平地に降りた竜人族
「……というのが、楽園で起きた事件の全てです」
楽園に派遣されていた聖職者の人たちと一緒に王都へ戻ったあと。僕は、
「ふうむ。竜族の
王様は国の統治者らしく、楽園で起きた三つの事件を真剣に受け止めてくれていた。
それで、僕が提案した神殿建立の件も、前向きに耳を傾けてくれる。
「国としては、あの地に街を築き、そこを拠点として東部開拓を進めていこうかと協議しておったのだがな。しかし、儂ら人族だけの都合で開発を進めるわけにはいかぬようだ。それに引き換え、エルネア君の提示した案は面白いかもしれんな」
楽園に神殿を建立する考えは、いろんなことが複合的に合わさった妙案だと思うんだよね。
楽園にあまり観光客を引き寄せないようにすることによって、必然的に竜族との騒動を回避することができる。
精霊たちは変わらず遊びまわって、いろんな現象や騒ぎを起こすだろうけど、神殿で生活する聖職者にとってはいい修行になる、と僕は思います!
精霊たちの起こす問題は、たしかに迷惑なんだけど。でも、
生命の安全は確保されつつも、人の生活では経験できないような苦労や試練を経験できるんだ。
聖職者の修行の場としては、もってこいの場所じゃないかな?
そして、国にとっても有益な場所になることは間違いない。
楽園に生息する竜族の問題には、フィレルが進んで名乗り出た。だけど、なにもフィレルだけに押し付けなければならないような問題ではない。
竜騎士団が積極的に関わることによって、竜族との関係が今以上に深まる可能性もあるんだ。
もしかすると、今後の活動次第によっては、楽園の竜族たちが竜騎士団に加入してくれるかもしれないしね。
「国に有益なだけではなく、聖職者の方々にも
「エルネア様、さすがですわっ」
僕の力説に、王様は満足そうに頷く。
すると、提案が受け入れられて喜ぶ僕よりも、ライラが嬉しそうに飛び跳ねる。そして、ぎゅっと僕に抱きついてきた。
「陛下の
「陛下の
「しくしく、聖務中でなければ、私もエルネア君に抱きついてます」
「マドリーヌ、自重しなさい」
「マドリーヌ、遠慮しなさい」
「むきぃっ、双子のお二人にだけは言われたくありませんっ」
マドリーヌ様、聖務中ですから
「では、楽園の今後については、エルネア君の案で進めるとしよう。マドリーヌ様、神殿の設計と人員動員は、こちらでみましょう」
「陛下のお心遣いに感謝いたします。では、神殿側で資金の調達をいたします」
王様とマドリーヌ様のやり取りに、ちょっとだけ疑問を浮かべる僕。
「ねえねえ、マドリーヌ様。資金提供も国にお願いした方が良いんじゃないの?」
「ふふふ、エルネア君。そうしますと、神殿への国の影響力が強まってしまいますので、
「なるほど! ということは、アームアード王国の大神殿を建立し直したときも、寄付金を
「はい、間違いなく。あれだけ立派な大神殿を建立するためには、沢山のお
「ははは……」
「エルネア、その様子だと知らなかったのね?」
「ミストラル、な、何を言っているのかな!?」
「エルネア君、そんなことでは駄目ですよ?」
「ルイセイネ、というと?」
「お気付きではないようなので、伝えておきますね。大神殿を建立する際に多額の資金提供をしてくださったのは、エルネア君のご実家ですよ?」
「なな、なんと!」
知らない間に、父さんや母さんがお布施をしていた!?
