冬の試練

 季節は少しずつ寒くなっていき、それに合わせて僕たちも慌ただしくなってきた。

 冬が来て年が明ければ、いよいよ旅立ちの時が迫る。

 冒険者になって一旗あげようと意気込む同級生徒は当初よりも少し減ったけど、それでも例年の数倍以上の数だ。

 聞くところによると、違う校区でも大勢の人が冒険者希望ということで、冒険者組合は近年稀に見る加入者大増加で賑わっているらしい。


 この騒ぎの発端になっているのは勿論、勇者のリステアだね。

 彼の活躍は益々大きくなってきていた。

 僕たちが神殿のお使いに行っていた間には、近村に現れた不死の騎士を討伐していたらしい。

 さらに最近では、何処そこの妖魔を退治しただとか、街に潜んでいた魔族を複数討伐しただとか、新聞の一面を賑わせることが多い。

 それに比例して学校への登校率は減っていたけど、戻ってくると何時もみんなの輪の中心にいた。

 そして剣術の腕前も桁違いに上昇していくのが、側で見ていてよくわかる。

 これは僕自身も腕前が上がっているからこそ感じ取れることなんだと思うけど、リステアはやっぱり格別だね。

 僕がどれだけ力をつけても、リステアはそれの数倍の速さで上達していく。

 スラットンやクリーシオ、それにリステアのお嫁さんたちも同じだ。

 彼らは冒険に行く度に、段違いの成長を見せて戻ってくる。


 僕も修行をしているんだ。いつかは彼らの実力に追いつきたい。だけど、追いつくどころか、離されるばかり。

 焦燥感しょうそうかんに駆られた僕は、スレイグスタ老に相談したことがある。

 そうしたら、その成長の差は実戦経験の差だと言われた。

 僕は、修行といっても、瞑想や竜剣舞の型の稽古が主だ。

 実戦経験なんて、遺跡で魔剣使いとやり合ったのと、お使いの時の偽勇者事件くらいだよ。

 ミストラルとはよく模擬戦をしていたけど、結局は模擬なので、殺気もないし命の危険を感じないから、上達には限度があるもんね。


 それと。


 最近は殆どミストラルと会えていないんだ。

 彼女はお使いの後からとても忙しそうだよ。

 毎日スレイグスタ老のところには来ているみたいだけど、僕が午後に来ると、すでに帰ってしまった後ということが多い。

 相変わらず、薪や、最近では時季的に木の実を多く取って準備してくれているけど、顔を合わせる日はとても少なかった。


 そしてプリシアちゃんとニーミアとも、同じくあまり会えていない。

 なぜなら、いつもミストラルが送り迎えしているから、彼女が居なければ必然的にプリシアちゃんたちも苔の広場には居ないんだよね。


 ちょっと寂しい日々が続いていて、僕は落ち込み気味だよ。


 でもその分、修行には集中できる。


 リステアたちの実力には遠く及んでいないけど、だからこそ日々の修行は大切だよね。

 実戦が少ない分は、修行の質と集中で補うしかないよ。


 というわけで、僕は相変わらず学校では瞑想をしていた。

 僕は最近では、阿呆の子から妄想のエルネアというあだ名に昇格していた。


 なんで妄想なのさ!

 瞑想だよ、め・い・そ・う。


 だけど、ルイセイネと親密になった僕は、武芸の時間でも目を閉じてよこしまなことを想像しているに違いない、と男子を中心に言われて、変なあだ名になってしまったんだよね。


