大掃除の時期です
良いお年を、と挨拶するにはまだ早いかな?
でも、ライラはもう帰っちゃったし、プリシアちゃんやニーミアとも、次に会うのは年が明けてからになっちゃうね。なんて話しながらスレイグスタ老と別れて、王都出身組は竜の森を抜けた。
禁領や竜峰の奥地では、去年同様の寒冷が訪れて連日の雪模様なんだけど、竜峰の東に広がる平地には、まだ雪の気配がないようだ。
それでも、鋭く冷たい風が竜峰から吹き降ろし、寒さが身に染みる。
苔の広場で家族の半数と別れた僕は、ルイセイネとユフィーリアとニーナと肩を寄せ合いながら、復興が進む王都へと入る。
アシェルさんもニーミアを連れて東の空に旅立っちゃったし、僕たちももうすぐ別れ別れになっちゃう。
ミストラルは竜峰に戻ったけど、スレイグスタ老のお世話のために、毎日苔の広場へとやってくるだろうね。
会おうと思えば、ミストラルやルイセイネだけじゃなく、ユフィーリアとニーナにも会える。だけど、それはライラたちに対して不公平になっちゃうので、年明けまでは余程の用事がない限り別々で、とちょっと新婚夫婦らしからぬ変な約束を交わして、僕たちはそれぞれの実家へと帰った。
「ただいまー」
「おかえりなさいませ」
「あっ、カレンさん。本当はユフィとニーナのお世話担当なのに、この家に残ってくれていたんですね」
「はい。今ではもう、このお屋敷の使用人ですよ」
「いつもありがとうございます」
出迎えてくれたのは、元双子王女様専属使用人で、現僕の実家の使用人さんになってくれている、カレンさんだ。
贅沢な造りの大きな玄関で、帰宅の挨拶をする。
でも、あれだね。禁領のあの規格外のお屋敷に一時でも住んじゃうと、この実家も普通に見えてきちゃう。
いかん、いかん。庶民的な感覚が狂ってしまう!
「そういえば、母さんは?」
父さんは年末ぎりぎりまで仕事だろうけど、専業主婦の母さんの姿が見えません。
「奥様でしたら、ご両親を招びに出ていらっしゃいます」
「そうか。おじいちゃんたちは結局、こっちにはまだ住んでいないんだね」
父さんと母さんの両親は健在で、両家とも現在は王都で暮らしている。
去年の騒動で、王都に住む人々は家を失ったわけだけど、一年経つと随分と再建された民家も増えてきていた。
でも、年老いた人が新たに家を建てたりするのは資金面などから大変なんだ。それは僕のおじいちゃんたちも同じで、王都の抱える問題のひとつでもあった。
僕の実家は、税金で建ててもらったわけだけど、誰もがこんな幸運に恵まれるわけじゃないからね。
それで、年老いた人や家をすぐには建てられないような住民の多くは、国が建てた仮設住宅か集合住宅で暮らしている。
僕のおじいちゃんたちも、年老いた人たちが共同で生活をする集合住宅に入っているんだよね。
でもさ。本来、おじいちゃんたちが望めば、このお屋敷に住むことは可能なんだ。今でも獣人族の留学者や竜峰からの来訪者が泊まっているけど、それでも部屋はいくらでも空いている。
だけど、おじいちゃんたちは頑なにこのお屋敷に住もうとはしてくれなかった。
なんでだろうね?
いつも踊ったりして陽気な獣人族や、楽しい
僕と一緒で庶民的なおじいちゃんたちには、この豪華なお屋敷が息苦しいのかもしれないね。
使用人さんたちもいて、
……まあ、全部が気になっちゃうんだよね。
僕たちの結婚の儀には、もちろんおじいちゃんたちも招待していた。
だけど、多種多様な種族が集まり、見たこともないような豪華な食べ物や飲み物を前にして、目を白黒とさせていたっけ。せっかく舞台の近くの特等区画を準備していたのに、気後れしたのか、気づくと会場の片隅に逃げちゃっていたんだ。
あのときも、母さんたちと実家に住むように説得したんだけど、やっぱり駄目だったみたい。
とはいえ、年越しくらいはみんな揃って寛ぎたい。母さんはそんな想いで、おじいちゃんたちを招びに行ったに違いない。
僕はカレンさんにお土産を渡すと、そのまま中庭へ。
少し前までは一面に芝の
某事件をきっかけに、中庭だけでなく実家を囲む敷地は、樹齢を重ねた樹々で覆われてしまった。
それでも、中庭は竜族たちが十分に寛げる広さは確保されているんだけどね。
中庭に入ると、実家を気に入っちゃった竜族たちが転がっていた。
「みんな、お久しぶり」
『迷惑王が来たぞ』
『良かった……。耳長族の幼女はいないようだ』
『我は居た方が楽しいがな!』
「おや、ひとりで帰って来たのかい?」
「エルネア様、おかえりなさい」
すると、竜族だけでなく獣人族の人たちも中庭で過ごしていたようで、こちらへと笑顔でやって来た。
だけど、見知らぬ人が……?
