議長は奸計を巡らせる

「人族の君が、竜人族の称号である竜王を……。そして、竜峰同盟の盟主というのか」


 ユンさんだけじゃなく、東の大森林から逃れてきた耳長族の人たち全員が、竜峰やそこに住まう竜族、竜人族のことをあまり知らなかった。

 竜の森の耳長族との交流は昔からあったみたいで、約四百年前に建国したアームアード王国やヨルテニトス王国といった平地の事情はある程度を掴んでいたみたいだけど、更に西の土地については、未達みたつの領域として認識していたみたい。


 自己紹介がてら、竜峰のことや称号のことについて説明をすると、ユンさんだけじゃなくゴリガルさんやラスティナさんも驚いたようにこちらを見ていた。


「人と竜を繋ぐ者か。なるほど、この国の代表の者たちや竜の森の耳長族が一目置く存在、というわけだな」


 ユンさんたちを問答無用で追放しようとしていたグレイヴ様。それを、僕みたいな少年が言葉だけでひっくり返した。僕の説明で得心したのか、深く何度も頷くゴリガルさん。

 ラスティナさんは、竜人族のミストラルの存在に驚きつつも、納得してくれていた。


「竜の森。人族の国々。そして竜峰の竜人族と竜族……」


 半地下の部屋に集った人々を、ひとりひとりしっかりと視界に収めていくユンさん。全員を見渡したあとに、この場にはいない竜族へと想いをせるように、視線を遠くする。そして最後に、部屋の片隅で大人しく遊んでいるプリシアちゃんとアレスちゃんを見た。


 ユンさんの思考は理解できる。

 種族間を超えて友好関係を築くことができた僕なら頼ることができる、と思っているに違いない。

 僕だって、できることなら困っている人たちの力になりたいと思う。

 だけど、そのためにはユンさんたちが自ら事情をしっかりと話して、隠し事をしないことが最低条件なんだよね。


「長くなったけど、僕の自己紹介と簡単な説明は終わりです。次は、ミストラルにお願いしようかな?」


 竜王を知らなかったということは、竜姫のことも知らなかったわけで、ミストラルの挨拶も少しばかり長くなる。

 ユンさんたちは竜人族を初めて見るのか、ミストラルを繁々しげしげと見つめて「普段は翼を生やしていないのだな」なんて軽い質問を入れる。

 そういえば、炎の巨人と相対しているときに、ミストラルの人竜化を見ているんだよね。

 続いてライラが挨拶をすると、遠路の苦労にお礼を言うユンさんたち。

 ルイセイネの挨拶でも、部屋の奥の人たちへの気遣いに感謝を示す。

 双子であるユフィーリアとニーナの区別のつかない外見と言動には、目を丸くして驚いていた。


 これまでの騒ぎで、ユンさんたちには「なにか危ない存在」という先入観を持っていた。だけど、こうして人らしい反応や素直な感謝の心を向けられると、ユンさんは本来であれば、根の素直な人なんじゃないのかな、なんて思えてきちゃう。


「俺のことはもう知っていると思うが、改めて。シューラネル大河より東の地を治めるヨルテニトス王国の王太子。今回は陛下より全権を与えられた代行者のグレイヴだ。竜騎士ではあるが、エルネアの竜王と上下関係があるわけではない」


 頭の天辺まで沸騰ふっとうした感情も、三度の深呼吸をすれば収まりを見せる、なんてよく言うけど、それはグレイヴ様たちも同じみたい。


 僕が長々と説明をしたり、ミストラルや妻たちが時間をかけて挨拶をしたのは、なにも危機感なく悠長に構えていたからじゃないんだ。

 部屋へと集まった当初は、誰もが神経をとがらせていた。グレイヴ様やカーリーさんたちは怒りに支配されていたし、ユンさんは衰弱中、ゴリガルさんも自分たちの置かれた状態にいっぱいいっぱいで、自己の都合にしか目が行ってなかった。


