おやすみなさい。ルイセイネ
僕はクリーシオの言葉を思い出す。
生命力が消えかかっていると。
ルイセイネは自分の傷よりも、教師を助けたんだ。
巫女ってそうしないといけないの? 自分の命よりも他の人の方が大切なの? 教師は自分を犠牲にしてまで助けないといけないような人だったの?
僕はルイセイネの巫女然たる姿に、思わず涙する。
「なぜ泣かれるのですか。エルネア君は大活躍でしたよ。さあ、今のうちに早く先生を連れて安全な所へ避難してくださいませ」
もうルイセイネの声は掠れて弱々しいものになっていた。
ルイセイネは知らないんだよね。残りの三人の魔剣使いは、今頃リステアたちがきっと倒しているよ。
それに。
僕は活躍なんかしてないし。
「えへへ、ルイセイネは何も知らないんだよ、本当に」
僕の涙笑顔の言葉に、小首を傾げるルイセイネ。
小首を傾げたらそのまま倒れそうになるのを、僕は抱きとめる。
そして僕は、そっとルイセイネの傷口に触れた。
ははは、傷が深すぎて内臓が出ちゃってるよ。
傷口に触れられ、苦痛の表情になるルイセイネ。
「あ、ごめん。痛かったよね」
「い、いいえ。そんなこと……」
僕に気を使って微笑もうとするルイセイネ。
だけど、そのまま眠るように力を失っていき、ルイセイネは瞳を閉じてしまった。
あああ……。
僕の瞳からは涙が止めどなく流れた。
ごめんね、ルイセイネ。そして、おやすみなさい。
僕はルイセイネを血の池からずらして、横たえてあげた。
がらん。
通路の奥で、重なり崩れた岩壁が動く。
僕が視線を向けると、大盾を持った魔剣使いが立ち上がるところだった。
そんな。竜気の槍を受けても無事だなんて。
竜気の矢程度でもすごい威力の術なのに、槍の術でも倒せていなかったのか。
驚愕する僕。
驚く僕の先で瓦礫を押しのける魔剣使いは、他の者とは随分と違っていた。
ここに来た時はとにかく必死で見ていなかったけど、今なら他の四人の魔剣使いとは違うことがよくわかる。
大盾を持つ魔剣使いは、漆黒の甲冑で全身を包んでいた。
そして全身から禍々しい気配を出している。
こいつは他の魔剣使いとは違う。
僕は全身に嫌な汗をかく。
黒甲冑の魔剣使いは、ゆっくりと僕の方へ歩み寄る。
逃げろ。僕の本能が叫んでいた。
元ヨルテニトス王国王国騎士の魔剣使いには、なんとか勝てた。
でも目の前の奴には勝てると微塵も感じない。
普段の僕なら、一目散に逃げていたに違いない。でも、今はルイセイネが命がけで助けた教師が傍で気を失って倒れている。
見捨てるわけにはいかない。
僕は中剣を取り直し、構える。
間合いが近くなってくる。
僕は意識を深くし、竜脈を感じる。
そして。
僕は残る有りったけの力を振り絞って、その場から逃げた。
違う。逃げたんじゃない。後退したんだ。自分自身に言い訳をしながら走る。
逃げる前方に現れる二つの光る光源。
それは碧色に爛々と輝く瞳だった。
碧に輝く瞳の人物から放たれる凄まじい殺気に、僕の脚は
後方からは悠然と迫る黒甲冑の魔剣使い。
同じく迫り来る前方の人物。
前方の人物の方が僕に近い。
「た、助けて」
叫ぶ僕。
碧色に輝く瞳の人物は僕に近づき。
腰の漆黒の片手棍を抜きはなった。
「そこでじっとしていなさい」
僕を通り過ぎる碧色の瞳の人物。
ミストラルさんだった。
ミストラルさんの凄まじい殺気に、黒甲冑の魔剣使いは大盾を構える。
気にした様子もなく間合いを詰めるミストラルさん。
お互いが手にする武器の間合いに入った。
黒甲冑の魔剣使いが動こうとした瞬間。
爆発的な金属音が連続して六回、遺跡の通路内に激しく鳴り響いた。
そして、ミストラルさんの足もとには一瞬前まで黒甲冑の魔剣使いだった、肉塊が転がっていた。
「ふむ、終撃を放つまでもなし」
圧倒的だった。一瞬にして六連撃。
大盾だとか漆黒の全身甲冑だとか関係なく、魔剣使いはミストラルさんの鈍器に撲殺されてしまった。
お、おそろしい。
これが竜姫なのか。古代種の竜族にも傷を与える人なのか。
僕はミストラルさんの恐ろしさを知るのだった。
