春の誓い
お散歩の後は、食事会になった。
季節は春だから、ちょっとしたお花見だね。
お花は、足もとに咲く小さな草花だけだけど、霊樹ちゃんが茂らせた葉っぱが、緑豊かに輝いている。
お花がなくでも、見上げれば素敵な景色が広がっていた。
霊樹ちゃんの根もとの
『ごはーんっ』
霊樹ちゃんまで、ご飯を
「いやいや、霊樹ちゃんは、もう自分で竜脈から力を吸い上げられるよね?」
『ごはーん!』
やれやれ、と笑う僕たち。
まるで、手の掛かる子供を相手しているみたい。
だけど、霊樹ちゃんが甘えてきてくれることが嬉しくもある。
これって、いわゆる親心ってやつかな!?
「仕方ないなぁ」
僕は自分のお腹を満たす前に、霊樹ちゃんにご飯を与えることになった。
太い根と根の間に腰を下ろして、立派な幹に背中を預けて瞑想に
「ごはんごはん」
「アレスちゃんまで!?」
すると、アレスちゃんが僕の膝の上を独占して、気持ち良さそうに鼻歌を歌い出す。
これまでは、瞑想をする時は、霊樹の木刀を抱いたアレスちゃんを膝に乗せて、僕がふたりに力を与えてきた。
だけど、これからは違うんだね。
「いや、待てよ? これからは、霊樹ちゃんに背中を預けて瞑想することになるんだよね? ということは、楽ちんな姿勢になるってことかな!?」
「愚か者であるな。正しい姿勢で瞑想をするからこそ、意味があるのだ」
「そう言うおじいちゃんは、
「かかかっ、我くらいになれば、
「本当かなぁ?」
「ふんっ、ものは言いようだわね」
そうしたら、アシェルさんが鼻で笑っていた。
巨人の魔王も、
「ええい、我を
「そうでした」
霊樹ちゃんにご飯を食べさせなきゃ、僕がご飯にありつけません!
瞑想にふける僕。
するとすぐに、背中から力強い生命を感じ取る。
世界を支える柱のように、天と地を貫く絶対の存在感。
霊山の内側に流れる竜脈から、元気いっぱいに力を汲み上げている。
霊樹ちゃんは、竜脈を自分の生命力に変える。そして、枝葉の先から世界に向けて、命の
「ようし、霊樹ちゃんに負けないぞ」
「おおぐいおおぐい」
僕も、精神を竜脈に溶け込ませて、力を受け取る。
一部を膝の上に座るアレスちゃんへ与え、残りを有りったけ霊樹ちゃんへ渡す。
僕の内側で錬成された力が霊樹ちゃんの生命力と交わり、世界に広がっていく。
「んんっと、プリシアはあっちのお肉が食べたいよ?」
「食いしん坊だな」
僕が霊樹ちゃんとアレスちゃんにご飯を与えている
しかも、よりにもよって、あの魔王を顎で使っています!
恐るべし、プリシアちゃん。
巨人の魔王にわがままを言える存在は、きっとプリシアちゃんくらいだろうね。
ぐううっ、と食べ物の匂いに釣られて、僕のお腹が盛大に鳴った。
『しかたないなあ。また、ご飯を頂戴ね?』
「いつでも、ご希望とあらば!」
霊樹ちゃんが満足してくれたので、僕はアレスちゃんを抱いて、食事会の輪に加わった。
「ようし、霊樹ちゃんに負けないくらい、いっぱい食べるぞ!」
食事会は、そのまま宴会に移る。
まあ、いつものことだよね。
プリシアちゃんが芸を披露したり、フィオリーナやリームが歌ったり。
もちろん、巨人の魔王やスレイグスタ老の掛け合いもある。
春の陽気と、霊樹ちゃんの優しい息吹に包まれて、僕たちは幸せな時間をのんびりと過ごす。
僕も、お腹いっぱいにご飯を食べて、お酒もちょっぴり飲みました。
「うっぷ。もう、いっときはお
「と、エルネア君は毎回のように言いますが、次の日には同じように頬張っていますよね?」
「だって、美味しいんだもん!」
とはいえ、今日はもう十分かな?