しかも、多額のお金だなんて。
僕のお財布には、
「シューラネル大河に掛かる大橋の通行税や、国難を救った報酬として、エルネア君のご実家にはお金が入っていますからね」
「うん、それは知っているんだけどさ。資金管理は母さんやカレンさんにお任せだから、実感がないんだよね」
それどころか、竜王の都で
「そうだ、ミストラル! お金がいっぱいあるなら、お小遣いを増やして?」
「駄目です」
「しくしく……」
何を隠そう。イース家の人々は、お小遣い制なのです。
だって、お金を使い放題にしちゃうと、某双子王女様がお酒や宝飾品に浪費しちゃうからね。
僕も、定期的にミストラルからお小遣いを貰っているのでした。
「エルネア君、お金が余っているのでしたら、ぜひ神殿建立のお布施をお願いしますね?」
「だ、そうだよ、ミストラル?」
「戻ったら、お
どうやら、マドリーヌ様の資金調達は、
順調に進む今後の話に、みんなの雰囲気も明るい。
だけど、ミストラルだけは今回の事件に思うところがあったようだ。
「それで、エルネア。竜人族の盗賊のことなのだけれど」
「うん。それは王様だけじゃなくて、ミストラルにも相談しようと思っていたんだよね」
もちろん、盗賊団も連行してきた。
楽園を離れても、アリシアちゃんが眠りの術をかけ続けてくれたおかげで、盗賊団の竜人族は王都に着くまで昏睡していた。
だけど、このまま永遠に眠らせておくわけにはいかない。
「竜人族か。たしかに、盗賊行為への罰として罪を
王様の意見はもっともだよね。
監獄はあるけれど、それは人族を
そこに竜人族を収監しても、人族よりも遥かに強力な力を持っている彼らは、簡単に脱獄するかもしれない。
過去に、ミストラル自身が証明してみせたことがあるしね。
他の方法として、竜族を捕らえていた設備を利用する、という考えが出た。
竜族の自由を封じていた設備だ。たとえ竜人族であっても、抵抗できないはずだよね。
だけど、王様が難色を示す。
「実は、フィレルの提言でそうした設備は
再整備している間に逃げられたり暴れられたりしたら、元も子もないからね。
捕らえたものの、
そこへ、ミストラルが提案を入れる。
「よろしければ、竜人族への処罰はわたしに任せていただけないでしょうか」
「なるほど。同じ竜人族であるミストラル殿であれば、任せられる」
こうして、平地で盗賊行為をしていた竜人族は、ミストラルから裁きを受けることになった。
場所は変わり、監獄施設にほど近い拓けた土地へと移動してきた僕たち。
僕の身内や王様、それに近衛兵や竜騎士団、他にも
そして、
ひとりは、
もうひとりは、筋肉の盛り上がった
最後は、細身だけど引き締まった肉体の青年。
三人の男は、さっきまで深い眠りに落ちていたけど、アリシアちゃんが術を解くとすぐに意識を取り戻した。
三人の男は意識をはっきりさせると、
そこへ、ミストラルが進み出た。
「わたしは、竜姫ミストラル」
竜峰において、ミストラルを知らない竜人族はいない。
実際に顔を見たことがなくとも、噂は
銀に近い金髪の、美しい女性。
だけど、
竜の森の守護竜から、竜王をも超える竜姫の称号を与えられた
「よもや、竜王に続き竜姫様に出くわすとはな」
黒髭の男が顔をしかめさせる。
男は、泉で威勢のいい言葉を発しながら、呆気なく水の精霊王さまに倒された記憶があるのか、三人の中ではひとりだけ気まずそうだ。
だけど、残りの二人は違った。
「我は、竜姫なんぞ知らんな。こんな小娘が生まれる前に、竜峰を下ったのでな」
「私も、平地へ降りた後に、噂を耳にしたくらいだ。たしか、数年前に称号を受けたばかりだとか」
どうやら、偉丈夫と細身の男は、ずっと昔に竜峰を離れた竜人族だったらしい。
