蛮族と冒険者

 山脈を越え、樹海を越えて。

 ニーミアに飛んでもらうと、地上の動物では到底到達できない速さで、景色が流れて行く。

 僕やルイララが何日もかけて平地を旅した距離なんて、ニーミアにとっては本当にあっという間の距離なんだね。

 短い夏の色に染まる竜の墓所を抜けると、平地へと出た。

 そこからさらに深い森を通り、いくつかの渓谷と平原を抜けた先。

 半日足らずで、僕たちは獣人族の人たちが住む場所にたどり着く。


「おねえちゃん!」

「メイ!」

「にゃんもいるにゃん」


 廃墟の都、その周りに広がるイスクハイの草原に降り立つ。

 遠くからニーミアの飛ぶ姿が見えていたのか、メイがあどけない足取りで走ってきた。

 プリシアちゃんはお姉ちゃんらしく、元気よく駆けてきたメイを抱きとめる。

 ニーミアもすぐに小さくなって、メイのもこもこ頭に乗って寛いだ。


「あのね。メイにあげたいものがあるんだよ」

「うわあっ、きれい」

「みんなで作ったにゃん」

「つくったつくった」


 アレスちゃんも登場し、幼女たちはきゃっきゃと喜びあう。

 早速プリシアちゃんに首飾りをつけてもらったメイは、嬉しそうに飛び跳ねた。

 メイの頭の上で、ニーミアがぽんぽんと浮いたり沈んだりしている。


 そうそう、ニーミアもアシェルさんに首飾りを作ってもらって、首輪のように身につけているんだね。

 ニーミアの首飾りは、前回同様に霊樹の宝玉製。千手の蜘蛛の糸を使ったおかげか、小さい状態でも大きい姿でも、不思議なことに首にぴったりとはまっている。

 まあ、普段は長い毛で全く見えないんだけどね。


「久しいな、エルネアよ」

「こんにちは、ガウォン。あっ、フォルガンヌもお久しぶり」

「どうした。貴様が来るのは珍しいな。何か用か?」


 最初に声をかけてきたのは、犬種のガウォン。相変わらず、メイの護衛をしているみたい。

 ガウォンの背後からやってきたのは、獅子種のフォルガンヌだ。


 フォルガンヌは、満月の花を探し出した僕たちと一緒に北の地を離れ、春先からアームアード王国の王都へと留学に来ていた。

 夏になって、フォルガンヌとあとひとりが報告へと戻って来ているんだ。フォルガンヌたちの代わりに、第二次留学隊十名が別で王都に行っている。


「今日は、プリシアちゃんのお供で来たんだよ」

「そうか。あの幼女と幼竜はよく来るな」

「えっ!?」

「十日ほど前にも来ていたが?」

「そ、そうなんだ……」


 なんて行動力のある幼女たちなんでしょうか。

 人族の冒険者なんて、竜峰に入りたいと騒いだり北の地に行きたいと四苦八苦しくはっくしているというのに。プリシアちゃんたちは、気の向くままに行きたいところに行っているみたい。

 鶏竜にわとりりゅうや他の竜族と遊ぶために竜峰へ行ったり、メイに会うために北の地を訪れたり。

 僕よりも活発に行動しているよね。


 遠出には必ず誰かが同行する約束になっているから、十日前に北の地へ遊びに来た時にも保護者はいたんだろうけど。

 それにしても、行動範囲が広すぎます。

 プリシアちゃんのことを考えると、僕もまだまだ自由に動いて良いのかな、とも思えちゃうね。


「そうそう、忘れないうちに」


 ガウォンとフォルガンヌに丁度よく会えたことだし、結婚の儀の招待状を渡す。

 祈祷師きとうしジャバラヤン様たちやメイの分もあるけど、来られるかな?

 メイは小さいし、ジャバラヤン様は高齢だし。だけど渡さないわけにもいかないので、みんなの分を懐から出して、ガウォンに「届けてね」とお願いする。

 獣人族の人たちは北の地の各所に部族単位で住んでいるので、各々の場所に出向いて渡すのは大変なんです。なので、ガウォンにお任せ!

