盟主の宝玉

 術を解くと、渦を巻き荒れていた天候は、少し収まりを見せた。でも、どうやら僕の術が嵐を誘発したらしく、大粒の雨と吹きすさぶ風は幾分か弱まっただけ。


 僕の術で流されていた暴君は、それでも上空で器用に体勢を立て直し、こちらの方へと向かってくる。


 あああ、顔が怒ってます!


 ぎろり、と睨まれた視線から、つい目を逸らしてしまう。逸らした先では、ミストラルとルイセイネが苦笑していた。


『迷惑甚だしい!』


 暴君はいつも以上に荒々しく、僕の前に着地した。


 視線を外していたせいで、暴君が巻き上げた水分を含んだ土砂が僕に降り注ぎ、汚れてしまう。


「うわっ、何をするのさっ」


 抗議に振り返ると、暴君の顔が目の前にあった。


「うっ」


 間近でじっと僕を見据える暴君。

 しばし、無言で見つめ合う。


「……ごめんなさい」

『ふん。わかればいい』


 どうも、僕のごめんなさいが聞きたかっただけみたい。術に巻き込んだことを素直に謝ると、暴君の機嫌はすぐに良くなった。


 というか、僕を泥まみれにしたことを今度は謝って欲しいです。


「おはようございます。レヴァリア様は早起きなのですね」


 機嫌が改善された雰囲気を読み取り、ルイセイネが挨拶をする。


『ふふん。貴様らには関係ない。老いぼれに用事を言われただけだ』


 通訳をする僕。


 老いぼれとは、ユグラ様のことだろうね。悪態をつきつつも従うなんて、なんて素直になったんでしょう……というか、用事とはなんだろう?


 聞くべきではなかった。


 興味本位で質問したら、がしり、と両手で捕まえられました。


「エルネア、いってらっしゃい」

「き、気をつけてくださいね?」


 はい? なんのことですか? と僕の頭に疑問符がついた状態のまま、暴君は荒々しく空へと舞い上がる。


「そんなっ。なんで僕まで一緒に行かないといけないのさっ」


 僕の悲鳴は、嵐の風にかき消される。

 地上では、苦笑しながらミストラルとルイセイネが手を振っていた。


 あぁ、せっかく二人と朝の散歩を楽しめるかも、と思っていたのに。


 僕の術は危険だ!

 嵐を呼び、暴君を呼び、厄介ごとを呼び寄せた!


 荒れた空に拉致されながら、僕はこの術の恐ろしさを知った。






「それで、どんな用事を請け負ったの?」


 嵐は、僕が竜気を広げた先で途切れていた。だけど、雨は地域一帯で降り始めたらしく、今も降り続いている。


 暴風雨を抜け出した後。

 暴君は一度僕を放り投げて、背中で器用に受け取るという恐ろしい荒技を披露してくれた。おかげで暴君の鷲掴み状態は解消されたけど、降りしきる雨に打たれ続けている状態です。


 唯一の救いは、暴君の背中に再顕現してくれたアレスちゃんを抱きしめていると、ほんわりと暖かいことくらい。


 暴君は背中に僕とアレスちゃんを乗せた状態で、雲よりも高い山脈を目指し飛んでいる途中だった。


『魔物が出たらしい。それの退治だ』

「なるほど。それって、ユグラ様が危険視するような危ない魔物なのかな?」


 ユグラ様がわざわざ暴君に討伐を依頼するような、大物なのだろうか。


『知らん。暇つぶしに行くだけだ』


 どういう経緯でユグラ様が暴君に魔物討伐を依頼したのか、気になります。

 それと、気になるといえば。


「そういえば、フィオとレヴァリアはどういう関係なの?」


 暴君が荒れていた原因に関係するらしい。


 興味本位だけで首を突っ込むのはどうかと思ったけど。暴君と親しくしていて、これからはフィオリーナとも近しくなりそうなので、僕くらいでも知っておいた方が良いかもしれない。


 暴君は一瞬、僕に鋭い気配を向けた。


 やっぱり、話したくない内容なのかな。と思ったけど、暴君は口を開いてくれた。


『竜宝玉は、本来であれば我が受け継ぐはずであった』

「竜宝玉?」


 思いもしない言葉に、聞き返してしまう。


『あの小娘がなぜ、竜の盟主たり得るのか。それは、盟主の竜宝玉を受け継いだからだ』


 予想外でした。

 竜の盟主の竜宝玉!?


『貴様は、竜宝玉は人だけが受け取れるものと勘違いをしているのか』

「うん、勘違いしてました!」


 まさか、人だけではなくて、竜族にも竜宝玉を受け継がせることができただなんて、思ってもみませんでした。


「それじゃあ、フィオは盟主の竜宝玉をレヴァリアから奪って、継承した?」


 幼いフィオリーナ自身が行ったわけではないとは思う。だけど、そういうこと?