でも、今は彼らの過去なんて関係ない。
「貴方たちが竜峰を去るのは自由よ。でも、平地で悪さをしている竜人族を見逃すことはできないわ」
ミストラルは、いつになく鋭い視線で、三人の男を睨む。
三人の男も負けじと睨み返してくるけど、ミストラルに対して僅かな
「竜姫様よ、なにか勘違いしてるんじゃねえか。俺たちは何も罪は犯していねえぜ?」
「そうだ。竜族を相手に商売していただけじゃねえか!」
「それとも、なんだ? この国の法律には、竜族を相手に商売をしてはいけません、と書かれてるのかい? なら、国が法律を犯していることになるな! なにせ、国を挙げて竜族狩りをしているんだからよ」
竜族狩りをしていたのは、残念ながら事実だ。でも、それは過去の過ちとして国も認めて、新たな道に進もうとしている。
とはいえ、竜人族から痛いところを突かれて、集ったお役人さんたちは顔色を曇らせた。
だけど、ミストラルは
「いいえ、貴方たちは間違っているわ。竜人族として、竜族に挑むことは
そうだよね。
「それに、言わせてもらうけれど。竜峰から尻尾を巻いて逃げ出しておきながら、平地の竜族を相手に
なんだと、とミストラルの指摘に青筋を立てる三人。
「そうでしょう? 竜族が多く棲息する竜峰が怖かったから、平地で暮らす少数の竜族を狙ったのでしょう?」
言ってくれるじゃねえか、と
「もしもわたしの言葉に不服であるというのなら、竜人族らしく力で示しなさい。このわたしを倒すことができれば、誉れ高き竜人族の戦士として認めましょう。ですが、もしも三人がかりでわたしを倒せなかった場合には、牙を折ってもらいます」
牙とはなんのことだろう、と聞く余裕はない。
僕たちは、ミストラルと三人の竜人族のやり取りを見守る。
「誰か、この者たちに
ミストラルの要望で、三人の竜人族には武器が返却された。
黒髭の男は、鉄製の片手棍棒。偉丈夫は、巨大な
そういえば、スレイグスタ老が前に言っていたよね。
最近の竜人族は、力任せの技に頼りがちだって。
三人の武器も、見るからに力任せの凶器だった。
ミストラルは、三人が武器を手に取ったことを確認すると、漆黒の片手棍を抜き放つ。
ミストラルも
「わたしは、竜姫ミストラル・イース。
ミストラルの名乗りに対して、三人も竜気を解放しながら名乗る。
「俺は水竜の
「我は、地の竜の加護を受けしグーノス。地竜の血を飲み干し、飛竜を
「私は、セイガル。
いざ、
三人対ひとりの勝負。
それでも、お互いに納得しあい、名乗りを上げた、誇りをかけた戦いだ。
四人は油断なく、そして
黒髭の男、ギャレッドの背中が盛り上がる。
まさか、水がなくても人竜化して戦うつもりなの!?
偉丈夫、グーノスの全身にも、異変が起こる。
只でさえ見上げるような巨躯なのに、さらにもうひと回り
手足が異常なほど太くなり、猫背気味になった背中からは鋭い
だけど、人竜化を見過ごすようなミストラルじゃない。
漆黒の片手棍を右手で握りしめると、地面を力強く蹴る。
そこへ立ち塞がったのは、風の竜術を得意とする細身の男、セイガルだった。
「おおっと。二人の邪魔はさせないよ。それと、貴女が変身するいとまも与えないと知っていただこう!」
両手の斧を、まるで小剣か何かのように軽やかに振り回す。
斧に乗った竜気の烈風が、飛竜の爪のように鋭くミストラルに襲いかかった。
「ひとつ、言わせてもらうわ。ガーシャークは、もう竜王の称号を返却したわ!」
「なっ!?」
そう。疾風の竜王ガーシャークは、ザンとの勝負で利き腕を落とされた。そして、それを切っ掛けに、竜王の称号を返したんだ。
それを知らずに、名乗りに他者の威光を利用するだなんて。
ザンは、ミストラルの村の戦士だからね!
