空が墜ちる日

 薄い衣のような光が、飛竜の狩場を円環状に包み込む。地上からのぼった光の衣は瘴気の雲を突き破り、どこまでも高く伸びていく。

 光の衣によって分断された瘴気の雲に、異変が起きた。

 飛竜の狩場の先。円環状の光の外側にも広がっていたどす黒い瘴気の雲が、薄れていく。そして、夏雲が千切れて散っていくように、瘴気の雲は次第に分散していき、最後には消えてなくなった。


 変化は、円環状の光の内側でも起きていた。


「エルネア君、地上が大変だわ!」

「エルネア君、空が大変だわ!」


 ユフィーリアが地上を指差し、ニーナが空を見上げる。


 僕たちの頭上は、相変わらず瘴気の分厚い雲が覆い尽くし、恐ろしく巨大な妖魔の王が君臨していた。

 禍々しい瘴気の雲は、太陽の光さえも遮って、世界を暗闇にしている。その、暗い世界、夜中のような地上に、はっきりと見える影が出現した。


 闇よりも黒い影。だけど、恐怖心は湧いてこない。むしろ、就寝前にみんなで暖かいお布団に潜り込み、瞳を閉じたとのような居心地の良ささえ感じる、不思議な影だ。

 夜よりも深い影は、円環状の光の内側全体に広がる。大地を覆い尽くし、地上を影色に塗り替えた。

 そして、体験したことのない奇跡は続く。


 地上を満たした影から、黒い光が発せられた。


「エルネア様、暗いのに、暗くないですわ?」

「うん、不思議だね」


 変な表現です。だけど、それ以外に表しようのない現象だった。


 太陽の光を身体いっぱいに浴びた状態で振り返ると、背後には影ができている。影は光の当たらない部分に闇を落とし、地面を黒く染める。だけど、影のなかでも物は見えるし、地面を確認することもできるよね。

 もちろん、真っ暗闇ではそんなことさえできないけど、月の光程度の明るさでも、影になった部分の闇を見ることはできる。

 それと同じようなとこが、円環状の光の内側でも起きていた。


 瘴気の分厚い雲が生み出した闇を塗り替えるように、優しい影が世界を満たしていく。これなら、瞳に竜気を宿さなくてもしっかりと世界を見渡すことができる。

 そして、僕たちはルイセイネが発動させた大法術の絶大な効果を目の当たりにした。


 影色の光が、地上や空に溢れかえっていた魔物や妖魔の周囲にも広がっていく。すると、魔物や妖魔がいちじるしく動きをにぶらせた。空を飛んでいた魔物のなかには、翼の動きを封じられて地上に落ちる者まで現れ出す。

 だけど、今も城塞の外で奮戦する有志たちには、全く影響がないみたい。むしろ、動きが鈍重どんじゅうになった魔物や妖魔を、ここぞとばかりに倒し始めていた。


 ルイセイネは、言っていた。

 大法術「新月しんげつじん」は、新月の生み出す影に捕らえた邪悪な者だけを拘束し、縛りあげると。

 だから、魔物や妖魔は動きを封じられているのに、僕たちの味方は自由に動けるんだ。


 ただし、本来であれば、この大法術の影の内側に入った魔物や妖魔は、身動きさえできない拘束を受けるはずなんだけど、今回はあまりにも規模が大きく、そして魔物や妖魔の数が多すぎた。だから、魔物や妖魔を完全に縛ることはできなかったみたいだね。

 それでも、魔物や妖魔の動きを鈍らせてくれただけでも十分だ。

 それに、大法術「新月の陣」は魔物や妖魔の動きを阻害するだけでなく、出現までも鈍らせつつあった。

 これまでは、呪いから無限に湧き出していた魔物や妖魔だけど、月影つきかげの光が世界を満たして以降、その出現が激減し始めていた。

 それだけじゃない。小さな呪いなどは、月影に侵食されてはらわれていく。


 妖魔の王が出現した以上、巨人の魔王の呪いは既に目的を達した。だから、祓われてもらった方が、こちらにとっても都合が良い。


 魔物や妖魔の動きが鈍り、出現も激減し始めた。

 これなら、城塞の外に残った者たちだけでも十分に戦える!