 ガウォンは苦笑しつつも「承知した」と受け取ってくれた。


 だけど、これがいけなかった。


 僕がガウォンに招待状の束を渡していると、遠くに集まり出していた獣人族の人たちがわらわらとこちらに来た。


「なんだ、エルネアか。俺の分はないのか」

「おいおい、まさか俺の家族は呼ばないなんて言わないよな」

「ああ、楽しみだなー」

「えええっ、なんであの距離から会話の内容が聞こえたり渡しているものが見えるのかな!?」

「ふはははっ。獣人族の身体能力を甘く見ないことだ」


 ガウォンは招待状の束から、集まって来た人たちの分を探し出して渡していく。

 だけど、なかには招待状のない人たちもいて……


「エルネア……?」

「竜王よ……」

「はわわっ。ち、違うんだ。いっぺんには持って来ることができなかったから、第一弾として……」

「では、俺も招ばれるんだな!?」

「私も招んでよね?」

「招んでくれなかったら、泣いてやるっ」

「も、もちろん、みんな招待するよ!」


 獣人族の人たちの迫力に圧されて、僕の口はつい都合のいい言葉を吐いてしまう。

 本当は、招待状分だけだったんだけど……

 帰ったら、追加の招待状を作って届けないといけないね。

 みんなにも報告をしなきゃ……

 お、怒られないよね?

 そうだ。たくさんの人が来たいと言ってくれて、みんなに祝福される方がいいもんね!

 うん、僕は間違っていない。

 間違っていないはずだ。

 多分ね。


「そういえば、道が開通したんだよね?」

「ああ、まだ獣道のような雑で細いものだが、一応は道ができたな」


 春以降、シューラネル大河近くの山地を縫うようにして、人族と獣人族の文化圏を繋ぐ道の開発が進められていた。

 獣人族が道に適した場所を選定し、人族の冒険者や軍の人たちが切り開いていったらしい。

 そして夏になり、ようやく細々とした道が開通したのだとか。

 これからは、その細い道を拡張し、馬車なども通れるくらいに慣らしていくのだとフォルガンヌに聞く。

 交易をするためには、商人の荷車が通れる道幅は最低でも必要だからね。

 活気付く東部の様子の報告を耳にして、僕も行ってみたいな、なんて思ったんだけど、現実は甘くないみたい。


「だが、なかなかに厳しい状況だ」

「魔物や魔獣が出る?」

「人族と獣人族の縄張りの境目は、手付かずの自然が広がっているからな。魔獣たちにとっては申し分ない生息地だったようだ。竜峰に住処すみかを持っていない竜族もちらほらといたりして、苦労していると報告を受けている」

「僕たちも協力するから、なにかあったときには言ってね。とくに、竜族関係なら十分に協力できると思うんだ」

「なあに、獣人族の意地を見せてやるさ。人族の冒険者には負けてられん。ここで遅れを見せれば、本格的な交流が始まったときに獣人族が軽く見られるからな」


 人族よりも獣人族の方が身体能力は優れている。だけど、人族の冒険者たちは、組織だって動くし冒険慣れしているからね。

 開拓の最前線に出て来るような人たちは、血の気が多かったり凄腕だったりする。そんな人たちに弱みを見せたくない、とフォルガンヌは戦士らしいことを言っていた。


「そういえば、スラットンが迷惑をかけちゃったとか?」

「迷惑? いいや、俺たちは迷惑だとは思っていないぞ。あの小僧はたしか、勇者の相棒だったか。なかなかの腕前だったようだ」

「新婚旅行に来て腕試しをして回るなんて、なんてお馬鹿なんだろうね。クリーシオがかわいそうだよ」

「いやいや、あの娘はしっかりしている。阿呆あほうな男にはもったいないほどの器量娘だ。それに、奴らのおかげでちょっとした問題も解決できた」

「妖魔が出たんだよね?」

「ああ、そうだ。さすがに戦い慣れをした動きだったと聞いた。奴のおかげで被害が最小限に抑えられたのだ。感謝している」

「スラットンが役に立つだなんて……。きっとそれも、クリーシオの的確な補佐があったからだよね。あと、ドゥラネルのおかげかな」

「間違いないな」


 交流の始まりには、道を通すこと以外の問題もたくさんある。

 これまで、ほとんど交わりのなかった二つの種族の文化だからね。大小多くの問題がこれからも発生するだろうけど、それは根気強く時間をかけて解決していくしかない。人族も獣人族も、そうした問題はわかっていたし、事前に話し合いも行われている。


