貧乏一家はお花畑で遊ぶ
巫女は回復法術が使える。
怪我をした者にとって、回復法術とはまさに奇跡の技なんだ。骨折も治るし、高位の法術だと切断した四肢も傷跡を残すことなく接合できるのだとか。
だけど、神殿はあまり巫女様の回復法術で診療を行わない。
幾つか要因はあるんだけど、最もな理由のひとつに、ルイセイネが説明した弊害があった。
心の守りが弱くなる。
大怪我をした人にとっては、そんなことは些細な問題に思えるかもしれない。
だけど、世の中には悪い人が沢山いるんだ。
強い回復法術を受けて心の守りが弱くなった人が、呪術や魔法で簡単に操られたらどうなるのか。
悪人が人を操った時に、何をさせるか。
僕でも容易にわかるよ。
強盗や殺人、いろんな悪いことを、操った人にさせるに違いない。
でも、呪術や魔法で操られたなんて証拠は、殆どの場合は見つからない。そうすると、操られた人は無実を証明できなくて、思ってもみないことで犯罪の罪を背負わされちゃうんだ。
折角助かったのに、思いもしない罪で投獄されたら意味がない。
それがわかっているから、神殿もそう易易とは巫女様に回復法術を使わせないんだ。
じゃあ、守護具を安くで提供すれば良いのでは、なんて思っちゃいけない。
守護具。それに使われている宝玉。
すなわち、巫女様の守護法術の力が込められた宝玉は、呪力武具に使われる宝玉と一緒なんだよね。
呪力の込められた宝玉と一緒ということは、作るのにも同じだけの時間と労力が必要になるってこと。
だから数は少ないし、その分だけ高価になってしまう。
神殿が少し高めの薬草を使ってでも患者を治療しようとするのは、それが大きな原因のひとつになっていた。
守護具が高額で貴重なものと知って、ライラはがっくりと肩を落とす。
ろくな装備も持っていなく、竜峰で餓死しかかっていたライラが、大金を持っているわけがない。裕福じゃなかった僕も、もちろんお金なんて微々たる量しか持っていないし、巫女のルイセイネも必要最小限しか持ち合わせていない。
多分、ミストラルもあまり持っていないだろうし、プリシアちゃんは全く持ってない。
考えてみると、僕たちは今まで、お金を使うような生活をしてきていなかったんだね。だから所持金のことなんて、意識になかったよ。
だけど、お金を準備しなきゃライラに守護具を買ってあげられない。
どうしたものか、と悩む僕。
「人どもは何をするのにも金が必要であるな」
スレイグスタ老は、やれやれとため息を吐く。
むむう、本当に困った。と思いながら何気なくルイセイネを見た時に、僕はひとつのことを思い出した。
「ああっ!」
僕の突然の声に、みんなが注目をする。
「ルイセイネ、お使いだよ!」
「お使い?」
僕の
「そう。去年のお使いの時のことを覚えてる?」
ルイセイネとミストラルは互いに見つめ合いながら思案し、あっ、と何かを思い出したように同時に声を漏らした。
「確か、ルイセイネがお使いで運んだ薬草はとても高価で、それは竜峰で採れるんだよね?」
「はい、そうです。あの葉っぱはとても貴重で、すごく高価なのですよ」
「そして、その群生地を、わたしは知っているわね」
「みなさま!」
ライラが瞳を潤ませて、僕たちを見下ろした。
ということで。
僕たちは早速、お金稼ぎに動き出した。
スレイグスタ老にお
お使いの時にミストラルは、白く淡く光る葉っぱは竜峰の危険な場所に群生している、と言っていた。だけど今の僕たちには、ニーミアがいる。
危険な群生地には巨大化したニーミアの背中に乗って向かったけど、暴君よりも大きな身体のニーミアに手を出すような無謀な飛竜や魔獣はいなかった。
そしてあっさりと、高価な葉っぱをつける花の群生地へと、僕たちはたどり着いた。
一瞬だけ、もしかして植物の育つ季節じゃないかもしれない、という疑問が湧いたけど。その心配はいらなかったみたい。たしかに花はまだ
「あらあらまあまあ」
「凄いですわっ」
「おわおっ、綺麗だよ!」
群生地の景色を初めて見た僕たちは、
とある険しい山脈の頂上。そこに、見渡す限りに白く淡く光る葉っぱをつけた花草が群生していた。
雪の
少し強めの風に煽られて、空に舞った葉っぱが、きらきらと光って幻想的だよ。
だけど、その幻想的な風景を見渡して、ルイセイネががっくりと膝をついた。
「こ、高価なんですよ……」
葉っぱの具体的な金額を知っているルイセイネが、周囲の風景を見て顔を引きつらせています。
そりゃあ、そうだよね。貴重で、しかも高価だからこそ、たった数枚の葉っぱをわざわざ巫女自身が、別の神殿に運搬するくらいなんだ。それが
「そう気を落とすな。ここへは本来、そう簡単には来られない。往復だけでもまともにやりこなせる者は少ない。そんな中で手荷物を増やすわけにもいかんから、ほんの少ししか持って帰れないんだ」
何故か村から一緒にニーミアの背中に乗り込んできたザンが補足する。
「はい。それで納得することにします」
ルイセイネは苦笑する。
「んんっと、でもこれからは取り放題だね」
しかしプリシアちゃんの満面の笑みに、あえなく撃沈していた。
プリシアちゃん、立ち直りかけたルイセイネの心を沈めるなんて酷いよ。
白く淡く光る草原に降り立ったみんなは、ルイセイネの落ち込みように苦笑してしまう。
「さあ。早速だけど、必要な分を採るわよ」
と、気を取り直してミストラルが指示を出したけど、僕たちの一行には小さなプリシアちゃんがいるんです。目的のことだけを遂行して、はい帰りましょう、とはならないよね。
美しい草原に感動したプリシアちゃんは、ニーミアとライラと共に、はしゃぎ回っていた。
ライラよ、おまえもか!