「ええっと?」
「これは失礼した。私は竜族のお世話をするために、竜峰より派遣された者です」
「あっ、そういえば!」
竜族は、僕が滞在していなくても、勝手に実家へやって来ては自由に振る舞う。
僕を
両親やカレンさんなんかは随分と竜族にも慣れたようだけど、現在でも怖がって近づかない人はいるんだ。
そして、怖いと感じる理由のひとつに、意思疎通が上手くいかない、というものがある。
竜族側は人の言葉を理解しているんだけど、人側は
ということで、僕たちが居なくても実家のみんなが竜族と交流できるように、竜心を持つ竜人族を派遣してもらうという話をしていたんだっけ。
「お世話になります。竜族のみんなも、この人の言うことを聞いて問題を起こさないようにね!」
『其方が言うなっ!』
「えええーっ」
真面目なことを言ったつもりだったのに、竜族たちからぶいぶいと文句を言われてしまいました。
突然、竜族が不満げに唸りだしたことに驚いた使用人さんや獣人族の人は、世話人の竜人族の男性に通訳を受ける。すると「それはそうだ」と納得顔で頷いてした。
僕の評価って……
「それでね、スラットンが……」
実家に戻った初日の夜は、僕の家族だけでなく、使用人さんや宿泊のお客さんも交えた夕食になった。
おじいちゃんたちは、年末年始くらいなら、と少し
それで、僕は勇者様ご一行のお笑い担当、スラットンの武勇伝を話しているわけです。
スラットンのお馬鹿な行動とクリーシオのお尻に敷かれた様子に、みんなは爆笑ですよ。
「しかし、お前がこうも早く結婚するとはな」
「父さん、今更しみじみと言わないで」
「あのちっこくて可愛いエルネアがなぁ……」
「おじいちゃんまで!」
「ほら、エルネアちゃん。遠慮しないでお芋をお食べなさい」
「おばあちゃん、そのお芋は僕が竜峰で掘ってきたやつだよ?」
「甘くて美味しいねぇ」
「さあさ、ご老体。飲んでください」
「いやいや、竜人族の貴方の方がおじいちゃんたちより二倍以上年上だからね!」
「お前さんは、どの嫁さんとの子供じゃろか」
「おじいちゃん、その子はアレスちゃんといって精霊さんなんだよ」
「おやまあ、可愛らしい精霊さんだこと。あの竜人族の娘さんとエルネア坊の子供かねぇ?」
「おばあちゃん、精霊の意味を理解していないようですね」
「最近、こいつは
「爺さん、自分の連れが呆けたとか言うもんじゃないわねぇ。それで、誰の子なんだい?」
父さんの両親は、いつまでも僕を可愛い孫扱いにしてくる。悪い気は全然しないんだけど、竜人族や獣人族の人たちにこんな姿を見られるのは恥ずかしいね。
母さんのお母さん、つまり母方のおばあちゃんは歳のせいか、少し会話が噛み合いません。夫のおじいちゃんは、そんなおばあちゃんを呆れたように笑いながら、それでも傍に寄り添って面倒をみていた。
歳をとるって、素敵なことなんだよね。と両親の親である二組の老夫婦を見ていて思っちゃう。
きっといつか、父さんと母さんもあんな感じで年老いていくんだろうね。
「エルネア様、なにをそんなにしみじみとされているんですか」
「そんなことはないよ、カレンさん」
「さあ、お酒もありますよ」
「いやいや、僕は禁酒中なんだよ」
「そういや、俺たち竜人族の男の風習を乗り越えたんだよな。それで、どうなんだ?」
「なな、なななっ!」
両親の前でその話題は恥ずかしいよ!
酔っ払った竜人族が、僕に絡んできた。僕は慌てて回避し、話題を変える。
「そんなことよりも。みんなは充実した生活を送っているのかな!?」
「なんだ、そのつまらん話題は! さあ、色々と話してもらうぞ」
「ひえぇっ」
まったくもう!
年末年始は、それぞれの実家で家族とのんびり過ごす、という名目で今年はみんなと別れたのに、僕の場合は実家に帰っても落ち着けないようです。
結局、みんなと居るときのように騒がしい夜になっちゃった。
両親やおじいちゃんたちの前で下品な話なんてできないし、困った僕は中庭に逃げる。すると、今度は竜族たちに竜神様のことを聞かれたりと大変で、結局は夜遅くまで騒ぎ続けることになった。
深夜、日付が変わる頃。
ようやく宴会を終えた僕は、自室に戻る。
カレンさんかな。事前に暖炉へと火が入れられていたみたいで、部屋は良い感じで暖かい。
僕は暖炉前に
ぽこん、とアレスちゃんが
両腰に剣を
霊樹の木刀を優しく撫でると、
アレスちゃんも笑顔で木の実を食べている。
「住む家もできたし、君もそろそろ根付かせてあげないとね」
『もっと一緒にいたいよ』
「根付かせちゃったら、もう木刀の姿には変われない?」
『おじいちゃん竜の秘術で姿を変えているから、自力じゃ変化できなくなっちゃうの』
「そうなのかぁ……」
禁領に住む家を手に入れたことで、霊樹を根付かせる場所はほぼ決まったようなものだ。
でも、根付かせると一緒に冒険することができなくなっちゃうんだね。
これは難しい問題だ。
本当なら霊樹には根付いてもらい、思いっきり竜脈を吸って元気に成長してもらいたい。でも、霊樹自身は僕と一緒にいたいと言ってくれるし、僕も霊樹とこれからもたくさん冒険したい。
僕の左手には、いつも霊樹の木刀が握られていた。他の武器を手にするなんて、考えられない。でも、いずれは僕の手から離れちゃうのかな……?
僕の心が伝わったのか、霊樹の木刀はきゅうう、と
「あきらめる?」
気づくと、アレスちゃんが僕を推し量るように見上げていた。
「でも……。いや、違うね!」
これまでにも、幾多の困難を乗り越えてきた僕だ。
この程度のことで霊樹を諦めちゃいけないね。
僕は決意を込めて、霊樹の木刀を握りしめた。
そしてそれと同時に、名案が僕の頭に雷光のように走ったのだった。
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