 だけど、僕の予想だにしなかった問題が発生してしまった。


「た、大変だっ!」


 東の林から慌てて駆けて来たのは、猿種の獣人族だった。

 猿種は、いくつかの身体的な特徴でさらに細かい部族に分かれているけど、現れたのは尻尾が長く、白い体毛が特徴の尾長猿種ながおざるしゅだ。


百便ひゃくびんのムジャムよ、なにをそんなに慌てている?」

「おお、千の獲物を仕留めし者フォルガンヌ、良い所に。実は、人族の冒険者が皮剥かわはぎ猿種の森に……」

「なにっ!?」


 僕の周りに集まっていた獣人族の人たちは、ムジャムの話を聞いて一様に驚き、焦りの表情を見せた。


「な、なんということだ。よりにもよって、あの皮剥ぎ猿種の縄張りに……」

「では、もう冒険者は……?」

「まだ、わからん。案内をしていた者の制止を聞かず、森に入って行ったと聞いて、急いで知らせに走って来たのだ」

「愚か者めっ。ここは我ら獣人族の土地。なにが危険か、どこには踏み入っては駄目だという注意を聞かぬのか、冒険者どもはっ!」


 フォルガンヌは黄金色のたてがみを逆立てて、怒りを表す。

 他の獣人族の人たちも、人族の冒険者がとった無謀な行動に怒りの言葉を口にする。

 だけど、ここで冒険者を見捨ててしまっては、せっかくの交流が最初から破綻はたんしてしまう。怒りながらも、獣人族の人たちは慌ただしく動き出した。


「ねえ、ガウォン。皮剥ぎ猿種って、危険な部族なの?」

「あれらは獣人族のなかでも特殊で、恐ろしい奴らだ。戦士の俺やフォルガンヌなどとは違う恐ろしさがある。奴らに狙われれば、俺たちでも無事ではすまん」

「ええっ、同じ獣人族も狙うの?」

「むしろ、奴らが狙うのは他の獣人族だ。冒険者が奴らに見つかれば、同じように狙われるのは目に見えている」


 獣人族の間に有名をせるガウォンやフォルガンヌが恐れるような部族……

 生きたまま冒険者や戦士の皮を剥ぎ、肉を食らうような蛮族なのかもしれない。

 切羽詰まったガウォンの表情に、僕はごくりと唾を飲み込んだ。


「エルネア、協力してもらえないか?」


 フォルガンヌは戦士たちに指示を出しながら、僕にもそう言ってきた。


「はい。見過ごせないですよね」

「助かる。だが、貴様も注意しろ。奴らと遭遇した場合は、まどわされるなよ」


 皮剥ぎ猿種が縄張りとする森は、ここから南東に行った場所らしい。

 廃墟の都は、イスクハイの草原にある。その南にはウランガランの森が広がっているけど、その東側に縄張りがあるのだとか。


 そんな近くに蛮族の縄張りがあるということにも驚いたけど、すでにその近くまで冒険者が足を踏み入れていることにも驚きだ。


「よし、先発隊は直接奴らの集落へ向かえ」

「大丈夫なの?」

「なあに、奴らも相手を見る。誰彼かまわずというわけでもないからな。それなりに付き合いのある者もいるから、その者たちに村へ直行してもらう。俺たちは、ウランガランの森を捜索しながら進む。途中で冒険者を見つけられれば、そのまま連れ帰る」

「もしも、すでに皮剥ぎ猿種と接触していたら?」

「残念ながら……」


 苦渋に歪むフォルガンヌの表情で、それ以上は聞かなくても答えがわかった。


「ニーミア、プリシアちゃんをよろしくね」

「んんっと、おみやげね?」

「お土産は無理じゃないかなぁ」

「お留守番するにゃん」

「もしも僕が今日中に帰ってこなかったら。一泊まではミストラルに許可をもらっているから、明日はプリシアちゃんをみんなのところに帰すんだよ」

「わかったにゃん」


 アレスちゃんは、僕と来てもらおう。不測の事態も想定しなきゃいけないからね。

 事態を理解していないのか、メイやプリシアちゃんに可愛く行ってらっしゃいと見送られて、僕たちは慌ただしく出発した。

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