結局こうなっちゃう

 美しい都が見えてきた。

 都市の中心では、大きな建物が建設途中みたいで、人の動きが多い。

 中心部から四方へと延びる大通りには並木道なみきみちが整備され、都市の至る所に公園や広場が整備されていた。


 これまでにも、色々な都市を空から見てきた。だけど、改めてこの都市を見ると、アームアード王国やヨルテニトス王国の主要な都市よりも規模が大きいんじゃないか、なんて思っちゃう。

 現に「んんっとね、あれがお兄ちゃんの街だよ」とプリシアちゃんに説明を受けたセフィーナさんが、顔を引きつらせていた。


「うわぁ! ちょっと見ないうちに、緑が増えたね!」


 ちなみに、僕も驚くばかりです。

 なにせ、死者の都だったとは思えないくらいに緑が増えて、住民たちが楽しそうに生活しているんだもの。

 どうやら、この都市は急速に発展しているようだね。


 それもこれも、統治を任せているメドゥリアさんの手腕のおかげだ。

 僕と出会うまでは、地方の小さな街を管理するだけの下級貴族だったらしいけど、才能は疑いようもない。これなら、このままずっとメドゥリアさんにお任せで問題ないよね。


 ニーミアは、建設中の中心部ではなく、その近くに建つ大きな屋敷へと向かい降下する。

 急な来訪になっちゃったけど、空から巨大な竜が接近してくれば、こちらの存在には誰でも気づく。

 大きな屋敷の庭では、ニーミアの姿を確認した幾人かの人たちが、こちらの到着を出迎えるために姿を見せていた。


「メドゥリアさん、こんにちは!」

「お久しぶりでございます、きみ

「いやいや、我が君ってなにさ!?」


 やっぱり、メドゥリアさんには問題があります!

 いくらなんでも、僕のことを主上しゅじょう扱いしないでください。

 メドゥリアさんがかしこまった対応をするものだから、側近や家来の人たちなんて平伏しちゃってますよっ。


 僕は慌ててみんなを立ち上がらせると、メドゥリアさんとは改めて普通の挨拶を交わす。

 ちょっぴり不満げなメドゥリアさんだけど、普通が一番ですよ。


「それで、急なご来訪でございますが、この度はどのようなご用件で?」

「ええっとね……」


 そして、僕はここへと来た目的を伝える。

 すると、メドゥリアさんは少し困った表情を見せた。


「なにか、問題があるっぽい?」

「それが……」


 ここでの立ち話もなんですし、と案内される僕たち。

 ただし、お屋敷にではなかった。

 では、どこへ連れていかれたかというと……


「立派な宮殿だわ」

「立派なお城だわ」

「メ、メドゥリアさん!?」


 いや、本当は空から見えていたから知っていたんだ。

 都市の中心部。元々は死霊城があった場所。

 そこに建設中の巨大な建物は、お城と宮殿を合わせたような作りの豪華なものだった。


 多くの職人さんや労働者の人たちが、せわしなく働いている。

 かぁんっ、かぁんっ、となにかを叩く音や削る音、喧騒けんそうが響いて賑やかだ。


「メドゥリアさん。ここには行政府の建物を建てるという話だったのでは……?」

「はい。外宮がいぐうは統治府を。内宮ないぐうはエルネア様や奥方様たちのお住まいに。それと、都市に見合った城を、と……」

「思いつくものを全部混ぜちゃったんだね!」


 いったい、お城はなにに使うんですか!?

 当初の予定から大幅に飛躍した建築物に、僕は頭を抱える。


「エルネア、責任を持って管理してちょうだいね?」


 ミストラルがあきれちゃっていた。

 ただでさえ禁領のお屋敷が手に余っている状況だというのに、こっちにも新たな悩みの種が。

 それに、二つの巨大な建物で忘れがちになりそうだけど、実家も広いんだよね……

 なんで僕の周りには巨大なものが増えていくんだ!


 ……そうか、原因は最初にあるのか。

 そもそも、僕の人生を変えたスレイグスタ老との出会いからして規格外だったよね。

 小山のような巨竜のスレイグスタ老。


 全部、おじいちゃんが悪いんだ!


「にゃあ!」


 つい、心のなかで叫んじゃった。


 でも、今はなげいている場合じゃない。

 なぜメドゥリアさんがここに僕たちを案内してきたのかを考えなくちゃ。


「ええっと、それで。この建物と僕たちのお願いにどんな関係があるのかな?」


 僕はただ、石を磨くための砥ぎ石を借り受けに訪れただけですよ?