 そう、思った時だった。


「なんだ? 瘴気の影響が薄れ始めているぞ?」


 城塞の中から様子を伺っていた冒険者が、驚いたように顔を出す。

 他にも、獣人族の戦士や耳長族の人たちも、恐る恐る外の様子を伺う。そして、月影に満たされた世界の変化を知る。


「不思議な感じだ。瘴気の気配が薄れて、代わりに何か知らない加護を感じるぞ?」


 それは、きっとルイセイネの祈りだ。

 そして、大法術に乗せてルイセイネが届けてくれた、巫女様たちの想いだね。

 邪悪を祓い、人々をいつくしむ。

 女神様への信仰心が有ろうと、無かろうと、巫女様たちは世界に生きる者たちへ平等に慈悲を施す。

 その分け隔てのない祈りと想いが、月影の光と一緒に飛竜の狩場を満たす。


 邪悪な瘴気を打ち消し、人々に加護を与える。


 既に役目を終えたと思って身を引いていた者たちに、新たな心の火がともる。


「まだ、やれるぞ!」

「俺たちにも、できることは残っている!!」

「進めっ!」

「魔物を蹴散らせ!」

「妖魔を倒せっ!!」


 城塞の門が開かれた。

 武器を片手に、有志たちが外へ飛び出す。

 動きの鈍った魔物を蹂躙じゅうりんし、妖魔を討伐とうばつしていく。


 戦士たちは、何度だって立ち上がる。

 危険が迫ったら退避するのは当然だけど、好機が訪れれば、必ずきびすを返して戦場へと戻ってきてくれる。

 地上でいさましく戦うみんなに後押しされるようにして、次に僕たちは、地上から上空へと視線を移す。

 そして、ルイセイネの大法術が、妖魔の王にも届いていることを知った。


「アアァァァああ……アァァぁァアああぁアッ!」


 妖魔の王が、不気味なうなり声をあげる。

 月影の光は、分厚く広がった瘴気の雲から突き出た妖魔の王の上半身の周囲にも満ちていた。

 妖魔の王は、その月影の光に縛られて、苦悶くもんの声をあげる。月影を振り払うように身悶みもだえし、瘴気の衣を波打たせた。

 だけど、大法術の影が、それを容易には許さない。

 妖魔の王を縛るように、月影の光が骨の隙間や瘴気の衣の間に浸透していく。


 振り上げようとした妖魔の王の巨大な腕は、錆び付いた鉄のようにきしみながら、動きを鈍らせた。それでも、妖魔の王は構うことなく、腕を振るう。握られた巨大な鎌が、地上を蹂躙しようと襲いかかる。


「このままじゃ、地上のみんなが!」


 動きこそ鈍いけど、妖魔の王の大質量の前では、地竜たちでさえ小石のように吹き飛ばされる。

 このままでは、地上のみんなが一撃のもとに薙ぎ払われてしまう!


 そこへ颯爽さっそうと現れたのは、地上に残って大迷宮の術を操っていたセフィーナさんだ!


「やってやるわ!」


 塔の近くの鐘楼しょうろうに駆け上がったセフィーナさんが、声の限りを尽くして叫ぶ。


「地竜の方々。このまま妖魔の王の前に屈服するつもり? 竜族の誇りを誇示したいのなら、力を見せなさい!」


 セフィーナさんの叫びに、竜族たちが奮い立つ。


『小娘が、言わせておけば』

『人に言われては、立つ瀬がないな。良かろう、我らの力を存分に知るがいい!』


 地竜たちが、再び結界を張り巡らせた。

 強力な結界が城塞を覆い、迫る巨大な鎌の攻撃に備える。


 だけど、これでは前回と同じだ。

 どれだけ強力な結界を張り巡らせても。妖魔の王の攻撃は止められない。

 地竜自身は、薙ぎ飛ばされても自分の結界に護られて怪我を負わないだろう。だけど、結界から漏れた者たちは、大変なことになってしまう!


 だけど、それは地竜たちも考慮済みのことだ。

 今度は、真正面から攻撃を受け止めようとはせずに、受け流すような結界の張り方をしている。

 とはいえ、不安は残る。果たして、本当に妖魔の王の圧倒的な攻撃を受け流すことができるのか。


 危惧する僕たちの視線の先で、セフィーナさんが口角を上げて格好良く微笑んだ。


「もうひと手間、加えるべきね」


 言ってセフィーナさんは、深く静かに心を研ぎ澄まし、両腕を頭上に伸ばす。


 迫る巨大な鎌。対する地竜たちの結界。

 重鈍な動きで、巨大な鎌が結界に触れた。


「はあっ!」


 両者の動きを見計っていたセフィーナさんが、気合と共に両腕を横に振り抜いた!