 そうそう。


 ルイセイネとは学校ではよく一緒にいるようになった。

 ルイセイネは積極的なんだ。

 周りに茶化されても、平然とした態度で僕のそばに居てくれる。

 まあ、巫女の彼女を茶化すのは、同じ巫女職のキーリとイネアが殆どで、きっとそれには慣れているんだろうけどね。


 ルイセイネは、自身の仕事がないときには僕と苔の広場にいつも行っている。

 神殿には薬草取りだと言っているらしい。

 実際、苔の広場に行けば、ミストラルがこれまた準備してくれていた薬草を持って帰るのだから、神殿も疑いはしないみたい。


 彼女が苔の広場に来ると、僕の修行を手伝ってくれる。

 ルイセイネは戦巫女いくさみこだ。

 僕なんかよりも実戦経験は豊富で、薙刀なぎなた法術ほうじゅつを駆使する戦い方は、僕には新鮮だった。

 ミストラルとの手合わせは減ったけど、ルイセイネと少し試合うようになった。

 そして彼女は、竜眼りゅうがんの使い手なんだよね。

 僕との手合わせは、彼女の修行にもなるみたい。

 ルイセイネは竜眼を使い、僕の竜気を読む。

 僕が竜剣舞りゅうけんぶを使うと、体に纏わりつく竜気の流れが見えるんだって。

 それを見て、最近では僕の動きを先読みするようになった。

 うん。これは危険だ。

 ミストラルが、竜眼は天敵だと言っていた意味を実感しているよ。

 何かをしようとしても、竜気を読まれてしまってはどうしようもない。

 何が次に来るかわかっているなら、対処なんて簡単だもんね。

 竜眼を研ぎ澄ませてきたルイセイネとの試合は、ミストラルの時とは違った難しさがあった。


 ちなみに。

 ミストラルとルイセイネが勝負をするとどうなるか。


 それは、いくらルイセイネが竜眼を使ってミストラルの動きを先読みしようとしても、彼女の圧倒的な速さと破壊力の前には手も足も出ないみたいだった。


 恐るべし竜姫りゅうき様……


 どうやら、僕の最初の目標は、ルイセイネから一本取ることだね。

 そして、いずれはリステアに追いついてみせる。

 最終目標はミストラルだ。

 僕はミストラルやルイセイネ、その他の大切な人たちを守れるだけの力をつけなきゃね。


 そう誓い、僕はいつものように苔の広場へと赴いた。


 随分と寒くなって、竜の森でも枯葉や落ち葉がよく目につくようになってきているけど、苔の広場は相変わらずの緑の絨毯だ。

 そして、その緑の広場の中心にどっしりと横たわった小山のようなスレイグスタ老も、相変わらず。


「ぶえっっくしょぉぉんっ」

「うわっ」


 僕を見た瞬間に、僕に向けてくしゃみをするスレイグスタ老。

 僕は慌てて空間跳躍で回避した。


 悪戯も相変わらずですね!