 首を傾げていると、工事現場から文字通り鬼の形相の男がやって来た。


「ええい、メドゥリア殿よ!」

「これはこれは、マシェリ。ちょうど良いところに」

「なにが丁度良いものかっ。依頼しておった道具と資材はどうしたのだ? 観光客なんぞ案内している暇があれば、要望している品を揃えてほしいのだがな?」


 どうやら、マシェリと呼ばれた鬼面おにづらの男は、現場監督かなにからしい。そして、メドゥリアさんに以前から物資を要求していたようだ。

 メドゥリアさんは、肩を怒らせるマシェリさんをなだめながら、僕たちを紹介してくれる。


「マシェリ、こちらがこの都市の真の支配者、八大竜王のエルネア様でございます」

「ななっ!」


 まさか、人族の観光客をメドゥリアさんがわざわざ案内しているなんて、本気で思っていなかったよね? と突っ込みたいところだけど、紹介されたので僕たちも挨拶をする。

 すると突然、マシェリさんは大声を張り上げて、働いていた人たちを呼び寄せた。そして、全員が平伏する。


「いやいや、それはもうお屋敷の方でお腹いっぱいだから! さあ、みなさん。僕たちになんて構うことなく、お仕事に戻ってくださいねっ」

「皆の者、エルネア様が激励げきれいに来てくださったのだ。我らの仕事ぶりを示せ!」

「おおーっ!!!」


 マシェリさんの号令で、わざわざ遠くから走って来た人もいるというのに、また駆け足で現場へと戻っていく労働者の人々。そして、これまでにない掛け声で仕事を再開する。

 ああ、なんだか僕のせいで余計な苦労をかけちゃっているような気がするよ。

 彼らの気合いを見ると、申し訳なさでお腹が痛くなっちゃいそうだ。


 やれやれだね。砥ぎ石を受け取りに来ただけなのに、なんでこんなに疲弊ひへいしちゃうんだろう。


 号令をかけたマシェリさんも、僕たちへと丁寧な挨拶をすると、気合いを新たに現場へ戻ろうとする。それを、メドゥリアさんが引き止めた。


「何用かな、メドゥリア殿?」

「はい、実は貴方にも関わることなので」


 メドゥリアさんはそこでようやく、最初に困った表情を見せたことへの説明に入る。


「エルネア様の威光もございまして、竜王りゅうおうみやこは活気に満ち溢れております」

「はい、ちょっと待った! 竜王の都ってなにさ!?」

「その件でございましたら。いつまでも死霊都市と不吉な都市名であっては、エルネア様の名声に影をつくりますので」

「僕のことはいいのに。でもまあ、確かに死霊都市なんていつまでも言えないもんね」


 いつのまにか、変な名前で定着してしまっているようだ。

 まあ、メドゥリアさんに統治とか諸々もろもろを一任しているんだし、こういう部分は大目に見なきゃいけないのかもね。


「もちろん、初期の方針通り、移民に対し厳重な検査をしております。奴隷を無下に扱う者や犯罪者などが入らぬように、審査はおこたっておりません」


 竜王の都は、竜峰の近くに存在する。

 ルイララの領地もそうだったけど、竜峰は魔族にとっても危険な土地で、その近くに住むなんてもってのほか。なので、ここいらは辺境になる。

 だけど、クシャリラ失脚以後の混乱で、そんな辺境にも難民は流れてくる。

 竜王の都の住民は、そうした移民難民の集まりだ。


 とはいえ、そこは僕の意志が影響する場所。

 僕は絶対に魔王にはならない。魔族を支配するつもりもない。

 だから、魔族の風習や文化に口出ししようとは思ってないんだけどさ。支配権がある都市に対してなら、ちょっとくらいのわがままを通させてもらうのは良いよね。

 それで、基本方針を決めさせてもらった。


 魔族は、他種族を奴隷として扱う。

 それは彼らの文化だから口出しできない。ただし、その奴隷を家畜以下、消耗品のように扱うことは認められない。

 メドゥリアさんも、僕のこの意志を尊重してくれていて、移民受け入れの重要な条件にしてくれている。


 そんなメドゥリアさんが、移民に関して問題を抱えているようだ。


「竜王の都には、厳選された者たちが暮らしております。ただ、急激に人口が増えた余波といいますか、所詮しょせんは元いた場所を放棄ほうきして流れ着いた者たちといいますか……。住民の多くは、着の身着のまま、もしくは僅かな財産だけを持ってここへとたどり着いたのでございます。そうすると、色々と物が不足しまして」

「ああ、そうか!」


 メドゥリアさんの悩みがわかっちゃった。


「つまり、建築資材や道具も不足していて、困っているんだね?」


 それだけじゃない。たぶん、普段の生活に必要なものも余裕がないんじゃないのかな。

 一見すると発展しているように映る素敵な都市だけど、内情は火の車なのかも。


 ただ、その状況でお城とか宮殿の建築に力を注いでいる状況はどうかと思いますよ? と思ったけど。すぐに、自分の考えが浅はかなのだと気づく。

 もしかして、この建設工事って、住民たちの働く場所を作り出すためなのかな?