「えええっ!?」

『なんと!?』


 誰もが驚愕きょうがくした。


 地竜たちの結界に巨大な鎌が触れた直後。

 巨大な鎌の刃が、思惑通りに軌道を変えた。

 地上の全てを薙ぎ払うようにして振られたはずの巨大な鎌の刃が、上空に弾き飛ばされる。

 だけど、この結果は地竜たちだけの成果ではない。それを、地竜や僕たちはしっかりと感じ取っていた。


「そうか! 地竜たちの結界を通して、巨大な鎌と竜気が触れ合った瞬間に、妖魔の王の力に干渉したんだね!」


 恐るべし、セフィーナさん!

 妖魔の王の全身に流れる邪悪な力をも利用して、大質量の攻撃の軌道を逸らすだなんて。


「さあ、地上のことは私たちに任せて。エルネア君たちは、妖魔の王の本体を!」


 セフィーナさんの言葉を受けて、レヴァリアが咆哮を放ち、翼を荒々しく羽ばたかせて上昇していく。


 頭上に迫る妖魔の王は、巨大な鎌を弾かれたお返しとばかりに、瘴気を放とうと雄牛の頭蓋骨の口を大きく開くところだった。

 だけど、瘴気を吐き出そうと開いた妖魔の王の口が、そのまま動きを鈍らせる。

 妖魔の王にも、確実に月影の光の影響は届いていた。


 動きを封じられつつある妖魔の王が、憎々しげに慟哭どうこくをあげる。

 耳障りな衝撃波が飛竜の狩場に木霊こだました。

 だけど、妖魔の王の悲鳴を受けても、気分が悪くなったり、不愉快な心の痛みは感じない。

 これも、大法術の効果なのかな?


 さらに、大法術は威力を発揮する。


 上空で不気味に蠢く瘴気の雲に、影が浸透していく。すると、空が凍りついていくかのように、瘴気の雲が蠢きを鈍らせていった。

 見上げる空が、停滞していく。

 どす黒い瘴気の蠢きが凍りつき、妖魔の王が呪縛された。


 それでも、妖魔の王は抵抗を見せる。

 セフィーナさんと地竜たちに弾かれた巨大な鎌を、重鈍な動きで構え直す。


『ええい、これでも動きを止めないのか!』


 レヴァリアが苛立ちを露わに咆哮を放つ。


 大法術でどれだけ呪縛しても、地上に溢れかえった魔物や妖魔のように、妖魔の王の動きを完全に封じることはできない。

 やはり、どちらか一方に注力しなきゃ、たとえ大法術であっても完全な拘束は無理なのかもしれない。

 だけど、これ以上はルイセイネに負担をかけられない。僕たちは、この状況で戦うしかないんだ!


 妖魔の王が、鎌を振りかぶる。

 たとえ鈍くても、大質量の攻撃は止まない。

 いったい、セフィーナさんたちは何度この攻撃をしのげるのか。

 僕たちは、セフィーナさんたちが持ち堪えている間に、妖魔の王を討伐しなきゃいなない。

 だというのに……!