人竜化が途中だった黒髭のギャレッドは、ありえない光景に
そして我に帰る暇もなく、ミストラルの二撃目を受けて地面にめり込んだ。
背中から生えた小さな背びれが、ぴくぴくと
「おのれっ!」
二人を犠牲にして人竜化を完成させた偉丈夫のグーノスが、恐ろしく太い腕を振り上げ、巨大な戦槌を振り下ろす。
ミストラルは、漆黒の片手棍で真っ向から受ける。
激烈な衝撃音が響き、周囲に衝撃波が広がる。
だけど、ミストラルは片手だけで、グーノスの猛攻を防ぎきっていた。
人竜化し、全身全霊の力を込めて放った攻撃を、人竜化もしていない女性が簡単に受け止めた。
衝撃的な光景に、誰もが絶句する。
しかし、そこは人竜化できるだけの実力を持った戦士だ。グーノスは顔色ひとつ変えることなく、もう片方の腕を振り下ろす。
ミストラルも、空いている左手を伸ばす。
「ぎゃあぁぁっっ!」
悲鳴をあげたのは、グーノスだった。
振り下ろされた拳を
そして、自身の倍以上はありそうなグーノスをそのまま片手で持ち上げると、勢いよく地面に叩きつけた。
周囲で
グーノスは、ギャレッドと同じように地面に全身を
お、おそろしい。
もちろん、ミストラルが勝利することは何の疑いもなく確信していたよ?
だけど、人竜化さえせずに、三人の竜人族の戦士をこうも呆気なく倒しちゃうだなんて……
圧倒的な力の差を見せつけたミストラルは、倒れた三人を静かに見つめる。
細身のセイガルは、完全に気絶してしまっているね。むしろ、生きているか心配なくらいに変な角度で上半身が折れている。
黒髭のギャレッドは未だに痙攣している。こちらも気絶しているようだ。
唯一、偉丈夫のグーノスだけは意識があるようだ。
陥没した地面から何とか這い上がりながら、それでも未だに闘志を燃やす瞳をミストラルに向けていた。
「気概だけは、認めるわ。だけど、やはり貴方たちは敗北者でしかない。竜峰から逃げた挙句に、わたしに負けたのだから」
「ぐうあぁぁっっ! 逃げたのではない。俺は……俺はっ!」
グーノスが立ち上がろうとした時だった。
空に、紅蓮色の影が輝く。
グーノスも瞬時に、その気配に気づいたようだ。
そして、ミストラルと対峙した時には見せなかった、心の奥底からの恐怖を見せて震え上がる。
「ぼ、暴君がなぜここに!?」
絶望に染まるグーノスを目掛けて、上空に飛来した紅蓮の影、レヴァリアが急降下してきた。
咆哮を放ち、荒々しく地面に降り立つ。
着地の間際。レヴァリアは、グーノスをその鋭い爪に捕らえて、地面に叩きつけた。
『我の過去を知る者か。ならば、名が示す通り、
喉の奥に地獄の炎を
もう、それだけで十分だった。
レヴァリアのことを「暴君」として知る者が、その恐ろしさを認知していないわけがない。
グーノスはレヴァリアの爪の下で無様に涙と鼻水を垂らしながら、
そんなグーノスにミストラルは歩み寄ると、レヴァリアに爪を退けるように頼む。
ミストラルの頼みを聞いてレヴァリアは爪を収めたけど、グーノスはそれでも恐怖に支配されたように震え上がっていた。
「貴方たちは、逃げたのよ。竜峰にはレヴァリアが君臨していた。そこから逃げておいて、平地でどれほど勇ましく振る舞おうとも、やはり敗北者でしかないわ。でも、逃げなかった人がいる。わたしの夫であるエルネアは、レヴァリアと真っ向から向き合ったわ。そして、今はこうして心を通じあわせているわ。竜人族の戦士として名乗りをあげるくらいには誇りが残っているのなら、わたしとの約束を守ってほしい」
ミストラルは静かにそう言うと、漆黒の片手棍を腰に戻した。
グーノスは涙と鼻水を流し、全身を震わせながらも、ミストラルの言葉に頷いてくれていた。
きっと、残りの二人も、意識が戻ってグーノスから話を聞いたら、心を改めてくれるに違いない。
僕たちは、同族を裁くという辛い戦いを終えたミストラルを、みんなで迎えて労った。
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