 だけど、あえて時間をかけて自己紹介をしたおかげか、当初よりかは全員が冷静さを取り戻し始めていた。


 グレイヴ様の次に挨拶をしたのは、話し合いに参加していた騎士の二人。ひとりは砦の指揮官で、もうひとりもその補佐を担う人。

 カーリーさん、ケイトさん、エリオンさんと更に挨拶の時間が過ぎていくうちに、みんなの顔に張り付いていた強張った表情は薄れていった。


「自己紹介を感謝する。では、今度は我らの番だ。我は、ユン。すでに知っての通り、耳長族の禁忌を犯したおろかな女だ」

「んんっと。じゃあ、ユンユンだね!」

「ふむふむ、ユンユンか。プリシアちゃんの意見を採用します!」

「は?」


 唐突に声をはさんだのは、言うまでもなくプリシアちゃん。

 ユンさんがプリシアちゃんやアレスちゃんを気にしているように、プリシアちゃんもユンさんを気にかけていたんだね。

 でもまさか、そんなあだ名を付けるとは!

 可愛いので採用です!


 とはいっても、乗りが良かったのは僕だけで、みんなが白い目で見つめてくる。


「ん、んんっと……。ほら、肩苦しい話し合いは苦手だし、親睦を深めるために……」

「エルネア様、プリシアちゃんの真似をしても駄目ですわ」

「ぐぬぬ」

「それじゃあ、貴方は今日からエルエルね」

「それ、なんか格好悪い!」

「お前ら……」

「グレグレ様、落ち着いて!」

「俺にそんな珍妙ちんみょうなあだ名を付けるなっ!」

「グレグレ王子だわ」

「グレグレ王太子だわ」

「ミスミスとかルイルイとか言ったら、お説教ですからね?」


 挨拶が済んで、また奥の人たちのお世話に戻ろうとしたルイセイネが、突っ込みを入れてきた。

 両隣のミストラルとルイセイネは僕の頬っぺたを両側からつねり、変なことを言わないの、としかってくる。

 グレグレ様なんて、引きつった顔が痙攣けいれんしてますよ。

 僕は「ユンユン」以外のあだ名が最悪なくらい格好悪いことに気づき、顔をしかめる。

 だけど、僕たちが繰り広げた場の雰囲気に相応しくないやりとりを見て、くすりと微笑む人がいた。


 ユンさんだ。

 ゴリガルさんに支えられながら椅子に座っているユンさんが、顔を隠しながら少しだけ口角を上げていた。


「お前らはいつもこうだ。今は真面目な話し合いの最中だぞ」

「グレグレ様、もちろん真面目に話し合いますよ?」

「グレグレ言うなっ!」


 グレイヴ様は、ばんっ、と机に拳を振り下ろす。でも、そこには怖い気配は感じなかった。


 うむ。作戦成功です。


 くっくっくっ。

 まさか、全てが僕の手のひらの上で進んでいるとは思うまい。

 長い自己紹介は、高ぶっていたみんなの感情をしずめる時間稼ぎ。そしてこの日常的な馬鹿騒ぎも、空気が読めていないからというわけじゃない。


 人って、不思議だよね。人だけじゃない、竜族や魔獣なんかにも共通することなんだけど。

 喧嘩をしたり憎しみ合っていても、日常会話を重ねると、なぜか情が湧いてきちゃうことがある。

 会話には、どんな高等な術よりも効果を発揮する、不思議な力があるんだ。

 だからお互いを知り、感情を抑えたら、次は心を通じあわせることが大切なんじゃないかな。


 プリシアちゃんは、いい仕事をしてくれましたね。

 幼女らしい無邪気さでユンさんへ気安く声をかけてくれたおかげで、こうして笑いに繋げることができました。


 東の大森林に攻め入ってきた巨人族とか、そこから追われてきた耳長族とか、禁忌とか追っ手とか。色々と問題は山積しているけど、いつまでも喧嘩腰で睨み合っていたって、問題が遠のいていくわけじゃない。むしろ、お互いの意思疎通がうまくいかずに、混沌としてきちゃうよね。

