旅は道連れ 世は情け
遠足や旅行、行楽に行く前の準備期間が一番楽しく、時間があっという間に過ぎていくと知ったのは、旅立ちの一年を前に学校に通い始めてから。
なにせ、それまでは旅行なんてしたことなかったからね。
そして、
「セフィーナ。なんで貴女がここに居るのかしら?」
「セフィーナ。なんで貴女が行く気満々なのかしら?」
「お姉様たちだけずるいわ!」
姉妹で言い争っている原因は、間違いなくセフィーナさんだ。
出発前。集合場所に指定しておいた竜の森に、当たり前のように前乗りしていたセフィーナさん。彼女の姿を見た僕たちは、苦笑するしかなかった。
「良いじゃない。固いこと言わないの」
「いいえ、固く言わせていただきます。セフィーナ姉様は私たちと一緒にお留守番です!」
「あら、セリースちゃん。貴女は勇者と一緒にお留守番をしておけば良いわ。お土産はちゃんと買ってきてあげますからね」
「ず、ずるいですっ。私やリステアでさえ、まだ竜峰には入っていませんのにっ」
セフィーナ姉さまだって、公務でお留守番ですよ、と組みかかるセリースちゃん。
セリースちゃんだけじゃない。王妃様たちが揃って旅行するということで見送りに来てくれていた勇者様ご一行の女性陣が、セフィーナさんを取り押さえようと動く。
だけど、セフィーナさんは華麗に身をひるがえし、あっさりと全員を返り討ちにしてしまう。
「まだまだ修行が足りないわね。勇者が戦闘に加わらないとこんなもの? セリースちゃん、貴女なんて竜気の扱いが雑よ。大人しく帰って修行してなさいな」
セフィーナさんは相変わらず格好良い仕草で、地面に転がされたセリースちゃんを見下ろす。
今にも「ふふんっ」なんてお姫様らしからぬ
「セリースたちは勇者と自力で竜峰に入りなさい。ところで、セフィーナ。貴女も不要だわ」
「セリースたちは勇者ともう少し努力しなさい。ところで、セフィーナ。貴女も実力不足だわ」
「ちょっと! 二人掛かりとは
勝ち誇っていたセフィーナさんだったけど、参戦してきた双子の姉によってあっさりと押し倒される。
ふぅむ。セフィーナさんの体術をもってしても、ユフィーリアとニーナの完璧な連携は防げないようだね。
「くっ。お母様たちが行けて私が行けないなんて、認めないわ」
関節技を決められて、
「私だって、一年間我慢してきたのよ。エルネア君にお願いされた役目もきちんとこなしてきたわ」
去年の冬から、セフィーナさんは、無謀に竜峰へ踏み入ろうとする人たちを瀬戸際で止めてくれていたんだよね。
セフィーナさんのおかげで、無茶をするような人は随分と減った。愚かな遭難者が減ったと、竜人族や竜族も大いに感謝しているよ。
「お姉様方が止めても、私はひとりで竜峰へ入るわ! それくらいの修行はしてきたもの」
きりりっ、と自分を押さえ込む双子の姉を見据えるセフィーナさん。
もしかすると、この一年間はセフィーナさんにとって厳しく辛いものだったのかもしれないね。
僕との約束を守って、役目を全うしてきた。だけど、背後にはいつも竜峰がそびえていて、意識しなかった日はないはずだ。
一度踏み入った場所で、厳しさは誰よりも理解している。だからこそ、修行も積んできたに違いない。
でもここへきて、旅行気分で母親たちが竜峰へ入ると知ってしまったんだ。
もう、我慢なんてできないんだろうね。
すると、姉妹喧嘩を見かねてか、ひとりの女性が仲裁に入った。
セフィーナさんにどことなく面影の似た、これまた格好良い女性だ。
「セフィーナ。覚悟はあるのかしら? 私たちはエルネア君たちに思いっきり甘えて旅行に行くわ。だけど、貴女は違うのよね? 自らの意志で赴き、己の力で進む覚悟はあるのね?」
「お母様。もちろん、その覚悟と決意です」
僕と同じことを思っていたのかもしれない。仲裁に入った女性、セフィーナさんの産みの母であるセレイア様が厳しい表情で問う。実母の問いに、セフィーナさんは強く頷いた。
セフィーナさんの格好良さって、間違いなく母親譲りだよね。セレイア様も、きりりと美しい。……というか、どういうことですか!?
