女神様の御導き?
アリスさんも元を
元同僚として
裏切った巫女さまは、巫女騎士の手を
そうだね。何せ、邪族の王の側近と直接戦ったような女性だ。しかも、邪族でさえ舌を巻く確実な実力がなければ、邪族の王の側近と取り引きなんてできるはずもない。
だから、アリスさんは僕に殺しの依頼をするために禁領を訪れた?
まあ、僕は殺しの依頼なんて、引き受けませんけどね!
それでも、違和感は
聖域がどこに存在するのかは知らないけど、きっと禁領どころか魔族の国の中にもないはずだ。
僕たちが未だに知らないような遠くの地域から、僕を頼って来る理由が思い浮かばない。
たとえ竜神さまから僕たちの話を聞いていたとしても、それで知らない土地の聞いただけの人物に、殺しの依頼を出すためだけに天馬に乗って飛んでくるだろうか?
きっとまだ、アリスさんは僕に何か隠し事をしているに違いない。
でも、そこまでアリスさんの心を読んでいるはずのアレスちゃんが、拒絶の反応を示していないことも不思議だね?
結末が気になるから顕現し続けてはいるものの、僕の腕の中で狸寝入りをしていて、判断を全て僕に
いったい、アリスさんは何を隠していて、アレスちゃんは何を見届けようとしているんだろうね?
それはともかくとして。
「ねえねえ、霊樹ちゃん!」
僕は周囲を見渡して、霊樹ちゃんに声を掛けた。
唐突に僕に声を掛けられて、霊樹ちゃんが枝を
僕は器用に
「ずっと気になっていたんだけどね? オズはどこに行ったのかな!?」
そうなんです!
普段から、お屋敷ではなく霊山の窪地に寝泊まりしている「自称霊樹の守護者代理」の二股狐魔獣のオズの姿が、ずっと見当たらないのです!
『えーっ。今更だよね!? それに、巫女騎士様の話題から飛んじゃったよ!』
わははっ。必殺、話題逸らし!
このままアリスさんの話題に引っ張られていたら、きっと僕は否応なく巻き込まれてしまう可能性があったからね。
ということで、唐突に話題を切り替えてみました!
僕のなんの脈略もない話題変更に、これまで複雑な表情を色々と見せていたアリスさんが、今度は驚きの表情になっていた。
うむ。表情豊かな女性ですね。
きっとこの人に子どもがいたら、母親の表情ですぐに機嫌がわかるから、素直な子どもに成長するだろうね。
「ま、まさかテルルちゃんの
『どっちもオズの命が軽いよね?』
「気のせいだよ?」
『本当かなーっ?』
「はははっ。貴方たちは愉快だな。巫女のことばかりに思考が支配されていた私も、久々に笑えている」
アリスさんは、当然ように万物の声が聴けるんだね。
僕と霊樹ちゃんの軽快な会話を耳にして、快活に笑う。
良かった。
アリスさんの張り詰めた空気が少し和らいだね。
「それで、霊樹ちゃん。オズはどうしているのかな?」
改めて周りを見渡しても、オズの可愛らしい姿も気配も感じない。
僕の疑問に、霊樹ちゃんが北の方角へと気配を向けた。
『あのね。エルネアたちが秋の収穫祭を頑張っている時にね。オズも冬支度をするために、食糧を探しに霊山を降りていったんだよ?』
「オズも、そういう部分はちゃんとした魔獣なんだよね。それで、オズの行方は?」
『ええっとねーっ。北の海に、お魚を捕まえに行くって言っていたよ!』
「あー……」
僕は、霊樹ちゃんが意識を向けた北に向かって、深い
残念です。
オズよ、北の海には恐ろしい支配者が君臨しているんだよ。
そんな海で魚を獲るだなんて……
『見捨てたー!』
「だって、僕でも手に負えないことくらいはあるんだよ!? たとえルイララの親でも、僕は面識がないからね」
陸地から釣り糸を
でもオズは魔獣だから、釣竿なんて使わずに海に潜って魚を獲ろうとするよね?
