君が居たのに、そんなに危険な竜術を使ったんですね。ごめんなさい、被害はありませんでしたか」
本当に心配そうなセリース様の様子に、僕は申し訳ない気持ちになるよ。
嘘を言ってごめんなさい。隠し事をしていてごめんなさい。
本当は、謝るのは僕の方なんだよね。
「う、うん。術は全部魔獣に飛んで行ったから、僕には被害がなかったよ」
竜槍乱舞。あれはきっと、本来は全方位に竜槍をぶち撒ける無差別な術じゃないのかな。と僕は推測する。
なにせ、竜槍一発でもとんでもない破壊力なんだよ。
「それで、魔獣を倒したところに俺たちが到着したわけか」
「そうなるね」
「それで、なんで逃げ出すんだよ?」
スラットンの突っ込みに、僕とリステアが苦笑した。
「きっと、
本当は、僕の事を聞き出すために逃げたんですよ、と落ち込んでいる様子のセリース様に言いたかった。
んん。ということは……
別にあの場で僕の事を問いただしても良かったんだよね。
でもあえて逃げ出して、密室で僕のことを聞こうとした。
ということは、やっぱり双子王女様は僕の秘密を外に漏らさないつもりだったんだ。
そう考えると、いま僕が嘘を言っていることに、ちゃんと口裏を合わせてくれるような気がするよ。
「ははぁん、それで隠れて、あの双子王女様といやらしい事をしていたんだな」
「し、してないよっ、誤解だよっ」
スラットン、なんてことを言うんだ。僕は決して自分からいやらしい事なんてしてないよ。
慌てふためく僕を見て、セリース様ががしっと肩を掴んできた。
「王家の者にお手つきしたら、ちゃんと責任を取らないといけないんですよ。あの姉たちですから、ちゃんと考えて行動してくださいね?」
「は、はいっ!」
セリース様の気迫に、気後れして後退る僕。
「それで、手を付けたのか」
「つ、付けてないってば。リステアたちが来た時、僕はちゃんと抵抗していたでしょ」
「そうか? 俺は抱擁されて楽しんでいるように見えたぞ」
「ひ、酷いよぉぉっ」
リステアの思わぬ裏切りに、僕は悲鳴をあげる。
そしてそれを見て、みんなは爆笑していた。
ぐぬぬ、からかわれた。
「ところでさ」
僕は、このままからかわれ続けそうな気配を断ち切るために、自分から話題を変える。
「セリース様もさっき竜術って言ってたけど、なんで双子王女様が竜術を使えるの? 竜術って竜人族の術だよね?」
「ほええ、エルネアっちは物知りだね」
「いや、知らないから質問しているんだろう」
ネイミーはスラットンに突っ込まれて頬を膨らませる。
「なんだお前、セリースや王家のことを知らないのか」
「リステア、なにを?」
「私たち王族は、先祖代々竜術が使えるんですよ」
「えええっっ」
初耳ですよ。
僕の驚きに、またみんなが爆笑した。
「ううう、そんなに笑わなくても良いじゃないか」
「ごめんなさい。でもそうよね。王族に普段関わりのない方は知らないものね」
「ああ、俺だってきっと、セリースと共に冒険に出なかったら知らなかっただろうさ」
むむむ。なら僕が知らないのも仕方ないじゃないか。
「不貞腐れるなって。ちゃんと説明するから」
「たぶん説明してくれるのは、スラットンじゃなくてリステアとセリース様だと思うけどね」
「言ってくれるな」
ふふん。スラットンに一矢報いたので、僕は少しだけ気が晴れる。
「エルネア、お前は初代アームアード国王とヨルテニトス国王の物語を知っているだろう?」
リステアの質問に、僕は頷く。
もちろん知っているよ。きっとリステアたちの知らない真実までね。
「お前は、魔族にさえ歯が立たない人族がそう簡単に
「言われてみると、厳しいね」
本当はスレイグスタ老や竜人族も絡んでいるけどね。
「ついでに、双子なのに聖剣が一本だけということには違和感を覚えないか」
「むむむ」
それは考えたことがなかった。
言われてみると変だよね。アームアードとヨルテニトスの双子が活躍したはずなのに、活躍するための聖剣は一本だなんて、変な話だ。
「竜術、それが答えだ」
リステアの言葉が理解できずに、僕は首を傾げた。
するとセリース様が教えてくれる。
「アームアードとヨルテニトスは、竜術を極めていたと
「な、なんだってぇっ」
さらに初耳です。
「弟のヨルテニトスは極めた竜術で竜族を自在に従えました。現在に至る竜騎士団の
「そして兄のアームアードは、極めた竜術で身体を極限まで鍛え上げたと云われている。そして、その超絶的な力で聖剣を振るったんだ」
「そのせいか、アームアードの子孫も生まれながらに竜術が使えるのです」
「ということは、もしかしてセリース様も使えるんですか」
「はい、姉たちの足もとにも及ばないくらいの力ですが」
少し悲しそうに微笑むセリース様。
本当はもっと強い力で、リステアの役に立ちたい。そんな雰囲気だ。
それにしても、僕は知らなかったよ。こんなに身近に僕以外にも竜力のある人族がいるなんて。
人族は竜力を持っていない、という先入観があったから探ろうという思いもなかった。
セリース様も、まさか僕なんかが竜力を持っているなんて思わないから、気づかないんだろうね。
でも言われてみて、僕はこっそりとセリース様の竜力を探ってみる。
すると、確かに僅かながら竜力を感じ取ることができた。
「竜術が使えるなんて、王族の方はやっぱり凄いですね」
これは僕の素直な感想だった。
「いいえ。使えるだけではやはり……」
だけど、元気を見せないセリース様。
「竜術が使えるといっても、所詮は人族なのです。扱い方も修行の仕方もわからないのでは、力の伸ばしようがありません」
「えっ」
僕は驚く。
「初代様は竜術を極めていたんですよね。それじゃあ、多くのことを伝承しているんじゃないんですか。それに、竜術だったら竜人族に聞けば良いような?」
「お前の疑問はもっともだ。ただな……」
リステアが言い淀む。
「じつは、代を重ねるごとに使える竜術は減っていっているんです。そうすると口伝で伝わる竜術は失われるものが多くて」
ふむむ、竜術は口伝なのか。書物とかで残しておけば良いのに、と僕は簡単に考えてしまう。
「それに、竜人族は私たち人族には竜術を教えてくれないから」
「な、なるほど。自分たちの術を人族には使われたくない、ということですね」
「そうね」
セリース様は頷く。
そりゃあ、自分たちの種族の優位性を多種族に進んで教えようとする人はいないよね。
だとすると、手取り足取り教えてもらっている僕は、なんて恵まれた環境にいるんだろうね。
「でも、そうすると双子王女様はなんで高位の竜術を使えるんですか?」
「ああ、それはな」
リステアが苦笑する。
「あの二人は、凄腕の冒険者なんだ。だから色んな危険なことをしているうちに、どこかで覚えたんだろう」
「えええぇぇぇっっ」
予想外の答えに、またもや僕は驚いた。
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