 そうなるくらいなら、まずは目の前の問題を棚上げして、集まった当事者たちの間で信頼関係を築いたり、親睦を深める方が有意義だと思うんです。


 とまあ、小難しいことは置いておいて。

 最初に大切なのは、お互いに腹を割って話せる環境作りです。

 僕はユンさんのかすかな笑みを見れて、とりあえずは成功したのかな、と胸を撫で下ろす。


「お前たちは、いつでもどこでも相変わらずだな」

「カーリーさん、それって今更だよね。これが僕たちのやり方で、招ばれたからにはみんなを巻き込むよ!」

「いいわ。乗って上げましょう、その思惑に。ただし、しっかり責任を取りなさいよ?」

「ケイトさん、僕たちはプリシアちゃんを預けられている立場です。信用してください!」

「うひょひょ、プリシアの成長が不安じゃわい」

「いやいや、ユーリィおばあちゃんの影響が一番大きいですからね!」


 カーリーさんたちも僕の企みに気づいてくれたのか、表情をやわらげてくれていた。


 耳長族の禁忌がどれほどごうの深いものなのか、それはまだ僕にはわからない。

 カーリーさんたちが見せた絶望と激怒を見れば、とても深刻なことだとは理解できるんだけど、具体的にどうなんだろう?

 人が殺人を犯す、竜の森の耳長族が森を傷つける、竜人族が魔族と内通する。身近で言えば、こうしたものが僕たちにとって深刻な問題や事件だと思うけど、比べてみてどれくらいのものなのか。

 カーリーさんたちには、今でも思うところがあるに違いない。だけど、和らいだ表情を見ると、少なくともこの一件を僕の主導に任せてくれたような気がする。


 では、った責任もあることだし、ぼちぼち本題に入りましょうか。


「ごほんっ。では、気を取り直しまして。次に、知識の補完を行いましょう。これは大切なことだと思うので後回しにせずに、最初に聞きます。耳長族の禁忌、精霊を食べるってどういうことでしょうか?」


 雰囲気が和んできたところに水を差すようだけど、この問題を乗り越えなきゃ、全ては先に進まない。

 東の大森林から逃れてきた耳長族の手助けには、カーリーさんたちの助力が不可欠なんだよね。でも、今のままでは竜の森の協力は絶望的。そして、同じ耳長族のカーリーさんたちが手を差し伸べないのであれば、一方的に迷惑を被っているグレイヴ様やヨルテニトス王国が動くことはない。


 僕の質問に、ゴリガルさんとラスティナさんが息を呑む。

 ユンさんは覚悟していたのか、わずかに上げていた口角を戻すと、真剣な表情になった。


「言葉通り。精霊を手をかけ、それを喰ったのだ、我は」

「ええっと、精霊との融合とは違うのかな?」


 ユンさんは、僕を真っ直ぐ見ていた。僕も、視線を逸らさずに見つめ返す。周りのみんなは話の流れを僕に任せているのか、余計な口出しはしてこない。ゴリガルさんも「ユン様は悪くない」と口を挟むようなことはなかった。


「君は、人族でありながら竜王であり……そして、精霊とも融合できるのだな」

「アレスちゃんとだけ、特別ですけどね」


 ユンさんも、アレスちゃんが何の精霊かを知らない様子だ。だから不思議に思い、ちらちらと見ていたんだよね。

 もしかすると、霊樹の精霊は他の地域にはいないのかな?

 そういえば、ユーリィおばあちゃんが最初に言っていたっけ。

 霊樹の精霊は特別な力がないと見ることも気配を感じることもできない。そして、竜の森にも僅かしか存在していないって。

 霊樹の精霊は、霊樹が生えている場所にしかいない。そう考えると、東の大森林は深くても霊樹はなく、霊樹の精霊はいないんだね。


「僕は確かにアレスちゃんと融合することができて、特殊な術も使えます。でも、それとユンさんの状況とは違うのかな?」

「精霊術を極めれば、君のように精霊と融合し、精霊の力を行使できる。人によっては、ひとつの属性だけでなく、複数の属性の精霊と同時に融合することもできるだろう。だが、それとこれとは違う」


 ケイトさんは精霊との融合と禁忌の違いについて、知っているのかな?

