取り巻く者たち

 エルネアの心配をよそに、飛竜の狩場の北部に広がるウランガランの森は静まり返っていた。

 それもそのはず。祈祷師きとうしジャバラヤンの指示で、森の各所に集落を持つ獣人族のほとんどが、既に森を離れていた。

 少数の戦士たちが森の警戒で残ってはいたが、空の異変を敏感びんかんに察知すると、村の建物内へ素早く避難してしまう。

 ウランガランの森にもともと生息していた動物や、飛竜の狩場から逃げてきた獣たちも、茂みの奥や洞窟内で種族を問わず肩を寄せ合い、不穏な情勢を静かに見守る。


 ウランガランの森の北部に広がるイスクハイの草原にも、人影は少ない。

 こちらも避難は完了しており、不用意に出歩くような者はいない。

 では、避難した多くの獣人族たちは、いったいどこへと行ったのか。


「よいしょっ。羊さん、小屋に入ってくださいね?」


 冬の間、もこもこにたくわえられた体毛に包まれた羊のお尻を、これまたもこもこな服装の羊種ひつじしゅ獣人族じゅうじんぞく、メイが一生懸命に押す。

 だが、羊はメイを揶揄からかうかのように、動こうとしない。

 メイは、それでも必死に羊のお尻を押して、小屋に誘導しようとしていた。


 ここは、忘れ去られた廃墟はいきょの都。

 イスクハイの草原のさらに北部に位置する廃墟の都に、北の地に暮らす獣人族の人々が集まってきていた。


 もこもこの羊のお尻を押す、もこもこのメイ。

 愛らしい宗主そうしゅの姿に、集まった者たちから自然と笑みがこぼれる。

 そんなメイを、背後から手を回して持ち上げる者が現れた。


「ガウォン?」


 振り返ったメイに、犬種いぬしゅの戦士ガウォンがうなずく。


「メイ様は、どうかお休みになっていてください。このような仕事は、我らが行いますので」

「ううん、メイもお仕事がしたいの。じゃないと、今度プリシアお姉ちゃんが遊びに来てくれたときに、自慢できないもの」


 健気けなげな宗主に、血の気の多い者も癒される。

 ガウォンも、そのひとりだ。


「では、メイ様にはこちらでお仕事をしていただきましょう」


 言ってガウォンは、抱えたメイをそのまま羊の背中に乗せる。

 もこもこの羊の上に、もこもこのメイがまたがる。

 獣人族の間から、笑いが漏れた。


「さあ、羊ども。古屋に入れよ。じゃないと、この寒さの中で毛皮を剥いでしまうぞ」


 犬種のガウォンにお尻を叩かれた羊たちは、これはいかんと慌てて小屋に逃げ込む。

 メイも、羊に乗ったまま古屋に入る。そして、ひしめき合う羊の群れに紛れてしまい、姿を消す。


「しまった、これは誤算だ」


 苦笑するガウォン。

 そこへ、羊たちの足を潜り抜けて、メイが戻ってきた。


「ねえ、ガウォン。すごく楽しかった。プリシアお姉ちゃんが来たら、羊たちの足元で鬼ごっこをするというのはどうかしら?」


 やれやれ、と元気なメイを改めて抱きかかえたガウォンは、そのまま小さな宗主を肩に乗せて小屋を出る。


「では、プリシアやエルネアたちが早く用事を済ませて遊びに来てくれるように、皆で祈りましょうか」

「うん、そうしましょう!」


 ガウォンの肩の上ではしゃぐメイ。

 内気だった羊種の幼女は、耳長族の親友や心許せる者たちに導かれ、明るい性格になった。

 メイが宗主であれば、北の地に住む獣人族の未来も明るい。ガウォンは、南の空を見上げて、遠い地で奮戦しているだろう戦士たちの無事を祈る。

