失敗じゃないよ

「さあ、先ずはぶつ切りにしてちょうだいな」


 僕は、アイリーさんの指示に従って腕を振るう。


「そうそう。上手いじゃないの。初めてとは思えないわ。じゃあ、次に。もう少しお手頃な大きさに刻みましょうか。いいわ、その調子よ。失敗を恐れないで」


 アイリーさんは僕の背後から腕を回し、そっと手をえて手取り足取り教えてくれる。

 耳もとにアイリーさんの艶かしい吐息といきを感じて、うひっと悲鳴をあげた。


「エルネア、集中しなさい」

「そうですよ、エルネア君。もしも失敗して素材が足らなくなったら、おひとりで集めに行ってもらいますからね」

「エルネア様、そのときはわたくしがおともしますわ!」

「ライラ、そういうことは口にしないものだわ」

「ライラ、そういう企みは内に秘めるものだわ」

「はわわっ」

「ライラさん、しっかり監視していますからね?」

「あのね。プリシアはメイとフィオとリームに一緒の首飾りを作ってあげるの」

「はいはい、お揃いのものを作りましょうね」

「にゃんも協力するにゃん」


 僕たちは賑やかに作業をしていた。


 現在は、収集した竜の素材を手頃な大きさに斬り分ける作業中。

 立派な地竜だったらしく、頭蓋や爪や骨はけっこうな大きさだった。それを先ずは、白剣を使って斬り分けながら、使えない部位を取り除いたり加工しやすい大きさに分割する。


 竜の素材を斬り分ける作業は、僕の白剣だけではなくて、ルイセイネの薙刀なぎなたやユフィーリアとニーナの竜奉剣も使うことができた。

 竜奉剣は、もともとアイリーさんの武器だからね。そりゃあ斬れ味は申し分ない。

 ルイセイネの薙刀も、霊樹の葉っぱで強化されているからね。

 そんなわけで、ルイセイネとユフィーリアとニーナは、僕の横で同じように竜の牙や爪を斬っていた。


 ミストラルとライラ?

 残念ながら、この二人は殴り系の人たちです。

 砕いたり磨り潰すのは得意だろうけど、斬ることはできないのです。

 今は幼女組の子守をしながら、次の作業へ移るのを待っている。


「どの部位からも、遺骸とは思えないほど神聖な気配がしますね」

「それはもう。わたしがおはらいをしたのだからね。感謝しなさいな。こんなご褒美、滅多にしないんだからね」


 地竜から得られた部位は、どれも肉厚できめの細かな素材になる。

 僕たちが分割した手頃な大きさの素材は、ミストラルたちがどの部位かなど関係なく集めていく。

 そして全部を斬り分けると、ここからが本番だ。

 包丁のように使っていた武器をしまうと、僕たちはアイリーさんから借りた短刀や彫刻刀を手に取る。


「まずは形を整えましょうね。角を削り取りながら、徐々に丸くしていくの」

「アイリーさん、大きさなんかはどうやって合わせるのかな?」

「あら、合わせる必要はないんじゃない? ひとつひとつの大きさが違ったり、慣れない最初のうちが不細工になるのも味があって素敵じゃないかしらね。手造りだからこその不揃ふぞろいさが魅力なの」