 暴君は、ぐるると、苛立ちの混じった様子で喉を鳴らす。


『先代から受け継ぐ役目は、本来であれば我だった』


 竜峰では、盟主と呼ばれる竜が、竜族をまとめ上げる役目を担うと云う。

 盟主に選ばれた者は、竜峰に住む竜族へ意思を飛ばすことのできる特殊な竜宝玉を受け継ぐことになる。


 そして暴君は、次期盟主として育て鍛えられた。


 しかし、先代の盟主が命を落とした際。何者かが盟主の竜宝玉を奪い去った。そして生まれたばかりのフィオリーナが、継承してしまった。


 淡々と感情を抑えて他人事のように話す暴君。


 でも話を聞いて、それは怒り狂っても仕方ない、と僕でも思えてくる。


 頑張ってきたこと。努力してきたことが報われず、受け継ぐはずだったものを奪われて、平静でいられるはずはないよね。


 つい先日まで。フィオリーナから意思が飛んでくるまで、暴君どころか他の竜族でさえ、盟主が誰なのかを知らなかったらしい。


 暴君も知らなかったからこそ、竜峰中で暴れ、竜宝玉を奪った者、継承した者を探していたらしい。


『だが、我にはもうどうでも良いことだ。盟主に固執こしつする気もないし、奪った者を探すつもりもない』


 暴君の言葉には、嘘偽りは感じ取れない。

 過去のことよりも、今の役目に邁進まいしんしようとする気配が伝わってきて、僕は嬉しくなる。


 何者が盟主の竜宝玉を奪ったのか。幼いフィオリーナがなぜ継承できたのかを考えると、犯人は絞られそう。だけど、今更に犯人探しをする必要はないんだね。

 被害者の暴君が、もう気にしていないんだ。それを蒸し返して問題をもたらす必要はない。

 ここは、暴君の意思に従おう。


「ところで、先代はなんで命を落としたの?」


 寿命などであれば、継承者の暴君は近くにいたはずで、それなら竜宝玉は奪われなかったと思うんだけど。


『知らぬなら、教えておいてやる。先代はオルタの騎竜であった。呪われ、操られてしまったのだ』

「うわっ、そうだったのか」


 新事実に、顔を引きつらせる僕。


 先代の盟主を呪いに堕とし、騎竜にしてしまうオルタの恐ろしさに、冷や汗をかく。


『竜峰の北側で、復活したオルタの目撃情報が出始めている。気をつけることだな』


 それは、緊張感が増してきた竜人族間の揉め事を指しているのかな。現盟主のフィオリーナのことを指しているのかな。

 どちらにしても、現在も警戒域になっている竜峰の北側は、これから更に荒れるのは間違いない。

 フィオリーナは僕らについてくる気配だけど、彼女の安全は最優先で考えないといけないのかもね。


『ふふん。くだらぬやり取りは終わりだ』


 そう言って、視線で僕を促す暴君。誘われるように視界を巡らせると、居ました。


 山脈の麓。

 まばらに生えた樹木の間に、不気味な緑色をした物体が張り付いていた。


「うわっ、なにあれ!? 大きいよっ」


 どろり、と粘度の非常に高い液体のような体。ぬるぬると地面をうように、ゆっくりと動いている。そして、草木が魔物の体に触れると、激しく煙を上げて溶ける。

 魔物は、触れた植物を溶かして吸収すると、徐々に体を大きくしていく。

 眼下でゆっくりと移動するその姿は、竜族並みの巨体だった。


「きけんきけん」


 腕の中で、ふるふるとアレスちゃんが震える。


 確かに、これは危険だね。

 疎らに生息している草木を養分にして大きくなっているのだとしたら、この先、深い森へと侵入すれば恐ろしい速度で成長するかもしれない。


「これは、急いで退治したほうが良いね!」


 僕の意見に暴君も同意だったのか、緑色の巨大な軟体魔物に向かい、暴君は火炎の息吹を放つ。


 紅蓮の炎が、魔物を飲み込む。


 ぎいぎいと、木のきしむような悲鳴が魔物から上がった。


 しかし、それだけ。


 暴君の火炎が収まると、魔物はまたゆっくりと動き出し、近くの樹木を飲み込んでいく。


 炎の熱で少しだけ蒸発したのか、体がわずかに縮んだように見えたけど、樹木を吸収した魔物はまた巨大化しだしていた。


『ええい、面倒だ!』


 暴君が特大の火炎をお見舞いしようとした時。突如、魔物から緑色の巨大な粒が幾つも飛来した。


『ふふん、当たるものか』


 暴君は急旋回を駆使し、容易く魔物の攻撃を避ける。

 だけど、背中に乗っている僕とアレスちゃんはたまったものではない。荒々しい動きに、振り落とされないように必死にしがみつくのがやっとです。


 そして、魔物の攻撃が収まった後、僕は衝撃的な光景を目にした。


 空に向かった放たれた緑色の粒は、暴君に避けられた後に、勢いをなくして地上へと落ちた。だけど、緑色の粒は、それそのものが魔物の分身だった。落ちた先の草木を吸収した粒は、本体と同じように巨大化を始める。


 これは厄介だ!