そうしたら……
「そうか。貴方でも北の海は越えられないのか」
すると、僕と霊樹ちゃんの会話を聞いていたアリスさんが、そう言葉を零した。
つい、どういうことかと聞き返してしまう僕。そして、直後に墓穴を掘ってしまったと自覚する。
「私は、北の海を越えてある場所に行く必要がある。裏切りの巫女は、聖域を去った。向かう先は、夫であった神官の生まれ故郷。北の海の先にある小さな島だ」
しまった、話が元に戻っちゃった!
内心で
僕たちのことは、竜神さまから色々と聞いている様子だよね。
ということは、魔族の親友であるルイララのことも聞いていて、その親こそが北の海の支配者だと知っているはずだ。
そしてアリスさんは、裏切った後に聖域を去ったという巫女さまを追っている。きっと、巫女さまは夫の生まれ故郷に向かったはずだとして。
「でも、そうすると新たな疑問が? その神官さまはどうやって北の海を越えて、アリスさんの守護する聖域に行けたんですか? 巫女さまも、どうやって北の海を渡って神官さまの故郷の小さな島へ行くんだろう?」
北の海を支配する始祖族は、
僕が
では、ルイララの庇護がない神官さまや巫女まさは、どうやって北の海を超えたのだろう?
僕の新たな疑問に、少し過去を懐かしむような遠い視線を投げるアリスさん。
「神官は、故郷の小島の近海で漁をしていた。しかし、やはりというか北の海の支配者に襲われた。それでも神官は幸運だった。神官の乗っていた小舟は沈没することなく、大陸の北側に漂着した。そして、所用で聖域を離れていた巫女と出逢い、結ばれた」
「随分と詳しいですね?」
「聖域に住む者は少ない。そうすれば、おのずと住む者たちの様々なことを深く知る機会は多くなる」
「なるほど? 神官さまは女神様の加護を強く受けていたんだすね。それで北の海を運良く渡れた。巫女さまも女神様のお導きで、神官さまと巡り会えたんですね」
「ふふふ、上手いことを言うな」
アリスさんに褒められて、照れ笑いする僕。
それはともかくとして。
北の海の支配者も完璧ではないのかな?
神官さまのように、襲われても運良く生き延びて、北の海を往来することは出来るのかもしれない?
でも、それは完全な運任せだから、危険極まりないよね。
それとも、もっと確実な手法があるのかな? でもそうすると、ルイララが僕に話してくれそうだよね?
ううん、違うか。たとえルイララでも、親の弱点なんかは口にしないよね。というか、ルイララから親の始祖族の話を殆ど聞いたことがないよね。
だけど、そこまでの事情を知らないアリスさんは、北の海の支配者の子どもであるルイララの親友である僕を頼って、禁領を訪れたのかもしれない。
それなら、ルイララに直接頼めば良かったのでは? と考えて。
「いや、ルイララに頼もうとすると巨人の魔王の干渉を受けるんだね?」
「そういうことだ」
つまりアリスさんは、聖域を去った巫女さまを追って北の海を渡り、殺すために、僕を頼ってきた?
「いやいや、でも待てよ。北の海を確実に越える方法がないというなら、巫女さまも海を渡る手段がないってことだよね?」
「だが、巫女は必ず北の海を渡るだろう」
「何か確信を持っているんですね?」
もしかしたら、その巫女さまは北の海の支配者でさえも舌を巻くほどの実力者なのかもしれない。そう考えると、やはりアリスさんだけでは手に負えないから、僕に依頼してきたのかな、と思ってしまう。
もちろん、断固としてお断りするけどね!
たとえ巫女かさまが深い罪を背負っていたとしても。それは、僕たちが両手を広げても届かないほど遠い世界の話だ。その遠い世界の、僕たちが関わっていない物事に、僕たちが安易に手を出して良いわけがない。ましてや、依頼での巫女殺しなんて絶対にお断りです。
とはいえ、巫女さまの行方やアリスさんの依頼とは別に、僕はどうやら北の海辺りまでいかなくちゃいけないみたいだね。
口では冗談を言えるけど、やっぱりオズの身の危険が心配だからね。
「まだ北の海に到着していなかったら良いんだけど……」
これからオズを追ったとして。
果たして僕は、耳長族のみんなとの約束の日までにオズを無事に救出して、集合場所に行けるのでしょうか!