「なんだ。汝はくしゃみをした老体を気遣うということを知らぬのか」

「ええ、おじいちゃんじゃなきゃ、風邪を引いたんじゃないかと心配しますよ」

なんじは最近、我に冷いのぉ」

「ミストラルから、おじいちゃんの対応の仕方を学びました」

「むむむ、小娘め。余計なことを」


 ちっ、と舌打ちをして、スレイグスタ老は僕から視線を逸らす。


 子供じゃないんだから、そんな事で拗ねてどうするんですか。

 僕はスレイグスタ老の仕草に苦笑した。


「汝は師である我をもっと尊ぶべきである」

「尊敬していますし、感謝もしていますよ。でも、それと鼻水まみれになるのとは別ですからね?」

「我の鼻水は万能なり。有難く受けよ」

「いえいえ。今の僕は健康体なので、無意味に有難い鼻水を浴びるわけにはいきませんよ」


 来て早々に全身鼻水まみれになんてなりたくありません。


「仕方ない。我を軽んじる汝には、試練を与えよう」


 別に軽んじているわけじゃないんだけどね。

 ただ単純に、悪戯で飛ばしてきた鼻水を避けただけだよ。

 それなのに報復で試練だなんて、スレイグスタ老は酷いな。


「ふははは、我は時に心を鬼にして、愛弟子まなでしを鍛えるのだ」


 口を大きく開けて愉快そうに笑うスレイグスタ老の口には、一本だけ牙が無かった。

 歯抜けです。間抜けです。

 威厳も何も有ったものではない。


「牙は気にするでない、じきに生え変わる」

「うん、ミストラルに叩き折られたなんて気にしないよ」

「ぐぬぬ、最近の汝は、本当につれないのぉ」


 苦笑に変わったスレイグスタ老に、僕は笑顔になる。

 たまにこんな風にやり返せると、気持ちがいいね。

 いつもは悪戯されっぱなしだしね。


「それで、試練とは何でしょう?」


 いつもの気まぐれだろうか。今日は何を言いつけられるのかな、とスレイグスタを伺う僕。

 最近、僕はスレイグスタ老の気紛れで色んなことをしていた。

 木の実を取ってこいだとか、鼻水を入れる壺を沢で洗ってこいだとか。

 これは本来、ミストラルが毎日していたことらしい。だけど彼女は忙しいみたいで、僕も少しだけスレイグスタ老のお世話を手伝っていた。


「今回汝には、手紙を届けてもらう」

「手紙?」


 竜族も手紙なんて書くことがあるのかな。

 スレイグスタ老の視線の先。何時ものように集められた薪と木の実の上に、一通の手紙が置かれてあった。


「左様。手紙なり。だが、それは我が書いたものではない。我らは手紙なんぞ書かなくても、気が向けば遠く離れた相手との意思疎通くらい容易いわい」


 伝心術ですね。やっぱり凄いな。


「それで、誰の手紙をどなたに届けるんですか」

「この手紙は、紹介状だ。書いたのはミストラル。これを王都の北に住むジルドという男に届けよ」


 むむむ、ミストラルの手紙か。というか紹介状?


「これをジルドに届け、汝は奴からある物を貰ってくるのだ」

「ある物って何ですか」

「それは、我の口からは言えぬ。ただし、容易く貰えるものではないと心得よ」

「手紙は、もしかして僕をそのジルドさんに紹介するためのものってことですか」

「左様。それがなければ、ジルドは汝を相手にはしない」


 気難しい人なのかな。わざわざミストラルが紹介状を書くなんて。

 それと、ミストラルが書いたってことは、ジルドさんはもしかして竜人族なんだろうか。

 でも、王都に竜人族が住んでいるなんて聞いたことないけどね。


「行けばわかる。とにかく、汝はその手紙をジルドに届けよ」


 そして、ある物を貰ってくればいいんですね。

 簡単なような、難しいような。よくわからない試練だね。


「これは非常に厳しい試練である」


 しかし、スレイグスタ老は僕のあまり真剣じゃない思考を読んで、厳しい口調で言う。


「ジルドからある物を受け取れなかった場合は、汝とミストラルとの縁談はなかったことにする」

「えええぇぇっっ!!」


 僕は突然の宣告に驚愕で目を見開いた。


 スレイグスタ老は、僕を困らせようと悪戯心を働かせているわけじゃない。真剣に言っているんだ。

 僕がこの試練を乗り越えられなかったら、本当にミストラルとの縁談を破棄してしまうような雰囲気だよ。


 なんで急にそういう話になったんだろう。


 もしかして、ミストラルが忙しいことと何か関係があるのかな。

 僕は、彼女が忙しいのは、てっきり竜人族の中で魔族に内通している部族を探すのが大変だからとばかり思っていたけど。もしかしたら、違うことで忙しいのかもしれない。


「期限は年が明ける前まで。それまでにジルドからある物を貰い受け、戻って参れ。それまでは、ここへ来る必要もない」


 今から年明けまでは、まだ随分と日数がある。だけど、その期間中に「ある物」とやらを手に入れなきゃいけないのか。

 そして、これだけの期間を設定しているってことは、これはきっと大変に難しいことなんだ。


 僕は全身から嫌な汗をかく。


 失敗すれば、ミストラルを失う。


 そんなのは嫌だ。絶対にミストラルと離れたくない。

 何が何でも、この試練を乗り越えてみせる。


「その心意気である。我も汝には期待しておる」


 スレイグスタ老も、止むに止まれぬ事情があって僕に試練を課したんだと思う。

 それなら僕は全力で事を成すだけだよ。


 僕は手紙を取ると、大事に懐にしまった。


「ちなみに、僕が試練を失敗した時に縁談が破棄になることは、ミストラルも知っているんですか」

「勿論なり。ミストラルにも言い含めてある。あれと結婚したいのなら、必ず試練を果たせ」

「……はい」


 ミストラルも了承済みなのか。

 いったいなんで、スレイグスタ老はこんな試練を急に言いだしてきたんだろう。

 そしてなぜ、ミストラルは今回の条件を飲んだんだろう。


 僕は、これから待ち構えている謎の試練に、戦々恐々だった。

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