男の恋愛相談
「ちょっとエルネア君、どういうことですか」
お使いから帰ってきた翌日。僕はいつものように学校に登校したんだけど、そうしたらすごい剣幕でキーリに詰め寄られた。
「な、何のことかな!?」
さっぱり状況がつかめません。なんで僕は朝一番でキーリに怒られているんだろう。
ちなみに、やっぱりキーリはたれ目で、怒っていても迫力がないのは、本人には内緒だ。
「何のことではないですよ。昨日は、わたくしとイネアとで、東の凱旋門のところで貴方たちの帰りを待っていたのですよ。それなのに、何で南の竜の森の方から帰ってくるんですか」
「あ、そういうことか」
「そういうことか、じゃなーいっ!」
イネアもやって来て、僕を怒る。
うん、イネアも小さくて可愛いから、怒っていても怖くないよ。
「これにはちょっと、訳があってね」
「訳ってなんですか」
言葉に詰まって視線を逸らした僕の視界の先で、ルイセイネが苦笑していた。
きっと、ルイセイネも昨日はこってりと二人に絞られたんだろうね。
長旅から帰ってきたばかりなのに、ご苦労様です。
「へへぇ、巫女を竜の森に誘うなんて、エルネアも中々やるじゃないか」
にやりと意地悪な笑みを見せるのは、スラットン。
相変わらず髪は寝癖で爆発している。
「なんだなんだ、一緒にお使いに行くとは聞いていたけど、二人はそんな仲なのか」
リステアまで話題に食いついてきた。
「うわあぁぁっ、みんなして何で僕を虐めるんだ」
久々の学校だというのに、僕はみんなに弄ばれて、朝からてんてこ舞いだ。
巫女のキーリとイネアは僕を責めるし、スラットンとリステアは面白おかしく
他の女子は何やら遠巻きに僕を指差して囁きあい、なぜか男子からは痛い視線を向けられた。
何でこうなった。
お使いは色々あって大変だったので、今日からはまたいつもの日常を期待していたのに。
僕は、遺跡で魔剣使いを倒した時以上に注目を浴びしてまい、落ち着かない午前中を過ごすことになった。
「いったい、何でみんなは僕を茶化すんだろう」
最初の座学授業が終わり、武芸の時間の前に僕はリステアに愚痴る。
「そりゃあ、エルネアがルイセイネと一緒にお使いに行くからさ」
「むむむ。お使いくらいでなんで騒ぎになるのさ。それに、お使いって秘密じゃなかったの?」
ルイセイネは、お使いには凄腕の女冒険者と一緒に行くという事になっていたはずだよ。
それなのに、なんで僕と一緒に行ったことが露見しているんだろう。
そして、それを同級生徒のみんなが知っていたってことは、神殿側も把握しているんじゃないのかな。
ルイセイネは大丈夫なんだろうか。
「何を言っているんだ、お前とルイセイネ、それと女冒険者で行ったんだろ。それが何で秘密になるんだ」
「あ、そういうことね」
いつの間にか、僕も同行するという話になっていたのか。だから
「まぁ、世間ではそうなっているから、安心しろよ」
言ってリステアは僕の肩に手を回す。
「それで、本当はどうだったんだ」
リステアは僕の耳に口を近づけて囁く。
「ううう」
どうやらリステアは、女冒険者なんて本当は居ないと知っているんだね。きっと、キーリとイネアから裏事情は聞いているに違いない。
でも、さすがにミストラルやプリシアちゃんのことまでは知らないはずだよ。
ルイセイネも、道中の詳しい話は隠しているはずだからね。
竜人族や耳長族、それに竜の森の伝説の竜の話なんて、いくら幼馴染だからとはいってもおいそれとは話せないし、話しちゃ駄目だしね。
だから僕も詳しい話をすることは出来ない。たとえ相手が親友で勇者のリステアだとしてもね。
いつの日か、僕はこの秘密事をリステアに打ち明けられる時は来るのかな。
隠し事なんて後ろめたいから、本当なら今すぐにでも暴露したいんだけどね。
これは僕の意思だけではどうすることも出来ないから、仕方ないね。
「ほほう、俺にも話せないようなことを森でやってきたんだな」
僕が黙り込んだのをどう勘違いしたのか、リステアはうんうんと頷きながら勝手に何かを納得していた。
「何を勘違いしているのさ」
「いいんだ、男なら言えないこともあるよな。そうか、エルネアも男になったか」
「ちょっ」
「巫女に手を出すとは、ちゃんと責任持つんだぜ」
「だから誤解だってさ」
途中から話に割り込んできたスラットンが、リステアとは逆方向から僕の肩に手を回す。
「で、どうだった。初めては」
「何が初めてさ。二人とも変な勘違いをしちゃルイセイネに悪いよ」
僕は顔を真っ赤にしつつ、二人の誤解を解こうと頑張る。しかし、リステアとスラットンは僕の言葉に耳を傾けてはくれない。
「ルイセイネの家は厳しいらしいから、ちゃんと挨拶の言葉は考えておくんだぞ」
にやりと言うリステア。
「お子ちゃまだとばかり思っていたお前が、まさか堅物の巫女に手を出すとはなぁ」
目を閉じてうんうんと感慨深げに頷くスラットン。
ぐううう、今日は二人ともやけに絡んでくるね。
どうやってこの二人の意地悪から抜け出そう。と思って、僕はリステアに聞かなきゃいけないことを思い出した。
「ああっ、そうだリステア。君に聞きたいことがあったんだ」
「んん、何だよいきなり」
僕が急に真面目な口調になったので、リステアは訝しんで目を細める。
「ええっと、女性のことについてちょっと……」
「ほほう、早速女に対しての悩み事か。よし、聞いてやるぞ」
「スラットンには聞いてないよっ」
「まあまあ、こっちに来い」
スラットンは僕を強引に校舎裏に引っ張っていく。
リステアもにこやかについて来た。
「さあ、なんでも話せ。人生の先輩がいろいろと教えてあげようじゃないか」
校舎裏の芝生で、僕は両側を二人に挟まれ、座らされる。
スラットン、君は邪魔だ。だってスラットンは僕を茶化すだけで、建設的な助言をくれそうにないんだもん。
「なんだ、俺を邪魔者みたいな目で見るんじゃない」
「実際邪魔かな」
「けっ、エルネアの分際で」
「痛たたたっ」
スラットンは僕の首を羽交い締めにしてきて、僕は悲鳴をあげた。
「まあまあ、スラットン。あんまりエルネアを虐めるなよ。それで。聞きたいことってなんだ」
リステアはやっぱり
話の軌道修正をちゃんとしてくれる。
「うん、実はね」
僕は、旅の途中で出てきた問題をリステアに相談することにした。
問題とは。
そう、どうやったら女性が僕に惚れてくれるのか!