「空が遠いわ」

「妖魔の王の核が遠いわ」


 レヴァリアや僕たちだって、状況を見つめながら飛び続けていたわけじゃない。

 何度となく、妖魔の王の胸の奥に見えた核に接近しようと試みていた。

 だけど、届かない。

 妖魔の王の本体に近づけば、必然的に瘴気が濃くなる。妖魔の王が纏った瘴気の衣がレヴァリアの飛行を妨害してくる。

 もちろん、月影の光で動きは鈍くなっている。だけど、それでもなかなか近づけない。


 そして、僕たちが苦戦している間も、妖魔の王は攻撃の手を止めない。

 振りかぶった巨大な鎌を、ひどく鈍い動きで振り下ろす妖魔の王。

 だけど、妖魔の王の腕は、最後まで振り下ろされることはなかった。


わずらわしや。煩わしや。そのような鈍い動きで攻撃しようなど、笑い話にもならぬ」


 視界が、ゆらりと揺れた。

 巨大な何かが、妖魔の王の腕の前に出現した。

 空間が揺らめき、妖魔の王の腕の前に立ちはだかる。そして、巨大な鎌ごと、妖魔の王の片腕を封じ込めた。


「クシャリラ、ありがとう!」

「憎しや。魔王たるわらわの名前を気安く叫ぶとは」

「あっ、ごめんなさい」


 姿は見えないけど、凄く睨まれたのだけは感じました。

 魔族って、気安く名前を呼ばれるのは嫌いなんだよね。それでも、つい名前を言いたくなるくらい、嬉しかった。


 これまで、飛竜の狩場には来てくれたものの、僕たちに協力してくれる気配がなかった妖精魔王クシャリラが、ここぞという場面で動いてくれたんだ。

 やっぱり、飛竜の狩場に集ってくれたみんなの意志は、ひとつなんだね!


 僕の感動は、さらに続く。


 振り下ろそうとしていた右腕を封じられた妖魔の王。だけど、左手にも巨大な鎌を握っている。妖魔の王は、その左手に握られた巨大な鎌を振り上げて、邪魔立てするクシャリラを狙う。そこへ、もうひとりの巨人が顕れた。


 雷光が、凍った瘴気の雲を切り裂くように走る。

 眩しいくらいに光った空の下。瘴気の雲に届くほどの巨人が、妖魔の王の左腕を押さえ込む。


「そう何度も、私の頭上での狼藉ろうぜきは許さんよ」

「巨人の魔王!」

「ふふん。そこで名前を口にしていたら、飛竜ごと雷で丸焦げにしていたところだ」

「ひぃっ」


 さすがは、巨人の魔王だね。

 こういう時にも、いつもの調子だなんて。

 でも、いつもの調子なのは口調だけで、気配は本気だ!

 最古の魔王に相応しい魔力を漲らせて、妖魔の王の腕を封じ込める。


 右腕は、妖精魔王クシャリラが。左腕は、巨人の魔王が。二人の魔王によって、妖魔の王の両腕は完全に封じられた。


 それでも、まだ足らない。

 妖魔の王の腕の動きを封じても、僕たちの行く手を阻む瘴気の衣は健在だし、なにより妖魔の王の本体に纏わり付く瘴気は、未だに濃い。


 そこへ、次の動きを見せたのは、飛竜の狩場の四方に布陣していた四体の古代種の竜族たちだった。


「影竜たる我を差し置いて、闇と影を操るなど、笑止千万」


 北方の影竜が、暗黒を放つ。

 影よりも濃く、闇よりも深い暗黒が、飛竜の狩場の空を侵食する。

 侵食を受けた瘴気の雲は暗黒に塗り替えられて、影竜に吸収されていく。


「不浄など、我が炎で焼き払ってくれる」


 東方の赤竜が、浄化の炎を解き放つ。

 轟々ごうごうと燃え上がる苛烈な炎が、大地を燃やす。

 浄化の炎は、飛竜の狩場全体へと広がっていく。


「妖魔がけがれで世界を彩るなど、万年早い」


 西方の彩竜が翼を羽ばたかせた。その度に、世界から穢れが祓われていき、代わりに空間が極彩色に彩られていく。

 大地は浄化の炎で赤く染まり、空は暗黒が支配する。そして、大地と空の間は、極彩色に満たされた。


「我は、何色にも染まらず。世界は、我が色に染まる」


 そして、南の虹竜が動いた。

 見えない虹竜が、空に舞い上がる気配を感じる。すると、虹竜によって掻き回された炎と暗黒と極彩色が混じり合い、飛竜の狩場に広がっていた禍々しい気配を浄化していく。


 大法術に備えていたルイセイネへの補佐が終わり、自由になった四体の古代種の竜族が力を解放した。

 飛竜の狩場は、外側から徐々に瘴気が薄くなり始めた。


 このまま瘴気の雲が薄れていけば、妖魔の王も力を失うはずだ。僕の推察を裏付けるかのように、空に変化が起きた。


「エルネア様、妖魔の王が!」


 はわわっ、とくちびるに手を当てて震えるライラ。

 レヴァリアの背中の上から、目を丸くして空を見上げる僕たち。


 空が、瘴気の雲が、近くなっていた。


「レヴァリア、高度を上げすぎじゃない!?」

『馬鹿を言え。我が高度を上げたせいではないわっ』

「……と、いうことは!」


 飛竜の狩場の空に厚く広がっていた瘴気の雲。それが、古代種の竜族たちの竜術によって、外側から徐々に薄れ始めている。

 瘴気の雲が空を支配できなくなったからだろうか。それとも、超巨大過ぎる妖魔の王が重過ぎるからだろうか。

 きっと、両方だね!

