降り出した雨

 ヨルテニトス王国の人々、東の大森林から逃れてきた耳長族、そして、竜の森の耳長族。それぞれの立場と思惑、それと求めるもの。三者三様の難しい問題だけど、僕の提案を受け入れてくれて、話し合いがもたれることとなった。

 とはいえグレイヴ様は、砦を襲撃したユンさんや地下に捕らえていた耳長族の人たちを砦内に迎えて友好的に話し合おう、という雰囲気じゃない。

 竜の森から来てもらった耳長族のうち、カーリーさんとケイトさんもユンさんに良い感情を持っていないのか、露骨に敵意の意思を見せていた。


 さて、困りました。

 話し合いをするとしても、会場をどこにしましょう。

 先ほどまでは、ユンさんが変幻へんげした炎の巨人が放つ熱波により、冬という季節を忘れるくらいに暑かった。だけど大きな騒動がひとつ収束し、次は暴力ではなく言葉で意思疎通を、となったとき。いつの間にか流れていた汗が、冬の寒風によって全身をこごえさせ始めた。

 更に追い討ちをかけるように、空には灰色よりも暗い雲が広がり始め、ぽつり、ぽつり、と雨が降り出す。


「うわっ、寒いね!」


 自分の肩を抱いて震えながら、降り出した雨に悲鳴をあげる。すると、アレスさんが幼女体型に戻って、僕に飛びついてきた。


「んんっと、プリシアも!」


 光の精霊さんに抱かれていたプリシアちゃんが、わざわざ僕に乗り換えてくる。

 僕は体温の高い幼女を両手に抱えて、ほくほくです。なんて場合じゃありません!

 ミストラルたちは僕と幼女の行動を許容してくれている視線だけど、グレイヴ様の視線が痛い。


 話し合いはする。だけど、ユンさんたち東の大森林の耳長族は敵対勢力だ、とはっきり示すように、未だに苦しく息切れをするユンさんや傍に寄り添うゴリガルさんの周りに、兵士の人たちを配置していた。

 話し合いの場所まで、ユンさんたちは兵士に連行されるようにして連れて行かれるに違いない。

 それは、まぁ……。仕方がないのかな?

 耳長族の人たちの動きは読み取り難い。なにが目的なのか。目的のためにどういう行動をとるのか。これまでに聞いていた話や、先ほどのユンさんの行い。そして、禁忌を犯しているらしい、という情報から、警戒しない方が不自然だもんね。


 とはいえ、こんな寒風吹き荒む屋外、すなわち砦の外でなんて、話し合いにならないような気がするよ。雨だって降ってきたんだし、せめて屋根の下に入りたい。


「グレイヴ様。警備は厳重で、という条件で砦のなかには入れませんか? それに、ユンさんも随分と疲弊しきっているみたいだし」

「なにか起きたときに、お前が全ての責任を負う、というのなら考えてやろう」

「お任せあれ!」


 や、安請け合いじゃないんだからね。

 こうでもしないと、グレイヴ様は本当に雨風のなかでも平気で、話し合いの場にしちゃいそうなんだもん。

 グレイヴ様は王族だけど、竜騎士という誉れ高い地位で活躍してきた戦歴は伊達じゃない。肉体も精神も、飛竜に跨るだけの強靭さを持っているんだよね。だから、この程度の雨風なんて平気なんだ。

 敵対勢力と認識している存在を大切な拠点内に導くくらいなら、凍える寒さも相手の疲弊も気にしない。それが、王太子であり飛竜騎士でもあるグレイヴ様だ。


 でも、ユンさんたちはどうだろう。

 ユンさん自身は、完全に衰弱しきっている。本来であれば、休息を入れてから話し合いの方が良いのかもしれない。

 ただしそうなると、問題が先延ばしにされて、状況が悪化しそうな気がするんだ。


 グレイヴ様は、砦の地下に捕らえていた耳長族の人たちを連れ出すように命令したけど、それを撤回はしていない。ということは、話し合いの有無に関わらず、耳長族の人たちはこの悪天候下に放り出される可能性が高いわけだ。