 暴君の火炎に耐え、攻撃してくればそれが分身になり、数を無数に増やす。そして増えた魔物は個別に草木を吸収し、巨大化する。


 早めに始末してしまわなければ、大変なことになる。


 暴君も魔物の危険性に気づいたのか、火炎の息吹を連発する。

 最初に分裂した個体は、暴君の炎で次々と蒸発していく。しかし、本体から更に無数の粒が放出されて、数が減らない。


『ええい、埒があかない!』


 暴君は咆哮をあげ、特大の火炎を魔物に放つ。


 業火は近場の草木と共に、魔物を飲み込んだ。


 先ほどと同じように、ぎいぎいと木の軋むような悲鳴をあげる魔物。少しずつではあるけど、その体を縮め始める。


 上空を旋回しながら、暴君は更に追い討ちをかけた。

 竜術を雨のように降らせ、分離した個体を始末していく。

 圧倒的な攻撃力に、僕は暴君の背中で傍観するだけ。

 ええっと、僕って来る必要性があったのかな?


 だけど僕の疑問は、暴君の舌打ちにかき消される。


 魔物は、脱皮していた。


 表面の、炎に焼かれた部分をぬるりと切り離し、残った部分だけで退避しようとしている。

 体は一回り小さくなっていたけど、怒り狂っているのか、手当たり次第に分身を飛ばし始めた。


『ええい。こんな面倒な奴を相手にしていられるか。帰るぞ!』

「ええぇぇっっ!」


 暴君の無責任な発言に、け反って驚く。


『ここは老いぼれの管轄する場所だ。我は知らん』

「いやいや。請け負った仕事は、最後まできちんとしようよ?」

『貴様は、あれがどれ程面倒な相手かわかっているのか』


 強敵ではない。向こうの攻撃を完全回避している暴君の方が、圧倒的に強いのは確かだ。だけど、耐久力と分身が頂けない。

 炎で焼こうとしても、焼かれた部分を切り離して、逃げる。そしてまた草木を吸収して、巨大化する。それは分身も同じで、少しでも手を抜くと、瞬く間に増殖しそう。


 周りが自然豊かな場所なだけに、厄介この上ない相手だ。


 だけど、面倒だから放置なんてできないよね。これがどんどん森を吸収していって、竜人族の村の方へ向かってきたら大変なことになる。


 どうにかして、退治しなきゃ。


「僕も頑張るから、レヴァリアも頑張ってよ」


 僕のお願いに、ぐるると不満そうに喉を鳴らす暴君。


 手段として真っ先に思いついた方法。


 あれですよ、あれ。早速役に立ちそうな術が、僕にはあるじゃないですか!


 分離しても、集めてしまえば良いんです!


 やる気満々の僕に水を差したのは、腕の中のアレスちゃんだった。


「ここでまうの?」


 うっ、そうでした。昨日開発したあの術は、竜剣舞を舞っている際に湧き上がる竜脈を利用するんでした。


 呆気あっけなく気落ちする僕。

 だけど、他の竜術でも暴君を援護することはできるはず。気合いを入れ直して、竜気を練る。


 だけど、またアレスちゃんに言葉をかけられた。


「いつもがんばってるから、おてつだい」


 にこり、と微笑むアレスちゃん。そして、するりと僕の腕を抜け出すと、歩き始めた。


 暴君の背中を、ではなく。空の上を。


 右腰に帯びる霊樹の木刀が、ざわり、と気配を膨らませた気がした。


 飛行し続けている暴君。時折飛来する魔物の攻撃を、荒々しい動きで回避する。

 激しく飛び回る暴君と空間が繋がっているかのように、空中を歩くアレスちゃんは離れない。


 そして、僕は更に摩訶不思議な現象を目にすることになった。


「アレス……さん?」


 僕の見つめる先。今もなお空中を歩き、暴君の頭上あたりまで進んだアレスちゃんは、幼女の姿から成人女性へと、姿を変えていた。


 何事か、と見上げた暴君の顔が引きつる。


わらわは霊樹の精霊。万象全て、妾に従え」


 いつかどこかで聞いたことのあるような、威厳に満ちた声。


 優しく掲げた両掌から、光の粒が零れ落ちた。


 光の粒は暴君をすり抜け、大地に降る。

 すると、大地が鳴動し始めた。

 上空の僕たちまで低く震える振動が伝わり、木々が激しく揺れる。


 そして、僕と暴君が唖然と見つめる中。大地に巨大な穴が出現し、飛び散った分身と魔物の本体を奈落の底へと飲み込んだ。

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