瘴気の闇に紛れて

「レヴァリア、僕を地上に降ろしてくれる?」


 レヴァリアに乗って、このままみんなで妖魔の王の核に突撃する手もある。でも、僕の家族の力は、攻撃、防御、陽動にそれぞれ分散させた方が、戦況は大きく好転するはずだ。

 僕の意見に、みんながうなずく。


「それじゃあ、わたしは巨大化した妖魔を相手にしようかしら。古代種の竜族の方々が妖魔の王との戦いに加わったから、あの鰐亀わにがめの妖魔がまた動き始めているわ」

「うん、あの巨大な妖魔は、ミストラルに任せるね!」


 妖魔の王の本体と共に地表に落ちた禍々しい瘴気の雲は、そのまま不気味な黒い霧となって、残った。その瘴気の霧の先に、妖魔の王とは違う巨大な妖魔の気配を感じる。

 巨大な妖魔の気配は、ゆっくりとではあるけど、でも確かに動きながら、要塞の中心へ迫ろうとしていた。


 ミストラルは、レヴァリアが高度を下げる前に、自前の翼で飛び立つ。そして、黒い瘴気の先で蠢く巨大な気配へと、進路を向ける。


「というか、地上に広がった瘴気の霧で、視界が悪いね!」


 飛翔したミストラルが、すぐに見えなくなった。

 大法術と古代種の竜族たちの竜術で、瘴気そのものの有害さは薄れている。だけど、妖魔の王の本体付近の瘴気は未だに濃密で、視界も悪い。


「雲のように白かったら、気分がいいのに」

「雲のように白かったら、爽快そうかいなのに」

「黒い霧は、不気味ですわ」


 自分たちが、いったいどの位置にいるのか。見通しの悪い瘴気の黒い霧の中では、判然はんぜんとしない。

 それでも、レヴァリアは高度を下げていく。


「僕は、地上から妖魔の王の核を目指すね!」


 竜気を瞳に宿しても、瘴気が生み出す暗闇を見通すことはできない。それでも、妖魔の王の圧倒的な存在は肌に強く感じるし、集中すれば、禍々しい妖魔の王の核の気配を探ることはできた。


「それでは、私はレヴァリア様にこのまま乗せて頂いて、これからも竜族の皆様と一緒に攻撃しますわ」

『我だけで十分だ』

「はわわっ。レヴァリア様、そう仰らずに。皆様と一緒に戦うことで、レヴァリア様の素晴らしい力をより一層強く示すことができますわ」

『ちっ。貴様の思惑に乗ってやる』


 さすがはライラです。レヴァリアの心を掴むのが上手いね!


「じゃあ、私もこのままレヴァリアに乗せてもらって、攻撃に参加するわ」

「じゃあ、私もこのままレヴァリアに乗せてもらって、陽動に参加するわ」

『ええい、貴様らは降りろ!』


 レヴァリアが不満そうに咆哮をあげた。

 だけど、それを素直に聞くユフィーリアとニーナではない。


「セフィーナだけに活躍させられないわ」

「セフィーナが奥義を出した以上、私とユフィ姉様もとっておきの奥義を出すわ」

「嫌な予感しかしないよ!」

「悪い予感がしますわ!」

『迷惑しか感じぬわ!』


 僕とライラとレヴァリアの突っ込みに、ユフィーリアとニーナが頬を膨らませて不満を表す。

 だけど、仕方がないよね。だって、この双子王女様はちょっと自由にさせると、予想の斜め上の暴走をするからさ。さっきだって、竜族召喚とかいう、とんでもない竜術を目の当たりにしたばかりだ。