いま気づいた……わけじゃない。最初から気づいていたんだけど、心が拒否していました。
でも、いよいよ現実を直視しなきゃいけないときが来たようです。
「……ええっとですね。当初に聞いていた予定人数から大幅に人が増えている気がするんですけど? 僕の母さんと、リセーネさん。セーラ様とレネイラ様。マドリーヌ様は仕方がないとして……」
王族然とした
ルイセイネのお母さんが、リセーネさん。
ユフィーリアとニーナのお母さんが、セーラ様。
ヨルテニトス王国から急遽参加が決まったレネイラ様と、おまけの巫女頭マドリーヌ様。
これだけならわかる。だけどね。周りを見渡すと……
「あらいやだわ。母親連合なのだから、私たちも含まれると思わない?」
「いえ、思いもしませんでした!」
同行して当然と言わんばかりに、素敵なお胸様を張って微笑むのは、セリースちゃんの産みの母親であるスフィア様だった。
他にも、第一王子ルビオン様の実母であるアネス様と、第二王子ルドリアードさんのお母さんであるカミラ様も荷物を背負い、行く気満々でこの場にいる。
更に更に、高貴な人たちの陰に隠れて、実家の使用人さん筆頭であるカレンさんまでちゃっかりと居ます!
「おほほっ。ルビオンに自慢しなきゃね。あの子、きっとまた
「ルドリアードが
ふふふ、おほほ、と笑うアネス様とカミラ様の姿に、僕は脱力するしかない。
「ねえ、ミストラル……?」
この人たちをどうしましょう、と頼れる妻を見たら、ミストラルは僕を見て笑っていた。
「ごめんなさいね。エルネアだけには内緒にしていたの」
「えええっ!」
「だって、エルネア君に教えると、逃げてしまいそうでしたので」
「うん。知っていたら逃げていたね! というか、スフィア様たちが加わっていることに突っ込みがなかったのは、みんな知っていたからなんだね!?」
ああ、なんということでしょうか。
僕だけが真実を知らなかっただなんて。
家族内での隠し事はなしって決めていたのにぃっ!
絶望に打ちひしがれる僕を、妻たちがよしよし、と慰める。足もとでは、プリシアちゃんとアレスちゃんも加わって、僕を労っていた。
「んんっとね。フィオとリームも途中で加わるんだって」
「たのしいたのしい」
「くううっ。楽しいのはみんなだけで、僕は大変だよ!」
参加者が多くなるってことは、気苦労が増えるってことです。しかも、アームアード王国とヨルテニトス王国の王妃様が勢ぞろいだなんて、なにかあったら一大事なんですよ?
責任者である僕の精神は、出発前から擦り切れてしまっていた。
「ええっとだな。エルネア、頑張れっ!」
見送りに来てくれたリステアが、半笑いで僕を応援する。
スラットンなんて、笑い転げていますよ。
野郎二人は僕を
「エルネア君、くれぐれもマドリーヌ様をよろしくお願いしますよ?」
「なにかあったら、大変だよー。あっ、お土産よろしくねー」
巫女のキーリとイネアなんて、僕の心配じゃなくてマドリーヌ様の心配をしていますよ!