 メイや他の獣人族たちも、誰もが自然と南方の空を見やり、祈りを捧げていた。


 その空には、春らしい薄雲が流れるばかりで不穏な雲は見えない。

 どうやら、獣人族たちが避難してきた廃墟までは、エルネアが心配した瘴気の雲は、広がりを見せていないようだった。






「北の様子はどうだ?」


 アームアード王国の王都。その王城の一画。高くそびえる鐘楼に、王太子のルビオンが駆け上がってきた。


 現在、国王は副都にめ、王太子であるルビオンが王都に赴任ふにんしていた。

 国王曰く「今後起こりうる国難への対処の全てを、王太子に託す」とのことだが、つまりは面倒ごとを押し付けられただけだと、ルビオンは正しく認識していた。

 とはいえ、その「起こりうる国難」に前線で対処しているのが、アームアード王国の誇る勇者や隣国の竜騎士団、それに両国の救世主でもある竜王エルネアなのだから、ルビオンは然程さほども心配はしていない。


 だが、誰の目にもはっきりとわかる異常事態を呑気のんきに受け流すほど、ルビオンは楽天家ではなかった。

 朝方から続く原因不明の空の発光や、今まさに報告を受けた異常に、ルビオンは物見ものみの塔まで上がってきた。


「殿下、あちらをご覧ください」


 北の空を指差す兵士だが、物見の塔に上がってきた時点でルビオンも異変には気づいていた。


 暗く不気味にうごめく雲が、北の空を侵食していく。その様子が、王城の一画に建つ物見の塔からも見て取れる。

 暗闇の雲は広がり続け、飛竜の狩場の空を覆い尽くす勢いだ。

 今後の状況によっては、王都の上空まで達するかもしれない。


 アームアード王国の王都は、飛竜の狩場のすぐ南に位置する。

 エルネアが招集をかけた戦士たちは、飛竜の狩場とよばれる大平原のずっと奥の方に陣取っているはずだが、飛竜の狩場そのものを飲み込む程の規模でこの暗雲が広がるのであれば、王都にも危機は迫る。


兎種うさぎしゅのこの者が申しますには、昨夜も北で警鐘が鳴った気配があると」


 兵士の側に立つ兎種の獣人族の男が肯く。


 アームアード王国には、建国の夢を持つ獣人族が多く留学に来ていた。

 兎種の男も、そのひとりだ。

 耳の良い兎種の男は、昨夜からの動きをルビオンに伝える。


「深夜に、北から鐘の音が微かに届いてきました。今も、微かに鐘の音が北から聞こえてきます」


 人族のルビオンには、鐘の音は聞こえない。だが、特に耳の良い兎種の獣人族が言うのであれば、間違いないのだろう。


「今朝、空が眩しく光った際はどうだった?」

「はい。その時は、別段なにも異音は耳にしなかったのですが……」

「では、朝方の発光現象とあの暗黒の雲は別々の事象か」


 単純に考えるならば、空が輝いた現象は、その神々しさから吉兆きっちょうの可能性が高い。しかし、その後に暗雲が広がり始めたということは、飛竜の狩場で吉兆を打ち消すほどのただならぬ事態が起きていることを意味するのではないか。

 ルビオンは、険しい顔つきで北の空に広がる不気味な雲を睨む。

 そこへ、伝令が駆けてきた。


「ご報告申し上げます。あの、北の雲を目にした城下の市民の中に、急に具合を悪くする者が続出し始めております!」

「目にしただけでか!?」


 王城は、先の大戦の折に飛来した白桃色の巨大な竜が、咆哮を放った際に残した白い灰を大量に利用して、築城された。そのせいかどうかは不明だが、城内からは「見ただけで気分が悪くなった」というような報告はない。