「よっこいしょ」
僕は「お芋の竜王」なんて、どこかで聞いた称号を呼ばれながら、立ち上がる。
「食後のお散歩ですか?」
「ううん、ええっとね。この辺で、ちょっと、今後のことをさ」
「あのことですね?」
「うん」
ルイセイネやみんなが、僕に注目する。その中を、僕はスレイグスタ老が佇む場所へ向けて歩みを進める。
だけど、どうやら僕の歩く姿に、少し違和感があったみたい。
「なんだか、歩き方がぎこちないぞ?」
「酔ったのかね?」
耳長族の人たちが首を傾げる。
でも、違うんだ。僕は酔っていないし、正しく歩こうとしている。
それでも違和感があるのは、きっと右腰に霊樹の木刀の重みがないからだろうね。
ちょっと寂しい感覚に、僕はまだ慣れていない。
それで、歩く
僕のぎこちない歩き方を見て、苦笑するみんな。
「そ、そんなに変かな?」
「汝は、いずれ右腰に新たな剣を帯びるべきであるな」
スレイグスタ老が、僕を見下ろす
「新しい剣かぁ」
巨人の魔王も、僕の今の姿を見て、眉根に
「其方は、既にもうひと振り、剣を持っているだろう? あれを帯剣しておけ」
「えええっ、魔剣は絶対にいやーん! それに、霊樹ちゃんの代わりになるような剣は、そう
『そうだそうだっ。見つかってほしくなーい』
霊樹ちゃんも、自分の代わりを簡単に見つけてほしくないみたい。枝葉を揺らして魔王に抗議する。
「存外に、独占欲があるのだな」
「僕に似たのかな?」
僕も、妻たちに独占欲を覚えることがあるからね。
「とはいえ、いつまでも白剣のみで竜剣舞は舞えないだろう?」
どう考えている、と魔王に問われた僕は、ある決意を示した。
「おじいちゃん」
「むむむ、汝は何を考えておる?」
僕は、左腰に帯びた白剣を、スレイグスタ老に差し出す。
僕の行動を見て、スレイグスタ老だけでなく、巨人の魔王やユーリィおばあちゃんたちまで驚いていた。
「僕は、剣を置こうと思います」
「ほほう?」
スレイグスタ老は、黄金色の瞳でじっと僕を見つめていた。
そこへ、ミストラルたちも立ち上がり、僕の傍に駆け寄ってきた。
みんな、真剣な表情だ。
「ええっとですね。別に、隠居するとか、竜剣舞を捨てるってことじゃないんですよ?」
竜剣舞があっての僕だと思っているし、隠居するにはまだまだ早過ぎる。
だけど、僕はここで、一度立ち止まらなきゃいけないんだ。
ううん、違う。もっと言うのなら、初心に戻らなきゃいけないんだと思う。
これまでの経験。そして、これからの人生。色々と想いを巡らせて、僕はある決意をした。
「おじいちゃんは、昔に言ったよね。力を得れば、より強大な力に飲み込まれるって。僕は今、そういう状態なんだと思います」
最初は、魔物にさえ逃げ出していたような僕。
だけど、スレイグスタ老に師事し、霊樹の木刀と白剣を得て、次第に大きな騒動へと巻き込まれ始めた。
そして気づけば、世界に影響を及ぼすような大騒動にまで首を突っ込むくらいになった。
「良く言えば、それだけ僕が成長したってことなんだと思うんですけど。でも、言い換えると、力を持っているという自負や
だから、と僕は改めて白剣をスレイグスタ老に差し出した。
「霊樹ちゃんが根付いた今だから、決断できたんです。一度、僕は武器を置いて、初心に戻ろうと」
良い機会なんだと思う。
霊樹の木刀と白剣を手放す。それはつまり、僕は竜剣舞を舞えなくなり、力を発揮できなくなる、ということを意味する。
自ら強力な武器を手放すことによって、自分の弱さや世界の広さを、改めて感じようと思うんだ。
「でもね。初心に帰るってことは、また成長し直すってことですよ? だから、おじいちゃん。これからも修行をつけてくださいね? そして、僕がまた成長した時に、白剣を返してください」
僕の決意を、みんなは黙って聞いてくれていた。
実は、飛竜の狩場から禁領に戻ってきて以降、僕は妻たちと何度となくこのことを話し合っていたんだ。
最初は色々と反対されたり、別の方法を考えてみたら、と言われたんだけど。それでも、僕の決意を汲み取ってくれたミストラルたちは、最後は僕の考えに同意してくれた。
そして、妻たちも僕に賛同して、自分たちの武器をスレイグスタ老に差し出した。
「
ルイセイネが薙刀を。
「流れ星たるルイセイネがそう
マドリーヌ様は、自前の
「マドリーヌ様に、負けてはいられないわね。早くエルネア君に迎えてもらえるように、私も一度、拳を下ろしてみようと思うわ」
セフィーナさんは、愛用の
「はわわっ、セフィーナ様や皆さまがそう仰るのなら、
霊樹製の両手棍を、ライラが。
「みんながそうするのなら、私も
「みんながそうするのなら、私もお酒を飲まないわ」
「いやいや、ユフィーとニーナはなんか違うような!? そもそも、竜奉剣は竜人族の秘宝だし、お酒は修行と関係ないよね?」
ユフィーリアとニーナは、黄金色の竜奉剣。
「それじゃあ、わたしも……。と、言いたいところなのだけど。お仕置き用に、片手棍は手放せないわね」
「えええぇぇえええっっ!!」
最後に残ったミストラルの決断に、僕たちは悲鳴をあげた。
「そ、それじゃあ、これからは悪いことをしたら、
顔を青ざめさせるプリシアちゃんや僕たちを見て、ミストラルは吹き出した。
「違うわよ。翁が悪戯をしたときのことよ」
「ああぁぁ……」
なるほど、そっちの悪さか、とみんなが笑う。
だけど、今度はスレイグスタ老が顔を青ざめさせた。
「ううむ、困ったものだ。我の
「翁の場合は、度が過ぎるんです」
仕方がないよね。鼻水の洪水を容赦なく放ったりするから、ミストラルに怒られるんです。
とはいえ、スレイグスタ老が悪戯をしなくなったら寂しいからね。ちょっとは大目に見てあげましょう。
「汝は、
「はい。苦難を乗り越えてこそ、明るい未来があると僕は教わってきましたから!」
僕たちの揺るぎない決意を汲んでくれたスレイグスタ老は、白剣やそれぞれの武具を受け取ってくれた。
「受け取ったからには、容易くは返さぬと思え。どのような困難に直面しても、手放して両手にない力に
「覚悟の上です!」
「良かろう。それでは、これからも精進いたせ。我も汝らを導こう」
ありがとうございます、と僕たちは霊樹ちゃんの根もとで、これからを誓い合った。
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