「職人じゃないから、完璧じゃなくてもいいんですね」

「そういうことよ。大切なのは、丁寧に心を込めて作ることね」

「わかりました、先生!」


 アイリー先生は手本を見せながら、僕たちに丁寧な指導をしてくれた。

 竜の祭壇で引き出物の全てを作る余裕はないので、最初の数個を作ったら、あとは戻ってからの作業になる。

 だけど、アイリーさんとのひと時はとても楽しい時間になった。






「あのね。プリシアはこれをメイに届けたいの」

「プリシアちゃん、それでいいの?」

「うん。お兄ちゃんが初めて削ったものだよ!」

「……そ、そうだね。なんだか、恥ずかしいな」


 プリシアちゃんが手にしているのは、僕の失敗作。短刀での細かい作業が上手くいかずに、玉にするはずが石ころみたいないびつな形になってしまった、竜の角の部分だった。

 最初は失敗もあるからね、ということで放棄したものだったけど、プリシアちゃんの目に止まったらしい。


「でもね、どうせあげるなら、もっと綺麗なやつにしたら?」


 失敗作は他にも有るんだよ。

 残念ながらね。


 だけど、プリシアちゃんはなぜか僕の最初の失敗作を気に入ってしまい、他のものに変える様子はないみたい。


「そうだわねぇ。それだけじゃあ、エルネア君の恥ずかしい過去、みたいになっちゃうわね」

「アイリーさん、なんてことを言うんですか……」

「まあまあ、落ち着いて。だからね、こうしましょうと提案してあげてるんじゃないの」


 アイリーさんはそう言って、宝物殿ほうもつでんからなにやら取り出してきた。

 みどりや赤や青といった、色とりどりの鉱石を。


「おそなものなんだけどね」

「いやいや、それは駄目でしょう!」

「あら、いいじゃないの。宝物殿に仕舞っておくだけなんて、それこそ宝の持ち腐れだわよ」

「んんっとね。プリシアはこの緑色のやつがいいよ」

「じゃあ、それをエルネア君の失敗作と合わせて、綺麗な首飾りにしましょうか」

「失敗作って、はっきりと言わないでください!」


 たくさんの鉱石からプリシアちゃんが選んだのは、翡翠ひすいだったらしい。

 僕は鉱石や宝石には詳しくないんだけど、アイリーさんが持ち出してきた色とりどりの鉱石を見たユフィーリアとニーナが顔をしかめていた。

 もしかして、高価なものとかも含まれていたのかな?


 なにはともあれ。

 プリシアちゃんの選別した翡翠を、僕はアイリーさんに教わりながら削っていく。


 そして、量産される石ころたち……


 僕って、こんなに不器用だったっけ?