 だが、城外の者たちに異変が続出し始めているというのなら、見過ごすわけにはいかない。

 ルビオンは、すぐさま命令を下す。


「良いか、無闇に北に広がる黒い雲を見るなと、広く情報を流せ。屋内に避難し、静かに待て。それでも不安な者は、王城、神殿、それに竜王のやかたへ避難するように伝えろ」


 ルビオンは、物理的な被害がこの地にまで及ぶとは考えていない。飛竜の狩場で指揮を取るエルネアが、それだけは絶対に阻止するだろうという確信があった。

 ならば、あとは目の前の問題を潰していくだけだ。


 王城内であれば、白き灰の影響で気分を害することはない。同じように、神殿であれば聖職者たちが結界を張って市井しせいの者たちを護るだろう。

 そして、竜王の館、すなわち、竜王エルネアの実家は、竜族の加護を受けているはずだ。

 とはいえ、普段だと賑やかな竜王の館は、今は静まり返っている。竜王の館を訪れる竜族たちは、全て飛竜の狩場へと出向いてしまっていた。


 王太子からの伝令は、瞬く間に王都中に広がった。

 人々は屋内に避難し、息を潜める。

 だが、誰も不安を口にする者はいない。


 慣れたものだ。

 かつては、魔族の侵略にあった。魔族が去ったと思えば、今度は竜族たちが当たり前のように来訪し、都を闊歩かっぽするようになった。

 そして、魔族を退けたのも、竜族を呼び寄せたのも、全てはエルネアという少年だった。

 そのエルネアが、飛竜の狩場で人や竜たちを集め、何やら活動している。北の空の異常も、間違いなくエルネアがらみなのだろう、と王都の住民は理解していた。

 だから、不安はない。エルネアならば、きっと何とかしてくれる。ならば、自分たちは静かに騒ぎが収まるのを待てば良い。

 人々は屋内で、次はどんな面白い騒動になるんだろうなと、この異常事態のもたらす先を楽しみに待つ。


 伝令が王都中に行き届き、街角から人影が消えた様子を、ルビオンは物見の塔の上から見下ろす。

 その、静まり返った王都を見つめるルビオンは、国王の代理として対応に不備はないかと、思考を巡らせる。


 はたして、本当に屋内へ避難するだけで良かったのか。

 今のところ、北に広がる暗雲を目視すると気分が悪くなったり、人によっては倒れ込む、という報告があがってきている。

 だが、今以上に状況が悪化した場合は、もっと別の対策を取らなければいけなくなる。

 とはいえ、王城や神殿、竜王の館にかくまえる人数には限度がある。


「いや、考えすぎか。やはり、あのエルネアがこちらまで被害を広げるようなあやちは犯さんさ」


 エルネアは、万全の態勢を敷いている。

 ルビオンは物見の塔の上から、飛竜の狩場の先に視線を向ける。

 その時。兎種の男が、ルビオンとは逆の南方に視線を向けながら、長い耳をひくりと動かした。


「王太子殿下……。南から、歌が聞こえてきます」

「歌だと?」


 兎種の男に言われ、意識を南へ向けるルビオンや兵士たち。

 しかし、人族のルビオンたちには、歌のようなものは聞こえない。


「本当に、歌なのか? 風切りの音と聴き間違えたのではないか?」


 いぶかしがるルビオンに、兎種の男は兎の耳を南に向けながら、きっぱりと否定を入れた。


「いいえ、歌でございます。竜の森の奥から、この世のものとは思えないほどの美しい歌声が聞こえてきます」

「竜の森から?」


 兎種の男の確信めいた言葉に、全員が不思議そうに顔を見合わせた。






 人族の冒険者たちが、素早く撤退していく。獣人族の戦士も、目の前の獲物へ目もくれずに、城塞内へ撤退していく。

 軍隊という組織だった集団ではないにも関わらず、人々は統率の取れた動きを見せる。

 その様子を、城塞の一画から見下ろす者たちがいた。


「それで、ウェンダー。みかどのお側を離れ、こうして人族の国を訪れた感想を聞かせてほしい」


 居並ぶ者の中で最も端正たんせいな顔立ちをした男、アレクスに問われ、かたわらに立つ偉丈夫いじょうぶが苦笑した。


「まだこの騒動も収束していないというのに、早計そうけいな奴だな、お前は」


 ウェンダーは、上空に広がる不気味な瘴気の雲から避難する者たちを見下ろす。


 確かに、瘴気は危険だ。気の弱い者であれば、瘴気を感じただけで気分を悪くしたり、なかには衰弱する者もいる。ああして可視化するほど濃い瘴気であれば、場合によっては命に関わるだろう。

