毎日が充実
まさか、王族の人が。それも王女様が冒険者だなんて、知らなかったよ。
と思ったけど、セリース様も一応冒険者なのか。
でも、やっぱりセリース様と双子王女様では、同じ冒険者だとしても立場が微妙に違うよね。
セリース様は勇者のリステアの許婚なんだから、冒険者でもおかしくはない。だけど、双子王女様は、あえて冒険者にならなくちゃいけないような立場でも地位でもないんだよ。
それなのに冒険者になるなんて、やっぱりあのお二人は破天荒な性格だったんだ。
あの健康的な小麦色の肌も、冒険で外を出歩いてばかりいるから日焼けしたんだろうね。
セリース様は透き通るような白い肌だから、姉妹であんなに肌の色が違うなんてことはないよね。
あらら、でもセリース様もリステアと共によく冒険に出ているから、日焼けする条件は一緒か。
「お姉様方のお母様も冒険者だったと聞きますし、あの性格と
「ええっと、もしかしてセリース様と双子王女様は母親が違う?」
「そうですよ。私たち兄妹は全員母親が違うわ」
うわわ、知らなかったよ。
「見てみろ。そこの勇者野郎だって一夫多妻なんだ。国王ともなれば沢山の嫁さんがいても不思議じゃないだろう?」
そう言えばそうだね。スラットンの言う通りだ。僕も、もう二人もお嫁さん候補がいるし、王様のお嫁さんが大勢いて、それぞれに子供が居てもおかしくはないね。
「それにひきかえ、俺なんてクリーシオ一筋なんだぜ。クリーシオォォ」
「きゃあ、止めて、気持ち悪い!」
「ぎゃあっ」
クリーシオに抱きつこうとしたスラットンは、彼女に股間を蹴られて蹲った。
うん。自業自得ですね。
スラットンとクリーシオのやり取りに、やっとセリース様は笑顔を取り戻していた。
「それで、あの部屋で本当は何をしていたんだ」
「うん?」
話が急に戻ったね。
「ええっと、本当に何もしていないよ。ただ双子王女様に迫られていただけだよ」
「本当か? あの二人はああいう性格だけど、一応王女としての自覚もあるんだ。無闇矢鱈と男に迫ることはないと思うけどな」
リステアは意味ありげな視線を僕に向ける。
きっと、リステアは僕が隠し事をしているという事に、薄々感づいているんじゃないかな。
でも強く追求することはしない。
僕から話すのを待ってくれている感じがするよ。
ごめんね、リステア。
きっといつか、君にも真実を打ち明けるよ。
だから今は、もうちょっと我慢していてね。
僕はいつか、ミストラルをみんなに紹介したいと思っている。
彼女はとても素敵な女性だし、リステアたちも素晴らしい友達なんだ。
だからみんなで仲良くやれれば良いな、と思うんだ。
ただ、今はその時じゃないと判断している。
旅立ち前だし、僕の隠している秘密は大きすぎるもんね。
ミストラルのこと。彼女が竜人族で竜姫だということ。
竜の森のこと。霊樹とスレイグスタ老のこと。それに耳長族の村とプリシアちゃん。ニーミアもね。
あとは、ルイセイネかな。彼女とのことはもう既にキーリとイネアから情報が行っていると思うから、ことさら隠すようなことはないかな。
ああ、竜眼のことはまだ僕たち以外には秘匿しているんだった。
僕の隠している秘密は、僕ひとりの判断で話して良いものではないんだ。
だから今は、心苦しいけどまだリステアたちには秘密にしておくしかないんだよ。
僕の思惑を読み取ってくれたのか、じっと僕を見つめていたリステアは、顔を綻ばせる。
「まあ良いさ。あの二人が絡む話にはろくな物がない。言えるようになったら教えてくれよ」
「う、うん」
リステアの配慮が嬉しかった。
スラットンやセリース様も今のやり取りで納得してくれたのか、僕を無理に追求する気配はなかった。
その後は今いる部屋で、僕たちだけで盛り上がった。
今更お茶会に戻るのもな、と思ったし、スラットンがもう懲り懲りだ、と溜息をついていたからね。
僕たちのような、まだ少年少女と言ってもいいような年頃のみんなには、お見合いに近いあのお茶会の場は
夕方までのんびりと過ごした僕たちは、帰りもリステアの家の馬車で帰ることになった。
帰り際、多くの男女にリステアやセリース様は引き止めを受けていたけど、やんわりとお断りをしていたよ。
僕も、もしかしたらまた双子王女様が迫ってくるかも、と警戒していたけど、姿さえ見る事はなかった。
諦めてくれたのかな?