これは、僕にとってとても悩ましく、そして重大な問題なんだ。
女の人はどういう時に男に惚れるのか。どうやったら愛情を持ってくれるのか。
恋愛経験のない僕には、全くわからない世界なんだ。
今まで、僕ももちろん、誰かに好意を持ったことはある。あの子は可愛いなとか、あの人って素敵だなとか。
でもそれは、僕が一方的に感情を抱いただけで、だからといって恋愛したいとは思わなかった。
だから、なんで僕がそういう好意を抱いたのかなんて深く考えたことはなかったし、逆に相手がどういうことで好意を持つのかなんてことも考えたことがなかったんだ。
まだ僕が子供だからかな。
でも、今は違う。
好きだと思う人がいる。結婚したい相手がいる。
だけど、結婚するには相手を僕に惚れさせなきゃいけないんだ。
どうすれば女の人は僕に好意を持ってくれるんだろうか。
好きになってくれるんだろうか。
悩み、真剣に相談する僕。
しかし、スラットンは口笛を吹いてやっぱり茶化すし、リステアも困ったように苦笑していた。
「エルネア、随分と初歩的なところで悩んでいるんだな」
「これって初歩なの?」
「初歩中の初歩だぜ。よくもまぁ、そんなんでルイセイネを落とせたな」
「落としきれていないから、俺に相談なんだろう」
「なるほどな」
リステアとスラットンは呆れたように同時にため息を吐く。
「いいか、エルネア。そんな悩みは捨てちまえ。考えるだけ無駄だ」
「どういうことさ」
「俺もスラットンの意見に同意だな」
「リステアまで?」
「はっきり言って、惚れさせようと思って行動しているうちは、相手は絶対に惚れないよ」
「男の臭い演技なんざ、女はすぐに見破る。まぁ、たまに見破れない奴もいるけど、そんなのは底が知れている」
「言い方は悪いけど、スラットンの言う通りかな。女性は男が思っている以上に敏感だよ。それに」
一拍おいて、リステアは言う。
「無理して相手を惚れさせても、長続きしない。相手に良いところを見せようとし続けて、疲れて自滅する」
「自然体が一番だな。ありのままの自分をぶつけろ」
「ぶつけても駄目だったら? そもそも相手が自分に興味を持ってくれてなかったら、見向きもされないよ?」
「ははは、エルネアは勘違いしている」
「むむむ」
「自然体で接することと、相手を惚れさせる努力とは別物だよ。本当に惚れさせたいのなら、積極的に会話をするとか遊びに誘うとか、そういう努力は必要だ。でもその時に、普段とは違う無理をした自分を見せても駄目だってことさ。努力をすることは大前提での話だよ」
「ああ、そういうことね」
まずは努力有りき。だから、僕が言ったことはお門違いなのか。
積極的に接触してくる相手に見向きもしない人なんていないもんね。
「それじゃあ、努力しても実を結ばなそうな時はどうするの?」
「相手がどうやっても自分を好きになってくれないってときか?」
「うん」
「エルネアは、今想定している相手が自分を好いてくれなかったら、諦めるのか」
「ううん、絶対に諦めないよ!」
ミストラルとルイセイネが僕に好意を持ってくれないとしても、僕は絶対に諦められないよ。
「じゃあ、振り向いてくれるまで努力し続けるしかないだろう」
「しつこいと、嫌われないかな」
「嫌われないようにするのも、努力のひとつ。それでも嫌われたとして、諦めれるのか」
「ううん、絶対に無理」
「なら、やっばり努力だろ」
「むむむ、そうなるのか」
「どんなに嫌われていても、どうにかなる場合もあるさ。スラットンのようにな」
「どういうこと?」
「俺なんて、最初は嫌われていたんだぜ。告白すること二百回。俺はよく頑張った」
「二百回……」
「まあ、なんだ。時には強引さも必要だ。好かれようと必要以上に優しくしていても、女は振り向かない。俺からの助言は以上だ」
僕はスラットンの努力に脱帽したよ。
まさか、クリーシオに嫌われている状態から相思相愛になるなんてね。
恋愛経験豊富なリステアからはもっと色んな事を聞きたかったけど、武芸の授業が始まりそうだったので、第一回恋愛相談はここで終わった。
今回の二人の助言がどれくらい役に立つのかはわからないけど、努力と自然体、そして時には強引さが必要だとわかっただけでも良しとしよう。
僕たちは急いで隣接する修練場へと向かった。
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