 カーリーさんとエリオンさんは知らないみたい。精霊を喰った、という言葉にまた反応を示しているけど、興味深く耳を傾けていた。


「君もそうだが……。精霊と融合しても、精霊の存在を内側に感じるだろう? そして、竜人族のように姿形は変わらない」

「はい。僕とアレスちゃんは融合すれば二人でひとりですけど、個は失いませんし、変身もできないですね」


 瞳が黄金色に変化するらしいけど、肉体的な変化はないよね。

 女体化なんてしません!


「だが、喰えば違ってくる。融合ではない。吸収だ……。精霊を喰うということは、精霊を吸収し、己を精霊の存在へと近づけること。見ただろう? 力を解放すれば、実体を持たない炎の身体にもなれるし、精霊が持っていた力を際限なく使うことができる」

「なんと愚かな……」

「精霊に近づいても、精霊そのものにはなれやしないわ」

「そんなことをすれば、精霊の力に蝕まれ続けるのではないか……」


 竜の森の三人が顔をしかめる。


「ええっと、カーリーさん。精霊の力に蝕まれるってどういうこと?」


 ふと疑問が浮かび、口にする。


「お前は特殊だからな。だが、この際だ。知っておいて損はないだろう。ユン殿が言ったように、高位の精霊使いであれば、精霊と融合することができる。そして精霊の強力な術を行使できるわけだが……。なにも良いことくめ、という術ではないのだ。精霊は俺たちとは違うことわりに生きる存在だ。それを身に宿せば、精霊と自身との相違に摩擦が起き、蝕まれる」

「精霊は、親しい者、近しい者を自分たちの世界へと引き込もうとするのさ。だから、精霊との融合を無理に続けると、存在を失うの。たまに聞くわ、高位の精霊使いが突然消息を絶った、なんてね」

「えええっ!」


 僕はつい、アレスちゃんを見ちゃった。


「だいじようぶ、だいじようぶ」


 でも、アレスちゃんは可愛い笑みで僕を安心させてくれた。


「うひょい。ラスティナが言ったじゃろう、無理をし続ければ、の話じゃ。それにお前さんは特殊じゃからな。心配は……儂は急に心配になってきたぞい。残されたおっぱいは儂に任せるのじゃな」

「いやいや、あのお胸様は僕だけのものですからね!」

「エルネア?」

「エルネア君?」

「うひっ」


 ミストラルとルイセイネに睨まれちゃった。

 違うよ、大きいのも小さいのも、全部僕が独占するんだよ!


 とまあ、冗談はさておき。

 そういえば、竜の森で精霊王に会ったときに、自分たちの世界へと来い、と勧誘されたっけ。

 つまり、普通は精霊使いが無理に融合をし続けちゃうと、精霊に存在を持っていかれるわけか。


 そして……


「それじゃあ、精霊を吸収したってことは、絶えず内側は蝕まれ続けていて……」

「それも、ひとつの属性ではなく、複数だからな……」


 カーリーさんの言葉に、僕は息を呑む。

 肉体的な痛みなのか、精神的な苦痛なのか。それは、蝕まれ続けているユンさんにしかわからない痛みかもしれない。でも、それが四六時中続くなんて……


「なぜ、そんな禁忌を犯したんですか?」


 聞かずにはいられなかった。

 精霊と共存共栄する関係を崩し、苦痛を受け入れてまで精霊を食べ、その力を手に入れたわけを。


「巨人族を根絶やしにする。全ては森のため、と言って君は信じてくれるだろうか?」

「でも、森のためと言いながら、森に残った耳長族に追われていましたよね?」

「禁忌を犯したのだ、仕方がない。それに……。約束をしたから……」


 ユンさんは、どこか遠くを見るような目で、悲しく笑った。

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