 あれ以上の奥義を予告する二人に、僕たちが不安を覚えるのは当然です。


「大丈夫だわ。ちゃんと、スレイグスタ様に許可は頂いているわ」

「大丈夫だわ。ちゃんと、エルネア君を巻き込まないようにするわ」

「ミストラルや他のみんなも、巻き込んじゃ駄目だからね!?」


 ユフィーリアとニーナに念押しをしながら、僕は瘴気の暗闇の先に見えた地上へ向かい、跳躍した。

 レヴァリアは僕が飛び降りたことを確認すると、もう一度咆哮をあげて、上昇していく。

 あっという間に、レヴァリアと背中に乗る妻たちの姿が見えなくなる。


 遠くで、幾つもの爆発音が轟く。その度に衝撃波が飛竜の狩場に広がり、瘴気の霧が揺れる。

 雄々しい雄叫びが空気を震わせ、剣戟けんげきの音が鳴り響く。

 僕が降り立った近くでも、戦闘は続いている。

 レヴァリアや僕の家族だけではない。スレイグスタ老やみんなだって、戦い続けているんだ。


「よし、行くぞ!」


 白剣と霊樹の木刀を抜き放つ。

 すると、そこへ頼もしい応援者が駆け寄ってきた。


「人族でありながら、竜王の称号を受け継ぐ少年よ。その実力を見せていただこう」

「露払いは任せてほしい」

「ふふんっ、兄様を唸らせたという力、見せてもらうぞ」


 僕に駆け寄ってきたのは、神族の人たちだった。

 アレクスさんと、親友だというウェンダーさん。それに、アレクスさんの弟のアルフさんと、妹のアミラさん。四人の神族が僕に並ぶ。

 それと、妖魔もついでに現れた。

 鈍い動きで、妖魔が瘴気の霧の奥から襲いかかってくる。


妖魔退滅ようまたいめつ!』


 だけど、アルフさんが力ある言葉を口にした途端、妖魔の動きが完全に止まる。それを、アルフさんが一瞬で倒してしまった。


「この程度の雑魚など、俺や兄様たちの敵ではない。お前もそうなのだろう?」


 まだ、まともに戦闘していない僕の実力を、アルフさんは疑っているんだね。よし、それではと、僕は力を解放させる。

 空間跳躍を発動させ、一瞬で瘴気の霧の奥へ!


 瘴気の霧の中は、魔物と妖魔だらけだった。

 まあ、そりゃあそうだよね。巨人の魔王が落とした呪いがはらわれて、出現が激減したとはいえ、既に溢れかえっていた魔物や妖魔が消滅したわけじゃない。だから、向かう先々で魔物や妖魔は未だに跋扈ばっこしている。

 だけど、そこは邪悪な存在。大法術の呪縛にかかり、全ての魔物と妖魔が動きを鈍らせていた。


 僕は、白剣を一閃させる。

 竜気の乗った斬撃が、二体まとめて魔物を斬り裂く。

 障害を排除し、また空間跳躍を発動させる。

 飛んだ先で、霊樹の木刀を振る。霊樹の葉っぱが乱れ踊り、周囲の妖魔を細切れにした。


「まだまだ行くよ!」


 さらに、連続で空間跳躍を発動させる。

 飛んだ先で剣を振るい、体術を繰り出す。

 空間跳躍を挟んでも、僕の基本的な戦い方は変わらない。滑らかな足捌きで相手との間合いを計り、緩急をつけた動きで魔物や妖魔を倒していく。

 瘴気の黒い霧の中で、僕は連続の空間跳躍を駆使しながら、細かく竜剣舞を舞う。


「くっ。こ、この程度くらい、俺たちでもついていけるんだからな!」


 僕の気配を追ってきているのか、瘴気の霧の奥からアルフさんの声が届いた。

 でも、見通しの悪い瘴気の霧の中じゃあ、僕の戦いは見えていないよね?

 大丈夫かな?


 ちょっとだけ足を止めると、まず最初にアレクスさんとウェンダーさんが霧の奥から姿を現した。次いで、アミラさん。最後に、アルフさんが駆け抜けてくる。

 ええっと……。末妹まつまいのアミラさんよりも遅れて登場って、アルフさん、もしかして?

 いや、きっと殿しんがりを担当していただけなんだよね。

 なにはともあれ、僕は全員が遅れずについてきていることを確認すると、改めて空間跳躍を発動させようとした。

 でも、その時。


「アレクス!」


 ウェンダーさんが、警告の言葉を発した。


「くっ。こんな時に」


 アレクスさんも、顔をしかめさせて身構える。

 直後。瘴気の霧の奥から、何者かが一瞬でこちらに間合いを詰めてきた。

 そして、鳴り響く剣戟音!

 間一髪。アレクスさんが抜き放った神剣が、強襲者の斬撃を弾く。


「なっ!?」


 予想外の相手の姿に、アルフさんが驚愕する。アミラさんも、驚きで瞳を丸く見開いていた。


「其方、敵意を向ける相手を間違えているのではないか? 今は、たわむれている場面ではないと思うのだが?」


 アレクスさんが、鋭い瞳で強襲者を睨む。だけど、強襲者は神族の睨みにも臆することなく、武器を構え直す。


 飛竜の狩場は、大法術の影響を受けて、邪悪な者たちは強い呪縛を受けている。そのなかで、いったい何者が自由に動き回り、アレクスさんに奇襲を仕掛けたのか。

 僕は、手を止めて強襲者を見た。


「……たしか、妖精魔王クシャリラの腹心だったよね?」


 見覚えのある姿だった。

 鬼種おにしゅを示す、ひたいに生えた二本のつの。柔らかい物腰ながら、殺気を全身から放つ魔族。


 昨年。折れた聖剣を復活させるために、僕たちは魔族の国々を横断し、遙か西方にそびえる天上山脈へと赴いた。その時に、僕たちの前に立ちはだかった敵対者が、クシャリラと、配下の魔族たちだった。

 その魔族たちを従えていた鬼こそ、今アレクスさんに奇襲を仕掛けた者だった。


 妖精魔王クシャリラの腹心、鬼将きしょうバルビア!


 あの時は確か、アレクスさんが相手をしてくれたんだっけ。


「昨年の雪辱せつじょくを晴らさせてもらうぞ」


 鬼将バルビアが、息を呑むほどの殺気を纏う。


「馬鹿なっ。魔族どもは、この状況がわかっていないのか!?」


 アルフさんが神剣を構える。

 だけど、それを静止したのは、兄であるアレクスさんだった。


「すまない、エルネア殿。どうやらこの者は、妖魔の王よりも私への復讐の方が重要なようだ」


 本来であれば、私利私欲で動く者や身勝手な者には、飛竜の狩場から退場してもらう。だけど、切羽詰まったこの状況では、ひとつひとつの事案に対処している暇はない。

 そして、バルビアは僕たちの状況を理解しているからこそ、今ここでアレクスさんに奇襲を仕掛けてきたんだろうね!


「アレクスさん、お願いしますね。でも、お手柔らかに」

「承知した」

「舐められたものだ」


 ぎらり、と殺気の篭った瞳で、僕とアレクスさんを睨むバルビア。

 だけど、意識はアレクスさんに向けたままだ。どうやらバルビアは、天上山脈の戦いでアレクスさんに随分と辛酸しんさんを舐めさせられたようだね。

 でも、と僕は一瞬だけ疑問を浮かべた。

 たしかアレクスさんは、あの時の戦いは互角の勝負だったと言っていなかったっけ?


 なにはともあれ、今の僕には、独断専行で暴れるバルビアを止める余裕はない。だから、この場はアレクスさんにお任せしよう。

 ただし、殺し合いだけは避けてほしい。

 だって、飛竜の狩場に集った者たちは、みんな仲間だ。仲間同士の殺し合いだなんて、僕は嫌です!

 それに、と瘴気の霧の奥に視線を向ける。


 今でも、クシャリラは妖魔の王の動きを封じてくれているはずだ。

 あの、妖精魔王クシャリラでさえも、妖魔の王との戦いに参戦してくれている。それなのに、腹心である鬼将バルビアだけが復讐心で暴れるなんて、ちょっと考えられない。

 もしかしたら、アレクスさんとバルビアの間には、もっと深い理由が隠されているのかもしれないね。

 だから、やっぱり殺し合いだけは御免です。

 アレクスさんも、僕の意図を理解してくれたようで、頼もしく頷いてくれた。


「それじゃあ、僕たちは先に進みます!」


 言って、アレクスさんとバルビアを残し、僕は空間跳躍を発動させる。

 僕を追って、ウェンダーさんとアルフさんとアミラさんが続く。

 一度の空間跳躍で、アレクスさんとバルビアの姿は瘴気の霧の奥に見えなくなった。だけど、激しい剣戟と戦いの余波が背後から激しく伝わってくる。

 それでも、僕はアレクスさんに後を託して突き進む。


 空間跳躍を発動させるごとに、瘴気が禍々しさを増していき、視界も悪くなっていく。


「妖魔の王の本体が近い証拠だよね。でも、その前に!」


 群がる魔物と妖魔を竜剣舞に巻き込んで倒す。

 妖魔の王の気配が強くなるに従って、周囲の瘴気と共に魔物や妖魔の密度まで濃くなっていく。

 それでも、連続した空間跳躍を駆使すれば突き進むことはできるんだけど……


「くそっ。雑魚どもが、邪魔だっ!」


 僕を追ってくるアルフさんの罵声ばせいが聞こえてくる。

 ウェンダーさんやアルフさんやアミラさんは、僕のように立ち塞がる魔物や妖魔を無視して前へ進むことはできない。前進しようと思ったら、邪魔な者を排除しながら足を進めるしか、方法はないんだ。

 だから、魔物や妖魔が群がれば群がるほど、神族のみんなの進みは遅くならざるをえない。


 僕は、また足を止めて様子を伺う。もちろん、重鈍な動きで襲ってくる魔物や妖魔は、容赦なく蹴散らす。

 竜剣舞を舞いながら待っていると、ウェンダーさんたち三人の姿が視界に届いた。


「どうやら、私たちは君の足手まといになっているようだな?」

「いいえ、そんなことはないですよ?」


 妖魔の王の本体が近い。そうすると、魔物や妖魔はこれからもどんどんと密度を増して襲ってくる。

 これから先は、さすがの僕でも進撃が鈍るだろうね。

 そこにウェンダーさんたちがいてくれれば、魔物や妖魔の狙いが分散するので、助かります。

 とはいえ、アルフさんたちの動きを待ち過ぎるのも問題だ。


 妖魔の王と僕たちの戦いは、既に時間との勝負になっていた。

 ルイセイネの大法術が破られて、妖魔の王が動きを取り戻し、空にまた浮上するのが先か。それとも、僕たちが妖魔の王の核にたどり着き、撃退するのが先か。

 妖魔の王が再び浮上してしまえば、僕たちに残された手段はほとんどなくなってしまう。そして、敗北してしまうかもしれない。

 だから、何があっても大法術の効果中に決着をつけなきゃいけないんだ!


 ウェンダーさんも、状況を理解している。アルフさんとアミラさんだって、こんな好機は二度と訪れないと認識していた。


「くそっ。神族の俺たちが人族の足手まといになるなんて……。竜王よ、俺たちには構わずに、突き進め。俺たちは俺たちで、全力で後を追う!」


 アルフさんの決断に、うんうん、と頷くアミラさん。ウェンダーさんも、い寄る妖魔を薙ぎ倒しながら、僕に先を促す。

 だけど、そう上手く物事は進まない。


 ぞくり、と嫌な予感がして、僕は叫んだ。


「みんな、伏せて!」


 切羽詰まった僕の声に、訳もわからず、だけど素直に全員が地面に伏せる。その、僕たちの頭上をかすめるように、瘴気の霧を揺らしながら巨大な衣が出現した!


「妖魔の王の、瘴気の衣か!」

「ま、まさか!? 頭上に見えるまで、全く気づけなかったとは!」


 ウェンダーさんとアルフさんが唸る。


「そうか。瘴気の衣自体が瘴気の塊だから、周囲の瘴気の霧と区別がつかないんだ!」


 無音で、ゆっくりと僕たちの頭上を通過していく瘴気の衣。

 元武神のウェンダーさんでさえ、顔を引き連らせていた。


 僕たちは、妖魔の王の本体に近づくという危険性を、改めて認識する。

 周囲には、禍々しい瘴気の霧が立ち込めている。

 視界は限りなく悪く、大法術の結界内だというのに、不浄も濃い。

 それでも、魔物や妖魔の気配はきちんと感じ取れているし、そもそも動きが極端に鈍っている。だから、これまでは視界が悪くても十分に対応できていた。

 だけど、ここから先は違う。


 妖魔の王が纏う、瘴気の衣。

 周囲の瘴気と同質の衣は、直前に迫るまで気付けない。

 ううん、違う。

 僕は直感で気づけたけど、神族の三人は全く反応できていなかった。


「おそらく、あの衣に触れれば、無事ではすむまい……」


 ウェンダーさんの言う通り。瘴気の衣の攻撃を受ければ、まず間違いなく呪われて命を落とすだろうね。それだけ、妖魔の王が纏う瘴気の衣は禍々しくて恐ろしい存在だった。


 とはいえ、ここまで進んだのに、撤退だなんてできない。

 では、どうすべきか。

 答えは、予想外の雄叫びと共に僕たちのもとへとやってきた!


「おらああぁっっ!」


 野太い声が、瘴気の深い霧の奥から響いてくる。と同時に、僕たちの周囲に満ちていた瘴気が祓われた。


「な、なんだっ!?」


 目を白黒させて驚くアルフさん。

 それもそのはず。野太い声を発しながら瘴気を祓って僕たちの前に現れたのは、美女然とした姿のアイリーさんだった!

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