 妖魔の王の下半身と言っても過言ではない瘴気の雲が薄れたことによって、超巨大な上半身の浮力を維持できなくなったんだ!


 見上げる僕たちへと、空がゆっくりと迫り落ちてくる。


「このままいけば、瘴気の雲は地上に落ちるわ」

「このままいけば、妖魔の王は地上に墜落だわ」

「そうなれば、飛べない者たちでも妖魔の王へ攻撃ができるね!」


 これまでは、翼を持たない者は傍観するしかなかった。だけど、攻撃の届く範囲に妖魔の王が落ちてきたら、攻撃に参加できる。しかも、大法術や古代種の竜族たちのおかげで、瘴気による禍々しい気配は薄れている。

 これなら、揺動や防御、それに攻撃のための戦力が揃う!


「でも、余りにも落ちる速度が遅いわよ。遅過ぎると、ルイセイネへの負担が心配だわ」

「そ、そうだ!」


 このまま、妖魔の王の攻撃や魔物や妖魔の猛攻をしのいでいれば、いずれは好機が訪れるはずだ。

 だけど、その前にルイセイネや他の巫女様たちの法力が尽きる可能性がある。妖魔の王だって、このまま手をこまねいて墜落するつもりはないはずだよね。

 そうすると、やはり何か手を打って、妖魔の王の墜落速度を早めなきゃいけない。


「良かろう。我もそろそろ動くとしようか」


 僕の思考を読んだスレイグスタ老が、巨大な翼を広げた。そして、優雅に翼を羽ばたかせると、空へと舞い上がってきた。

 そして、スレイグスタ老に続き、アシェルさんも飛翔する。ラーヤアリィン様も続く。


 妖魔の王が、新たな脅威にすぐさま反応を示す。

 雄牛の口を鈍い動きで開き、どす黒くにごった瘴気を収束し始めた。


「鈍いわね!」


 アシェルさんが咆哮を放つ。

 次の瞬間、妖魔の王の下顎したあごが白い灰になって消しとんだ。

 下からの押さえがなくなったからなのか、収束を見せていた瘴気の塊が散る。

 そこへ、ラーヤアリィン様が空を泳ぐように進み、接近した。

 長い胴体を、妖魔の王の骨だけの首に巻きつける。

 妖魔の王は、ラーヤアリィン様を振り解こうと、雄牛の頭蓋を揺らす。だけど、重鈍な動きでは、首に巻き付いたラーヤアリィン様を振り解くことはできない。

 上顎うわあごだけで、憎々しげに唸る妖魔の王。

 今度は、瘴気の衣を振り乱してラーヤアリィン様を襲う。


「愚かしい!」


 雄々しい咆哮を放ったのは、遅れて上昇してきたウルスさんだった。

 雪竜の咆哮を受け、ラーヤアリィン様に迫っていた瘴気の衣が白い灰に変わって散っていく。


 ラーヤアリィン様は妖魔の王に巻きついて、地上に落とそうと引っ張る。

 だけど超巨大な妖魔の王は、ラーヤアリィン様だけが引っ張っても、墜落の速度をなかなか増さない。

 そこへ、まんして大竜術を放ったのは、スレイグスタ老だった!


 全身を漆黒から純白へと変色させ、巨大な体の周囲に黄金色に輝く立体術式を展開させたスレイグスタ老。

 神々しい咆哮と共に、黒と白の息吹いぶきを放つ。

 黒と白の息吹は螺旋状らせんじょうからまり合いながら、妖魔の王の頭蓋ずがいを直撃した!