なんだか、引き籠りたくなってきちゃった。
「ほら、エルネア。しゃきっとしなさい。そろそろ出発するわよ」
「ううう。こんなことなら、禁領のお
「まあまあ、エルネア君。気楽にいこうじゃないか」
「……一番の心配事は、魔族の君だからね! 絶対に、ぜーったいに、竜峰では勝手な行動を
リリィは帰って行ったというのに、なぜルイララが居残っているのか。
ここへ来るまでに散々問い詰めたけど、のらりくらりと笑って誤魔化す姿に、魔族にそんなことをしても意味がないのだと改めて思い知らされたよ。
「さあ、準備ができたのなら出発しようか。竜の森での案内は、俺が担当する」
「カーリーさん、よろしくお願いします」
出発前から騒がしい僕たちを忍耐強く待ってくれていたのは、耳長族のカーリーさん。
そもそも、なぜ集合場所が竜の森になったのかというと。
セフィーナさんが役目を負っていたように、竜峰へ入るためには資質を問われる。一流の冒険者であっても容易には入れないし、身の安全が保障されない場所が竜峰なんだよね。
そこへ、僕たちの身内といっても王族の人が旅行で入るだなんて、入山を切望する人たちから見れば言語道断なわけです。
なので、竜の森からこっそりと行くわけです。
「わかっていると思うが、
「はい、それでおねがいします!」
僕の味方は、カーリーさんだけだ。
母親連合は全員逸れてしまえ、なんて悪魔的な心に囚われたのは内緒です。
ああ、この場に心を読める者が居なくて良かった。
「エルネア」
それじゃあ出発しましょうか、と井戸端会議の始まった母親連合に声をかけていると、リステアが話しかけてきた。
「その、なんだ。魔王からの助言、というか呪い? はありがたく受け取っておく。俺たちもお前に負けないように頑張るつもりだが、何かあったときにはよろしくな?」
「うん。リステアたちのお母さんの旅行計画以外なら、なんでも言ってね!」
「魔族の国に行くときには、俺もよろしくな!」
「スラットン、安心して。そのときはルイララが
「断る!」
「人族はみんな酷いなぁ」
なんて男同士で話していると、号令をかけた僕の準備が一番最後になっちゃった。
「それじゃあ、行ってきます。王様には無事に出発したと伝えてねー」
「こちらも、魔王にまた会ったらお礼をよろしくなー」
旅行組と見送り組がそれぞれに手を振って、早朝の竜の森で別れた。
僕たちはカーリーさんを先頭に、竜の森を進む。
結局セフィーナさんは、一緒に竜峰へと行くことになっちゃった。
「アレスちゃん、行こうね!」
「いこういこう」
「こらっ。二人とも!」
そして早速、森の奥へと消える幼女二人。
とはいえ、あの二人は絶対に脱落しないよね。むしろ、置いていかれたら竜の森の迷いの術に影響を与えてでも戻ってくるはずだ。
「やれやれだな。まぁ、あの二人の護衛は大丈夫だろう」
同じ耳長族として面目ない、とひとりだけ恐縮するカーリーさん。
案内役のカーリーさん以外にも、周りには耳長族の戦士たちが控えている。たぶん、誰かが追ってくれているはずだ。それに、竜の森であの二人に害を与えるような存在はいないからね。
地中では、すっかり竜の森に住み着いた魔獣たちも息を潜めている。
というか、魔獣たちと遊ぶために森の奥へ行っちゃったんだもんね。
「母さん、荷物は僕が背負うよ」
「あらまあ、
「そりゃあ、僕だって成長したもん。これから竜峰の入り口までは歩かなきゃいけないからね。母さんは体力を温存しなきゃ」
竜峰に入れば、地竜たちが待ってくれている。だけど、竜の森は自力で歩かなきゃいけない。
母さんはまともに旅をしたこともないし、元冒険者とかそんな肩書きもない普通の人だ。だから、無理はさせられないよね。
「ユフィ、ニーナ?」
「ああ、エルネア君のお母さんが羨ましいこと」
「ルイセイネ、修行だと思って持ちなさい」
そして、僕と母さんのやり取りを見た他の母親連合が、次々に娘たちへと荷物を
「レネイラ様、お荷物は
「ありがとう」
ライラだけは、自分から荷物を受け取ったみたいだね。
「……ミストラル?」
「マドリーヌ、貴女は自分で持ちなさい。甘えるようなら置いて行くわよ?」
「きぃーっ。私だってちょっとくらい甘えさせてっ」
なんてマドリーヌ様はミストラルに食ってかかっているけど、しっかりと荷物を背負っている。
そうそう。マドリーヌ様は、昔はユフィーリアとニーナと一緒に旅をしたというだけはあるね。
旅に不要な物は持ってきていないし、荷物を背負って歩く姿に不安な様子はない。
こうして、出発前から大騒ぎになった大旅行は始まったのでした。
ああ、どうか母親連合の全員が竜の森で脱落しますように……
「にゃあ」
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