「その、オズという魔獣を探しにいくのか。では、天馬に乗って行くのはどうだ?」
「そうやって誘っておいて、僕を巻き込む気だね!?」
警戒に一歩退く僕を見て、アリスさんが笑う。
「違う。言っただろう、私も巫女だ。誰かが困っているのなら手を差し伸べることこそが
「本当に?」
「この地域の巫女は、嘘を口にするのか?」
「うーん……」
マドリーヌは、嘘は言わないけど
それでも、マドリーヌもルイセイネも、誰かが困っていたら本心から手助けできる立派な巫女さまです。
そして、それはどうやらアリスさんも同じみたいだね。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。け、けっして、天馬に乗りたいという興味からじゃないんだからねっ」
「ははははっ、素直でよろしい」
快活に笑い、僕の頭をぐしゃぐしゃに撫でて、アリスさんは僕の傍に両手を滑り込ませた。そして、軽々と僕を持ち上げて、大人しく泉の水や丘陵の下草を口にしていた天馬の背中に乗せてくれた。
アリスさんは、
「それでは、若き霊樹よ。主人を借りていく」
『いってらっしゃーい。お土産話をよろしくねっ?』
「プリシアちゃんの影響が強いっ!」
僕が霊樹ちゃんに突っ込みを入れている間に、天馬は大きく翼を広げた。
そしてゆっくりと羽ばたくと、四肢を動かす。
まるで地面を走るかのように脚を動かして走る天馬。だけど、一歩目から既に天馬の
ふわり、と浮遊感を感じるのと同時に、視界がぐんぐんと高く広くなっていく。
「怖かったら、鞍の
「はい。大丈夫ですよ」
天馬に乗ることも、空を飛ぶことも、オズの気配を空から探ることも、問題ありません。
というか、アリスさん。
僕を完全に子ども扱いしているよ!
「こどもこども」
「アレスちゃん、狸寝入りをしているなら突っ込みを入れちゃ駄目だからね?」
「しっぱいしっぱい」
そもそも、干渉しないと決めているからって狸寝入りをする必要はないよ?
起きていようと顕現したままだろうと、アレスちゃんが手を出そうとしないことに僕が強制をすることはないからね。
「うんうん」
と、アレスちゃんは素直に狸寝入りを止める。
そして、僕と一緒に周りを見渡す。
純白の天馬が翼を優雅に羽ばたかせる。四肢を繰り出して、空を走る。
霊樹ちゃんが広げた枝葉が頭上近くになると天馬は上昇を止めて、窪地の先、北の海へ向かって走り始めた。
霊樹ちゃんが枝葉を揺らして僕たちを見送ってくれる姿と、霊山の窪地から抜け出す様子を見つめる僕たち。
「念の為に言っておきますけど。僕たちだって、北の海を越える手段は持ち合わせていませんからね?」
オズを探すために、僕たちは北の海を目指しているんだ。けっして、アリスさんの依頼を受けたわけじゃない。
僕の言葉の意図を汲んで、背後でアリスさんが頷いてくれる。
だけど、物事はいつだって上手くはいかないものだ。
窪地を越えて、霊山を飛び去った矢先だった。
僕は、背後から迫る何者かの気配を察知する。
アリスさん越しに背後を振り返る僕。
「黒い天馬に乗った人たちがこっちに向かって飛んできていますね?」
僕の漏らした言葉に、アリスさんが露骨に舌打ちを打った。
「ちっ。追手か」
「えっ!?」
追手?
どういうこと!?
僕が疑問を口にするよりも前に。
「舌を
そう叫んだアリスさんが、天馬の横っ腹を足で叩く。
天馬は主人の意図を正しく汲んで、急加速を始めた!
これまでの優雅な走りではなく、まさに馬に騎乗しているような揺れが僕たちを襲う。
そして、アリスさんは柄の両側に刃のついた薙刀を構え、
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