 それと、僕たちが到着した際に砦を攻撃していた他の耳長族の勢力も気になる。リリィが追跡しているはずだけど、未だに戻ってきた気配がないんだよね。


 そんな訳で、僕の決定で良いよね? と、みんなに確認をとったら、頷いてもらえた。

 頼もしい家族で、嬉しい限りです。


「ついて来い。ひとつ、場所を作ろう」


 言ってグレイヴ様は、部下の人たちに命令しながら砦に足を向ける。

 命令を受けた兵士の人たちは、ユンさんとゴリガルさんを包囲しつつ、砦内へと行くように指示を出す。

 ユンさんは、ゴリガルさんの肩を借りてようやく立ち上がると、ふらふらとした足取りで歩き始めた。

 ユンさんが、ちらりとこちらを見た。そして深く瞬きをする。僕はそれが、衰弱してまともに動けない彼女の、精一杯の感謝の念だったように見えた。


「それじゃあ、わたしたちも行きましょうか」

「そうですね。このままでは風邪をひいてしまいます」

「エルネア君、僕はこのまま砦周辺の警戒に着きます。また後で。吉報を期待してます」

「頑張ってね。僕も良い方向に話が進むように努力してみるよ」


 先導するグレイヴ様と後を追うユンさんたちを見送ると、フィレルはユグラ様と共に、また空へ。

 僕たちも、先を行く兵士さんたちの後を追って、砦内に戻った。






 グレイヴ様が提供してくれた場所は、砦内で働く非戦闘員の人たちが避難する部屋のひとつだった。

 非常事態時に入る部屋だけあって、半地下の部屋は堅牢に作られていた。装飾品もなく、飾り気のない部屋は、どことなく閉塞感があって息苦しい。天井に近い、高い位置にある窓から見える外の様子も雨模様で、余計に気分を沈ませる。

 そこへ、話し合いをする僕たちだけでなく、地下に捕らえられていた耳長族の人たちまでもが入れられた。


 どうやら、耳長族は全員が目の届く範囲にいてもらう、ということらしい。

 関係者の全員が部屋に入ると、出入り口には屈強な兵士が立ち塞がる。

 耳長族の人々は、部屋の奥へ。出入り口に近い場所に机と椅子を設け、そこで話し合いをすることになった。


「まるで、奥の人たちが人質になっているみたいだわ」

「まるで、奥の人たちが逃げないようにしている感じだわ」


 ユフィーリアとニーナの言う通り。ここは避難場所ではなくて、まるで、なにか問題が発生したときに当事者たちをひと纏めに閉じ込めておくための場所のように感じちゃうね。

 耳長族の人たちも、この部屋と集った人々の雰囲気に怯えて、奥で固まっていた。


「気のせいだ。さあ、座れ」


 僕たちの心情なんて気にした様子もなく、グレイヴ様は関係者に着席を促す。

 急遽きゅうきょに準備された机を囲むのは、全部で十二人。

 僕の家族からは、ミストラルとライラを合わせて三人。竜の森からカーリーさんとケイトさんとエリオンさん。ヨルテニトス王国からは、グレイヴ様と砦の騎士さんが二人だ。

 東の大森林からやって来た耳長族からも、三人が選出されていた。


 ひとりは言うまでもなく、ユンさんだね。だけど、ここに来ても衰弱している様子から回復のきざしを見せないユンさんは、ひとりでは立っていられないみたい。傍には絶えずゴリガルさんが付き添い、補佐をしている。

 ということで、二人目はゴリガルさん。

 ユンさんの調子が随分と悪いようなので、やはり休息を入れた方が良いのかもしれない、という僕の意見は、ユンさん本人から断られた。


「我の体調は気にする必要はない。全ては……我の背負いしごうによるものだ」


 最初はおばあちゃんのように干からびたような声音だったけど、何杯か水を貰うと、普通の華奢きゃしゃな女の人の声に戻った。

 どうやら、自身の炎で喉の奥が焼かれていたらしい。

 ユグラ様と炎の巨人の戦いを見ていた僕たちは、実体を持たず、物理的な攻撃の一切が効かないような戦いに驚愕していたけれど、どうも術者本人にも多大な負荷があったみたいだね。もしかすると、長期戦に持ち込んでいれば、アレスちゃんに頼らずとも自滅していたかもしれない。