 手に職を持ってやって来た人なんて、ほんのひと握りだろうね。あとの大勢は、都市に受け入れられたとしても日々の生活費を稼ぐ手段がない。


 合点がいきました。

 だからあえて、こんなに立派な建物を作って働く場所を提供しているのか。と、メドゥリアさんの統治能力に改めて感心させられちゃった。


「ということは、エルネア君はここでは道具を借りられないわ」

「ということは、エルネア君はここでは目的を達せられないわ」

「そういうことになっちゃうね」


 ユフィーリアとニーナは気楽にいうけどさ。

 僕はどうしよう、と悩んじゃう。


「やっぱり、巨人の魔王のところへ戻って借りた方が良いのかな? あっちにいけば、現在マシェリさんたちが不足だと感じている物もついでに集められると思うし」


 メドゥリアさんがここへと僕たちを連れて来た理由はこれだよね。

 竜王の都の現状を理解してもらう。そして、できれは協力をあおぎたい。

 だけど、僕の意見に釘を刺したのは、気楽そうに見学するユフィーリアとニーナだった。


「魔王の協力を受けると、借りを作るわ」

「魔王の協力を受けると、仕返しが来るわ」

「なるほど!」


 考えていないようで、考えている。

 こういう貸し借りの駆け引きとかに敏感な反応を示す二人を見ると、さすがは王女様、と思っちゃうね。


「では、どうするのかしら?」


 ミストラルの問いかけに、僕は妙案を思いつく。


「みなさん、忘れていませんか。石のことに関してなら、僕たちは有望な人を知っているじゃないか」

「エルネア様、私はわかりましたわ。ジルド様です!」

「はい、ライラが正解。石彫りのジルドさんなら、砥ぎ石の予備とか持ってそうだよね。それに向こうへ行けば、恐ろしい代償なんて要求されずに色々と物を揃えられると思うんだ。ただ……ニーミアには苦労をかけちゃうけどね」

「平気にゃん」


 アームアード王国の王都も復興途中で、資材や道具を必要としているだろうけど、向こうは十分な余裕があるはずだ。

 なにせ、クシャリラの支配していた土地で略奪したものが、たくさん流れて来ているのだから……


「おお、さすがは竜王様。我らの悩みをこうもあっさりと解決してくださるとは」


 マシェリさんが改めてひざまずいている。

 いわれのない畏怖いふや従順は気持ち悪いけど、感謝の表現だと嬉しく感じちゃう。

 僕たちはメドゥリアさんたちの期待に応えるべく、アームアード王国へ向かうことになった。

 だけどそこで、思わぬ申し出に驚くことになる。


「エルネア君、ちょっと良いかしら?」

「セフィーナさん、どうしたの?」


 初めての土地で興味深そうに周辺を見ていたセフィーナさんが、ぴしっと手を上げて自分の意見を口にする。

 うむむ、相変わらず格好良い。


「エルネア君たちは、またここへ戻って来るのよね? では、私はそれまで、ここに残っていても良いかしら?」

「えええっ!」


 僕だけじゃなく、ミストラルたちも驚いていた。


「セフィーナさん。竜王の都がいくら僕の影響下にある場所だとは言っても、ここは魔族の国だよ。もちろん、この都市に住む支配層は魔族なんだ。だから……」

「危険なのは重々承知しているわ。ただ、私はもう少しこの都市を見て回りたい。それに……」


 決意を込めた瞳で僕を見るセフィーナさん。


「貴方と共に行動するということは、危険と隣り合わせなのだと知っていて、それでも一緒にいさせてもらっているわ。だけど、甘えたくはない。ここは、確かに魔族の国ね。でも、竜峰や他の魔族の都市よりかは安全なのでしょう? それこそ、貴方の威光があるのだから」


 黙ってセフィーナさんの言葉を聞く僕たち。


「マドリーヌ様も、己の使命と精進しょうじんのために努力なさっている。なら、私も自らを高めていきたいの」

「つまり、魔族の支配する土地で生活して、研鑽けんさんを積みたいというわけだね?」


 僕の確認に、セフィーナさんは強い決意で頷いた。


「セフィーナ、なにかあったら自己責任だわ」

「セフィーナ、なにかあっても助けられないわ」

「姉様たち。それも重々承知の上です」


 どうやら、セフィーナさんの覚悟は本物らしい。

 それなら、僕ができるのは後押しとほんのちょっぴりの援助だけ。


「メドゥリアさん、セフィーナさんのことをよろしくお願いします。人族ですが、彼女は自分のことは自分で面倒を見られる強い人です。ただし、知らない土地で泊まるところとか食べ物とかは大変だと思うので」


 それも自分でどうにかしなさい、と甘やかしに突っ込みが入りそうだけど。これくらいの手助けは影響ないよね?

 僕のお願いを、メドゥリアさんは快諾かいだくしてくれた。


「それじゃあ、セフィーナさん。無理だけはしないでね」

「ふふふ。貴方についていくために、無理をしてでも成長したいのだけれど」

「セフィーナ、王族の血はもう間に合ってるわ」

「セフィーナ、王族の姫はもう十分だわ」


 僕は絶対に渡さない、とセフィーナさんに詰め寄るユフィーリアとニーナ。

 拒絶しているような言葉だけど、大切な妹を心から心配しているのはよくわかる。だけど、甘やかしたりはしない。


「戻って来たときに私たちを困らせるようなことになっていたら許さないわ」

「戻って来たときに私たちが心配するようなことになっていたら家に返すわ」

「はい」


 セフィーナさんは、最初から修行目的で僕たちに同行してきた。

 どうやら、彼女の修行の地は竜王の都になりそうだ。

 僕たちは今度こそ挨拶を済ませると、ニーミアに乗って竜王の都を後にした。

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