当のミストラルさんは、片手棍についた血肉を振り払い、僕の所へと戻ってきた。
既に殺気は消えている。
「大丈夫ですか。怪我はありませんか」
「い、いえ大丈夫です。それよりも、どうしてここに居るんですか」
実は、さっき竜脈を感じた時に、すぐ近くにミストラルさんが来ていることに気付いたんだ。だから逃げたんだよね。
でも、放たれていた殺気は本気で怖かったよ。
僕の声は裏がえっていた。決してミストラルさんが怖いわけじゃないんだからね。
「はい。実は翁が、貴方が竜気を短期間で使用しているから気になると仰って。わたしが急いで様子を見に来たんです」
なるほど、竜脈に精通しているスレイグスタ老が気付いてくれたんだね。
「そうだったんですか。助かりました」
気が抜けてへなびれる僕に、ミストラルさんは自前の水筒から水を汲み、手渡してくれる。
ありがたく頂き、僕は一気に飲み干した。
「落ち着いたところで、少し状況説明を」
ミストラルさんに促され、僕は事の顛末を伝える。
「そうでしたか。それは大変でしたね」
言って僕の傍の教師とルイセイネを診るミストラルさん。
「教師の方は、見たところ傷も無く無事ですね」
そう言ってルイセイネを見て、ミストラルさんは悲しそうな顔をした。
「エルネア、貴方はよくやりました。今の状況で貴方は出来る限るのことをしたのです」
慰めてくれるミストラルさんに、僕の止まっていた涙がまた溢れ出した。
そっと抱きしめてくれるミストラルさん。
ミストラルさんは優しいね。
僕はミストラルさんに少しだけ甘えて、涙が流れるままに感情を任せた。
ミストラルさんが僕の頭と背中を撫でてくれて、徐々に心が落ち着いてくる。
「何はともあれ、あなたが無事で良かった」
「はい、ミストラルさんが来てくれなかったら絶体絶命でしたけどね」
なんとか笑顔を出そうとする僕を、ミストラルさんはぎゅっと強く抱きしめてくれる。
「あまり無理はせずに。翁もわたしも心配してしまいます」
「おお、ミストラルさんも僕のこと心配してくれるんですね」
僕の冗談に、ミストラルさんは苦笑する。
「やれやれ。やっと少し元気が出てきましたね」
ミストラルさんの気遣いに、僕はお礼を言う。
「はい。何時までもめそめそなんてしてられないですからね」
「そうですよ。男の子はしっかりしなきゃ」
言ってミストラルさんは僕の頭を撫でて立ち上がる。
「さて、貴方の無事が確認できたので、わたしはお
「えっ、もう帰っちゃうんですか」
せっかくミストラルさんが来てくれたんだ。もしかしたら苦戦しているかもしれないリステアたちの加勢に行ってもらいたかった。
「その必要はないみたいですよ」
僕の心配を聞き、ミストラルさんは微笑む。
どういうこと? と思っていると、遠くから人の声が聞こえてきた。
「おおい、エルネア、ルイセイネーッ」
「ルイセイネどこーっ」
スラットンとイネアの声だ。徐々に近づいてきている。
「ほら、迎えが来ましたよ」
ミストラルさんはそう言って、声がする方角とは反対の暗闇へと消えていく。
「あ、ミストラルさん。本当にありがとう」
僕のお礼に、ミストラルさんは振り向かずに手を振ってから消えていった。
僕がミストラルさんの消えた闇を見つめていると、後方からスラットンたちがやって来た。
「エルネア!」
振り向くと、リステアがいた。ああ、勇者様ご一行全員がいた。
「や、やあ。みんな」
はにかむ僕。
駆け寄って来たみんなは、僕の傍に横たわる血に染まったルイセイネと教師見て、息を飲んでいた。
「ルイセイネ。うわああぁぁぁっ……」
泣き崩れるイネア。
「そ、そんな……」
崩れ落ちるキーリ。
セリース様もクリーシオも泣いていた。
スラットンは動揺を隠せないまま、それでも周囲の警戒をしだす。
リステアは先ず肉塊になった黒甲冑の魔剣使いを見て、その先で絶命しているもうひとりの魔剣使いを確認する。
「これは、二人ともお前がやったのか」
リステアの質問に、半分は、と答える僕。
「肉塊になっちゃってる方は、通りすがりの冒険者が助けてくれたんだよ」
「冒険者が? こんな所に?」
訝しがるリステアとスラットン。