そして僕は、リステアのお屋敷で自分の服に着替え、少しのお土産を持たされて、この日は家に帰った。
ちなみに、お茶会に出た時の立派な服はリステアに保管してもらうことにした。
僕の家だと、きちんと保管できなくて傷みそうだったからね。
そして翌日。
学校に登校すると、お茶会に参加したことをみんなに羨ましがられた。
リステアや勇者様御一行ならいざ知らず、阿呆の子の僕なんかが参加したことが不満だったらしい。
みんなに随分と詰られて大変だったよ。
それと、巫女のキーリ、イネア、ルイセイネからは、お茶会参加組全員が恨みのこもった視線を向けられることになった。
巫女の彼女たちは、お茶会のような華やいだ場所には参加することができないんだよね。
これは結婚しても変わらない、厳しい戒律なんだ。
僕はルイセイネを。リステアはキーリとイネアを慰めるのに四苦八苦したよ。
そして前半の座学が終わり、神殿に戻る巫女のルイセイネたちと別れ、僕たちは修練場へと向かう。
もう旅立ちの日まで残り少ない。
冒険者での自立を目指すキジルムたちは、年が明けてより一層真剣に武芸に励んでいた。
僕はもちろん、そんなみんなを横目に瞑想するんだけどね。
さあ瞑想しようかな、と思ったら幾つか視線を感じた。
こっそり様子を伺うと、近くでは呪術の修行をしているクリーシオが。遠くからはリステアやネイミーが興味深そうに僕を見ていた。
僕の瞑想が普通じゃないって事は、既に感づかれているんだろうね。
もともと去年の夏場あたりから、僕の瞑想に不思議なものを感じるって言っていたけど、先日の双子王女様が僕に並々ならぬ興味を示していたことで、より一層興味を引いてしまっているのかもしれない。
もしかすると、今だとセリース様に探られて、僕の竜力がわかっちゃうかもしれないね。
それはまずい。どうやってやり過ごそう。
とりあえず僕は、ただ目を閉じて、いつもの姿勢で座るだけにした。
でもなんということでしょう。
目を閉じてただ座っただけなのに、僕は無意識に瞑想状態に落ちてしまう。
日頃の修行の
いけないいけない。これだとセリース様に見破られちゃうよ。
僕は仕方なく、極力竜脈からの汲み上げを細くし、竜気の錬成を押さえ込んだ。
むむむ、意外と難しい。
今までは特に制限せずに、ある程度の量を汲み取り錬成していたので、それを極限まで抑え込む、ということは意識しなかった。
だって、あるに越したことはないのに、制限なんてしようと思わないもんね。
だけど、これは意外といい修行になるかもしれないよ。
あえて制限する、というやり方は思っていた以上に繊細な竜気の扱いと集中が必要みたい。
僕は新たに見つけた修行方法を実践すべく、深く瞑想に入り込む。
新しい修行方法が功を奏したのか、セリース様には感づかれることもなく、無事に修練の時間も終わる。
学校が終われば、いつものように竜の森へ。
僕は、昨日リステアのお屋敷で貰ったお土産を手に、苔の広場を目指して森の中を彷徨う。
すると途中で、大狼魔獣に出会った。
去年の春頃なら僕は悲鳴をあげて逃げ出しているところだね。
でも、今は違う。
大狼魔獣は僕を驚かさないように正面から姿を現し、とことことやって来た。
そして頭を僕に擦り付けて、じゃれる。
うん、昨日のお礼を僕にしたいみたいだよ。
ミストラルほどじゃないけど、僕も最近は魔獣の想いがわかるようになってきたみたい。
もしかして、竜心の影響だったりするのかな?