 考えて見たら、手先の細かな作業なんてしたことがないかも。

 自分の駄目さ加減に肩を落とす。

 だけど、プリシアちゃんはなぜか喜んでいた。


「あのね。これをこっちにするの。その隣に、これを置くんだよ」


 と、僕が削り出した石ころの配置を楽しそうに、ニーミアと考えている。


「それじゃあ、穴を開けていきますね」

「手伝いますわ」

「ちょっとした気晴らしね」

「私も手伝うわ。貸してちょうだい」

「私も手伝うわ。任せてちょうだい」


 作業の息抜きなのか、みんなが手伝ってくれて、僕の削った竜の角や翡翠に糸を通す穴を開けていく。


 とても細い、針のような器具を使う。

 こつこつ、とこれで突いて、細い穴を開けていく。

 地道な作業と思ったら、意外と簡単に穴が開いていき、僕たちは驚いた。


 アイリーさんの説明によると、海竜かいりゅうの牙らしい。これが海に住む竜の口に何万、何十万本と生えているんだって。

 竜族の牙だからね。そりゃあ、翡翠程度の鉱石なら、簡単に穴を開けちゃうよね。

 首飾りの主となる地竜の角も、すんなりと穴が通った。


「これって、すごく便利ですね。何万本も有るなら、簡単に手に入りそうですし」

「あら、そうでもないわよ。海竜は死んじゃうと海底に沈むから。手に入れようと思ったら海底まで取りに行くか、運良く浜辺に打ち上げられたものを探し出すしかないわね」

「なるほど。見つけるのが大変なんですね」

「そういうことだわね。うちにも、十数本しか在庫がないから、大切に扱ってちょうだいな」

「折らないように気をつけます」


 貴重品だと知ると、急に緊張してきちゃう。

 変な力が入って折らないようにしなきゃね。

 なんて、心配はいらなかった。

 なにせ、竜族の牙だからね。どれだけ細くても、人の込められる力程度じゃ折れません。


 そんなこんなで、全部に糸通しの穴を開けると、いよいよ連結作業に取り掛かる。

 糸はもちろん、千手の蜘蛛の糸です。

 プリシアちゃんのご希望だからね。

 アレスちゃんに手頃な長さの糸を出してもらい、竜の角と翡翠を通していく。


「あら、意外と素敵じゃないの」

「うわっ、本当だ!」

「不揃いな感じが、味を出しているわね」

「わたくしは好きですよ」


 出来上がった首飾りを見て、僕たちは驚いた。

 ひとつひとつの素材は不細工で本当に石ころのようなんだけど、それが連なると、思いのほか魅力的な首飾りになった。


 素朴派そぼくはのミストラルとルイセイネは、出来上がった首飾りを大絶賛。

 ユフィーリアとニーナとライラも、美しい装飾品とは違う味わいに見入っていた。


「さあ、エルネア君。最後は君が首飾りに祈りを込めてあげなさいな」

「プリシアもやる!」

「やろうやろう」

「にゃんも手伝うにゃん」


 アイリーさんに言われて、僕たちは首飾りに力を込めることにした。


「ニーミア、ちゃんと手加減してね。プリシアちゃんは小さいんだからさ」

「わかったにゃん」


 どうせ込めるなら、均等な力にしなきゃね。

 ニーミアは竜気。プリシアちゃんは精霊力。アレスちゃんは霊樹の力。そして僕も竜気。

 ニーミアと被っているけど、それは仕方がないよね。僕とニーミアでは性質が違うし、その辺は妥協するしかない。

 大切なのは、みんなで想いを込めることです。


「んんっと、お兄ちゃん?」

「本気を出すにゃん」

「よわいよわい」

「な、なんですとー!?」


 だけど、プリシアちゃんの心配をしている場合じゃありませんでした!


 ちびっ子だけど、古代種の竜族であるニーミア。それと、幼女体型だけど本性は大人な霊樹の精霊のアレスちゃん。

 そして、考えてみるべきでした。

 もっとも幼いプリシアちゃんだけど、彼女はこの歳で大人の精霊を三人も使役する、天才児です。

 このなかで一番の弱者は、なんと僕でした!

 ニーミアに、プリシアちゃんに合わせて力加減をするように、なんて言ってる場合じゃない。

 僕は幼女たちに合わせて、必死に竜気を解放した。


 そして完成した首飾りは、とても特殊なものになった。

 翡翠は、僕たちの力をあまり吸い取らなかった。翡翠はもともと、力を込められる上質な鉱石ではないらしいし、短い時間しか注ぎ込まなかったからね。

 その代わり、竜の角には意外と力が入ったね。


 どうやら、僕の竜気が良い下地になったみたい。


「あら、うまいものね。エルネア君はなにかによく力を注いだりしているのかしら。力の込め方が手馴れているじゃないの」

「気のせいですよ、アイリーさん。単純に、竜気の扱いに慣れているだけです」

「ふうん、そういうことにしておくわね」


 竜の角を削って作られた石ころのような玉は、アイリーさんに褒められた僕の竜気で慣らされた上に、ニーミアとプリシアちゃんとアレスちゃんの力が乗って、巧く混じり合っていた。


「よし、できたー!」

「やったー。プリシアはこれを届けに行きたいよ」

「ええっ、いまから?」


 プリシアちゃんは、思いついたら即行動。

 素晴らしい行動力だけど、振り回される僕たちは困りものです。

 なにせ、僕たちは引き出物を作らなきゃいけないからね。休憩がてらでメイの首飾りを作る手伝いをしたけど、まだまだ忙しいんだよ?


「エルネア、いってらっしゃい」

「エルネア君、行くのは良いですけど、長居は駄目ですからね」

「エルネア様、私が……」

「さあ、ライラ。続きだわ」

「さあ、ライラ。今度はこっちよ」

「あああっ……」

「お兄ちゃん、早く行こう?」

「にゃんが連れて行くにゃん」

「いこういこう」


 よく考えたら、プリシアちゃんがメイのために首飾りを作りたいと言い出した時点で、こうなることはわかっていたよね。


「それじゃあ、いってきます」

「お土産を期待しているわ」

「アイリーさん、プリシアちゃんと同じようなことを言わないでください!」


 獣人族のみんなにも招待状を渡さないといけないし、僕はこうして北の地へと赴くことになったのだった。

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