 だが、神族や天族であれば、自らの力で瘴気の悪影響を防ぐことができる。その点から見れば、人族や獣人族はどれだけ屈強であっても、脅威ではない。


 だが、とウェンダーは自分の安直な感想を呑み込むと、視線をさらに巡らせた。


 すると、空を侵食する瘴気の雲にも臆することなく、城塞の各所や飛竜の狩場で戦い続ける者たちの姿が見て取れた。

 竜人族の戦士や、竜族たち。それに、巨人族や魔獣。そして、魔族たち。

 武神ぶしんばれたウェンダーでさえも面と向かって敵対したくはないと思えるような者たちが集合し、戦っている。


 ウェンダーは、アレクスの傍で冷静に戦場を分析する。そして、自身で早計と言いながらも、答えを導き出した。


「もしも俺がまだ武神で、帝に助言できる立場であったとしたら……。俺は、この地への侵略は絶対にすべきではない、と強く進言するだろう」


 魅力的な土地だ。

 豊かな自然と、そこに息づく多くの動物たち。

 もしもこの地が帝国の領土であったなら、人々は大いに幸せを謳歌おうかすることだろう。

 しかし、それはあくまでも帝国の領土であれば、という大前提の話だ。


 ウェンダーは、神族らしくない思考を浮かべる。


 では、侵略してまでこの地を手に入れたいか、と問われれば、絶対に否定するだろう。

 この地に野心を向けた場合、多大な犠牲を払ってまで支配する魅力があるか、という問題ではない。

 どれだけの犠牲を払っても、この地をおかすことはできない、という結論だ。


「八大竜王エルネア・イースか。彼と敵対する立場で出逢わなかったことを、我は幸運だったと素直に喜べるだろう。そして、この地へ導いてくれたお前に、心より感謝したい」


 激化していく戦場から視線を外さずに、ウェンダーは本心を漏らした。

 傍で聞いていたアレクスは、そうか、と満足そうに笑みを浮かべる。

 すると、二人の背後に控えていた青年が、少し不満そうに会話に割って入ってきた。


「兄上、ウェンダー様。今回の旅についての感想は、また後程のちほどに。そろそろ我らも神族としての威光いこうを示さなければ、魔族どもの笑いの種になってしまいます」


 アレクスとウェンダーの背後には、二人の神族とひとりの天族が控えていた。その内のひとり、アレクスの弟であるアルフが神剣をさやから抜いて、剣先を戦場へと向けた。


「アミラも、今の状況に不満を持っています」


 アルフの隣に立つアミラは、言葉を封じられていた。それで、兄であるアルフが末妹まつまいのアミラの想いを代弁する。

 だが、当の本人であるアミラは困ったように、首を横に振る。

 どうやら、アルフが勝手に言っているだけらしい。

 とはいえ、アレクスとウェンダーにもアルフの言い分は理解できた。

 二人の同意を得られたアルフは、血気盛んに飛び出そうとする。


「アミラ、あいつを頼むぞ?」


 長兄であるアレクスに頼まれたアミラは、胸の前で握りこぶしを二つ作り、こくりと頷く。それを見たアルフが、不満そうに叫んだ。


「違うって、兄上。俺がアミラを護るんですよ!」

「いいえ、アルフ様。お二人をお護りするのは、私の役目でございます。それでは、アレクス様、ウェンダー様、行ってまいります」

「ルーヴェント、よろしく頼む」


 二人の弟妹ていまいと、忠実な家臣を見送るアレクス。その傍で、ウェンダーもまた、これからの戦いに備えて上空の瘴気を睨み据えた。






 その頃。大城塞の別の場所では、四人の男女がめていた。


「さあ、ジルド坊、ラーザちゃん、それにジュエルちゃんも。そろそろわたしたちも行くわよ!」

「おい、ジルド。アイリー様を止めろ」

「何を言う、ラーザ。竜宝玉を継承した儂に、アイリー様を止めることができるわけなかろう?」


 これまでは、おもに降りかかる火の粉を振り払う程度の戦闘しか行わず、飛竜の狩場の各地を物見遊山ものみゆさんしていた四人の男女。しかし、空に瘴気の雲が広がり始めたことによって、悠長に構えてもいられなくなってきた。