こうなることをもちろん予想していただろうミストラルは、仕方がないわね、と諦めた様子でプリシアちゃんたちの相手をしだす。
ようやく立ち直り出したルイセイネも混ざって、一瞬にして女子の花園は完成した。
女の子が草原で楽しむ姿は、見ていて癒されるね。
でも、と僕は唸る。
「なんでザンも来たの?」
隣に当たり前のようにして佇んでいるザンを見上げ、僕は問い質した。
「非番で暇だったんだ」
口の片方だけを上げてにやりと笑うザン。
「最近何やら、おまえたちは忙しそうに見えたからな。何をしてるか気になってな」
ああ、そうか。ザンはまだ、魔族の襲撃事件の詳細などを知らないんだよね。
僕は、暴君に連れ去られてから今までのことを、ザンに語った。
「ルイララか」
僕の話を聞き終え、ザンは鼻を鳴らす。
「知ってるの?」
「ああ。面識があるくらいだがな。だか見ただけでわかる。あいつは只者じゃなかった」
「うん。剣術勝負に
剣術での勝負だったから僕は素直に応じたけど、もしもあれが全力の戦闘だったらと思うと、今更ながらに悪寒がした。
「詳しくは知らんが、ルイララは魔王の側近だ。魔王の側近が
「子爵だとは言っていたけど、側近だったんだね」
ミストラルは前に、巨人の魔王とは少し交流がある、と言っていた。その交流で他の竜王やザンとも面識があって、あの時ルイララは、駆けつけた人たちを見てすぐに相手が誰だかわかったんだね。
今更だけど、と気がつく僕。
ん?
でも今の思考で、更に今更なことを思う。
巨人の魔王?
僕たちの前に現れたのは、恐ろしいけど、とても美しい姿の魔王だった。でも巨人ではなかったのは確かだよ。なのに何で、巨人の魔王と呼ばれているんだろう。
ザンなら知っているかも、と思い聞いてみる。
「伝説だ」
「伝説?」
「ああ、そうだ。巨人の魔王は、元々は魔族の国々の中でも中央に位置する国を支配する魔王だったらしい。しかし、竜人族と魔族との争いが激化していた時代に、国をこちら側に移ってきたんだ。その時の戦闘で、竜人族は山よりも大きな巨人の魔王に
「山よりも大きい!? それがあの綺麗な魔王なの?」
「ああ、言い伝えではそうなっている」
ザンの説明に、僕は驚愕する。
それって、スレイグスタ老さえも小さく見える大きさじゃないですか!
なんか
「魔族を見た目で判断しないことだな。奴らの中には、あそこで楽しく遊んでいるプリシアと同じくらいの見た目で、魔王よりも強い化け物もいるというしな」
「うわっ、そんな事実知りたくなかったよ」
魔王よりも強いって、何者ですか!?
そんな化け物となんて、絶対に会いたくないよね。僕は速攻で忘れてしまおうと、頭を振って記憶を飛ばす。
するとプリシアちゃんが駆け寄ってきて、僕の頭に淡く発光する草冠を乗せてくれた。
「うわっ、これってプリシアちゃんが作ったの?」
「うん。綺麗でしょ?」
「うん、宝石の冠よりも綺麗だよ」
僕が褒めるとプリシアちゃんは嬉しそうに微笑み、またルイセイネたちのもとへ戻っていく。
「宝石よりか綺麗かは俺にはわからんが、それよりも高額な冠であることだけは間違いないな」
ザンの余計な感想に、僕は顔を引きつらせた。
ですよね。そうですよね。一枚だけでも高価な葉っぱなのに。その葉っぱが何枚もついた花草の茎ごと何本も使って作られた草冠。これがいったい幾らになるのかなんて、庶民の僕には想像もつきませんよ。
ライラは葉っぱを無造作に千切って風に舞わせ、ルイセイネはプリシアちゃんとせっせと次の草冠を作っている。
優しく見守るミストラルの膝の上は、摘まれた葉っぱで埋まっていた。
僕には、女性陣が金貨に埋もれて遊んでいるように見えた。
「にゃあ、葉っぱ美味しいにゃん」
「ふふふ、それじゃあ少し食用にも持って帰る?」
あああぁぁ。
ニーミアよ。君はなんて罪深いんだ。高価で貴重な葉っぱを食用にするなんて。
「ふふん。これを積めるだけ摘んで帰れば、簡単に億万長者になれるな」
「億万長者どころか、末代まで安泰だよ」
「じゃあそうするか?」
ザンに問われ、僕は首を横に振る。
「でもやっぱり駄目だよ。持って帰るのは必要な分だけ。だって、ここに命がけで摘みに来る人もいるんだよね。それなのに僕たちだけ楽して稼ぐのはよくないよ。だから、ライラの守護具が買えるだけしか持って帰らない」
「そうか」
ザンは、僕の考えにはあまり興味がなさそうに
「にゃんの食べる分も持って帰ったら駄目にゃん?」
「ニーミアは今回頑張ってくれたから、それくらいならいいんじゃないかな」
「やったにゃん」
ニーミアは嬉しそうにプリシアちゃんと飛び跳ねて、喜びを全身で表した。
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