無理もないよね。ここは学校が使う遺跡の奥で、冒険者なんて普通来ない場所なんだもん。
でも竜人族のミストラルさんの事は言わないほうが良いと思ったので、適当に嘘をつく。
勇者様に嘘をつくのは気がひけるけど、しかたないよね。
「なんか、魔剣使いを追って来たんだって。恥ずかしがり屋さんみたいで、倒したらすぐにどこかに行っちゃった」
ふぅん、といまいち納得していない様子のスラットン。そうなのか、と素直に頷いてくれるリステア。
僕はそれ以上の追求がなかったので、ほっと胸を撫でおろした。
「それじゃあ、こっちの方の事も説明を頼む」
リステアは僕の元へ戻ってきて、教師とルイセイネを見た。
まだイネアたち女性陣は泣いていた。
「教師は、ルイセイネが法術で癒したみたい。でも、それで法力が切れちゃったみたいで……」
僕は横たわるルイセイネを見た。
「そ、そうか……」
リステアとスラットンは、ルイセイネの傍に膝をつく。
「よくやった、ルイセイネ。君は巫女として誇らしい行動を最後までとったんだね」
リステアはルイセイネの手を取る。
「よく頑張ったね、ルイセイネ」
キーリが涙ながらにもう片方の手を取る。
スラットンが右肩に手を添え、ネイミーが左肩に手を添えた。
イネアは未だにルイセイネの胸で泣いていた。
「王国の王女として、貴女を誇り、称えます」
「もっと早く見つけてあげられなくてごめんね」
セリース様とクリーシオがそっと頬を撫でてあげる。
「貴女の尊い犠牲を、俺たちは忘れない」
リステアはルイセイネの手に口づけをした。
「あれ」
僕は違和感に首を傾げる。
「どうしました」
セリース様が僕を咎める。僕だけが雰囲気を読んでいない、そんな視線だ。
でも……。
「エルネアは悲しくないの?」
イネアが泣きながら言う。
「僕もそりゃあ悲しいよ。でもなんか、そこまでしなくてもって……」
僕の言葉にみんなが非難の目を向ける。
ええっと、もしかしてずれているのは僕なのかな。
でもやっぱり……
「な、なんかさ。いかにもルイセイネが死んじゃったみたいな感じで、物凄く違和感を覚えるんだ」
僕の言葉に、みんなの時間が止まる。
みんな、目が点になってるよ。
「な、何を言って……」
イネアが叫ぼうとして、ルイセイネの胸に耳を当てる。
「あれ、生きてる」
「「「「「「はあああああぁぁぁぁっ!?」」」」」」
イネアを除いた勇者様ご一行の困惑した声が重なった。
「どどど、どういうことですか」
目を白黒させるセリース様。
「え、ええっと。腹部の傷は塞がってるんです」
僕は通りすがりの冒険者が万能薬で治していったと嘘をついた。
でも本当は、僕が鼻水万能薬を使ったんだよね。
瀕死のルイセイネを助ける方法はこれしかないと思ったんだ。だから、僕は持ってきた小壷に入っていた鼻水万能薬を有りったけルイセイネのお腹に塗ったんだ。
一か八かだったけど、流石は古代竜自慢の鼻水万能薬。なんとか傷も塞がったから、良かったよ。
もしかして、血まみれの服装と僕の説明不足のせいで、ルイセイネが死んだとみんなは思ってたのかな。
でもイネアはルイセイネの胸に顔を埋めてたから、鼓動が聞こえそうなものなのに。
「目の前の状況に混乱していたし、今も凄く鼓動が小さいからわからなかったんだよ」
今度は違う意味で泣き出すイネア。
悲しみの底の、底が無残に抜け落ちて、脱力するみんな。
「ははは、僕の説明不足だったね」
「まったくだ」
頭をかき、苦笑いをする僕をリステアが叩く。
「い、痛いよ」
僕の抗議に呆れ顔のスラットン。
「ああ、変に疲れてしまいました」
セリース様は珍しくだらけたように地面に腰を落とした。
「ええっと、僕が全部悪いの?」
「「「「「「「あたりまえだ」」」」」」」
勇者様一行全員の声が揃った。
「そ、そんなあぁぁぁっ」
僕の悲鳴を聞いて、みんな笑い出した。
笑い事じゃないよ。僕も一生懸命頑張ったのに。
僕の不満顔に、リステアだけが慰めてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます