過ぎ行く日々

 季節は冬になった。

 アームアード王国ではほとんど雪は降らないけど、竜峰は真っ白に染まっている。


 今頃、ミストラルは何をしているのかな。

 魔族と内通している部族を見つけることはできたのかな。

 元気にしているのかな。

 僕のことを少しでも思い出してくれる日はあるのかな。


 プリシアちゃんは、ニーミアと今日も元気に遊んでいるのかな。

 先日、苔の広場へと遊びに行ったルイセイネは、プリシアちゃんたちに振り回されて疲れきっていたっけ。


 ルイセイネは僕が何をしているのか、スレイグスタ老に会ったときに聞いたみたい。

 だけど、進捗しんちょくがどうなっているかは、僕に直接聞くことはなかった。


 僕がジルドさんのところに通いだして、もう随分と経つ。

 毎日毎日欠かさず、学校が終わると僕は王都の北の端に住むジルドさんの所へとおもむいていた。


 理由はひとつ。


 ジルドさんに打ち勝って、お宝を受け取るためだよ!


 ジルドさんと剣で勝負をして、一度でも勝てば貰えるらしい。

 だけど、それが絶望的に厳しい条件なんだと気付かされたのは、訪ねて行った初日だった。


 見た目は柔和な雰囲気のお爺さんなんだけど、剣を構えると変貌する。

 鋭い眼差しで僕を捉え、隙を全く感じさせない。


 僕は初日から何度となく勝負を挑んだ。

 竜気を限界まで練り上げ、これまで修行で鍛えあげてきた竜剣舞で闘う。

 でも、全く歯が立たない。


 竜剣舞は、自分の舞の型に相手をいかに引き込むかが重要なんだ。

 流れる動きで相手を翻弄ほんろうし、手数で圧倒する。

 絶え間なく繰り出す剣戟けんげきや体術、連携を導く体裁からださばきは、まさに舞そのもの。


 だけど、ジルドさんは僕の舞を容易く切り崩す。

 僕が受け流そうとする一撃を耐え、僕の方が体勢を崩す。回し蹴りをしても、痛がる素振りも見せず平然と防御する。

 舞おうにも流れを止められて、上手く行かないことばかり。


 ミストラルと手合わせをするときも、よく力任せに技を止められたりしていた。

 そういう時にはどうすべきか。その都度ミストラルに指導してもらっていたのに、活かせないどころか先読みされて崩されてしまう。


 何をしても、どう足掻あがいても全く歯が立たない試合は、数合と打ち合うことなく僕が負け続けていた。


 このままでは、本当にミストラルを失うかもしれない。

 焦る僕の竜剣舞は乱れた。


 僕の焦燥感を知ってか知らずか、ジルドさんは試合以外は物腰の柔らかい態度で僕と接する。

 試合以外では、ジルドさんは本当にいい人なんだ。

 負け続ける僕を見かねて、何が悪手だったのか、何で動きを読まれたのかを試合後に親切に教えてくれるくらいに。

 さらには、空いた時間に多くの技を教えてくれた。

 竜剣舞に応用できるような小手先の技から、大物と対峙した時の為の大技まで色々と。


 ジルドさんは、やはり竜人族だった。教えてくれる幾つもの技は、竜気を駆使した高度なものばかり。

 僕はジルドさんに指導されながら、ジルドさんを倒すために、今日も北端の質素な石造りの家へと向かう。


 ジルドさんの家まで走っていけば、身体は程よく温まって、冬の寒さも気にならない。

 到着すると、まずはジルドさんに挨拶をして、竜気の補充のために瞑想をする。


 僕の瞑想を見たジルドさんは、感心して褒めてくれた。

 竜人族の中にも、僕ほど深く瞑想をして自在に竜脈から力を汲み取れるものはいないらしい。


 そして、竜力が満ち瞑想が終わると、早速試合になる。


 ジルドさんいわく、今の僕は竜剣舞の型の練習よりも、実戦に近い試合が必要なんだとか。

 たしかにそれは、僕も最近になって実感し始めていた。

 竜剣舞の型に持ち込もうとしても、ジルドさんに防がれる。

 型から外れると、僕は途端に対応できなくなってしまうんだ。

 型に頼り過ぎているのが原因で、それをどうにかしないと僕はジルドさんには絶対勝てないようだ。


 お互いに剣を構えると、合図もなくどちらかが斬り込む。

 最近では僕から仕掛ける方が多くなってきていた。

 防御に回ってしまうと、一瞬で負けてしまう。だから攻撃あるのみ。

 竜剣舞の手数を活かし、ジルドさんに攻撃の隙を与えない。


 僕の連続した斬撃、そこから更に蹴りを繰り出し、攻撃を重ねる。

 だけど、ジルドさんは的確な剣裁きで僕の攻撃を防ぎ、蹴り足を掴む。

 足を取られて体勢を崩す僕。

 すると空かさず、ジルドさんは攻勢に転じる。


 ジルドさんの剣戟は変幻自在だった。

 胴を薙ぎに来たと思った瞬間、剣高は頭の高さに跳ね上がる。

 慌てて避けると、僕は体勢を崩してしまう。

 そうしたらもう、数合と打ち合うことなく僕の負けは確定してしまうのだった。


 この日も十回近く試合をしたけど、合わせて百合も剣をぶつけ合っていないんじゃないかな。


 陽が随分と傾きだした頃、僕は疲れ果てて地面に寝転がった。


 荒い息を繰り返す。

 寒い冬だというのに、全身は汗で濡れていた。


「まだまだ、動きが硬い」


 ジルドさんは手に水の入った容器を持って、僕のところへとやって来る。

 そして傍に座り込み、水を僕にくれた。

 僕は起き上がると、お礼を言って水を飲む。

 きん、と冷えた水が喉に痛かった。


「エルネア君は正直者すぎるんじゃ」

「どういうことでしょう?」


 息を整えながら、僕はジルドさんを見る。


「竜剣舞とは、それは素晴らしいものだと、手合わせしてみてよくわかる。儂でもない限り、こうも簡単には負け続けないだろう」

「それって、ジルドさんは別格で強いって事ですよね?」

「ふはは、儂は弱そうに見えるかね?」


 目尻を下げて優しく笑うジルドさんは、見た目だけなら凄腕の剣士になんて全く見えない。

 だけど、実際は違うんだよね。きっとルイセイネよりも何倍も強いかもしれない。もしかしたら、ミストラルに匹敵するくらいじゃないのかな、と僕は予想する。


「見た目は優しいお爺さんにしか見えないんですけどね?」


 僕の苦笑に、ジルドさんは長く伸びたヒゲを触りながら目を細める。


「そういう印象を儂が君に与えているのなら、それこそ儂の思う壺だね」


 ジルドさんは、足もとに落ちていた人の頭くらいありそうな岩を軽々と持ち上げる。


「重そうな岩だと思ったかな?」


 言ってジルドさんは、岩を僕の側に置く。


 もしかして実は軽石なのかな、と思い僕は岩に手を伸ばす。

 しかし、僕には持ち上げられないほど重い岩だった。


「ははは、本当に重かったじゃろう」


 僕の反応に、愉快そうに笑うジルドさん。


「そういうことじゃ」

「何がですか。僕にはよくわからなかったです」


 首を傾げる僕。


「つまり、エルネア君は騙されやすい。正直者で優しい子ということだね」

「むむむ」

「エルネア君は、儂が片手で軽々とこの岩を持ち上げたから、軽いと思ったのじゃろう。そして側に置かれたから、つい自分も持とうとしてしまった」

「はい、まさにその通りです」

「だがそれは、儂の仕組んだ罠だね。君はまんまと儂の誘導に引っかかったのじゃよ」


 そうか、今の一連の流れは、僕の行動と心理を読んだジルドさんの仕掛けだったのか。


「勝負も一緒じゃよ。いや、勝負は今以上。相手を惑わし、騙し、翻弄して自分の流れに引き込む。それが出来ないようでは、一流にはなれん」

「はい」


 ジルドさんの言っていることはよくわかった。

 僕は、どうすればジルドさんを竜剣舞の流れに巻き込めるのか、四苦八苦していたんだ。

 だけど、ジルドさんはいつも僕の動きを読んで、切り崩されてしまう。


「正直すぎる剣では勝てぬぞ。これから先、どんな事をしてでも勝たねばならぬ場面が必ず出てくる」

「ええっと、今が何をしてでも勝たなきゃいけない状況です」

「ならば、綺麗事以外の手も考えなさい。どんなに汚い手を使ってでも勝とうとする意志を見せてみるのだ。君からは綺麗なものしか見えて来ぬ。それとも、口だけで本当は勝てなくてもいいと思っておるのかな。儂が最後には手加減すると甘い期待をしているのかの」

「いいえ、そんなことはないです」


 僕は唇をかんだ。


 ジルドさんの言う通りだ。

 僕は、ジルドさんに勝たなきゃいけないんだ。

 それも、今年中に。

 もうあまり日数は残っていないところまで、期限は来てしまっている。


 何が何でも勝たなきゃいけない。

 勝つんだ。

 その為には、今のままではいけないみたいだ。

 汚いことって何だろう。いまいち僕にはわからないけど、竜剣舞にとらわれ過ぎている今の僕じゃあ、一生かかってもジルドさんには勝てないのかもしれない。


 焦る僕。


 どうすれば、今年中にジルドさんに勝てるのか。

 どう悩んでも勝てる見込みが思いつかない。


「達人同士の試合になると、お互いに微動だにしない場面がある」


 ジルドさんの言葉に、僕は耳を傾ける。


「心理戦というやつじゃな。互いに相手の次の一手を読もうとして、動けなくなるのだね」


 ジルドさんの言っていることに、僕は頷く。

 よく物語なんかでも対峙したまま動かないという描写はあるよね。


「戦いにおいて、手先の技と同じくらい心理戦は重要じゃ。先ほども言ったが、どう相手を騙すか、動きを読むか、翻弄するか。心理戦に負ければ、勝負にも負ける。今のエルネア君は、儂の掌で踊っているだけだね」

「つまり、僕はジルドさんの仕掛けた心理戦に一方的に負けているということですね」

「そうじゃね。見た目が干からびた老人だとか、柔和な物腰だとか思っている時点で、儂の思う壺だね」

「ううう……」


 まさにジルドさんの言う通りだったので、僕は口籠ってしまう。


「さて、助言はした。後はどう捉えるかは、エルネア君次第じゃな」


 ジルドさんは立ち上がり、家へと足を向ける。


「今日はもう帰りなさい。あまり遅くなると、ご両親が心配するだろう」


 後ろ向きに手を振って、別れの挨拶をするジルドさん。

 僕は今日のお礼とお別れの挨拶をして、立ち上がった。


 残りの少ない期限で、僕に出来ることはなんだろう。

 今から新たな技を覚えるなんて、そんな暇はない。

 ジルドさんの言っていた汚い事というのが、ひとつの鍵なんだと思う。


 僕は今日の試合の反省点を考えながら、家に向かって走り出した。


 ミストラルを失うわけにはいかない。

 何が何でもジルドさんに勝ってみせる。

 その為には、僕はどんな事でも惜しまずにやろう。

 たとえそれがずる賢い汚いことでもだ。

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