 竜族たちの総攻撃をも超える規模で、超爆発が起きた。

 何重にも広がった衝撃波に、レヴァリアが流される。


『ちっ』


 レヴァリアは、大小四枚の翼を荒々しく羽ばたかせながら、体勢を維持しようとする。だけど、スレイグスタ老の巻き起こした超爆発と、それに伴う多重の衝撃波は、空を飛ぶ者たちを吹き飛ばしていく。

 衝撃波に流されるレヴァリアの背中の上から、僕たちは状況を確認しようと空を見上げる。

 そして、驚愕きょうがくした。


「妖魔の王の頭部が……っ!」


 超爆発の余韻よいんか、空が陽炎かげろうのようにゆらゆらと揺れて見える。その先。妖魔の王の、超巨大な上半身の先にあったはずの、雄牛の頭蓋。

 スレイグスタ老の放った大竜術は、妖魔の王の頭蓋骨を根こそぎ吹き飛ばしていた。


ようの姿へ転身された森の守護竜様は、容赦のないですね」

「ラーヤアリィン様!」


 妖魔の王の首に巻き付いていたラーヤアリィン様は、超爆発を間近で受けた。でも、スレイグスタ老は無差別的なことはしない。ちゃんと、ラーヤアリィン様に被害が及ばないように、計算している。……いますよね!?


「もちろんであろう」


 全身を白く変色させたスレイグスタ老が瞳を黄金色に輝かせながら、次の大竜術を放とうと、計り知れない規模で竜気を練り始めていた。

 そのスレイグスタ老へ、雷撃が降り注ぐ!


「ぐぬぬっ」


 慌てて回避行動に移るスレイグスタ老。

 いったい、何者がスレイグスタ老に攻撃を!?


「其方、私を巻き込むとは良い度胸をしているではないか」


 スレイグスタ老に雷撃を放ったのは、巨人の魔王だった!


「ええい、この状況で老婆どもに配慮などするものか。現に、其方も妖精魔王も、無傷であろう!」


 ラーヤアリィン様よりかは距離が離れていたけど。たしかに、妖魔の王の両腕を押さえ込んでいた巨人の魔王とクシャリラも、超爆発の影響を受けたはずだ。

 だけど、巨人の魔王なら耐えられるだろうし、妖精魔王には物理的な攻撃は効かない。

 それでも、魔王として反撃はしたかったんですね!


 ともあれ、仲間割れをしている場合ではありません。


 僕たちは、あせる。

 スレイグスタ老の大竜術によって吹き飛んだはずの、妖魔の王の牡牛の頭部。それが、徐々に首先から再生し始めていた。


「やっぱり本体ともなると、そう簡単にはいかないんだね」


 このままでは、妖魔の王の頭部が復活してしまう。それに、時間が掛かればかかるほど、こちらにとって不利な状況になっていく。

 そこで動いたのが、二人の魔王だった。


「ええい、およんでも私の頭上に存在するとは、目障りだ!」

「憎しや。妖魔如きが、これ以上、我の前での狼藉ろうぜきは許さぬえ」


 巨人の魔王が、雷鳴をとどろかせながら妖魔の王の左腕を引っ張る。

 クシャリラも、見えない腕を妖魔の王の右腕に絡ませて、地上に向けて強引に引っ張った。


 ゆっくりと。でも、先ほどまでよりも確実に速度を増して、妖魔の王の上半身が高度を下げていく。


「よし、このままいけば、あと少しだね!」


 二人の魔王や、スレイグスタ老たちの活躍に歓喜かんきをあげる僕たち。

 だけど、地上の者たちは喜んでばかりもいられない。

 だって、妖魔の王の本体は、城塞の真上に君臨していたんだから!


「ちょ、ちょっと! このままじゃあ、城塞ごとこちらが潰されてしまうわ!」


 鐘楼の上で、セフィーナさんが慌てる。そして、竜気を練り始めた。

 ライラも、慌てて竜族たちにお願いをする。


「竜族の皆様、全員で結界を張ってくださいですわ!」


 ライラの支配の瞳が青く輝く。

 ライラの願いを受けて、地竜たちだけでなく、飛竜や翼竜、それにうっかり支配されてしまったウルスさんが、全力で結界を展開させる。


「はあっ!」


 城塞を覆うように張り巡らされた結界を、セフィーナさんが渾身こんしんの力で操った。

 地上に落ちてきた妖魔の王の本体が、竜族の結界の上を滑る。

 そして、激しい地響きと共に、妖魔の王が城塞の横にとうとう墜落した!!


 さらに、瘴気の雲も地上まで高度を落とし、深い邪悪な霧となる。

 だけど、もう瘴気なんて恐れることはない。

 大法術「新月の陣」の月影の光に満たされた飛竜の狩場には、呪いの影響も瘴気の禍々しさもなく、清浄な空気が流れていた。


「これが最後の正念場だよ! 全員、総攻撃!!!」


 僕の大号令に、飛竜の狩場に集った有志たちが武器を振り上げて突撃を開始した!

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