 とはいえ、やる気を見せるのはアイリーだけ。二人の老人は、困ったように顔を見合わせる。


「だいたいだな。なぜ、わしがジルドの面倒ごとに巻き込まれねばならんのじゃい」

「ええい、何を言う。お前さんだって、若い頃には随分とアイリー様に世話になっただろう。それに、若者たちの活躍を見て回りたいと言い出したのは、お前さんじゃぞ?」

「言った。言ったが、帰還したばかりのわしに、すぐさま新たな苦難を与えなくても良いじゃろう?」


 三百年前であれば、若々しい青年だったジルドとラーザよりも、アイリーの方が年上の見た目をしていた。

 しかし、長い歳月が過ぎ去り、立場は逆転してしまった。

 老人となった二人とは違い、いつまでも若々しい姿のアイリーは、重い腰の二人に肩を落とす。


「ちょっと、貴方たち。それでも八大竜王なわけ?」

「いや、儂はもう、違いますぞ」

「いやいや、わしも違いますぞ?」

「嘘を言うな、ラーザ。お前さんはまだ現役じゃろう?」

「ええい、知ったようなことを言うでない。わしだって、老いには勝てんのじゃ。もう、体力もない」

「それこそ、嘘じゃろう? 南の神族の国から遠路遥々えんろはるばるとここまで歩いてきたのじゃ。体力はおとろえていないはずじゃ。それに、お前さんは竜術が得意なのだから、老いた体力は術で補えるじゃろうが」

「馬鹿を言うな。わしだって、ジュエルの介護なしでは、竜峰さえ越えられんかったんじゃぞ? ようやく戻ってきたわしを、もう少しいたわれ」

「はははっ。労られたいのは、儂の方じゃな。なにせ、竜宝玉がない。もう、力が出ないのじゃぞ?」

「お前さんは、あの暴れ竜宝玉がなくて丁度良いくらいの暴れん坊だったじゃろうが」

「それを言うなら、お前さんだって」


 二人の老人の言い合いに、アイリーが笑う。

 そんな、竜人族の三人を見ていた天族のジュエルが、恐る恐るアイリーに言葉をかけた。


「あ、あのう……。お止めにならなくてもよろしいのでしょうか?」


 ジュエルの心配を、笑って流すアイリー。


「良いのよ。あの二人は、昔からあんな感じなんだから。喧嘩するほど仲が良い、とは若い頃の二人のことね。まあ、今では口喧嘩する程度で、取っ組み合いをするほどの若々しさはないみたいだけど」


 と説明するアイリーに、ジルドとラーザが言い寄った。


「だいたいですな、アイリー様。なんでアイリー様は歳を取らないのですかっ」

「だいたいですな、アイリー様。竜の墓所ぼしょの守護を離れて平地へ降りてきても良いのですかっ」


 アイリーは竜峰の北部、竜の墓所と呼ばれおそれられる場所に住んでいる。

 老いた竜族を竜神のもとへ安らかに導く役目を担ったアイリーが竜の墓所を離れるなど、八大竜王のラーザでさえ信じられないことだった。

 するとラーザの問いに、アイリーは遠くに見える一際高い塔を見つめながら、笑顔を浮かべる。


「だって、竜神様の御遣みつかいにお願いされちゃったら、断れないでしょう?」


 アイリーの答えに、ラーザは息を呑む。

 どうやら、かの竜王が竜神の御遣いだということを、知らなかったらしい。


「お、おいっ、ジルド?」

「わっはっはっ。儂の弟子の凄さに、ようやく気づいたか。くやしかったら、お前さんも立派な弟子を育ててみることじゃな」

「ふむぅ、弟子か……」


 目を丸くして塔の建つ方角を見つめていたラーザだったが、その後、自分たちの背後につつましく控えるジュエルへと振り返ると、満足そうな笑みを浮かべた。

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