 とまあ、今はそんなことよりも。


 東の大森林の耳長族からは、ユンさんとゴリガルさん、それともうひとり、金髪の女性が話し合いに参加していた。


「まずは、お詫びを。わたくしはラスティナ。貴方たちが地下へと来たときに、先走ってユン様へと精霊の遣いを送ったのはわたくしです」


 席に着く前に、深々と頭を下げるラスティナさん。

 どうやら、彼女が原因だったみたいだね。


「精霊の動きを感知できなかった。素直に、それは賞賛するわ。でも、貴女のおかげで面倒ごとに発展したのだと自覚を持ってちょうだい」


 許す、許さない。と判断する前に口を開いたのは、ケイトさんだった。

 ケイトさんは竜の森の耳長族のなかでも、精霊使いとして優秀な人だ。そのケイトさんに精霊の動きを気取らせなかった。つまり、ラスティナさんはそれだけ凄腕の精霊使いってことだよね。


「勝手ながら、この部屋を包むようにして精霊に結界を張らせた。外への干渉も、外からの干渉も、もうりなのでな。わかっているとは思うが、貴女たちは精霊術を使わないでいただきたい。精霊との交信も禁止だ」


 釘をさすカーリーさん。

 耳長族の動き方は、耳長族がよく理解している。気配を隠した精霊なんかを使った裏工作をされると、困っちゃうからね。


 カーリーさんの意見に、グレイヴ様は任せた、と頷く。ユンさんたちも異論はないのか、素直に従う意思を見せる。

 とはいえ、部屋のなかに居る兵士の人たちや騎士さんは緊張した面持ちだね。竜族や魔物、魔獣や妖魔。あと、魔族との戦闘でつちかってきた戦闘能力も、精霊使いの未知なる術の前では、どれだけ役に立つかわからない。


 人族の緊張、奥の耳長族たちの不安、それと、机を囲む僕たちの張り詰めた空気のなかで、話し合いは始まった。


「先ずは……ええっと。お互いの主張はあると思うけど、それは置いておいて。自己紹介からいきましょうか。そのあとに、質問時間などを。じゃあ、最初は僕からで!」


 なぜか、無言のうちに僕が進行役になってしまっていた。

 まあ、話し合いを言い出したのは僕だしね。

 ということで、元気よく名乗りをあげる。


「僕は、エルネア・イース。八大竜王のひとりで、ここに居る女性たちの夫です!」

「竜王……?」

「夫? ……この者たち全員のか!?」

「小さな女の子まで!?」

「あっ、間違えた! プリシアちゃんとケイトさんは違いますよっ」


 危ない、危ない。隣に座るミストラルから横っ腹に突っ込みを受けるところでした。


「うひょひょ、それでも多いから羨ましい限りじゃ」


 陽気なエリオンさんの呟きは黙殺しましょう。

 話し合いのために僕の両隣に座っているのはミストラルとライラだけだけど、ほかのみんなも部屋には来ていた。

 ルイセイネは巫女様らしく、奥の耳長族の人たちを気遣って動いている。体調が悪い人、元気がない人、疲れきっている人。そうした人々に等しく手を差し伸べているルイセイネは、まさに正しく清い女性だね。

 ユフィーリアとニーナも、ルイセイネのお手伝い中。瓜二つの容姿を持つ二人が全く同じように動く様子は、とても珍しく映るみたい。ルイセイネの優しさとユフィーリアとニーナの動きで、奥の人たちは少なからず癒されていた。


 そしてプリシアちゃんはというと、部屋の片隅でアレスちゃんとままごと中。傍には光の精霊さんがついていて、優しく見守っている。

 プリシアちゃんは当初、捕らわれていた人たちと遊ぼうとした。

 いつものことなんだけど、今回は自重してもらってます。なにせ、まだ彼らの立場がはっきりしないからね。プリシアちゃんを人質に取られたら、目も当てられません。

 お正月のしつけで幾分か聞き分けが良くなったプリシアちゃんは、僕のお願いを聞いてくれて、今は大人しい。


「……エルネア?」

「はっ!」


 おおっと、思考がれていました。

 僕の家族は、みんな頼りになるし素敵だね、なんて思っている場合じゃない。

 どうやら、ユンさんたちは竜王という称号を知らないみたい。それと、ユンさんの視線が、時折アレスちゃんに向けられている。なにかを画策している視線ではなくて、気になって仕方がない、という視線だ。

 どうも、僕たちはお互いに色々と説明し合わなきゃいけないみたいだ。

 話し合いは長くなりそう。


 高い位置の窓から見える外の様子は、冬の嵐の様相を呈し始めていた。

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