どうやら背中に乗れと言ってるような気がするので、遠慮なく乗せてもらう。
すると、大狼魔獣は滑るように森の中を駆けだした。
もちろん無音でね。
流れていく森の景色を、僕は堪能する。
何でだろうね。ただ流れるだけの景色を見ることがとても楽しい。
これは僕だけじゃなくて、ミストラルやプリシアちゃんも同じ感想なんだ。
たぶん、馬の全速力でも追いつけない程の速さだと思う。そんな速さで森の木々を避けながら疾駆する大狼魔獣。
右に左に跳ねるんだけど、乗っている僕にはなぜか横揺れがこない。これも無音と同じように、大狼魔獣の術なのかな。
人気のない森を駆け巡っていると、巨大兎魔獣が合流する。そして鹿魔獣が駆け寄ってきて、空には大鳥の魔獣まで。
っていうか、なんで君たちは竜峰に帰ってないのさ!
竜峰に現れた腐龍は居なくなったのに、帰る気配を見せない魔獣たちに、僕は無駄な努力をしたんじゃないかと思ってしまったよ。
魔獣大行進で森を走りまわり、十分に堪能した僕はお礼を言って、魔獣たちと別れる。
なんだかんだと思いつつも、みんなで走り回るのは楽しかった。
そしてひとりになった僕は、また竜の森を彷徨い始めた。
ここが森のどの辺かなんてことは気にしない。だって、どこであろうと竜の森の中なら、いずれは苔の広場に辿り着けるんだからね。
のんびりと歩いていると、瞬きをした瞬間に景色が変わった。
普段、彷徨っている竜の森にも大木は多いけど、古木の森はもっと太く立派な巨木なんだ。
一瞬で変わる景色にも、今ではすっかり慣れたよ。
僕は澄み切った空気をいっぱい吸い込んで深呼吸をし、歩みを再開する。
そうすればすぐに視界が開き、苔の広場に到着するんだ。
「こんにちは」
苔の広場にたどり着いた僕は、元気に挨拶をする。
「ふむ、なんぞ新たな女の匂いがする」
「えええぇぇぇっっっっ!!」
来て早々にスレイグスタ老に変なことを言われ、僕はたじろいだ。
「どういうことかしら」
「ああ、ミストラルだ」
年が明けてからも殆ど会えていなかったミストラルが、珍しく居るよ。
「あ、ミストラルだ。じゃないわ。どういうことかと聞いているのよ」
「うっ」
何でそんなに剣呑な目で僕を見るんですか。
「んんっと、甘い匂いがする」
僕に抱きついてきたプリシアちゃんが、とんでもない事を言い出した。
そんな馬鹿な!?
確かに双子王女様は甘い香りがしたけど、僕に匂いが移っているとは思えないよ。昨夜はちゃんとお風呂にも入ったしね。
「双子王女様って誰にゃん」
「しまったぁぁぁっっ」
ここには僕の心を容易く読む竜が居るんだった。
「へえぇ、双子の王女様ねぇ」
ぐぬぬ。ミストラルから恐ろしい殺気が立ち込めていますよ。
「ち、違うよ。誤解だよ」
襲ってきたのは双子王女様の方なんだ。僕は被害者なんだ。
「ほほう、襲われたとな。して、どこまで進んだのだ」
「ちがあぁぁうっっ」
何もしてません、何も起きてません。すべて誤解です。
「エルネア、じっくり聞かせてもらいましょうか」
ミストラルは微笑んで言うけど、目が笑っていませんよ。
こ、こわい。
「あ、お菓子だ。甘いのはこの匂いだ」
ぐああ、なんというプリシアちゃんの罠。
甘い匂いって、僕が持ってきたお土産の匂いだったのか。
でも、今更気付いても、もう遅い。
笑顔なんだけど目が笑っていなくて殺気立ってて、何故か漆黒の片手棍を手にしたミストラルが僕に近づいてくる。
絶体絶命の危機ですよ!
僕の絶望的な状況を見て、スレイグスタ老とジルドさんが大笑いをしていた。
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